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UPCの最新の利用状況およびUPCでの注目の争点

 統一特許裁判所(UPC)協定が2023年6月1日に発効してから5か月以上が経過しました。本稿では、UPCという新しいシステムがスタートしてから最初の数か月間で実際にどのように運用されたかについて、欧州代理人からの情報に基づいてレポートいたします。

 

1.新制度の利用状況

(1)単一効特許

 この新制度はまず特許権者に、新たに創設された単一効特許を取得するオプションを欧州特許出願の許可後に提供し、このオプションを選択した場合には、単一の特許でUPC協定加盟の最大17のEU締約国での保護を与えます。

 単一効特許の申請数は、UPC協定が発効した直後の2023年7月には単月で2,883件と急増し、現在ではある程度落ち着いているようです。直近の2023年10月には、単一効を求める2,161件の申請が提出されました。2022年度の1年間には、EPOは約80,000件の特許を付与しましたが、これは月にするとに約6,700件に相当します。2023年度にも同様の数量の特許が付与されると仮定すると、2023年10月の単一効申請数(2,161件)は、付与された特許(6,700件)の約32%に相当します。

 なお、2023年9月中旬の時点で、約560,000件という大量の既存の欧州特許および欧州特許出願がUPCの管轄からオプトアウトされたことから、特許権者がUPCの管轄から外れることに大きな関心を有しているものと推測されましたが、今のところ単一効特許を取得する新しいオプションはある程度普及しつつあるように思われます。

 以下の表は、2023年11月16日時点で提出された単一効特許申請の累積数を出願人の居住国別に示しています。参考に、2022年に各国の出願人によって提出された欧州特許出願の総数も併せて示します。

 

国名

欧州特許出願(2022年度1年間における総数)

単一効特許の申請件数(2023年11月16日時点での累算)

米国

48,088

1,990

ドイツ

24,684

2,675

日本

21,576

502

中国

19,041

709

フランス

10,900

1,026

韓国

10,367

373

スイス

9,008

789

オランダ

6,806

510

イギリス

5,697

602

 この表からわかるように、出願人が拠点を置く国によって、単一効特許の早期取得には顕著な違いがあります。特に、これまでのところ、ヨーロッパ、特にドイツ、フランス、英国に拠点を置く出願人からの単一効特許の利用率が著しく高いようです。対照的に、米国や中国など、欧州以外からの出願人による取得率は低いです。注目すべきは、これまでのところ日本の出願人による単一効特許の申請数がその出願総数に比較して特に少ないことです。単一効特許の取得率について何がこのような差異を引き起こしているのかは明らかではありません。

 考えられる説明の1つは、欧州の出願人は、欧州以外の出願人よりも新しいシステムを熟知しており、この初期段階においても単一効特許を取得することの意義をよく理解していることにあるように思われます。また、欧州の出願人にとっては、単一効特許によって提供される多くのEU諸国での保護の方が、英仏独など欧州の少数の大国のみでの保護を望むであろう米国、中国、日本などの欧州以外の出願人に比べて魅力的である可能性もあります。また、そのような欧州以外の出願人にとって、英国、スイス、スペインなどの特定の重要な欧州諸国がUPC協定の締約国ではなく、単一効特許の対象になっていないことが利用率に影響している可能性があることにも留意する必要があります。

 単一効特許がどの程度広く採用されるかについてより明確な全体像が明らかになるまでには、さらに時間を要するものと考えられます。ただし、このシステムがスタートしてまだ数ヶ月しか経っていないことを考えると、特にヨーロッパに拠点を置く出願人の間では、最初のデータはかなり高いレベルの普及率を示唆しているようです。

(2)統一特許裁判所(UPC

 次に、UPC協定は、EPCおよびUPC協定の双方に加盟する国における特許訴訟のための新しい国際的なUPCを発足させました。既存のポートフォリオに対して特許権者や出願人によって大量のオプトアウトが申請されている一方で、未だオプトアウトされておらずしたがってUPCの裁判管轄下にある欧州特許が多数残っています。そして、UPCの活動開始から最初の数ヶ月間ですでに多くの訴訟が提起されています。2023年9月17日の時点で、UPCでは37件の侵害訴訟と7件の取消訴訟が開始されています。被告の答弁期間は3ヶ月であり、取消の反訴も含まれる可能性があるため、被疑侵害者が答弁を提出するにつれて、取消訴訟の数は今後数か月間で急速に増加すると予想されます。

 対応する侵害訴訟がない場合に、UPCが取消訴訟の人気の裁判所となるかどうかは今後も見ていく必要があります。2023年10月上旬までにそのような訴訟が提起されたのは6件だけですが、ちなみに、EPOでは毎年約4,000件の異議申立が提起されています。UPCでより多くの訴訟が審理され、判例法が発展するにつれて、これは変わる可能性があります。もう1つの要因は、UPCでの取消に関連するコストが高いことです。現在、UPCでの取消訴訟の提起には20,000ユーロの手数料がかかりますが、EPOでの異議申立の場合は880ユーロです。

 

2.新制度の下での注目の争点

 UPCは、申し立てられた訴訟の処理を迅速に進めており、特定の問題が処理され始めています。そのいくつかを以下に報告します。

(1)UPCのどの部門が訴えを管轄するのか?

 UPC協定の33条(1)によれば、侵害訴訟は、侵害が発生したUPC締約国、または被告/被告の1人が居住地または主たる事業所を有するUPC締約国によってホストされたUPC地方部、またはそのような締約国が参加するUPC地域部に提起されなければなりません。もしも当該締約国が地方部をホストせず、地域部にも参加していない場合には、訴訟は中央部に提起されなければなりません。

 UPC協定33条(4)によると、UPC協定による取消訴訟は中央部に提起されなければなりません。もしも同じ特許に関連する同じ当事者間の侵害訴訟がUPCの地方部または地域部に提起されている場合、取消訴訟は同じ地方部または地域部にのみ提起できます。しかし、同じ当事者および同じ特許に関する侵害訴訟と同じ日に取消訴訟が提起された場合はどうなるでしょうか?

 この質問は、EP 2 215 124をめぐるSanofi社とAmgen社との間の係争において、ミュンヘン中央部によって回答されました。その回答は、その日にどちらが先に出訴したかによるということです。両当事者は、2023年6月1日、つまりUPCの初日にそれぞれの訴訟を提起しました。

 事件管理システムはその時点ではオフラインだったので、両当事者はハードコピーを提出する必要がありました。Amgen社は当日の午前11時45分にミュンヘン地方部に侵害訴訟を提起しましたが、Sanofi社はその直後の午前11時26分にミュンヘン中央部を指定して取消訴訟を起こしました。Sanofi社はその訴えをルクセンブルクのUPC登記部に提出しました(これについてAmgen社が異議を申し立てました)。

 UPC協定33条(3)の適用は、手続規則37によって扱われます。手続規則37(1)は、裁判官の合議体が、書面による手続きの終了後できるだけ早く命令を発行し、命令によって進め方を決定することを要求します。当事者には(手続規則264に従って)審問の機会が与えられなければならず、合議体はその決定について、その命令において簡単な理由を説明しなければなりません。したがって、2023年8月17日にUPC中央部でビデオ会議による口頭審理が行われた後、UPC中央部の法律メンバーであるAndrás Kupecz氏によって命令が発令されました。この命令は2023年8月24日付で、この件をミュンヘン地方部で審理するよう求めるAmgen社の要請を拒否しました。

 Kupecz氏は、UPC協定33条(4)の意味する範囲内において、「提起された(have been brought)」という言葉は、同一特許に関する同一当事者間の手続を一つの部に集中させるために、「その文脈における用語の通常の意味で、かつUPC協定の目的に照らして」解釈されなければならない、と理由付けをしました。Kupecz氏は、そうしなければ手続きが非効率になり、UPC内で矛盾する決定が生じる可能性がある、と指摘しました。

 これは、UPCにおいて、有効性の訴訟手続および侵害の訴訟手続が分岐することが「標準」になるのではないかと心配していた人にとっては心強いかもしれません。このことはまた、UPC協定の他の条項がどのように解釈されるか、つまり用語の通常の意味で解釈され、UPC内で効率的かつ一貫した決定を行うことができるかについての洞察も提供します。

 その結果、UPC協定33条(4)の意味するところにおける「提起された」は、「侵害訴訟の場合には原告による請求の陳述書を、または取消訴訟の場合には取消の陳述書を提出する客観的行為」と解釈されました。Sanofi社が先に取消の陳述書を提出したため、この訴訟はミュンヘン中央部で審理されることになるでしょう。

 Kupecz氏はまた、ルクセンブルクのUPC登記部へのハードコピー提出に対するAmgen社の異議申立も却下しました。手続規則4.2が適用可能であり、規則の「通常の」または「平易な」解釈が、「1つの登記部」を備えた「1つの裁判所」としてのUPCの概念とともに決定的でした。Kupecz氏は、当事者が電子的に文書を提出することが不可能な状況では、規則4.2が当事者にどのように選択を与えるのか、すなわち(i)「登記部」に提出するのか、または(ii)「下位登記部」に提出するか、について説明しました。「登記部」は、UPC協定の6条、10条(1)および10条(2)によって定義されており、ルクセンブルクの登記部を含みます。

 Amgen社には控訴する許可が与えられました。

(2)一方的な仮差止命令(Ex Partes preliminary injunction

 UPCA協定の60条(5)および62条(5)によれば、特許権者が取り返しのつかない損害を受ける可能性がある場合、または証拠隠滅の明白な危険性がある場合、UPCは、一方的に(すなわち相手方当事者の審問なしに)仮差止命令を含む暫定的かつ保護的な措置を認める権限を有しています。このような手続は、例えばドイツの仮差止手続で知られており、myStromer社のEP 2 546 134 の侵害に関する、myStromer社対Revolt Zycling社の紛争においてデュッセルドルフ地方部により判決が下されました。

 一方的な暫定措置には例外的な状況が必要であり、暫定措置が必要な理由に加えて、原告は以下を提供する必要があります。

 ① 被告人の審問を行わない理由、および

 ② 主張された侵害に関する当事者間の以前のやり取りに関する情報。(手続規則206)

 UPCによる文書の公開が限られているため、myStromer社がどのような理由を提示したのか正確には不明ですが、デュッセルドルフ地方部は例外的な状況があることに同意したようで、Revolt Zycling社に対する一方的な仮差止命令を認めるために迅速に行動しました。仮差止命令はその請求と同日に認められ、この要求は見本市との関連でなされたものと理解されています。地方部は、特許が十分に有効であると示しました。この特許は、EPOで異議を申立てられてはおらず、いずれかの国内での無効訴訟の対象にもなっていなかったのですが、同様に、被告も関連する先行技術を提供していませんでした。被告はUPCに保護レター(本質的には先制的防御陳述書)を提出していましたが、これは仮差止請求が提出されたのと同じ日に原告に送付されました。これが一方的な仮差止命令の発行に寄与した可能性があると推測する人もいます。

 この訴訟の最後の注目点は、UPC締約国であるドイツ、オランダ、フランス、イタリア、およびオーストリアの5ヶ国で本件特許が有効化されていたにも関わらず、これら5ヶ国のすべての国において仮差止請求が認められた訳ではなかったことです。単一効特許の場合は17の締約国全体について単一の法的効果を有し、UPCで一括して権利行使することにります。一方で、単一効特許でなくてもUPC締約国のうち数ヶ国で個別に有効化されていた特許は、オプトアウトしていなければUPCと各国国内裁判所のいずれかに出訴可能です(ただしUPC・国内裁判所の共同管轄はUPC協定発効から7年~14年の移行期間内のみでその後はUPCの専属管轄となります)。

 本件において原告は、仮差止命令を求める特定の国を列挙するよう求められましたが、その際に誤ってオーストリアを抜かしてしまいました。したがって、仮差止命令はドイツ、オランダ、フランスおよび/またはイタリアに対してのみ認められました。原告は修正を要求しましたが、UPCによって拒否されました。

(3)オプトアウトの撤回

 UPC協定83条(4)は経過規定の一部であり、次のように規定されています。

「既に国内裁判所に訴訟が提起されている場合を除き、同条(3)に従ってオプトアウトを利用した欧州特許の権利者もしくは出願人、あるいは欧州特許によって保護されている製品に対して発行された補充的保護証明書の保有者は、いつでもオプトアウトを撤回する権利を有する。」

 AIM Sport社は、サンライズ期間中にEP 3 295 663をオプトアウトし、その後2023年7月5日にオプトアウトを撤回する要求を行いました。同日、AIM Sport社は、予備的措置の申請を含む侵害訴訟をSupponor社に対して起こしました。これに対し、Supponor社は、オプトアウトの撤回に対する異議申立を含む予備的異議を申立てました。両当事者は2023年9月21日にヘルシンキ地方部での審理に参加しました。

 ヘルシンキ地方部は、オプトアウトの撤回が無効であるとして、Supponor社に対する仮差止命令を含むAIMの訴訟を却下しました。AIM社は、UPC協定83条(4)はUPC開始後、すなわち2023年6月1日以降に提出された国内訴訟手続のみに適用できると主張しましたが、裁判官はこれに同意しませんでした。EP 3 295 663は、2023年6月1日以前に、2022年のドイツにおける侵害および無効訴訟を含むいくつかの国内訴訟の対象となっていました。したがって、AIM社はオプトアウトの撤回を認められませんでした。

 控訴が行われることが予想されますが、今のところこの決定は、サンライズ期間中および2023年6月1日以降に欧州特許/出願をオプトアウトした特許権者および出願人にとって重要な決定となります。ヘルシンキ地方部の83条(4)の解釈によりますと、UPCに先立って国内訴訟の対象となったどの特許についても、一旦オプトアウトすると永続的となり、以後のオプトアウトの撤回は認められません。

[情報元]

① D Young & Co Patent Newsletter No.97 October 2023

“UP & UPC statistics: unitary patent requests, Unified Patent Court opt out and revocation actions”

https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/up-upc-statistics-oct2023

② D Young & Co Patent Newsletter No.97 October 2023

“UPC: four months since the start, what have we learnt?”

https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/upc-oct2023-update

③ EPO statistics and trends: unitary patent

https://www.epo.org/en/about-us/statistics/statistics-centre#/unitary-patent

④ Unified Patent Court

https://www.unified-patent-court.org/en

[担当]深見特許事務所 堀井 豊