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クレーム中のカンマの欠落によりクレームと明細書とに不整合が生じ特許が取り消されたEPO審決

 欧州特許庁(EPO)の審判部は、争点となっているクレームの文言を普通に解釈した場合、クレーム中のカンマの欠落によって引き起こされるクレームと明細書との間の不一致のために、クレームには根拠が欠けていると判断し、「主題の追加(added subject matter)」を理由に特許を取り消しました(2022年9月30日付け審決T 1473/19(以下、「本件審決」))。

 

1.事件の概要

 Schleifring GmbH(以下、「Schleifring社」)は、CTスキャナーで使用され得る非接触ロータリージョイントに関する欧州特許EP2621341B1(以下、「本件特許」)を所有しております。

 Siemens Healthcare GmbH(以下、「Siemens社」)は、本件特許のクレーム1は後述するような主題の追加を含むとして、本件特許の取り消しを求めて異議申立を行いました。しかしながら、EPOの異議部は、クレーム1はそのような主題の追加を含むものではないとして、異議申立を却下しました。

 Siemens社はこれを不服として、EPOの審判部に審判を請求しました。審判部は本件審決においてSiemens社の主張を認め、主題の追加を理由に本件特許を取り消しました。

 

2.本件特許の説明

 まず、本件特許のうち争点に関係する部分について説明いたします。本件特許のクレーム1の原文(英文)は以下の通りです。

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1. Contactless rotary joint for a CT scanner having a stationary and a rotating part, at least the rotating part comprising: a rotary joint body (200) of a plastic material, said body having a free inner bore holding a capacitive data link having a data transmission line (110) for transmission of data, and holding a rotating transformer having a rotating transformer magnetic core (220), for transmission of electrical power, having at least one winding (221, 222); the contactless rotary joint being characterized by at least one shield (141, 142) being provided for shielding electrical and/or magnetic fields generated by the rotating transformer, to reduce interference with the capacitive data link, and by at least one shield having a higher thermal conductivity than the rotary joint body (200) and adapted to help dissipating heat from the rotating transformer, said shield being thermally connected to the rotating transformer core.

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 このクレームの記載に対応して、明細書には以下のような実施形態が開示されています(本件特許の第3頁第4欄の第15行~第22行)。

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Preferably the rotary joint body is a disk shaped. It may also be drum shaped. In most cases there is a free inner bore. This is specifically required in computer tomography (CT) scanners for accommodating the patient. One of the components attached to or incorporated into the body is a contactless data link which is shown as a capacitive data link transmission line 110 in this embodiment.

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 この実施形態に対応する図1を以下に示します。

 明細書の上記の記載を参照いたしますと、図1において、ロータリージョイント本体(100, 200)には多くの場合、図示しない自由内部ボアが設けられますが、これはCTに適用された場合に患者を収容するために必要となるものです。一方、図1では容量性データリンク送信ライン(110, 210)は、それぞれ、ロータリージョイント本体(100, 200)に取り付けられまたは組み入れられます。

 

3.クレーム解釈の論点

 前述のクレーム1の原文中で太字下線で示す記載(“said body having a free inner bore holding a capacitive data link having a data transmission line”)は、動詞である“holding”がどこに係るか(主語がどれか)によって、以下に示す2通りの解釈が可能です。

・解釈a:“holding”の直前にある「自由内部ボア(a free inner bore)」が容量性データリンクを保持する主体である。

・解釈b:“having a free inner bore”は単なる挿入句であり、その前の「前記本体(said body)」が容量性データリンクを保持する主体である。

 一方、上記の図1および対応する明細書の記載によれば、明細書および図面には、上記の解釈bに相当する構成のみが開示されていることが理解されます。

 

4.異議申立での議論

 異議申立人であるSiemens社は、クレーム1の文言を普通に解釈すれば、“holding”は直前の“a free inner bore”に係り、「自由内部ボアが容量性データリンクを保持する」ものと解釈されるとして解釈aを採用し、出願当初の明細書は「前記本体が容量性データリンクを保持する」という解釈bに対応する構成しか開示していないため、クレーム1には当初明細書には開示されない追加の主題が含まれており、本件特許は取り消されるべきである、と主張しました。

 これに対して、特許権者であるSchleifring社は、クレームは明細書の文脈において解釈されるべきであるとしてクレーム1の解釈として上記の解釈bを採用し、したがってクレーム1は、当初明細書に開示されていない追加の主題を含んではいないと主張しました。EPOの異議部はこれに同意し、異議申立を却下しました。

 

5.審判の請求

 異議申立人であるSiemens社は、本件特許は取り消されるべきであるとして、EPOの審判部に審判を請求しました。異議申立人は審判を請求するにあたり、本件特許のクレーム1はそれ自体で明確であり、クレームを解釈するために明細書を参照する理由はなく、クレーム1に相当する開示が欠如していることはクレームが追加の主題を含むことを意味する、と主張しました。

 特許権者であるSchleifring社は、クレームは明細書の文脈において解釈されるべきであり、クレームに追加の主題は含まれていない、と主張しました。

 さらに特許権者は、クレーム1の文言を解釈bに適合させるためにEPC規則139に基づく訂正を求める副請求を提出しました。具体的な訂正案は、“said body, having a free inner bore, holding a capacitive data link having a data transmission line”とするもので、“a free inner bore”の前後にカンマを挿入することによって、“a free inner bore”を従属節(sub-clause)として定義しようとするものでした。

 この結果、審判部は、クレームを解釈して以下の2つの争点について判断する必要が生じました。

 ・争点① クレームに追加の主題が含まれているかどうか?

 ・争点② 提案された訂正がクレームの範囲を拡大するかどうか?

 

6.審判部の解釈(特にクレームに追加の主題が含まれているかどうかについて)

 本件では、EPOにおける主題の追加の回避不可能な罠(trap)にいかに簡単に陥りやすいかということに加えて、EPC第84条がクレーム解釈に関連するかどうかという非常に興味深い問題が扱われています(このEPC第84条は、許可クレームに明細書を一致させるように補正を要求することを正当化する根拠としてしばしば用いられる条文です)。EPC第84条に加えて第69条(1)は、クレームの保護範囲について言及する条文であり、これら2つの条文は以下のように規定しています。

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 ・EPC第69条(1):欧州特許または欧州特許出願によって与えられる保護の範囲は、クレームによって決定されるものとする。ただし、明細書および図面はクレームを解釈するために使用されるものとする。

 ・EPC第84条:クレームは、保護が求められる事項を定義するものとする。クレームは明確かつ簡潔であり、明細書によって裏付けられているものとする。

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 審判部は、本件審決の項目3.3において、確立された判例法に従って、クレームは、「技術的に理にかなっておりかつ特許の開示全体を考慮したクレーム解釈に到達するように、要素を統合する傾向をもって、取り壊すのではなく構築するように試みるであろう」当業者の目を通して解釈されなければならない、と指摘しました(審判部の判例法、2022年第10版、II.A.6.1、第1段落)。

 しかしながら、審判部は、クレームを解釈するために明細書および図面を使用すべき程度に関する互いに異なる判例法があることに注目しました。多くの審決では、明細書および図面は、クレームを解釈しかつその主題を特定するために使用されましたが(審判部の判例法、2022年第10版、II.A.6.3.1、第2段落)、他の審決では、明細書および図面は、不明確なクレームの特徴を解釈するためにのみ使用され、明確な用語は、明細書および図面を考慮することなく解釈されました(T 197/10T 1127/16

 興味深いことに、審判部は、本件審決の項目3.8において、次のような見解を述べています。

 「EPC第69条およびそのプロトコル(議定書)は、特許クレームの解釈についての規則を含む、EPCにおける唯一の規定である。EPC第84条の第1文はそのような規則を含んではいない。」

 むしろ、EPC第84条の第2文に基づく特定の要件(明確さについては、たとえば、T 6/01の理由14を参照)、およびEPC第84条の第1文に基づく一般的要件(T 3097/19の理由28および28.1を参照)の双方の基礎をなす理論的根拠は、保護範囲の境界を明確にすることを可能にすることです。言い換えれば、EPC第69条の下で決定されるべき、特許によって付与される保護を可能にするという目的を達成できるように、クレームはEPC第84条に基づく要件を満たさなければなりません(G 2/88、理由2.5を参照)。しかしながら、EPC第84条は、特許クレームをどのように解釈するかについては何も述べておらず、せいぜい、明確さを評価する際に適用される基準を定義しているだけです。

 審判部はさらに、本件審決の項目3.13の中で、特許クレームは、どのようなテキストにおいてもなされるように、明細書を含む文脈において解釈されなければならないと述べ、T 556/02およびT 1646/12に同意し、さらに次のように付け加えました。

 「明細書および図面は、クレームされた主題に関する、文脈に特有の情報(context-specific information)を提供する。当業者の観点から特許クレームを解釈する際にこの情報を考慮することにより、クレームの解釈がより正確になり、法的確実性に貢献する。よくあることだが、特許権者がクレームにおいて特異な用語を使用している場合は、なおさらである。」

 しかしながら、クレームを解釈する際に明細書がどの程度考慮されるべきかを評価する際に、審判部は、本件審決の項目3.16で、クレームはより重要であり、これはEPC84条に適合することを強調しました。

 「議定書第1条と関連させたEPC第69条の適用可能性から、明細書はクレームと同じ重要性を有するものと推測してはならない。」

 EPC第69条(1)の第1文によれば、クレームのみが保護の範囲を決定します。審判部は、この問題に関してEPC第69条(1)の第1文とEPC第84条の第1文との間に矛盾はないと指摘しました。

 また、審判部は、本件審決の項目3.16.2において、審判部の判例法、2022年第10版、II-A 6.3.1、第3段落に記載されている確立された原則、すなわち、クレームと明細書との間の不一致は、クレームの明確な言語構造を無視してそれを異なった形で解釈することの正当な理由ではなく(T 431/03)、またはそれ自体が熟練した読者に対して明確で信頼できる技術的教示を与えるクレームの特徴に異なる意味を与える正当な理由ではないこと(T 1018/ 02T 1395/07T 1456/14T 2769/17、を確認しました。

 

7.審判部の結論

 (1)クレームに追加の主題が含まれているかどうかについて

 審判部はまず、本件特許クレーム1の争点となっている、カンマが欠落している記載について、当業者であれば「自由内部ボアが容量性データリンクを保持する」ことを必要とする解釈aを採用するであろう、と結論付けました。

 審判部は、この解釈aは「技術的に理にかなっており妥当」であり、特許権者の主張に反して、当業者には技術的な理由でこの解釈aから逸脱する理由はない、と述べました。そして、本件審決の「審決の理由(Reasons for the Decision)」の項目4.4において以下の点に注目しました:

 ① 解釈aに従って理解されるクレームの特徴、すなわち「自由内部ボアが容量性データリンクを保持する」ことが明細書または図面に開示されていないという事実は、この解釈aに反するものではないこと。

 ② 明細書も図面も、解釈aに従って配置された(さらなる)容量性データリンクの存在を排除するものではないこと。

 ③ EPC第123条第2項(出願時の内容を超える対象を含める補正を禁止する規定)に準拠する方法でクレームを解釈すべきというクレーム解釈上の原則が存在しないこと。

 ④ 明細書および図面とは異なって、当初の出願は、EPC第69条(1)第2文においても言及されていないこと。

 ⑤ 明細書および図面は、解釈aが技術的に無意味であるか、またはクレームされた発明と矛盾すると思わせる内容は何も含まれていないこと。この明細書は、争点となっている機能の定義を含んでいないこと。

 ⑥ 例えば、解釈aに従って配置されていない容量性データリンクを備える実施形態について言及することは、解釈aの代わりに解釈bを適用する十分な理由にはならないこと。

 したがって、審判部は、クレームの記載の通常の意味から逸脱する理由はないと判断し、特許付与されたクレームには追加の主題が含まれると認定しました。

 (2)提案された訂正がクレームの範囲を拡大するかどうかについて

 審判部はまた、特許権者による訂正の副請求も却下しました。EPOに提出された書類における誤りの訂正については、EPC規則139は以下のように規定しています。

 「欧州特許庁に提出された書類における言語上の誤り,転写の誤り及び錯誤は,請求に基づいて訂正することができる。ただし,訂正の請求が明細書,クレーム又は図面に関するものである場合は,その訂正は,訂正の申出がされている以外の何物も意図していないということが即時に明らかであるという意味において,『明白(obvious)』でなければならない。」

 審判部は、上記の(1)と同じ解釈を適用して、提案された訂正は、保護範囲を許容できないほど拡大するものであると認定し、そしてクレームは技術的に意味をなしていることから、提案された訂正を行うことは「明白」ではなかったであろうと認定しました。

 以上の結果、審判部は特許を取り消しました。

 

8.実務上のコメント

 以上のように、クレーム中において、従属節を区切るためのカンマを欠落したことによって、クレームと明細書との間に不一致が生じてしまい、特許が取り消されるという深刻な事態を招いてしまいました。今回の審判部の見解を分析しますと以下の点に注目する必要があると考えられます。

 第一に、審判部が、EPC第84条がクレームの解釈に関するものであるという主張を却下したことは興味深いことです。この条文は、GL: H-V 2.7 に基づいて、許可されたクレームに整合するように明細書を補正する要求を正当化するためによく使用されます。したがって、この審決は、そのような補正がEPC第84条によって正当化されることを示唆する他の審決に対して異議を唱えるものとなります。

 ただし、本件の場合、もしもEPOが審査手続き中にそのような要求を行っていたら、より早い段階で矛盾点が注目され、特許の取り消しを回避できた可能性があります。

 第二に、審判部が、本件審決の項目4.4において、EPC第69条が出願当初の明細書および図面について言及していないことを述べている点についても注目すべきであります。

 これは、明細書の補正がクレームの異なる解釈につながる可能性があることを強調しているように見え、したがって、明細書を補正する際には、不用意に主題を追加しないように注意が必要であることが強調されています。

 

[情報元]

1.D Young & Co Patent Newsletter No.95 June 2023

 “T 1473/19: claim interpretation in view of the description”

 (https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/t-1473-19-claim-interpretation

2.T 1473/19 30-09-2022(本件審決原文)

 (https://new.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t191473eu1

[担当]深見特許事務所 堀井 豊