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クレームに挿入された参照符号とクレーム解釈に関する英国高裁判決紹介

 英国の控訴裁判所は、図を参照することによって、クレームがどのように機能するかを参照番号を使用して説明することには何の問題もないとし、引用文献との相違を認めて特許を有効であるとした第一審の判断を支持しました。
England and Wales Court of Appeal (Civil Division) Decisions
Lufthansa Technik AG v Astronics Advanced Electronics Systems & Ors [2022] EWCA Civ 20 (14 January 2022)

1.事件の背景
(1)EPCの権利解釈の基本原則
 特許の明細書とクレームは互いに異なる機能を達成します。すなわち、クレームは、保護される発明を法的に定義し、明細書は、発明の例としての「実施形態」を提供します。ただし、明細書とクレームはリンクしています。欧州特許条約EPCにおいては、各締約国における保護範囲の解釈の指針として以下のEPC第69条(1)の規定が設けられています:
 「欧州特許または欧州特許出願によって与えられる保護の範囲は、クレームの文言によって定められるものとする。ただし、明細書および図面がクレームの解釈に使用されるものとする。」
 このように、EPCでは、クレームを解釈するために明細書を用いることが認められています(なお、EPCはこの第69条(1)の解釈に関する議定書を採択しており、各締約国の権利解釈のさらなる統一を図っています)。
 EPCの下での明細書とクレームとの関係では、図面の参照符号をクレームに含める場合があります。EPC規則43(7)は以下のように規定しています:
 「欧州特許出願が引用符号を含む図面を含んでいる場合において、クレームの理解の助けとなるときは、クレームに記載する技術的特徴には、それらの特徴に関する当該引用符号を括弧に入れて続けることが望ましい。これらの引用符号はクレームを限定するものとは解釈しない。」
(2)英国での実務
 英国での権利解釈においても、EPC第69条(1)の規定およびその議定書が尊重されており、かつ英国で確立された判例法により、クレームを解釈するために明細書を用いることが認められています。
 EPC規則43(7)についても、クレームに挿入された参照符号がクレームを限定するものと解釈されてはならないことが英国の判例法によって裏付けられています。判例法によると、参照符号は、「現実の読者が、特定のクレーム要素が特定の実施形態中のどこにあるかを理解することを助ける」ものであるが、クレームは、「参照符号があたかもクレームの一部ではないかのように解釈されなければならない」、と判示しております。
(3)本件の論点
 上記のようにクレームは「参照符号があたかもクレームの一部ではないかのように解釈されなければならない」とのことですが、実務においてこのような解釈がどのように達成されるのかは微妙な問題です。一度でも読者がクレームの参照符号を見てそして実施形態の図面で同じ参照符号を見てしまうと、その実施形態の限定的な特徴をクレームに(おそらく無意識のうちに)適用してしまいがちです。そうすることなくクレームを解釈することは現実には可能なのでしょうか?

2.本件の経緯
 Lufthansa Technik AG(以下、Lufthansa社)は、航空機内の電子機器(ラップトップなど)への電力の安全な供給に関する欧州特許(英国)0 881 145B1(以下、本件特許)を保有しています。Lufthansa社は、本件特許を侵害しているとして、Astronics Advanced Electronic Systems、Safran Seats GB Limited、およびPanasonic Avionics Corporationの3社(以下、集合的にAstronics社)を、英国での第一審である特許裁判所(高等法院の衡平法部に設けられている)に提訴しました。なお、英国では、特許権の侵害と特許権の有効性について裁判所の一括審理が可能です。
 第一審は、原告であるLufthansa社の本件特許は有効であり、被告であるAstronics社の製品は本件特許を侵害していると認定しました。Astronics社は、この判決に異議を唱え、控訴裁判所に控訴しました。Astronics社は控訴に際して、とりわけ第一審の裁判官がクレーム1を解釈する際に参照符号を考慮に入れたことは誤りであったと主張しました。

3.本件特許の説明
(1)本件発明の概要
 本件特許のクレーム1は、航空機の乗客が自分の個人用電子機器を自分の座席のソケットに直接接続できるようにすることを目的とした電圧供給装置を規定しております。特にソケットへの電力供給は高電圧ACであるため、本発明は、座席内のソケットへのそのような電力供給に関して高レベルの安全性を保証しようとするものです。本発明以前は、一部の航空機の座席には、乗客が自分の個人用電子機器を差し込めるソケットがありましたが、電源は低電圧DCであったため、電子機器をソケットに差し込むにはアダプタを使用する必要がありました。
 本件特許の図3および図4は、本件特許に係る電圧供給装置の実施形態を示しております。図示された電圧供給装置は、プラグ(38)を介して電子機器(図示せず)に接続可能なソケット(22)と、ソケット(22)に供給電圧を印加する供給装置(16)とを備えます。プラグ検出器(45, 46, 48)は、ソケット(22)に挿入されたプラグ(38)の2つのコンタクトピン(53, 54)を検出し、2つのコンタクトピン(53, 54)が同時に検出された場合にのみ供給電圧が印加されます。
(2)本件発明の要部図面

(3)本件特許のクレーム
 本件特許のクレーム1は以下の通りです:

**********

              A voltage supply apparatus for providing a supply voltage for electric devices (36) in an aeroplane cabin, comprising
              a socket (22) to which the device (36) is connectable by means of a plug (38) and to which the supply voltage can be applied,
              the socket (22) comprising a socket(plugの誤記と思われる)detector (45, 46, 48) detecting the presence of a plug (38) inserted in the socket (22), and
              a supply device (16) being provided remotely from the socket (22) and being connected to the socket (22) via a signal line (18) and via a supply line (20) for the supply voltage,
              the supply device (16) applying the supply voltage to the socket (22) when the plug detectors (45, 46, 48) indicate the presence of the plug (38) via the signal line (18) to the supply device (16)
characterized in that
              the plug detector (45, 46) is formed such as to detect the presence of two contact pins (53, 54) of the plug (38) in the socket (22), and
              the supply device (16) only applies the supply voltage to the socket (22) if the presence of two contact pins (53, 54) of the plug (38) is detected simultaneously.

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4.第一審(特許裁判所)の判断
 第一審において、クレーム1の有効性についていくつかの争点がありましたが、その一部として、上記のクレーム1中の下線で示した“a plug (38) inserted in the socket (22)”という記載における「挿入された(inserted)」という言葉の解釈が問題になりました。
 引用文献の1つであるFR-A 2 653 944(Quintel)は、電源装置がソケットから離れており、ソケットが、プラグがソケットに適正に挿入されたときに作動するプラグ検出器を備えている装置を開示していますが、プラグの存在の検出モードは、本件特許の装置における検出モードとは異なっています。被控訴人(特許権者)であるLufthansa社は、本件特許のクレーム1における「挿入された(inserted)」という言葉が、プラグのコンタクトピンがソケットに「完全に挿入された(fully inserted)」ことを意味すると主張し、控訴人であるAsrtonics社は、この言葉は「部分的に挿入された(partially inserted)」ことを意味すると主張しました。第一審の裁判官はLufthansa社の主張に同意しました。

5.控訴審での判断
 Astronics社は、第一審の裁判官が「完全に挿入された」が正しい解釈であると判断した際に、クレーム1に挿入されている、プラグ検出器の参照符号45, 46と、コンタクトピンの参照符号53, 54とを裁判官が用いたことに対して異議を唱えました。特に、Astronics社は、裁判官が、クレーム中に挿入された参照符号45、46および53、54を考慮して、プラグ検出器が、コンタクトピンを受け取る「穴の底部」になければならず、かつコンタクトピンが検出のためにプラグ検出器と「接触」しなければならないと判断したことは、クレーム解釈に際して「参照番号を考慮に入れる」ことに等しい、と主張しました。
 控訴審のL. J. Briss裁判官はAstronics社の主張に同意しませんでした。Briss裁判官は、第一審の裁判官は「自分自身を方向付ける」ために参照符号を使用したが、クレーム1の第一審での解釈は、実際には「クレームの文言そのものに終始していた」と結論付けました。Birss裁判官はさらに、「図を参照することによって、クレームがどのように機能するかを参照番号を使用して説明することには何の問題もない」と結論付けました。したがって、「挿入された」を「完全に挿入された」と解釈することは正しく到達したものであると判断されました。

6.本件控訴審判決の考察
 上記の判決について以下のような疑問が生じます。
 ① 参照記号45、46および53、54がもしもクレームに含まれていなかったとしても、裁判官はクレーム解釈に関して同じ結論に達したでしょうか?
 ② たとえば、より「一般的な」実施形態への参照符号のみがクレームに含まれていた場合には、今回の判決に比べてクレーム解釈はより広かったでしょうか?
 ③ EPC規則43(7)に従ってクレームの「明瞭さ」を高める可能性が低いことを示すことによって、クレームに参照符号を含めることが完全に回避された可能性があるでしょうか?
 本件においては、より狭いクレーム解釈が現実には、有効性の争点に関して特許権者を助けるという結果になりました。そのことはさておき、EPOの審査官からクレームに参照符号を追加するように求められたときに、広いクレーム範囲を維持したいのであれば、どのように対応するかはおそらく考える価値のある問題です。

[情報元]

① D Young & Co Patent Newsletter No.93 February 2023
Lufthansa v Astronics: reference signs and claim interpretation (13 February 2023)
② England and Wales Court of Appeal (Civil Division) Decisions Lufthansa Technik AG v Astronics Advanced Electronics Systems & Ors [2022] EWCA Civ 20 (14 January 2022) 判決原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊