知財論趣

常温核融合というハイプ技術

筆者:弁理士 石井 正

過剰宣伝技術
 英語にhypeという言葉があります。Oxford Dictionaryでは、misleading and exaggerated publicityと説明しています。誇大広告とか、過剰宣伝という意味でしょうか。このハイプという言葉を「技術」につなげると、誇大宣伝新技術ということとなります。新しい技術が生み出されたときに、それを社会に説明する際に、誇大にその新技術価値を触れ回ることが多いのですが、そうした技術がハイプ技術と称されるということとなります。

常温核融合技術
 その典型例が、あの常温核融合と言えましょう。既に人々の記憶からは遠く去り、記憶にもないという方も多いかもしれません。1989年米国ユタ大学のポンズ教授と英国サウサンプトン大学のフライシュマン教授が発表した常温核融合現象は世界をびっくりさせるものでした。重水の入った試験管内にパラジウムとプラチナの電極を用意し、電流を流すと発熱したが、この発熱が核融合の結果であるとみられること、その証拠としてトリチウムや中性子、ガンマ線の発生を確認したというのでした。核融合は水素爆弾として既に実用化はされています。しかしこれを発電等に利用することは極めて難しいことで、核融合には超高温、超高圧の条件が求められ、水素爆弾もまずは原子爆弾を爆発させ、その爆発時の超高温、超高圧下において一瞬の核融合を実現しています。それを安全に人の管理下で核融合を実現させるということは、夢ではあっても、容易に実現する技術ではないことは確かです。

ハイプ技術から錯誤技術への転落
 それを試験管の中で、常温で核融合が発生したというのだから、世界は驚いたわけです。当然のことですが、多くの関係者が追試を試みたのです。しかしどのように追試してみても核融合らしきものは発生しません。中性子が発生したとポンズやフライシュマンは言うが、中性子は自然の中のいわば雑音として観測されただけの話ではないかと批判もされました。大騒ぎの1年が過ぎ、2年が過ぎるうちに、結局、ポンズ達の常温核融合技術は単なる電気分解現象であり、その際に発熱しただけのことで、それを核融合と錯覚したに過ぎないと専門家達は結論を出しました。常温核融合は、ハイプ技術から錯誤新技術へと格落ちとなったわけです。ともかく常温核融合は錯誤技術なのだから、その後は科学の本流からは無視されることとなりました。ネイチャーやサイエンス等の一流査読論文誌はこの常温核融合関連論文は受け付けません。すべて遠い過去の話、スキャンダル科学史の1頁に過ぎないと理解されたわけです。

ハイプ技術への復活
 ところが面白いのは、その常温核融合が最近では錯誤技術から、ハイプ技術に再び格上げされるような傾向にあるのです。なにしろ国際常温核融合学会(The International Society for Condensed Matter Nuclear Science)には300人が登録していて、最近では査読論文誌も関連論文を受け付けるようになっていると言うのです。そのポイントは、常温核融合というのではなしに「凝集系核科学」としてもう一度基本に戻って検討し直すというところにあるようです。結晶体のような原子が凝集しているところでの、核科学を研究するというのが研究目的のようです。ただ学会名が英語と日本語でややニュアンスが異なることもいささか気になりますね。2015年5月には東京工業大学で『凝集系核科学の現状と将来』と称するセミナーが開催され、120人の専門家が参加したと報道されています。はたしてどこまで期待してよいものかまだ未知数なのですが、ハイプ技術に復活しただけでも、いささか興味深いものがあります。