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USPTO、§112に基づく実施可能要件ガイドラインを公表

 2023年5月の米国最高裁判所のAmgen Inc. v. Sanofi判決(以下「Amgen最高裁判決」)を踏まえて、米国特許商標庁(USPTO)は、技術分野に関係なく、USPTOの審査官等が35U.S.C.§112(a)に基づく実施可能要件を満たすかどうかを確認する際に使用するためのガイドラインを公表しました。USPTOによれば、今回のガイドラインは、USPTOの審査実務に大きな変更を加えることを意図したものではなく、現在のUSPTOの方針と一致しているAmgen最高裁判決に加えて、同判決後に実施可能要件が争点となった複数の事件における判示内容をガイドラインに取り入れるものです。

 

1.ガイドライン公開の背景

(1)Amgen最高裁判決について

 本件は、Amgen社が保有する、高コレステロール血症治療薬「レパーサ(REPATHA)」に関する特許2件に関する事件(以下「Amgen事件」)であり、2014年にAmgen社が特許侵害を理由にSanofi社に対して連邦地方裁判所(以下「地裁」)に訴訟を提起していました。

 それに対してSanofi社は、Amgen社の特許クレームは潜在的に数百万種の抗体を権利範囲に含み得るとして、米国特許法112条(a)の実施可能要件を満たしていないと主張していました。地裁は、実施可能要件を満たしていないとのSanofi社の主張を認めて特許無効の判決を下し、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)も地裁判決を支持していました。

 Amgen事件においては、機能で特定された抗体のクレームが実施可能要件を満たすかどうかが争われ、最高裁は、Amgen社のクレームは明細書で示された26の例示的な抗体よりもはるかに広範囲に及び、合理的な量の実験を考慮しても、クレームした内容の全てを実施することはできず、実施可能要件を満たさないと判断しました。

 上記のように判断するに際して、最高裁は概略以下のように判示しました。

 (i)特許がプロセス、機械、製造物、または物質の組成物をクレームする場合、明細書は、当業者がクレームされた発明の全範囲を実施できるように記載しなければならない。

 (ii)ただし、クレームされた発明の全てについて当業者が実施可能なように、発明の全てについて詳細に記載することは、必ずしも必要ではない。

 (iii)クレームされた発明を実施可能にするために、当業者に何らかの改造やテストを必要とさせるということのみでは、実施可能要件を満たさないとすることはできない。すなわち、特許の明細書の開示は、当業者がクレームされた発明の実施を可能にするために、妥当な量の実験を必要とする程度であれば、実施可能要件を満たすものと判断され、その妥当性の判断の基準は、発明の性質および基礎となる技術に依存する。

 なお、Amgen最高裁判決につきましては、弊所ホームページ「国・地域別IP情報」において2023年7月25日付配信の「実施可能要件に関する米国連邦最高裁判決紹介」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9728/)で詳細に説明しておりますので、ご参照下さい。

(2)Wandsファクターについて

 1988年のIn re Wands事件判決においてCAFCは、当業者が特許発明の実施を可能にするために過度な実験を必要とするか否かを判断する際に考慮すべき要因として、(A)クレームの広さ、(B)発明の性質、(C)先行技術の状況、(D)当業者のレベル、(E)当該技術分野における予測可能性のレベル、(F)発明者から提示された指示の量、(G)実施例の有無、(H)開示内容に基づいて発明を製造し使用するために必要な実験の量、の8項目を示しました。これらの要因については、米国特許審査便覧(MPEP)の2164.01(a)に反映されています。

 Amgen最高裁判決では、Wandsファクターについて言及しておりませんが、Wandsファクターに基づいて分析した前審のCAFC判決が最高裁判決で支持され、また、Amgen最高裁判決後の実施可能要件が争点となった、いくつかのCAFC判決において同ファクターが適用されていることから、以下に述べるように、今回のガイドラインでは引き続きWandsファクターを使用するものとしています。

 

2.公開されたガイドラインの概要

 (ガイドラインの詳細については、下記情報元2(2)をご参照下さい。)

 今回のガイドラインでは、主として実験量の妥当性の判断に関する実務について説明されており、その主な内容は以下のとおりです。

 (1)CAFCによるWandsファクターの提示

 特許クレームが実施可能要件を満たすかどうか判断する際の、当業者がクレームされた発明を実施可能にするために必要な、妥当な実験量の評価について、CAFCはIn re Wands事件(1988年)において、評価要因としてWandsファクターを示しました。

 (2)Amgen最高裁判決の踏襲

 最高裁はAmgen判決においては、Wandsファクターを明確には取り上げてはいないものの、クレームされた発明を実施するために明細書が妥当な量の実験を要求する可能性があることを強調していることから、今回のガイドラインでは、この最高裁判決を踏襲しています。

 (3)Wandsファアクターの継続的適用

 「妥当な量の実験」の要件に関して、USPTOは、Amgen最高裁判決以降に出されたCAFCの判決と一致して、1988年のIn re Wands判決でCAFCが発表したファクター(上述の「Wandsファクター」)を引き続き適用すると説明しています。

 これに関連してUSPTOは、CAFCのIn re Wands判決およびそれ以前の判決の分析に引き続き依拠する意向であることを明記しています。

 ガイドラインによると、Amgen最高裁判決の前審であるCAFCの判決において、抗体が特定の機能的限定を満たしているかどうかをテストするために必要な実験の量が、Wandsファクターによる分析に基づいて、妥当な量を超えるために、複数の実施例を包含する広いクレームである属クレーム(genus claims)は実施可能ではないと結論付けていました。このCAFCの判決がAmgen最高裁判決によって支持されたため、USPTOの考え方に特に説得力があることが明確になりました。

 (4)Amgen最高裁判決以降のCAFC判決への言及

 Wandsファクターは、妥当な量以上の実験を必要とするかどうかを判断する際の重要な考慮要素となるものであり、Amgen事件後のいくつかの実施可能要件が争点のCAFC事件においても、同ファクターが適用されています。

 Amgen最高裁判決以後のCAFC判決の一つである2023年Baxalta v. Genentech判決において、Amgen最高裁判決と同様に、特定の機能的限定を含む抗体を記載したクレームについて、実施可能要件を満たさないために無効であると判断しました。その判決においてCAFCは、In Re Wands判決で明確にされた合理的な量の実験の基準とAmgen最高裁判決で規定された基準との間に顕著な違いを認めませんでした。

 このガイドラインでは、Amgen最高裁判決後に行ったその他の実施可能要件に関する判決も取り上げており、USPTOはこれらすべてを、Wandsファクターに引き続き依拠することを支持するものと判断しました。

 (5)結論

 上記を踏まえ、今回のガイドラインの末尾の”Conclusion”の項において、米国特許法112条(a)の実施可能要件と妥当な実験量との関係の分析に際してWandsファクターを引き続き適用することについては、特許出願の審査段階だけではなく、当事者系レビュー等の特許付与後のPTABの審理においても共通に適用されることが明記されています。

 

3.実務上の留意点

 (1)実施可能要件に関連する「妥当な量の実験」の判断を伴う実務に携わるに際して、特許出願の審査段階だけではなく、当事者系レビュー等の特許付与後のPTABの審理においても共通に適用されることをよく認識するとともに、USPTO全体としてそのような適用が一貫して適正に行われているかをよく観察することが望まれます。また、今後の実務に反映するため、Wandsファクターが審査、審判において具体的にどのように適用されるかを充分に分析する必要があります。。

 (2)今回発表されたガイドラインが踏襲するAmgen最高裁判決は、実施可能要件がより厳格に適用されることを意味するものではないものの、Amgen最高裁判決においては、バイオテクノロジー分野のクレームされた発明が明細書に記載の実施例をはるかに上回る広さであるとして、実施可能要件を満たさないと判断されています。よって、特にバイオテクノロジー分野の機能的な限定を伴う発明については、実施可能要件を満たすという観点からの有効化を図ることをより困難にする方向に影響する可能性があります。この点を考慮して、特にバイオテクノロジー分野の特許審査官等が、審査の方向性についてAmgen判決にどのような影響を受けるか、見守る必要があると言えます。

 

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “USPTO Continues to Wave Wands in Assessing Enablement” (January 18, 2024)

              https://www.ipupdate.com/tag/amgen-inc-v-sanofi/

 

2.USPTOのウェブサイトより

(1)USPTO publishes enablement guidelines in light of the U.S. Supreme Court decision in Amgen Inc. et al. v. Sanofi et al.(2024.1.9付ニュースリリース)

              https://content.govdelivery.com/accounts/USPTO/bulletins/383cd12

(2)Guidelines for Assessing Enablement in Utility Applications and Patents in View of the Supreme Court Decision in Amgen Inc. et al. v. Sanofi et al.(A Notice by the Patent and Trademark Office on 01/10/2024、ガイドライン本文)

              https://www.federalregister.gov/documents/2024/01/10/2024-00259/guidelines-for-assessing-enablement-in-utility-applications-and-patents-in-view-of-the-supreme-court

 

3.IP UPDATE (McDermott) “Supreme Court to Consider Enablement Requirement” (Nov 10, 2022)

              https://www.ipupdate.com/tag/amgen-inc-et-al-v-sanofi-et-al/

 

4.AMGEN INC. ET AL. v. SANOFI ET AL. (2023)最高裁判決原文

              https://caselaw.findlaw.com/court/us-supreme-court/21-757.html

 

5.「USPTO、最高裁判決を踏まえた実施可能要件に関するガイドラインを発行」(2024年1月16日JETRO NY 知的財産部)

              https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2024/20240116_2.pdf

 

6.最高裁、実施可能要件が争点のAmgen v. Sanofi事件のCAFC判決を支持(2023年5月19日JETRO NY 知的財産部)

              https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2023/20230519.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登