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IPR請願人の弁駁書に新たな理由および証拠を含めることができる場合についてのCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当事者系レビュー(IPR)手続中に提示された新たな無効理由の問題に対処し、IPR請願人が以前に提起された主張を単に拡張し、「全く別個の無効理由」を申し立てることなく特許権者の主張に弁駁する場合、不適切に新たな無効理由を申し立てたとは言えないと判断しました。CAFCはさらに、特許権者は、どの理由が新しいとされるのかを指摘することなく包括的に(generally)異議を唱えたことにより、新たな無効理由に関する主張を放棄したと結論付けました。

              Rembrandt Diagnostics, LP v. Alere, Inc., Case No. 21-1796 (Fed. Cir. Aug. 11, 2023)

 このCAFC判決を、下記項目「3」で補足的に言及する別のCAFC判決と区別する趣旨で、以下「本件判決」とします。

1.事件の経緯

 (1)Rembrandt Diagnostics, LPによる特許侵害訴訟の提起、およびAlere, Inc.によるIPRの請願

 この紛争は2016年にRembrandt Diagnostics, LP(以下「Rembrandt社」)がAlere, Inc.(以下「Alere社」)を特許侵害で地方裁判所に訴えたときに始まりました。

 この侵害訴訟の被告であるAlere社は、体液を検査するための検査装置および検査方法に向けられたRembrandt社の特許(US6,548,019)に異議を唱えるIPR請願書を提出しました。そのため、地方裁判所の特許侵害訴訟は、当該IPRについての控訴審におけるCAFCの判決が出るまで保留されています。

 (2)特許審判部によるIPR開始の拒否と、Alere社によるCAFCへの1回目の控訴

 Alere社はIPR請願書において、Tydings引例、MacKay引例、May引例、Lee-Own引例、およびCharm引例を引用し、これらの引用文献のうちの単独または所定の組合せにより、特許クレームの特許性がないと主張しました。その主張の中には、後に問題となる、2通りの組合せ、すなわち、①Charm引例またはMay引例を考慮してMacKay引例により、あるいは、②MacKay引例またはLee-Own引例を考慮してTydings引例により、自明であるとの主張が含まれていました。しかしながら特許審判部(PTAB)は、①の組合せ、および②の組合せによるクレームの無効についてはIPRの開始を拒否し、その他の無効理由についてのみIPRを開始して一部のクレームの新規性を否定する最終書面決定を発行しました。

 それに対してAlere社は、PTABがIPR請願書で主張された無効理由のすべてを審理することを求めてCAFCに控訴し、CAFCは、Alere社の主張を認めてPTABに差し戻しました。CAFCのこの判断は、2018年言渡しのSAS Institute Inc. v. Iancu事件連邦最高裁判決の「米国特許商標庁は、IPR申請された全てのクレームについて、特許性の有無についての審理を行わなければならない」との判旨に基づいています。この最高裁判決については、下記「情報元3」をご参照下さい。

 (3)CAFCからの差戻審における当事者の主張

 差戻審においてPTABは、Alere社に対し、IPR請願書で主張された無効理由のすべてを説明(briefing)するように指示しました。

 Rembrandt社は、専門家の宣誓証書なしで特許権者の答弁書を提出しました。それに対してAlere社は、専門家の宣誓証書を添付し、Rembrandt社がその答弁書で提起した主張、および、PTABがそのIPR開始に関する当初の決定で提起した主張に反論する弁駁書を提出しました。

 Rembrandt社は、「Alere社が新たな無効理由に依拠して弁駁した」と包括的に主張して、新たな無効理由とされる理由に反論したものの、問題となる2通りの先行文献の組合わせ(上述の①および②)自体に対しては、特に異議を唱えませんでした。

 (4)PTABの判断

 Alere社の専門家の証言に依拠して、PTABは、Tydings引例、MacKay引例等の組合せに基づいて、問題となっているクレームは特許性がないと判断する最終的な書面による決定を出しました。

 問題となっていた特許クレームのうち、従属クレーム10は、「装置が追加の分析検査用帯片(assay test strips)を備えており、体液内の別個の分析対象物の存否を検知する追加の分析検査用帯片を備え、分析用帯片のすべてが単一の流れ制御チャネル内に配置されている」ことに限定されています。このクレームについてPTABは、Charm引例またはMay引例を考慮してMacKay引例(上述の①の組合せ)により自明であると判断しました。

 さらに、問題となっていたクレーム3-6については、PTABは、MacKay引例またはLee-Own引例を考慮してTydings引例(上述の②の組合せ)により自明であると判断しました。この点についてPTABは、Alere社が、当業者であれば何故「吸湿性材料を取り除いて流れ制御チャネルをコンテナの底部に向けて再配置する」ようにTydings引例を修正するであろうかという質問に関して信頼できる専門家証言および文書の証拠に依拠したものと認めました。

 (5)Rembrandt社によるCAFCへの2回目の控訴

 Rembrandt社は、特許庁長官の再審理(Director Rehearing)を要請しましたが失敗に終わり、PTABの決定に対してCAFCに再び控訴しました。その訴状においてRembrandt社は、「PTABはAlere社の新たな無効理由と証拠に依拠して裁量を乱用しており、PTABの決定を裏付ける実質的な証拠が不足している」と主張しました。

 

2.CAFCの判断

 (1)新たな無効理由に関するCAFCの基本的な立場

 CAFCはまず、「Rembrandt社が、問題となっている自明性の理由に対して、明示的ではなく包括的に異議を唱えたことにより、結果として、上述の①および②の組合せによる無効理由を含む新たな無効理由に対する主張を放棄した(forfeited)かどうか」を検討しました。その判断に際してCAFCは、IPR請願書における主張より広範であるために、IPR請願人の弁駁が許容範囲を超えていた事案、および、より広範な弁駁が適切であったと判断された事案のそれぞれについての過去の他の事件の判決と対比しました。

 CAFCは、Rembrandt社が、「上述の①および②の先行文献の組合せには言及することなく、それ以外の他の新たな無効理由とされる理由を特定し、それらに異議を唱えた」という事実を強調し、上述の①および②の先行文献の組合せに基づく無効理由を含むAlere社の主張に対するRembrandt社の包括的な(general)反論は、特許の無効を覆すには不十分であると判断しました。その結果、「新たな無効理由」についてのRembrandt社の主張は放棄されたと結論付けました。CAFCは、そのような包括的な異議の主張では適切な通告(adequate notice)とはならないため、当事者とPTABにとって不公平であると指摘しました。

 ただし、CAFCは、新たな無効理由に対するRembrandt社の主張がされていたとしても、Alere社の弁駁書での主張は、許容範囲を超えた新たな無効理由と証拠を構成しないと結論付けました。その理由は以下の通りです。
 CAFCが指摘したように、IPR請願人はその弁駁書において、各クレームに対する無効の申立ての理由を裏付ける証拠を詳細に特定しなければならず、また、特許権者の答弁書、またはIPR開始決定で提起された主張に対してのみ弁駁することができます(37C.F.R.(米国特許規則)§42.23(b))。

 CAFCはさらに、IPR請願人が、請願書で特定されていなかった先行技術の開示または実施形態を持ち出して、特許無効の新たな理由について弁駁書で「実質的に異なる主張」をすることは、容認できないと説明しました。ただし、特許権者の答弁書に対する弁駁において、以前に提起された主張を単に拡張することは認められます。同様に、IPR請願人は、特許権者によって提出された証拠に対する正当な応答である場合、新しい証拠を提出することができます。

 (2)Alere社の無効理由の主張について

 Alere社の新たな無効理由の主張に目を向けて、CAFCは、Alere社は以前の主張を拡張し、Rembrandt社の主張に反論しただけだと結論付けました。以下、具体的に説明いたします。

 ①の組合せについて

 CAFCは、Alere社がIPR請願書の中で、当業者であれば、複数の分析用検査帯片によって複数の検査を同時に実施できるようにすることで「効率を高める」ために、Charm引例またはMay引例を考慮してMacKay引例の開示を修正し、クレームされた発明を導くことができたであろうと主張したことを挙げました。

 MacKay引例は1つの検査用帯片(test strip)を保持する検査用帯片ホルダーを開示しています。このMacKay引例では、ホルダーの一端が開いており、液体が内側の唯一の検査用帯片に到達できるように液体が入ることができます。Charm引例は、「検査装置はさまざまな検査に向けた1つ以上の検査用帯片を使用する場合がある」と開示しています。May引例は、「多孔質固相材料の2つ以上の別個の本体のそれぞれが、可動試薬と固定化試薬を担持する別個の帯片を組み込むことができる」と記載しています。

 Rembrandt社は、Charm引例およびMay引例はそれらを組合せることの動機付けを提供しなかったと反論しました。それに対してAlere社は弁駁書の中で、当業者は、「複数の分析検査用帯片を有することによって複数の異なる分析対象物の同時検査を可能にすることは、コストと時間を節約する」と理解するだろうと主張しました。

 またCAFCは、Alere社の費用と時間の節約の議論はRembrandt社の反論と「関連性(nexus)」があり、Alere社の以前の「効率の向上」に関する主張(すなわち、IPR請願書の中での、当業者であれば、複数の分析用検査帯片によって複数の検査を同時に実施できるようにすることで「効率を高める」ために、Charm引例またはMay引例を考慮してMacKay引例の開示を修正し、クレームされた発明を導くことができたであろうという主張)を拡大しただけであると判断しました。

 ②の組合せについて

 CAFCはまた、当業者がTydings引例の開示を修正する動機となる理由を説明するために、MacKay引例とLee-Own引例のこれまで特定されていなかった開示に対するAlere社の引用を承認しました。CAFCは、Alere社の新しい証拠はRembrandt社の動機付けの欠如の主張に反論するものであり、Alere社は「実質的に異なる主張」を進めるための新しい実施形態を引用していないことを認めました。むしろAlere社の弁駁書には、同じ先行技術文献に基づく同じ法的根拠が含まれていました。したがってCAFCは、Alere社の弁駁書の主張は実質的に新たな無効理由を構成しないと結論付けました。

 最後に、CAFCは、PTABの自明性の決定は実体的な証拠によって裏付けられていると判断しました。

 これらの理由に基づいて、CAFCは、PTABによる特許無効の決定を支持する判決を下しました。

 

3.本件判決と状況および判旨が類似する、最近の別のCAFC判決について

 上述した本件判決が言い渡された日の4日前に(2023年8月7日)に、3名の裁判官のうちの1名のみが重複する別の事件のCAFC判決(Axonics, Inc. v. Medtronic, Inc., Case No. 22-1532 (Fed. Cir. Aug. 7, 2023) (Dyk, Lourie, and Taranto, JJ.))が言い渡されており、本件判決と状況および判旨に類似点がありますので、当該別のCAFC判決の概要を以下に補足します。

 当該別の判決においてCAFCは、IPR手続の開始後に特許権者によって提示された新しいクレーム解釈の問題に対処し、請願書で使用されているのと同じ従来技術の同じ実施形態に依拠している限り、IPR請願人は、特許権者の新しいクレーム解釈の下で特許無効を主張する権利があると判断しました。判決の詳細については、下記「情報元3,4」ご参照下さい。

 この判決においては、Axonics社がその弁駁を裏付けるために、請願書で依拠した同じ実施形態に関連する先行技術文献における追加の開示を引用する補足専門家宣言を提出しました。これついてCAFCが、弁駁書では本来認められない実質的に新たな無効理由の主張あるいは実施的に新たな証拠の提出とは言えず、IPR請願書で主張を単に拡大したものであるとして、Axonics社の弁駁書での主張を受け入れた点で、上述の「本件判決」と判旨が基本的に共通すると言えます。

 

4.実務上の留意点

 本件判決および補足説明した別のCAFC判決より、IPR請願人が特許権者の答弁書に対する弁駁書を作成するに際して、次の点に留意すべきことが読み取れます。

 (1)弁駁書での主張および新たな証拠の提出は、特許権者の答弁書における主張およびIPR開始決定におけるPTABの見解に対して反論するものであることが必要です。

 (2)また、弁駁書での主張は、IPR請願書における主張との関連性があることが必要であり、IPR請願書での主張を実質的に逸脱することは許されません。
 (3)上記項目「3」で補足的に説明した別のCAFC判決は、本件判決で「IPR請願書での主張と関連性があること」の具体例として、弁駁での新たな主張が、IPR請願書での主張の根拠となる先行文献に記載された、同じ実施形態に基づく場合を挙げており、「IPR請願書での主張を実質的に逸脱する」かどうかの判断に際しての境界線の一具体例として参考になります。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “Petitioner Reply May Include New Evidence if Responsive to Patent Owner and Based on Original Legal Contentions” (August 24, 2023)

              https://www.ipupdate.com/tag/reply-brief-arguments/

 

2.Rembrandt Diagnostics, LP v. Alere, Inc., Case No. 21-1796 (Fed. Cir. Aug. 11, 2023)判決原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/21-1796.OPINION.8-11-2023_2172379.pdf

 

3.JETRO NY 知的財産部 「最高裁SAS事件判決、PTABはIPR申請された全てのクレームの審理が必要」(2018年4月24日)

              https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2018/20180424-2.pdf

 

4.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “New Claim Construction in Patent Owner’s Post-Initiation IPR Response? Sure, Charge Away”(August 17, 2023)

              https://www.ipupdate.com/2023/08/new-claim-construction-in-patent-owners-post-initiation-ipr-response-sure-charge-away/

 

5.Axonics, Inc. v. Medtronic, Inc., Case No. 22-1532 (Fed. Cir. Aug. 7, 2023)判決原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1532.OPINION.8-7-2023_2169283.pdf

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登