国・地域別IP情報

クレーム用語の平易かつ通常の意味を不適切に限定した地裁判決を取り消したCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、原審の連邦地裁がクレーム用語の「平易かつ通常の意味(plain and ordinary meaning)」を不適切に限定することによりクレーム用語の解釈を誤ったと判断し、連邦地裁のクレーム解釈および関連する略式判決の決定を取り消して事件を連邦地裁に差し戻しました。

K-fee System GmbH v. Nespresso USA, Inc., Case No. 22-2042 (Fed. Cir. Dec. 26, 2023) (Taranto, Clevenger, Stoll, JJ.)

 

1.事件の経緯

 K-fee System GmbH(以下、「K-fee」社)は、バーコードを使用したコーヒーマシン用ポーションカプセルに関する3つの米国特許(第10,858,176号、第10,858,177号、第10,870,531号)を所有しています。K-fee社は、Nespresso USA, Inc.,(以下、「Nespresso社」)がこれら3つの特許を侵害していると主張してカリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所(以下、「連邦地裁」)に訴えを提起しました。

 連邦地裁は、主張された上記の特許のすべてのクレームに存在する「バーコード(barcode)」という用語を解釈するクレーム解釈命令を発行しました。Nespresso社は、自社の製品は連邦地裁の解釈の下で「バーコード」のクレーム限定には適合せず、したがって主張されたいずれのクレームも侵害するものではないと主張し、非侵害の略式判決を求める申立を提出しました。連邦地裁はNespresso社の主張に同意し、その略式判決の申立を認めました。最終判決が出された後、K-fee社はCAFCに控訴しました。

 

2.本件特許の概要

 主張された上記の3件の特許は、単一の米国特許出願からの分割出願や継続出願を介して権利化されたものであり、共通の明細書を有しています。これらの特許は、情報を表示する、コーヒーマシーン用のポーションカプセルを開示しかつクレームしており、その情報は、コーヒーマシーンに関連する装置によって読み取られたときに、カプセルが互換性の無いコーヒーマシーンで使用されることを防止することを可能にするものです。この表示された情報はまた、水の温度や量などコーヒーを煎れるための当該カプセルに特有のパラメータを特定するものでもあります。

 本件訴訟に関して特に重要なことは、これらの特許が情報を「バーコード」に符号化することによって上記のコンセプトを実現していることです。これら3件の特許の代表例として、米国特許第10,858,176号(以下、「176号特許」)のクレーム1のうち、関連部分をその試訳とともに以下に示します(第12コラムの第52行~第13コラムの第41行)

**********

  1. A method of making a coffee beverage comprising:

              providing an apparatus including a barcode reader;

              inserting a first portion capsule into the apparatus, the first portion capsule including . . . an opposing bottom side with a first barcode located on the bottom side, . . . ;

              reading the first barcode with the barcode reader;

              controlling a production process of a first coffee beverage based upon the reading of the first barcode;

              . . .

              inserting a second portion capsule into the apparatus, the second portion capsule including . . . an opposing bottom side with a second barcode located on the bottom side and being different from the first barcode, . . . ;

              reading the second barcode with the barcode reader;

              controlling a second production process of a second coffee beverage based upon the reading of the second barcode, the second production process being different than the first production process;

              . . . .

(試訳)

 1.コーヒー飲料の製造方法であって、

 バーコードリーダーを含む装置を提供するステップと、

 第1のポーションカプセルを前記装置内に挿入するステップとを備え、前記第1のポーションカプセルは、・・・第1のバーコードがその上に配置された対向する底面側を含み・・・、

 前記バーコードリーダーで前記第1のバーコードを読み取るステップと、

 前記第1のバーコードの読み取りに基づいて第1のコーヒー飲料の製造プロセスを制御するステップと、

 ・・・

 第2のポーションカプセルを前記装置内に挿入するステップとをさらに備え、前記第2のポーションカプセルは、前記第1のバーコードとは異なる第2のバーコードがその上に配置された対向する底面側を含み・・・、

 前記バーコードリーダーで前記第2のバーコードを読み取るステップと、

 前記第2のバーコードの読み取りに基づいて第2のコーヒー飲料の第2の製造プロセスを制御するステップとをさらに備え、前記第2の製造プロセスは前記第1の製造プロセスとは異なり、

 ・・・。

**********

 

3.連邦地裁の判断

(1)連邦地裁での争点

 連邦地裁は、クレーム解釈命令の中で、争点を「K-fee社が『バーコード』の意味に関して欧州特許庁(EPO)に対して行った陳述がこれらの訴訟手続きにおける当該限定の平易かつ通常の意味に影響を与えるかどうか」という点にあるとみなしました。

 EPOでは、Nespresso社の海外関連会社がK-fee社の対応欧州特許の有効性に異議を申し立てました。K-fee社はこれに応じて対応欧州特許を、EPOにおいてD1として引用された特定の先行技術(WO 2011/141532:以下、「Jarisch引例」)から区別することを求めました。K-fee社がEPOに提出した陳述は、本件米国訴訟で主張された3件の米国特許の審査手続中に米国特許商標庁(USPTO)に提出されていたため、連邦地裁はこれらの陳述を内部記録の一部として分析しました。なお、連邦地裁はこのクレーム用語を解釈するために外部証拠に依拠することはしませんでした。

 連邦地裁は、K-fee社がバーコードというクレーム用語の平易かつ通常の意味について、「EPOに対して(Jarisch引例の図2のコード65で示されるような)『ビットコード』すなわち(『0』および『1』の)2つのバイナリシンボルで構成されるコードを除外する特定の『平易かつ通常の意味』を有するものであると頑強に主張した」と結論付けました。K-fee社によるEPOでの提出物に基づいて、連邦地裁は「バーコード」というクレーム用語を次のような平易かつ通常の意味を有するものと解釈しました。

**********

 その平易かつ通常の意味(すなわち、可変幅のバーを有するコードであって、複数のラインおよび複数のギャップを含むコード)の範囲は、K-fee社がEPOに対して行った明確かつ明白な陳述によって理解される(すなわち、バーコードの範囲はJarisch引例で開示されているタイプのビットコードは含まない)。

**********

 「バーコード」のこの解釈に基づいて、Nespresso社は非侵害の略式判決を申し立てました。Nespresso社は、自社の被疑侵害品のカプセルと、K-fee社がEPOに対して区別を主張していたJarisch引例のカプセルとが、ともに2つのバイナリシンボルのみを含む機械可読コードを使用しているため、被疑侵害品はJarisch引例のカプセルと同一の動作をすると主張しました。

(2)連邦地裁の結論

 連邦地裁はこのNespresso社の主張に同意しました。連邦地裁は略式判決においてその解釈を適用する際、「Jarisch引例で開示されたタイプのビットコード」を用いることは、…「『0』および『1』のみを含むバイナリコード」を意味することを明確にしました。したがって連邦地裁は、K-fee社によるEPOでの陳述を、「バーコードは『2つだけのバイナリシンボルよりも多くのバイナリシンボルが含まれて』いなければならないことを意味し、さらに拡大解釈すると、バイナリシンボルを2つしか含まないコードはバーコードではあり得ないことを意味する」と理解しました。連邦地裁は、「Nespresso社の被疑侵害品がシンボルを2つしか持たないコードを使用していることに争いはない」と認定したため、Nespresso社の非侵害の略式判決の申し立てを認めました。K-fee社はこの略式判決を不服としてCAFCに控訴しました。

 

4.CAFCの判断

 CAFCは争点を改めて検討し直し、EPOに対するK-fee社の陳述をその文脈において検討しました。そして、CAFCは、「通常の意味の『バーコード』は『ビットコード』(ある意味で2値コード)を含まず、さらには、『Jarisch引例に開示されているタイプ』のビットコードもそれが(2値コードのみから構成されていて通常の意味のバーコードとは)異なる限りにおいて含まない」という原審の連邦地裁の判断に同意しませんでした。なぜなら、EPOに対するK-fee社の陳述全体を見ると、「K-fee社の見解はすべて、K-fee社が、バーコードとビットコードとの関係を、ビットコードはバーコードになり得ないといった単純なことではなく、より複雑なものとして理解していることを示唆していた」からであります。例えば、K-fee社は、同じEPOへの提出書類の中で、「バーコードは『ビットコード』ではあるが、それはまた『特別な場合』でもあり、したがって『ビットコード』のサブセットを表している」、と述べていました。

 CAFCはまた、視覚的に変化する幅のバーのコード表示に基づいてクレームの範囲内であるとK-fee社が述べた小売用バーコードのEPOに対する例示を指摘しました。この例示は、「当業者が常に『バーコード』という用語を可変幅のバーで構成されるラインコードとして定義しているというK-fee社のEPOに対する明示的な表明と一致」していました。CAFCは、「当業者は、外観によってバーコードを識別するものであって、連邦地裁のクレーム解釈において反映された種類のデータの特定の符号化などの他の基準で識別するものではなく」、そして「当業者であれば、『バーコード』とは、メッセージ内のバーの幅が変化する視覚的な外観を特徴とする、バーを表示するラインコードメッセージを指すものと理解するであろう」と結論付けました。

 CAFCはさらに、K-fee社が「バーコード」のクレーム用語の範囲を放棄しなかったと判断し、「K-fee社は、『バーコード』の新しい意味を規定するかまたは明白な意味のいずれか一部を否認するために必要な明確性を持って行動しなかった」と結論付けました。まず、CAFCは、K-fee社が独自の辞書編集者として行動しているというNespresso社の主張に同意しませんでした。第二に、CAFCは、権利範囲の放棄または否認は「明確で紛れもないものでなければならず」、たとえ1つの陳述が主題の放棄を示唆していたとしても、出願経過全体が特許権者が明確で紛れもない放棄を行っていないことを証明し得るという先例を引用し、K-fee社がEPOに対し、放棄を裏付けるのに十分な「繰り返し、明白かつ明確な」陳述を行ったとするNespresso社の主張に同意しませんでした。CAFCは、EPOにおいて「Jarisch引例が区別されたのは、クレーム範囲の明確な否認によってではなく、そもそもJarisch引例がクレーム範囲内に含まれていなかったためである」、と結論付けました。

 したがって、CAFCは、「バーコード」の通常の意味の全範囲が適用されるべきであると判断し、「バーコード」に関する連邦地裁のクレーム解釈とそれに関連する略式判決の決定を取り消し、さらなる手続きのために連邦地裁に差し戻しました。

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | January 4, 2024 “Espresso Yourself: When Prosecution History as a Whole Doesn’t Demonstrate Clear, Unmistakable Disclaimer”

(https://www.ipupdate.com/2024/01/espresso-yourself-when-prosecution-history-as-a-whole-doesnt-demonstrate-clear-unmistakable-disclaimer/)

② K-fee System GmbH v. Nespresso USA, Inc., Case No. 22-2042 (Fed. Cir. Dec. 26, 2023) (Taranto, Clevenger, Stoll, JJ.) CAFC判決原文

https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-2042.OPINION.12-26-2023_2244064.pdf

 

[担当]深見特許事務所 堀井 豊