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実施可能要件に関する米国連邦最高裁判決紹介

 米国連邦最高裁判所(以下、「最高裁」)は、全会一致の意見として、機能限定によって特定された抗体のクラス全体をカバーする特許クレームは、35 U.S.C. § 112(a)の実施可能要件を満たさないとする米国連邦巡回区控訴裁判所(以下、「CAFC」)の判決を支持しました。

(Amgen Inc., et al. v. Sanofi, et al., Case No. 21-757 (S. Ct. May 18, 2023) (Gorsuch, J.))

 

1.背景

(1)争点となった特許

 Amgen Inc., Amgen Manufacturing, Ltd., および Amgen USA, Inc. (以下、「Amgen」)は、米国特許第8,829,165(以下、「165特許」)および米国特許第8,859,741(以下、「741特許」)を所有しています。165特許および741特許は、PCSK9がLDL受容体に結合するのをブロックすることによってLDLコレステロールのレベルを低下させる抗体について記載しています。

 発明の内容について簡単に説明すると、LDLコレステロールは心臓病に関連しています。LDL受容体はLDLコレステロールを血流から取り除き、LDLコレステロールの循環量を制御します。PCSK9酵素は、LDL受容体の劣化を制御します。PCSK9はLDL受容体に結合して、LDL受容体の劣化を緩和し、細胞の表面上のLDL受容体の量を減少させます。抗体は、PCSK9に結合してPCSK9をブロックし、LDL受容体がLDLコレステロールの循環量を制御し続けることを可能にします。
 165特許および741特許のクレームにおいて、抗体は、(a)PCSK9の特定のアミノ酸残基に結合すること、および(b)PCSK9とLDL受容体との結合をブロックすること、という機能によって特定されています。

 165特許のクレーム1、19および29は、以下のとおりです。

1. An isolated monoclonal antibody, wherein, when bound to PCSK9, the monoclonal antibody binds to at least one of the following residues: S153, I154, P155, R194, D238, A239, I369, S372, D374, C375, T377, C378, F379, V380, or S381 of SEQ ID NO:3, and wherein the monoclonal antibody blocks binding of PCSK9 to LDLR.

19. The isolated monoclonal antibody of claim 1 wherein the isolated monoclonal antibody binds to at least two of the following residues S153, I154, P155, R194, D238, A239, I369, S372, D374, C375, T377, C378, F379, V380, or S381 of PCSK9 listed in SEQ ID NO:3.

29. A pharmaceutical composition comprising an isolated monoclonal antibody, wherein the isolated monoclonal antibody binds to at least two of the following residues S153, I154, P155, R194, D238, A239, I369, S372, D374, C375, T377, C378, F379, V380, or S381 of PCSK9 listed in SEQ ID NO: 3 and blocks the binding of PCSK9 to LDLR by at least 80%.

 741特許のクレーム1、2および7は、以下のとおりです。

1. An isolated monoclonal antibody that binds to PCSK9, wherein the isolated monoclonal antibody binds an epitope on PCSK9 comprising at least one of residues 237 or 238 of SEQ ID NO: 3, and wherein the monoclonal antibody blocks binding of PCSK9 to LDLR.

2. The isolated monoclonal antibody of claim 1, wherein the isolated monoclonal antibody is a neutralizing antibody.

7. The isolated monoclonal antibody of claim 2, wherein the epitope is a functional epitope.

 165特許および741特許の明細書は、AmgenによってRepatha®として上市されているエボロクマブ(evolocumab)の一般名を有する抗体(「21B12」として指定)を含む26の抗体のアミノ酸配列を開示しています。

(2)裁判の経緯

 Amgenは、2014年10月17日に、Sanofi, Aventisub LLC, Regeneron Pharmaceuticals Inc., および Sanofi-Aventis U.S. LLC(以下、「Sanofi」)に対して、165特許および741特許の侵害訴訟をデラウェア連邦地方裁判所(以下、「地裁」)に提起しました。陪審は、165特許および741特許のクレームは、実施可能要件および記述要件の欠如によっては無効とされないと判断しました。Sanofiは、地裁の判断を不服としてCAFCに控訴しました。CAFCは、地裁の判断には過誤があるとして地裁に差し戻しました(Amgen Inc. v. Sanofi, 872 F.3d 1367, 1381–82 (Fed. Cir. 2017))。

 差戻審において、陪審はSanofiが165特許および741特許のクレームが記述要件および実施可能要件の欠如により無効であることの証明に失敗したと再度判断しました。SanofiはJMOL(Motion for Judgment as a matter of law:争点を法律問題のみとして裁判官による判決を求める請求)を請求しました。地裁は165特許および741特許のクレームが実施可能要件を欠如していることについてのSanofiのJMOLを認めましたが、165特許および741特許のクレームが記述要件を欠如していることについてのJMOLについては認めませんでした。Amgenは、CAFCに控訴しました。

(3)CAFCの判断

 控訴審において、Amgenは、専門家証言に基づき165特許および741特許のクレームに記載の抗体のすべてを得るのに過度な実験は必要とされないことを理由に、165特許および741特許のクレームが実施可能要件を備えていることを主張しました。Amgenの主張に対して、Sanofiは、165特許および741特許のクレームに記載の抗体のすべてを得るのに過度な実験が必要とされるためにこれらのクレームは実施可能要件を満たさないことを地裁は適切に結論付けたと主張しました。CAFCは、クレームが機能限定によって特定された場合には実施可能要件のハードルを引き上げる旨について言及した上で、過度な実験が必要とされるために165特許および741特許のクレームが実施可能要件を欠如しているとする地裁の判断を支持しました。

 

2.最高裁の判断

 最高裁は、次の質問に対して答えることを求める裁量上訴の申立(サーシオレライ(certiorari))を認めました。

「実施可能要件が、明細書が当業者にクレームされた発明を「製造および使用する」ことを教示するという法的要件(35 U.S.C. §112)によって支配されるかどうか、または代わりに、当業者が過度の実験なしに「特許請求の範囲の全範囲に到達する」ことを可能にする必要があるかどうか、すなわち、実質的な「時間と労力」なしに本発明のすべてまたはほぼすべての実施形態を累積的に識別して製造することができるかどうか。」

 最高裁は、電信や電球などの発明を扱った実施可能要件に関する歴史的な訴訟について議論した後、実施可能要件についての特定の原則を強調しました。最高裁は、特許明細書は、クラスがクレームされている場合、当業者が「クラス全体」を製造および使用できるようにしなければならないと判断しました。また、最高裁は、特許明細書はすべての実施形態を記載する必要はなく、むしろ当業者が「単なるサブセットではなく」クレームの全体の範囲を確実に製造および使用することができるように一般的な性質を記載すれば十分であると説明しました。さらに、最高裁は、そのようにするために、特許明細書は、当業者に、合理的な実験を含む何らかの適応またはテストを実行することを要求してもよいと説明しました。

 最高裁は、これらの原則を争点となっている特許のクレームに適用し、特許明細書に具体的にアミノ酸配列によって記載された26の抗体は実施可能であるものの、争点となっているAmgenの機能限定によるクレームは、アミノ酸配列によって規定された26の例示的な抗体よりもはるかに広い範囲に及んでおり、合理的な程度の実験を考慮にいれたとしても、当業者がクレームされた抗体のすべてを製造し、使用できるように記載されていないと結論付けました。Amgenは、科学者が単純に「行程表(roadmap)」または「同類置換(conservative replacement)」に従えば、機能的に特定された抗体をすべて製造し、使用することができるので、クレームは実施可能である、と主張しました。しかし、最高裁は、このようなアプローチで推定される開示は、当業者を十分に導くことができない「研究課題」に過ぎないと述べました。

 最高裁は、サーシオレライで提示された正確な問題について、実施可能要件は「クレーム内のすべての実施形態を製造するのにかかる累積的な時間および努力で測定されるものではない」点でAmgenに同意しました。しかしながら、最高裁は、主要な問題は、特許明細書が要求した「試行錯誤」アプローチであったと判断しました。そのようなアプローチは、機能することが知られている抗体のアミノ酸配列に置換を行ってその結果得られた抗体が機能するかどうかを調べるという、Amgenが機能的に特定される抗体を見出すために行っていたステップバイステップの方法に過ぎなかったのです。

 最終的に最高裁は、法律に変更はないとの見解を示し、この判決は「新しい技術を伴う」ものであるが、「法原則は同じ」であると述べました。

 

[情報元]

1.McDermott News “New Technology Does Not Alter Enablement Rules | May 22”

2.http://cafc.uscourts.gov/sites/default/files/opinions-orders/20-1074.OPINION.2-11-2021_1731739.pdf CAFC判決原文

3.https://www.supremecourt.gov/opinions/22pdf/21-757_k5g1.pdf 最高裁判決本文

[担当]深見特許事務所 赤木 信行