知財論趣

パテント・マップの可能性

筆者:弁理士 石井 正

特許の地図
 特許公報などの情報を整理分析してあたかも地図のように分かり易く図や表のようにすることが多い。これをパテント・マップと言う。このパテント・マップが最近では広く普及してきているようだ。どこの企業でも開発決定時や市場へ新商品を出す時、あるいは他社とライセンス交渉をするとき等にごく当たり前のようにパテント・マップを作成し、社内の関係者にそのパテント・マップの内容の意味するところを説明することが普通に行われるようになってきている。技術の詳細にわたって自社と他社がどのような特許を保有しているかを一目瞭然に図にしたものだから説得力もある。

米国IBM社の場合
 このパテントマップは1970年代、米国のIBM社の本社特許部長が来日して講演をした時に「IBMでは研究開発の段階ごとにパテント・マップというものを作成して研究開発をさらに前に進めるかどうかの判断の重要な材料としている」と発言したことが、わが国での普及の契機となった。この講演で特許部長のシップマン氏はIBM社の技術開発におけるパテント・マップの役割をかなり踏み込んで説明している。開発部門と特許部門の関係者が共同してパテント・マップを作成することにより、技術開発がまだ十分に行われていない分野や、逆に他社によってしっかりと特許が確保されている分野、あるいは他社は特許を保有しているが、その特許を取得することの可能性の有無、また外国における特許の状況から外国への出願の必要性等々を把握できる可能性と、それを行うことの必要性等について言及している。

簡単ではなかったパテント・マップ
 もっとも当初のうちはごく限られた関係者しかこのパテント・マップに関心を持たなかったので、容易に普及はしなかった。その方法論もさまざまで、やたら難しく考えたり、あるいはこのパテント・マップがすべての問題を解き明かす魔法の杖であるかのように過大に期待したりで、期待はずれという批判もあれば、作成が難しすぎると愚痴が出たりという状況であった。1970年代にパテント・マップが紹介された時には、多くの関係者がそのマップというものを作成しようと試みたのであるが、それはすべて手作業であった。公報の他には、せいぜい特許の抄録カードが入手できる程度で、そのカードを数えて表を作り、大きな模造紙の上に抄録カードを配置し、ピンで留めて、それぞれをつなぐ線を色で塗り分けていったことなどが懐かしく思い出されるほどである。当時はコンピュータの活用などということは夢のまた夢であったのだ。

データベースとコンピュータ処理
 しかしその後、そうした状況も大きく変わってきた。パテント・マップを作成するための素材である特許情報のデータ・ベースが本当によくなってきた。しかも安い。きちんと揃った特許情報が安く手に入り、しかもそれがコンピュータで処理できる。したがって少し工夫し、その利用目的さえしっかりと押さえておけば、かなり目的に対応した分析やマップを作ることも困難ではなくなってきた。簡単にデータ・ベースが手に入り、コンピュータを使って加工して、さまざまに分析していくことができるとなると、これは充分にビジネスになる。実際、多くの企業がこのパテント・マップ・ビジネスに参入してきているようである。

パテント・マップ自動解析
 先日もそのパテント・マップの一つをみる機会があったが、なかなか興味深い分析が行われていた。特許公報の発明の詳細な説明をコンピュータで分析する。特にその技術用語の頻度や種類を分析することによりそれぞれの特許の相対的な距離を決め、しかも二次元上でそれを整理していく。特許の数が多くなればそれは色で表現する。こうすると大きな地図の上にお互いの技術の関連の度合いまでを表現した特許マップができる。これに出願人のグルーピングをするとさらにわかりやすくなり、技術開発や市場への参入あるいはライセンシング等の際の戦略的な判断を行うのにまことに好都合である。ある企業はこうしたサービスをネット上で行うという。インターネットで注文を受けたならば、数時間後にはやはりインターネットでその分析結果を報告するという。要するにパテント・マップの分析・作成の方法が確立してきたため、こうしたオンラインでのビジネスまでもが可能になったのである。

手作業の分析も大事
 しかしこうしたデータベースを活用したコンピュータによるパテント・マップ自動作成のプロセスとその結果を目にしていると、いささか心配なことも出てくる。いかにも詳細で緻密な分析マップが出来上がるものだから、それがあまりに説得的であって、疑念なくその結果を受け入れてしまう可能性があることだ。分析している者がそうであれば、その分析結果をもとに説明を受ける者もその可能性が高い。しかし分析はしょせん一定の理屈にしたがって分析したものであって、そのデータ以外の情報は別のことを示しているかも知れないし、分析の手法自体を検証しなければならない場合もある。ともかく一番問題なのは、その分析の詳細を詳しく知らずして、コンピュータの分析結果だけを利用しようとする傾向があることだ。分析結果をコンピュータが詳細に美しくグラフにしたりすると、それ自体が説得的になるためにそうしたことが起きる。
 作成するパテント・マップの内いくつかは、やはり昔ながらの人手による分析とグラフ、マップの作成ということが必要ではないかと痛感する。