知財論趣

高齢化社会への関わり

筆者:弁理士 石井 正

高齢化社会
 高齢化社会が進行していることは日々、実感することが多いですね。ウイークデーの博物館、美術館でも元気な高齢者をよく見かけます。高齢の女性達が5,6名で元気よく歩く姿もあるし、逆に高齢の男性が一人で美術館を歩き、鑑賞している姿もあります。先日、テレビを見ていたら東北の海岸近くの半農半漁の村を取材していました。70歳をすぎた方々が元気よく仕事をしている様子を描いているのです。日に焼けた逞しい高齢の方々がお互いに協力しながら漁業や農業に励み、収穫物は、まず近所にお裾分けします。貰った方は、今度はこちらから何かお礼のものを差し上げることとなります。現代版の物々交換のシステムではないかと思えるほどです。実際には物々交換というよりも相互扶助システムなのでしょう。

元気で地域社会に生きる
 高齢になっても仕事をする、それも地域の共同体のなかにあってお互いが助け合いながらの仕事を進めていくということは、健康で体力があり、そうした仕事のある共同体にいる限り、望ましい形と言えるのかもしれませんね。日本社会が長い時間をかけて作り上げてきた理想社会の一つの姿ではないかと思われるのです。ただそうした望ましい形にすべての者が近づけるわけではありません。ましてや企業社会に生きてきて、近代組織の中で一生の仕事をしてきたいわゆる会社人間にとって、そうした地域共同体のなかで高齢になっても農業と漁業に励む、ということは遠い世界のことのように感じられるかもしれません。

欧州の引退文化
 欧州には独特の引退文化があるようです。欧州の知り合いの話では「定年で退職する」と言った場合、周囲からは「ハッピー・リタイアメント!」という言葉が溢れるようです。実際に欧州特許庁の部長級で長く仕事をし、定年に達した人を何人も知っていますが、そうした彼らに本当にハッピーなのかと聞くと、真実、ハッピーなのだと言います。このときを長く待っていたという人もいます。待っていて何をするのかと聞けば、趣味の世界に浸りたいという人が多いのです。仕事をしていた時も夜には、趣味の世界を楽しんでいたが、これからは1日中、好きな趣味を堪能できると言うのです。それではそうした趣味とはどういうものか。それが他人には簡単には理解しがたいものが多い。筆者の知る欧州特許庁の友人の場合はむしろ通常型が多いのかもしれませんが、鉄道模型や帆船模型を作る、なかには世界の鉄道に乗るという人もいるようです。何らかのコレクションをしている人も多く、郵便切手のコレクションはクラッシックな趣味ですが、子供の買うようなブリキ製の自動車玩具を集めている人もいます。

英国人の趣味の世界
 英国人はとりわけ趣味にこだわるようです。欧州の人々の定年後の楽しみとしての趣味を描いた本の中に次のようなエピソードが紹介されていました。英国の某大手企業の副社長は60歳になったので退職させて欲しいと社長に申し出ました。社長は年収1億円を超す処遇であるのに退職をしたいとは何が不満なのかと訝しがります。そして、どうしても会社に必要な人材なので「3ヶ月の休暇を与える、その間には世界一周の船旅も用意しよう、年俸も高くするから退職しないでほしい」と強く要請しました。しかし彼は退職したのです。「一生の趣味を大事にしたい、生きていられる期間は長くはないから」というのです。それではその趣味は何かといえば、カビの研究でした。その副社長氏はそれまでもずっとカビの研究が好きで、夜そして休みの日に世界から集めたカビの研究をしてきましたが、いよいよ60歳を迎え、その研究を本格化する時期になったと判断したのです。カビなんて研究してどうする、というのは他人の考えであり、価値観です。本人としてはカビが好きで、研究すればする程、奥が深く興味深いのです。

高齢化社会に関わっていく
 高齢化社会に関わっていくことを考えてみた場合、この英国の趣味人氏は本当に幸福な姿と言えるでしょう。他人が何と言おうと自分の好きなことをして人生を終る、そうした趣味に没頭できる人の生き方をうらやましく、またあこがれの気持ちをもって理解することができます。しかし日本社会においてそこまで徹しきる趣味の世界をもっている人が多いとは思えません。そうであれば、東北の半農半漁の地域社会で元気な高齢者が相互扶助で頑張る姿を自らに投影して、そこへごくわずかでも近づいていくことを考えるのが大事なことではないかと痛感しています。  筆者の友人の一人は、、都心から少し離れた永年住み慣れた団地にNPO法人を設立しました。高齢の独り住まいの方々がお互いにサポートし合う仕組みを考え、実行しているのです。地方公共団体からも注目され、評価されて、その活動は順調に推移しているそうです。友人に聞くと、最近はこうしたボランティア活動目的のNPO法人作りが盛んで、草の根運動のように各地で活動しているのだそうです。趣味の世界に没頭することはできないけれど、昔からの日本的な相互扶助の精神を持った元気な高齢者達が、ボランティア方式によって、他の疲れた、そして補助を必要とする高齢者をサポートしていくのは、案外、本道なのかもしれませんね。