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クレーム解釈に関するCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許審判部(PTAB: Patent Trial and Appeal Board)の自明性判断を支持し、PTABは争いのあるクレーム用語の解釈において特許権者の辞書編集(patentee’s lexicography)を適切に適用し、当事者が提起した議論を処理したと判断しました。

ParkerVision, Inc. v. Vidal, Case No. 22-1548 (Fed. Cir. Dec. 15, 2023) (Prost, Wallach, Chen, JJ.)

 

1.事件の経緯

(1)IPRの請求

 ParkerVision, INC.(以下、「ParkerVision社」)は、周波数変換技術を使用するワイヤレスローカルエリアネットワーク(WLAN)に関する米国特許第7,110,444号(以下、「本件特許」)を所有しています。本件特許は、電磁信号(EM(electromagnetic)信号)をダウンコンバートするための無線モデム装置に向けられています。本件特許には、ダウンコンバータモジュールを利用したダウンコンバージョンを説明する米国特許第6,061,551号(以下、「551特許」)が援用されています(参照による援用(IBR: Incorporation by Reference))。

 Intel Corp.(以下、「Intel社」)は、米国特許商標庁(USPTO)に対して、本件特許のクレーム1,3,5を対象とする当事者系レビュー(IPR)の申立てを行いました。

(2)PTABの決定および当事者によるCAFCへの控訴

 ParkerVision社は、USPTOの特許審判部(PTAB)による最終書面決定前にクレーム1, 5を放棄しました。クレーム3には、「前記第1および前記第2の周波数ダウンコンバージョンモジュールがそれぞれ、スイッチおよびストレージエレメントを含むこと」が規定されていました。PTABは、「ストレージエレメント」に対応する「キャパシタ」が開示されたTayloe引例(米国特許第6,230,000号)を含む先行文献によって、クレーム3は自明であると判断し、その際にPTABは、「ストレージエレメント」という用語を本件特許で援用されていた551特許の記述に基づいて「入力信号からの無視できないエネルギーをストレージするシステムのエレメント」を意味すると解釈しました。

 ParkerVision社は、PTABの結論を不服として上級審であるCAFCに控訴しました。

 

2.事件の争点について

 CAFCにおいて、ParkerVision社は、①援用されていた551特許に基づいたクレーム用語の解釈の他、②PTABがIntel社の弁駁書(reply brief)で初めて提起されたとされる主張に容認できない程度に依存している点、③ParkerVision社が再回答(sur-reply)で行った特定の主張を除外したのは誤りである点、の3点について争っています。しかしながら、CAFCは、ParkerVision社のいずれの争点に関する主張についても却下しました。

 以下では、特に①の争点に絞って報告いたします。

 

3.争点となっているクレーム

 争点となっている「ストレージエレメント」を含む本件特許のクレーム3を以下に示します(強調は筆者による)。

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  1. A wireless modem apparatus, comprising:

              a receiver for frequency down-converting an input signal including,

              a first frequency down-conversion module to downconvert the input signal, wherein said first frequency down-conversion module down-converts said input signal according to a first control signal and outputs a first down-converted signal;

              a second frequency down-conversion module to down-convert said input signal, wherein said second frequency down-conversion module down-converts said input signal according to a second control signal and outputs a second down-converted signal;

and

              a subtractor module that subtracts said second down-converted signal from said first down-converted signal and outputs a down-converted signal;

              wherein said first and said second frequency downconversion modules each comprise a switch and a storage element.

**********

 

4.PTABの判断

 IPRにおいて、当初はクレーム解釈が問題とされていませんでした。申立書において、Intel社は、Tayloe引例に開示されている「キャパシタ」は、「ストレージエレメント」を教示しており、「キャパシタ」は良く知られた「ストレージエレメント」であり、事実、本件特許の実施例は「ストレージエレメント」として「キャパシタ」を開示していると主張しました。

 ParkerVision社は、Intel社の主張に対して、551特許の記載に依拠して「ストレージエレメント」は、「入力された電磁信号からの無視できない量のエネルギーをストレージするエネルギー伝達システムのエレメント」として解釈されるべきであるとした上で、Tayloe引例の「コンデンサ」はエネルギー伝達システムの一部ではないため、本件クレーム3の「ストレージエレメント」でないと主張しました(下線は筆者による。)。これに対してIntel社は、ParkerVision社は551特許を読み誤っており、「ストレージエレメント」は「エネルギー伝達システム」に限定されないと反論しました。

 PTABは、Intel社の主張を認め、Tayloe引例を含む先行文献によってクレーム3は自明であると結論しました。

 

5.CAFCの判断

 CAFCは、PTABはIBRによって援用した551特許の以下の段落に基づいて「ストレージエレメント」という用語を正しく解釈したと判断しました([1]~[5]は筆者挿入)。

 

[1]FIG. 82A illustrates an exemplary energy transfer system 8202 for down-converting an input EM signal 8204.  [2]The energy transfer system 8202 includes a switching module 8206 and a storage module illustrated as a storage capacitance 8208.  [3]The terms storage module and storage capacitance, as used herein, are distinguishable from the terms holding module and holding capacitance, respectively.  [4]Holding modules and holding capacitances, as used above, identify systems that store negligible amounts of energy from an under-sampled input EM signal with the intent of “holding” a voltage value.  [5] Storage modules and storage capacitances, on the other hand, refer to systems that store non-negligible amounts of energy from an input EM signal.

(仮訳)[1]図82Aは、入力EM信号8204をダウンコンバートするための例示的なエネルギー伝達システム8202を示す。[2]エネルギー伝達システム8202は、スイッチングモジュール8206と、ストレージキャパシタンス8208として示されるストレージモジュールとを含む。[3]ストレージモジュールおよびストレージキャパシタンスという用語は、ここ(本明細書)で使用される場合、ホールディングモジュールおよびホールディングキャパシタンスという用語とはそれぞれ区別できる。[4]上記で使用されたホールディングモジュールとホールディングキャパシタンスは、電圧値を「ホールド」する目的で、アンダーサンプリングされた入力されたEM信号から無視できる量のエネルギーをストアするシステムを特定する。[5]一方、ストレージモジュールとストレージキャパシタンスは、入力EM信号から無視できない量のエネルギーをストアするシステムを指す。

 問題の段落では、図82Aに示される「エネルギー伝達システム8202」が説明されています。図82Aには、クレーム3の「ストレージモジュール」に関わる「ストレージキャパシタンス8208」が開示されています。[1]には、「図82Aは、…例示的なエネルギー伝達システム8202を示す。」と記載され、[2]には、「ストレージキャパシタンス8208として示されるストレージモジュール」と記載され、[3]-[5]には、「ストレージモジュール」を含むいくつかの用語の説明が含まれています。争点は、この段落が、「ストレージモジュール」を、専ら「エネルギー伝達システム」に向けられた用語として定義しているのか否かという点です。

 CAFCは、[5]の「ストレージモジュールとストレージキャパシタンスは、入力EM信号から無視できない量のエネルギーをストアするシステムを指す。」という記載は、明確に「ストレージエレメント」という用語を定義する意図を表現しており、[3]は「ここ(本明細書)で使用される場合(as used herein)」というフレーズを、その後の[4]および[5]の説明が、特定の実施形態に向けてではなく、551特許全体に対して適用されることを示すために使っていると判断しました。

 さらに、CAFCは、[5]の「を指す(refer to)」という用語は、「ストレージモジュール」および「ストレージキャパシタンス」という用語を、「入力EM信号から無視できない量のエネルギーをストアするシステム」という句に結びつけていると説示し、「ここ(本明細書)で使用される場合(as used herein)」および「を指す(refer to)」と言う語句の使用は、[5]が定義的であるという意図を伝えていると判断しました。

 CAFCは、問題の段落の記載について敷衍し、[1]は例示的なエネルギー伝達システムを説明し、[2]は「ストレージキャパシタンス」に参照番号を付けて、ストレージキャパシタンス8208が図82Aの特定の要素を指していることを特定しており、いずれもグローバルに適用可能な定義を提供する意図を示していない一方、その後の[3][5]では、「ストレージモジュール」と「ストレージキャパシタンス」という用語の一般的な定義に移っている(参照番号を使用せず、「ストレージモジュール」および「ストレージキャパシタンス」を「用語」として参照し、特許文書全体を「本明細書で使用されるとおり」というフレーズで参照している)と説示しました。

 そうして、CAFCは、冒頭にご紹介したとおり、PTABは551特許の以下の段落に基づいて「ストレージエレメント」という用語を正しく解釈したと判断しました。

 

6.実務上の留意点

 PTABは、「明細書が『特許権者によって特許請求の範囲の用語に与えられた、本来の意味とは異なる特別な定義を明らかにしている場合』…発明者の辞書編集が優先する。Phillips, 415 F.3d at1316 (citing CCS Fitness, Inc. v. Brunswick Corp., 288 F.3d 1359, 1366(Fed. Cir. 2002)).」という、クレームの基本的な解釈基準を示した上で、本件を審理しました。CAFCも同様の基準に基づいて本件を検討し、PTABの判断を支持しました。

 本件において注目すべき点は、問題となった辞書編集の箇所が「IBR(参照による援用)」によって援用された551特許に存在した点です。よく知られているように、IBRは、一定のルール(37CFR1.57)を満たすように文献を明細書で援用することによって、その文献を基本的には本願明細書の開示の一部とすることができ、援用された文献に基づいて本願を補正することも可能となります。

 しかしながら、IBRにより援用された文献は、本願明細書の開示の一部とされる以上、クレーム解釈の判断の内部証拠の一部となるために注意が必要でしょう。クレーム解釈に影響を与える記載が本願明細書自体に存在しなくても、本件のように援用された文献において、そのような記載が存在する可能性があります。このような場合、IPRの申立人は、特許権者の想定していない不利なクレーム解釈を、援用された文献に基づいて主張するかもしれません。

 この点、本件のIPR最終決定において、PTABは、「我々は、『システム』を『エネルギー伝達システム』に限定すべきであるという特許所有者に同意しない。重要なのは、特許権者が『ストレージエレメント』という用語を、その用語が指すシステムの明示的な定義を超えて制限したい場合、そうするのは特許権者の義務であるということである。そして彼らはそうしなかった。」と付言していました。

 IPRによって特許文献等を援用する場合、出願人は本願のクレーム要素に出願人が意図しない辞書編集を特許請求の範囲の用語に加えてしまうような記載がないか、援用の文献を十分に確認することが必要でしょう。

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | December 21, 2023 “Store This Element: Lexicography Controls Claim Term Definition Over Plain and Ordinary Meaning”

https://www.ipupdate.com/2023/12/store-this-element-lexicography-controls-claim-term-definition-over-plain-and-ordinary-meaning/

 

② ParkerVision, Inc. v. Vidal, Case No. 22-1548 (Fed. Cir. Dec. 15, 2023) (Prost, Wallach, Chen, JJ.)(判決原文)

https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1548.OPINION.12-15-2023_2238874.pdf

 

③IPR2020-01265(IPR決定原文)

https://developer.uspto.gov/ptab-web/#/search/documents?proceedingNumber=IPR2020-01265

 

[担当]深見特許事務所 中田 雅彦