知財論趣

研究開発成果への表彰と賞金

筆者:弁理士 石井 正

ノーベル賞
 本年2018年のノーベル賞を京都大学の本庶先生が受賞されました。誠に喜ばしいことです。このところノーベル物理学賞や医学賞を日本人研究者が受賞されることが多くなり、受賞のニュースが伝わっても日本中がびっくりすることはなくなったのですが、それでも喜ばしいことであって誇らしい気持ちを多くの国民が共有できることはうれしいことです。2016年には東京工業大学の大隅先生が受賞されたことも考えれば、日本の基礎医学の水準が極めて高いことをあらためて認識させられるよい機会となりました。

京都賞そしてブレークスルー賞
 本庶先生はノーベル賞の受賞に先立って、2016年には京都賞を受賞されています。この京都賞は稲盛財団から与えられるもので、賞金は1億円になりますからノーベル賞の賞金に匹敵します。大隅先生の場合には、ノーベル賞受賞後、さらに米国の生命科学ブレークスルー賞の栄誉に輝いています。ブレークスルー賞は米国のベンチャー企業立ち上げに成功して巨万の冨を手にした成功者達、セルゲイ・プリンやマーク・ザッカーバーグ等が基金を創設したもので、基礎物理、生命科学、数学の三分野について飛躍的な研究成果を挙げた科学者や数学者に授与され賞金が高額なのです。各賞に300万ドルの賞金が授与されるので、日本円で言えばおよそ3億5000万円にもなります。ノーベル賞の賞金の3倍以上にもなるわけです。ノーベル賞とブレークスルー賞とを合わせると4億円を超すという巨額な賞金となりますが、これまでの長い期間のご努力とその驚くべき研究成果とを考えれば誰しも納得できるもので、こうした賞金を副賞とする表彰制度の意義も理解されることでしょう。科学技術に関しての高額な賞金を伴う表彰制度は、この他にも日本国際賞や本田賞など様々あり、その時々の話題になります。

表彰か特許か
 特許の長い歴史において、技術的な創作すなわち発明を生み出した発明者に対して、一定期間の発明の独占的使用を認める特許方式がよいのか、あるいは発明者にその発明の価値に見合った表彰プラス賞金の授与方式がよいのか、長く議論されてきました。19世紀はじめの頃には英国の繊維業者達が繊維機械や蒸気機関の発明者には、表彰プラス賞金授与で報いるべきで、特許のような独占権を付与するのは止めて欲しいと議会に陳情しています。そうした特許反対の世論を受けて、19世紀半ばの英国議会では毎年特許制度廃止の法案が議会に上程され、激しい議論が展開されたのです。英国議会では最終的には、それまで通りの特許方式で行くこととなったのですが、あらぬところに余波が及び、オランダでは特許制度が廃止されました。

ウイーン国際会議
 1873年、ウイーン万国博覧会が開催されるにあたり、その出品物の保護が問題となり、発明の国際的な保護のあり方が検討されることとなりました。工業所有権に関するウイーン国際会議です。この国際会議では、創作された新技術は国際的に保護されるべきであるとの問題意識からスタートしたのですが、その保護は表彰プラス賞金方式がよいのか、あるいは一定期間独占使用できる特許方式がよいのか、その議論に随分時間を要したのです。多くの学者達は、表彰プラス賞金方式の利点を主張したのですが、企業関係者あるいは弁護士達は特許方式を主張し対立しました。この議論は結局、特許方式で行くことでまとまったのですが、その理由はそれまでに特許による発明保護の経験を英国などいくつかの国でしてきたこと、なにより特許方式の場合には、その権利保有者は権利期間内に発明を商品化して、特許による利益を獲得する努力することが期待できるというところにありました。

表彰制度の再評価
 特許の場合には、特許権者は特許権の期間に利益を得るためにその発明の実施努力をするの対して、表彰制度では、発明者は表彰を受け賞金を手にしたならば、その後の努力はしないのではないかと言うのが当時の議論でした。その後、特許制度が世界の標準制度となりました。特許制度のない国は知的財産の保護に乏しい国としての評価しか得られないということとなりました。それは近代特許制度を前提としての、これまでの産業と技術の発展を考えると誠に妥当なことと理解できます。しかし最近の自然科学関係の国際的な表彰プラス賞金方式の広まりとその賞金額の高騰を考えると、この表彰プラス賞金方式もあらためて評価し直すべき時期に来ているのかもしれません。