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当事者系レビュー中の特許審判部によるクレーム修正却下を支持したCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当事者系レビュー(IPR)手続き中における特許権者によるクレーム修正の申し立てを却下した、特許審判部(PTAB)の決定を支持し、提案されたクレームが元のクレームと比較して全体として広い場合、クレームの修正は不適切であると説明しました。

              Sisvel International S.A. v. Sierra Wireless, Inc., et al., Case Nos. 22-1387; -1492 (Fed. Cir. Sept. 1, 2023) (Prost, Reyna, Stark, JJ.)

 

1.事件の背景

(1)Sierra Wireless, Inc.によるIPR請願書の提出

 Sisvel International S.A.(以下「Sisvel社」)は、携帯電話等の移動端末と中央のモバイル交換センターとの間のセルの再選択に関連する、周波数情報の交換に依存する方法および装置に関する2件の特許(米国特許第7,433,698号および第8,364,196号)を所有しています。Sierra Wireless, Inc.(以下「Sierra社」)は、「Sisvel社の特許のクレームは、特定の先行技術文献により新規性および/または非自明性がない」と主張して、IPRの請願書を提出しました。

 IPR手続き中においてSisvel社は、1件の特許(米国特許第7,433,698号)のクレームを修正するという申し立てを提出しました。その中でSisvel社は、元の特許クレーム10が、「接続拒否メッセージの(of)少なくとも1つの周波数パラメータの情報に少なくとも部分的に基づいて(新たな接続試みに対する少なくとも1つのパラメータの)値を設定する」との記載に代えて、「接続拒否メッセージ内に含まれる(contained within周波数パラメータを使用するだけで値を設定できる」と記載した代替クレームを提出しました。

 なお、米国特許第7,433,698号に対応する日本特許出願は、特表2003-520537(下記「情報元4」)として公表されており、米国特許のクレーム10は、公表公報の請求項11に対応します。また、明細書の実施形態等の記載の大部分と図面は、米国特許および日本公表公報と共通です。

(2)PTABの判断と、Sisvel社によるCAFCへの上訴

 IPR手続き中、PTABは、2件の特許に含まれる「接続拒否メッセージ」“connection rejection message”というクレーム用語に、「接続を拒否するメッセージ」という平易で通常の意味を与えるべきであると認定しました。

 PTABはまた、1件の特許のクレームを修正するというSisvel社の申し立てを、「値の設定」に関連する限定に焦点を当てて、元のクレームの要件と修正された代替クレームの要件とを比較し、修正はクレームの範囲を容認できないほど拡大したと判断して、当該修正を却下しました。その理由としてPTABは、提案された代替クレームでは、設定される値は接続拒否メッセージの情報に基づく必要はなく、したがって、代替クレームはこの点で元のクレームよりも広範であると述べました。

 PTABはより具体的に、クレームの文脈において、「使用する(using)」は「基づいて(based on)」よりも広範な意味を持つと指摘しました。すなわち元のクレーム10の文言は、新たな接続設定の試みに対する値が少なくともいくつかの局面で周波数パラメータによって(基づいて)影響を受けることを要求していますが、代替クレームはこの要件を削除しました。このようなクレーム要件の削除はクレームを拡張するものであるとPTABは結論付けました。

 さらに、元のクレーム10は、少なくとも1つのパラメータの値が少なくとも1つの周波数パラメータの情報に少なくとも部分的に基づいていることを要求していますが、代替クレームは、少なくとも1つの周波数パラメータの値が、必ずしも周波数パラメータにおける何らかの情報を使用するものではなく、周波数パラメータを使用することだけを必要としています。すなわち、代替クレームでは周波数パラメータのみが使用されますが、元のクレーム10においては、パラメータからの少なくとも何らかのコンテンツ(すなわち情報)が用いられなければなりません。周波数パラメータの存在を使用するだけの実施例は代替クレームの範囲内になるでしょうが、元のクレーム10の範囲外であり、したがって代替クレームは元のクレーム10よりも広いということができます。

 修正の申し立てを却下した後、PTABは元のクレームは先行技術文献により新規性、非自明性がないと結論付けました。それに対してSisvel社はCAFCに上訴しました。

 

2.CAFCの判断

(1)クレーム解釈の争点について

 問題となっているクレームは、特に、モバイルデバイスに特定の情報を与えるための「接続拒否メッセージ」の使用に焦点を当てています。この用語は、特許明細書およびクレームの両方を通して使用されていますが、明示的には定義されていません。重要な争点は、単に「接続を拒否するメッセージ」を意味するように広く解釈されるべきであるか、あるいは、明細書に記載された「移動局からの接続要求を拒否するGSMまたはUMTS通信ネットワークからのメッセージ」に狭く限定されるべきであるか、ということでした。本件訴訟において特許権者は、先行技術の開示との差を出すために狭いクレーム解釈を求めていました。

 ここで、「GMS」は”Global System for Mobile Communications”の略であって、デジタル携帯電話に使われている無線通信方式の1つであり、「UMTS」は”Universal Mobile Telecommunications System”の略であって、ヨーロッパにおける「GMS」の発展形としての第3世代移動通信システムの規格を意味します。

(2)用語の解釈について

 Sisvel社は、PTABの「接続拒否メッセージ」の広い解釈に異議を唱え、この用語は明細書に開示されている特定のセルラーネットワークからのメッセージに限定されるべきであると主張しました。それに対してCAFCは、内部証拠(intrinsic evidence)は、クレームを特定のセルラーネットワークの開示に限定するための説得力のある根拠を提供していないと判断し、Sisvel社の主張を却下しました。PTABのクレーム解釈に同意した上で、CAFCは、クレームされた発明は先行技術文献により特許性がないとのPTABの決定を支持しました。

(3)修正された代替クレームが保護範囲を拡大したかどうかについて

 Sisvel社はまた、Sisvel社がクレームを修正することを許可することをPTABが拒否したことに異議を唱えました。Sisvel社は、すべての限定を全体として考慮した場合、修正された代替クレームの範囲が元のクレームよりも狭いとして、提案された代替クレームが元のクレームよりも広いと認定したPTABの判断は誤りであると主張しました。

 それに対してCAFCは、「IPR中のクレームの修正により,特許クレームの範囲を拡大すること,又は新規事項を導入することはできない」ことを規定する35U.S.C.(米国特許法)§316(d)(3)を引用して、特許権者がIPRの審理中にクレームを修正しようとする場合、修正されたクレームは「特許のクレームの範囲を拡大することはできない」と指摘しました。CAFCは、クレーム要件の削除は、結果として生じる修正されたクレームを拡大することがあり、本件はそれに該当すると結論付けました。CAFCは、Sisvel社の主張を却下し、代替クレームが「いずれかの点でより広くなっていれば、他の点で狭くなっていたとしても、元のクレームよりも広いと見なされる」と説明しました。

 修正された代替クレームは、PTABの判断において先に説明したように、少なくとも2つの点でより広範であり、修正は不適切であったため、CAFCは、PTABがSisvel社のクレームの修正の申立てを却下する裁量を乱用していないと判断しました。

 クレームの用語の解釈に際して、PTABおよびCAFCはいずれも、2005年のCAFC大法廷判決で示された「Phillips基準」を適用しました。「Phillips基準」では、クレームは、クレーム、明細書、および審査履歴を含む内部証拠に基づき、当業者が理解する明白で通常の意味に従って解釈されます。明細書は、発明内容の手引きとしての役割を果たしますが、明細書に記載された実施形態内に見出される限定は、特許権者がクレーム範囲を限定する明確な意図を見出せない場合には、クレームの解釈に際して考慮されるべきではありません。また、辞書の定義などの外部証拠はそれほど重要ではありません。

 

3.実務上の留意点

(1)上述したSisvel International判決においてCAFCは、IPR手続き中に修正された代替クレームが提出された場合、クレームされた発明の構成要件のうち、代替クレームのいずれかの構成要件についてより広く修正されれば、その他の構成要件についてたとえ狭く修正されたとしても、代替クレーム全体として拡大されたものとみなしています。この点は、IPR手続きにおけるクレームの修正のみでなく、審査段階において保護範囲を拡大するクレームの補正が許されない場合の対応に際しても、考慮すべきであると思われます。

(2)クレームを広く解釈することと、明細書の記載から限定を導入して狭く解釈することとの間の対立関係は、上述したSisvel International判決の5日後の2023年9月6日に言い渡された、Dali Wireless, Inc. v. CommScope Techs LLC事件CAFC判決(下記「情報元3」)でも示されました。このDali Wireless事件において、特許権者は、その特許の有効性の主張を裏付けるために、「any」という用語は特定のリモートユニットに限定されるものとして狭義に解釈すべきであると主張しました。特許権者が提案した解釈をサポートする実施形態が存在するにもかかわらず、CAFCは、クレームの範囲を特定の実施形態に限定する明確な意図を見出せなかったことから、狭い解釈を採用することを拒否しました。

 このDali Wireless判決と、上述したSisvel判決とは、クレームの要件について、明細書の記載に基づいてより狭義に解釈されるべきであるとする特許権者の主張を却下した点で、共通しています。

 どちらのケースも、CAFCが、クレームの文言がより広い意味を表わし得る場合、クレームを明細書に記載の実施形態に限定する解釈を行なうことを躊躇していることを示しています。特許取得に際してこのような状況に対処するためには、審査段階において、明細書に記載された実施形態を綿密に調べ、それらの実施形態のみをカバーする明示的な限定を加えるようにクレームを補正することを検討する必要があります。また、出願段階あるいは審査段階において、そのような明示的な限定を記載した、上位概念の広いクレームに従属するクレームを含めることも、有効な手段であると言えます。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “Less Is More: IPR Claim Amendments May Not Enlarge Claim Scope” (September 14, 2023)

              https://www.ipupdate.com/2023/09/less-is-more-ipr-claim-amendments-may-not-enlarge-claim-scope/

 

2.”Sisvel International S.A. v. Sierra Wireless, Inc., et al., Case Nos. 22-1387; -1492 (Fed. Cir. Sept. 1, 2023)” 判決原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1387.OPINION.9-1-2023_2184217.pdf

 

3.”Dali Wireless, Inc. v. CommScope Techs. LLC, No. 20-1045 (Fed. Cir. Sept. 6, 2023)” 判決原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/20-1045.OPINION.9-6-2023_2185732.pdf

 

4.米国特許第7,433,698号対応の日本特許出願の公表公報(特表2003-520537)

              https://www.j-platpat.inpit.go.jp/gazette_work3/domestic/A/415520000/415520500/415520530/415520537/C055B0C701039CA7945DA55DC88C36ABEA7E41F31863BEFA8498ECF1A0864C14/JPA%202003520537-000000.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登