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IPRにおいて特許権者が行った主張を特許審判部がディスクレイマーとして受け入れなかったことを支持したCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当事者系レビュー(IPR)において特許権者が行った議論を、特許審判部がIPRにおけるディスクレイマーとして受け入れなかったことを支持しました。
CUPP Computing AS v. Trend Micro Inc., Case Nos. 2020-2262, 2020-2263, 2020-2264 (Fed. Cir. 2022年11月16日) (Dyk, Taranto, Stark, JJ.)

1.事件の概要
 CUPP Computing AS(以下、CUPP社)は、「電源管理モード中にセキュリティサービスを提供するためのシステムおよび方法」という名称の関連する3件の特許(米国特許第8,631,488号(以下488特許)、第9,106,683号(以下683特許)、および第9,843,595号(以下595特許))を有しています。CUPP社はTrend Micro Inc.(以下、Trend Micro社)をこれら3件の特許侵害で訴えました。
 これに対してTrend Micro社は、3件の特許すべてについて米国特許庁に当事者系レビュー(IPR)を請求し、CUPP社の特許のいくつかのクレームは、2つの先行技術文献(米国特許第7,818,803号(以下Gordon引例)、および米国特許出願公開2010/0218012A1(以下Joseph引例))により自明であると主張しました。特許審判部は3件のIPRをすべて開始し、異議を申し立てられたすべてのクレームが先行技術文献に基づいて自明であり特許性がないと判断しました。
 CUPP社はIPRにおける特許審判部の決定についてCAFCに控訴しました。

2.本件発明の内容
 これら3件の特許は、モバイルデバイスを標的にした悪意ある攻撃に対処する技術に関するものであり、省電力モードからモバイルデバイスを起動し、その後、マルウェアに対して記憶媒体をスキャンしたり、セキュリティのアプリケーションをアップデートしたりするなど、デバイスに対してセキュリティ動作を実行するためのシステムおよび方法に関するものです。特に争点になったのは、「セキュリティシステムプロセッサ(security system processor)」の限定であり、これは3件の特許の全ての独立クレームに規定されています。代表的なクレームとして、488特許のクレーム10の原文を以下に掲げます(特に下線部の限定が争点になりました)。
              “10. A mobile security system, comprising:
              a mobile security system processor;
              a connection mechanism for connecting to a data port of a mobile device and for communicating with the mobile device;
              security instructions; and
              a security engine configured to:
              detect using the mobile security system processor a wake event;
              provide a wake signal to the mobile device, the mobile device having a mobile device processor different than the mobile security system processor, the wake signal being in response to the wake event and adapted to wake at least a portion of the mobile device from a power management mode; and
              after providing the wake signal to the mobile device, executing the security instructions using the mobile security system processor to manage security services configured to protect the mobile device.”

3.IPRでの特許審判部の判断
 IPRにおいて、Trend Micro社は、Gordon引例およびJoseph引例に個別に依拠して、セキュリティシステムプロセッサの限定を含む、異議を申し立てたクレームはすべて自明である、と主張しました。具体的には2つの争点について争われました。
 第1の争点として、CUPP社はTrend Micro社の主張に対して、クレームされたセキュリティシステムプロセッサの限定は、セキュリティシステムプロセッサがモバイルデバイスプロセッサから「別個(separate)かつ遠隔(remote)」であることを必要としているのに対して、Gordon引例およびJoseph引例のいずれもモバイルデバイス内部に搭載されたセキュリティシステムプロセッサを開示しているので、これらの引例はこのクレーム限定を開示するものではない、と反論しました。第2の争点として、CUPP社は、セキュリティサービスを実行する、モバイルデバイス上に配置された595特許クレームの「セキュリティエージェント」は引例には開示されていない、と主張しました。
 これらのCUPP社の主張に対して、特許審判部は、第1の争点については、異議を申し立てられたクレームは、セキュリティシステムプロセッサがモバイルデバイスプロセッサと単に「異なる(different)」ことだけを必要としており、これらが互いに「遠隔(remote)」であることを要求していない、と判断しました。また、第2の争点については、595特許にクレームされた「セキュリティエージェント」はいずれの引例からも自明である、と判断しました。

4.連邦巡回裁判所(CAFC)の判断
 (1) 第1の争点について
 ① 2つのプロセッサの関係について
 CAFCは、CUPP社の主張を退け、特許審判部の結論を支持しました。CAFCは、CUPP社の特許クレームの検討から始めて、特許審判部と同様に、クレームが単に2つのプロセッサが異なることを要求しているだけである、と判断しました。
 特許審判部と同様にCAFCはまず、“different”というクレーム原文の文言について、辞書(Webster’s Third New International Dictionary)を参照して検討しました。辞書によれば、“different”の通常の意味は“dissimilar”であり、単に「似ていない」という意味に過ぎません。CAFCの認識によれば、CUPP社は、クレーム原文の“different”を“remote”すなわち「遠隔」というような特殊な意味に限定する理由を示しておりません。CAFCは3件の特許の各々の明細書を参照しましたが、好ましい実施形態においてモバイルセキュリティシステムがモバイルデバイス内に組み込まれていることが記載されていました。このような好ましい実施形態を除外するようにクレームを解釈するためには高度に説得力を有する証明が必要ですが、CUPP社によってそのような証明はなされておりません。
 さらにCAFCによると、いくつかのクレームは、セキュリティシステムが、モバイルデバイスに起動信号を送信したり、モバイルデバイスと通信したりすることを要求していますが、そのようなクレームの文言は、CUPP社による、2つのプロセッサが「遠隔」であるとの解釈を裏付けるものではありません。CAFCが説明したように、個人が電子メールで自分自身にメモを送信できるように、モバイルデバイスのユニットは、信号を当該デバイス自身に送信することができ、当該デバイス自身と通信することができます。実際、クレームの一部は、モバイルデバイスの内部ポートを介した通信を教示しており、これは、2つのプロセッサが同じモバイルデバイス内に存在し得る、明細書に開示されている好ましい実施形態と一致しています。
 ② ディスクレイマーについて
 (ⅰ) 審査段階でのディスクレイマーについて
 次に、CAFCは、CUPP社によるディスクレーマー(disclaimer)の主張に対処しました。米国では歴史的に、CAFCの裁判例の蓄積に由来するコモンローの原則として、「審査段階におけるディスクレイマー」の法理が形成されています。審査段階において出願人が、あるクレームが特定の特徴をカバーしていないという明確で疑いのない主張をしたときは、そのような特徴に関する保護範囲は、出願人によって権利化の過程で「放棄(disclaim)」されたものと見なされ、もはや回復することはできません。そのような放棄の結果として得られた特許の範囲は、審査段階において出願人がそのような陳述を行わなかった場合と比較して、より狭いものとなります。このような権利化の過程における議論は、権利化後の手続において出願人を拘束するものとなり、特許権者は権利化後において、クレームがそのような特徴をカバーしていると法廷で主張することは許されません。
 CUPP社は、争われている特許の1つ(683特許)の当初の権利化手続の過程で、「遠隔ではない(non-remote)」セキュリティシステムプロセッサについて、上述の法理によるディスクレイマー(権利放棄)を宣言していたので、“different”という単語の解釈に関する特許審判部の判断は誤っている、と主張しました。これに対して、CAFCは、CUPP社のディスクレイマーは、モバイルデバイスに組み込まれた(すなわち“non-remote”の)セキュリティシステムプロセッサを明白に放棄するものではないので、特許審判部は適切にCUPP社のディスクレイマーに関する主張を退けたと判断しました。CAFCは、権利化手続段階のCUPP社の意見書に対する特許審判部の解釈を、CUPP社の主張に打ち勝つ「合理的な解釈」として支持しました。
 具体的に説明しますと、683特許の審査手続中に、特許庁の審査官は、先行技術(米国特許出願公開2010/0195833A1(以下Priestley引例)に照らして当該出願のすべてのクレームが自明であると認定しました。審査官は、Priestley引例は、モバイルデバイスプロセッサとは異なる“Trusted Platform Module(TPM)”と呼ばれるモバイルセキュリティシステムを開示していると認定しました。審査官によりますと、このTPMは通常はPCマザーボードに装着される追加のスタンドアロンのチップとして実装されるものであり、ハードウェアまたはソフトウェアで実現可能なものであります。したがって、別個のセキュリティプロセッサを使用することは、基礎をなすハードウェアに自明の互換性のある変形例であろう、と審査官は認定しました。CUPP社はこの拒絶理由に対して、拒絶引例に記載されたTPMが、PCマザーボードに取り付けられたスタンドアロンチップとして実装されていたとしたら、TPMは別個のプロセッサというよりもモバイルデバイスのマザーボードの一部となるであろうから、拒絶引例のTPMは「モバイルシステムプロセッサとは異なるモバイルセキュリティシステムプロセッサ」を構成しないであろう、と応答しました。権利化段階において、審査官はこの反論を受け入れてクレームを許可しました。
 IPRにおける特許審判部の認定によれば、審査段階におけるCUPP社の主張は、引例のTPMと呼ばれるセキュリティシステムには別個のプロセッサがないため、引例は異なる(複数の)プロセッサを教示できなかった、ということであり、CAFCも特許審判部の認定を支持しました。したがって、この解釈では、TPMが「マザーボードに取り付けられたスタンドアロンチップ」であったなら、TPMはマザーボードのプロセッサに依存し、TPM独自の異なるプロセッサは有さないことになります。このため、CAFCは、権利化段階において審査官に対してなされた、Priestley引例は互いに異なる複数のプロセッサを開示していないと主張するに過ぎないCUPP社の意見書は、2つのプロセッサが“non-remote”であるという特徴を明確に放棄(“disclaim”)するには至っておらず、したがってこのようなCUPP社の主張は、683特許のクレームを、モバイルデバイスに組み込まれたセキュリティシステムプロセッサに向けられていると解釈すること(モバイルデバイスプロセッサとセキュリティシステムプロセッサの2種類の「異なる」プロセッサが存在すること)と整合するものと結論付けました。
 (ⅱ) IPRでのディスクレイマーについて
 CUPP社は、モバイルデバイスに組み込まれたセキュリティシステムプロセッサを権利範囲から除外するという、IPRの過程においてなされたCUPP社のディスクレイマー、すなわちIPRで議論のみによってクレーム範囲を実質的に調整しようとすることを、特許審判部が受け入れることを拒絶したことは誤りであった、と主張しました。
 CACFは、IPRにおけるCUPP社の、モバイルデバイスに組み込まれたセキュリティシステムプロセッサを否認するというような主張は、クレーム解釈の目的のディスクレイマーには該当しないという点において、特許審判部に同意しました。IPRの手続中になされたディスクレイマーは、その後の手続きにおいて拘束力を持ちますが、特許審判部は、IPRの手続において特許権者の主張の実質を判断する際に、特許権者の主張をディスクレイマーとして受け入れる必要はありません(VirnetX Inc. v. Mangrove Partners Master Fund, Ltd., 778 F. App’x 897, 910 (Fed. Cir.  2019))。CAFCが説明したように、ディスクレイマーの適用を、CUPP社が提案するようにディスクレイマーが行われた手続きそのものにまで拡大することには多くの問題があります。IPRの手続きは、権利化段階の当初の審査手続よりも地方裁判所の第一審の訴訟手続に似ており、訴訟におけるディスクレーマーは、それが行われた手続きにおいて拘束力を持たないことが十分に確立されています。
 さらに、CUPP社の提案するようなディスクレイマーによれば、IPRでのクレーム補正のプロセスによって提供される保護に関係なく、特許権者がクレームの範囲をさかのぼって自由に変更できるため、IPRでのクレーム補正を事実上不要にするでしょう。たとえば、特許権者がそのクレームを実際に補正する場合には、補正されたクレームが特許要件に適合しすることを確実にし、そして告発された侵害者に「中用権」を与えることによって補正されたクレームが将来の効果しか持たないようにすることを確実にします。CAFCが結論付けたように、特許権者の権利範囲のディスクレイマーは、IPRでのクレーム補正のプロセスを置き換えるために使用することはできません。
 そもそも、CAFCの認識では、特許権者が議論のみを通じてIPRのクレームを調整することを認めることは、IPRのプロセスを大幅に弱体化させます。米国議会はIPRを、以前の特許付与を再検討し、修正する大きな権限を特許庁に与え、特許の独占が正当な範囲に保たれていることを確認するという公衆の最大の利益を保護するように、制度設計したものです。特許権者がIPRでの議論を通じてクレームの形を変えることができれば、特許庁が付与したクレームを「再検討」する特許庁の権限を妨げ、特許権者が確保したいと現在望んでいるクレームに焦点を当てることになります(Oil States Energy Servs., LLC v. Greene’s Energy Grp., LLC, 138 S. Ct. 1365, 1373 (2018))。したがって、結論として、IPRの手続におけるディスクレイマーは、当該IPRの手続においては拘束力を有さず、その後の手続(特許庁か裁判所かに関わらず)においてのみ拘束力を持つことになります。

 (2)第2の争点について
 第2の争点についてCAFCは、自明性の結論を裏付ける十分な証拠を特許審判部が欠いていたというCUPP社の主張を退けました。CUPP社は、異議を申し立てられた特許のうちの1つのクレームに記載されている「セキュリティエージェント」の限定は、どちらの引例によっても開示されていないと主張しました。しかしながら、別のエンティティからの起動コールを受けてセキュリティサービスを実行するCUPP社の特許の「セキュリティエージェント」のように、先行技術のホストエージェントは、セキュリティモジュールによって起動された後にセキュリティサービスを実行します。特許審判部の認定は十分な証拠によって裏付けられていたため、CAFCは、争われたクレームは自明で特許性がないという審判部の結論を支持しました。

5.実務上の留意点
 「審査段階のディスクレイマー(prosecution disclaimer)」の法理は、審査段階において「放棄(disclaim)」された特定の意味を、特許権者がクレーム解釈を通じて再獲得することを妨げるものです。ディスクレイマーは、それがなされた後の(米国特許庁に対するまたは裁判所に対する)手続においてのみ拘束力を持つことに留意する必要があります。後になってディスクレイマーに依拠するためには、ディスクレイマーは明確で疑いのないものでなければなりません。主張された権利範囲の放棄が曖昧であるか、または複数の合理的解釈を受け入れやすいような場合には、ディスクレイマーの認定は拒否されることになります(Tech., Inc. v. Harmonic, Inc.、812 F.3d 1040、1045 (Fed. Cir. 2016))。
 ある言葉に対してより特定的な意味を適用するための説得力のある理由が提示されない限り、クレーム用語にはそれらの通常の意味が与えられます。特に、本件訴訟におけるCUPP社の主張のように、クレームの範囲から好ましい実施形態を除外するようにクレームを解釈する主張が正当化されることはめったにありません。したがって、実質的なクレームの限定を導入するため裏技としてディスクレイマーを使用することは避けるべきです。特許権者は、権利範囲を狭める主張と一致するようにクレームを補正するための申立を行うことを検討することをお勧めします。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | November 29, 2022 “Delayed Disclaimer: Patent Owner Arguments Made during IPR Not a Claim Limiting Disclaimer in That Proceeding”
② Westerman, Hattori, Daniels and Adrian, LLP 配信ニュース(December 15, 2022) “NO SHAPESHIFTING CLAIMS THROUGH ARGUMENT IN AN IPR”
③ CUPP Computing AS v. Trend Micro Inc., Case Nos. 2020-2262, 2020-2263, 2020-2264 (Fed. Cir. 2022年11月16日) (Dyk, Taranto, Stark, JJ.)

[担当]深見特許事務所 堀井 豊