特許有効期間満了後のロイヤリティ契約に関する2件の巡回区連邦控訴裁判所判決
米国第3巡回区控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Third Circuit、以下「3rd Circuit」)は、特許有効期間満了後に当該特許の発明を使用する行為に基づいて計算されていないロイヤリティ契約は、Brulotteルール[注1]に違反しないと判断し、地方裁判所判決を支持しました。
Ares Trading S.A. v. Dyax Corp., Case No. 23-1487 (3th Cir. 2024年8月14日) (以下「Ares事件判決」)
上記Ares事件判決から9日後に、米国第9巡回区控訴裁判所(以下「9th Circuit」)は、3rd Circuitの上記判決と同様に、Brulotteルールに基づく判断を含む判決を下しました。ただし、9th Circuitは、米国特許の存続期間満了後のロイヤリティが米国以外の存続期間満了前の特許に割り当てられていたことを理由として、「特許の有効期限が切れた後の契約が特許ロイヤリティを許容しない(すなわちBrulotteルールに違反する)」という地方裁判所の判断を覆しました。
C.R. Bard, Inc. v. Atrium Med. Corp., Case No. 23-16020 (9th Cir. 2024年8月23日) (以下「Bard事件判決」)
以下、上述の2件の判決において共通して適用された「Brulotteルール」成立の経緯について説明した後、各判決の内容を紹介します。
I.Brulotteルール成立の経緯
Brulotteルールは、Brulotte v. Thys Co.事件(以下「Brulotte事件」)最高裁判決(1964)により確立された、特許の権利期間の消滅後(特許満了後)にロイヤリティを徴収することは、反トラスト法の当然違法に該当するというものです。
Brulotte事件では、農業機械に組み込まれた特許が期限切れになっても、農家が負担するライセンス額が減らなかったため、農家が期限切れの特許の使用に対してロイヤリティを支払っていたことになることから、最高裁判所は特許権の濫用であると認定しました。
Brulotte事件判決で導入されたBrulotteルールはその後、市場実態にそぐわないとの理由で学会から批判を受けてきましたが、最高裁は2015年にKimble v. Marvel事件(以下「Kimble事件」)判決において、Brulotte事件判決を覆すことなく、Brulotteルールを確認的に支持しました。
Kimble事件では、契約が特許の有効期限が切れた後もMarvel社がロイヤリティを支払い続けることを要求していたため、第2審である控訴審において9th Circuitが、Brulotteルールに基づいてライセンス契約は無効であると判断していました。
しかしながら、Kimble事件判決において最高裁判所は、Brulotteルールを支持しつつ、ノーハウのような特許以外の権利を複合的にロイヤリティの対象とすることにより、または特許の使用に対するロイヤリティの支払い期間を当該特許の存続期間を過ぎた後にも分散させることにより、当事者がBrulotteルールに違反することなく契約を結べることを認めました。この認定によれば、例えば、特許の残りの5年間の存続期間に対する10%のロイヤリティは、Brulotteルールに反することなく、10年間で5%のロイヤリティとして支払うことができます。Kimble事件判決の詳細については、下記「情報元5」の(1)および(2)をご参照下さい。
II.Ares事件判決の概要
1.事件の背景
(1)当事者間の契約関係
Dyax Corp.(以下「Dyax社」)は、医薬品開発に使用する抗体断片を同定するための実験室プロセスである「ファージディスプレイ(phage display)」の研究に従事するバイオテクノロジー企業です。Dyax社は、Cambridge Antibody Technology(以下「CAT社」)が所有する特許のライセンスを含む、ファージディスプレイに関連する複数の特許を保有しています。
2006年にDyax社は、Ares Trading S.A.(以下「Ares社」)と、共同開発ライセンス契約Collaboration and License Agreement, 以下「CLA」と略記)を結びました。CLAの下でのDyax社の主な任務は、ファージディスプレイ技術を使用して抗体フラグメントを特定し、それらのフラグメントをAres社に提供して、Ares社がそれらをBavencioと呼ばれるものを含む市販の医薬品に組み込むことができるようにすることでした。その見返りとして、Ares社は様々な研究の節目(research milestone)で、Bavencioを含む特定された製品に対するロイヤリティをDyax社に支払うことに同意しました。Bavencioは2017年に初めて販売されましたが、最後のCAT社の特許は2018年に失効しました。
なお、Ares社とDyax社とのCLAのロイヤリティ条項は、次のように規定しています。
「ロイヤリティは、国別および製品別に、最初の商業販売から始まり、最初の商業販売の10年後に終了する期間について定められる。ただし、特定の国における製品のそのような10年の期間が、その国における最後のCAT有効クレームの満了前に終了する場合は、最後のCAT有効クレームの満了まで、その国でロイヤリティが支払われるものとする。」
(2)訴訟の提起と当事者の主張
CAT社の特許について見てみると、Dyax社は、CAT社から製品ライセンスを受けており、CLAの下でDyax社はAres社にサブライセンスを与えていました。Bavencioの販売に対してAres社はDyax社にロイヤリティの支払い義務があり、Dyax社はCAT社に対してロイヤリティの支払い義務があり、これらの義務の期間は重なり合っていてBavencioの販売から開始し10年後に終了するというものでした。この結果、Ares社のロイヤリティの支払い期間は2017年の発売開始から10年後の2027年ということになりますが、これは2018年のCAT社の特許の失効から相当期間後のことになります。このことは一見したところBrulotteのルールに反することのように思われます。
2006年に当事者がCLAに署名しAres社のロイヤリティの支払い義務に同意した後の2013年になって初めてBrulotteルールを知ったAres社は、Brulotteルールを交渉の道具として契約義務の再交渉を試みました。再交渉の試みが失敗したとき、Ares社はDyax社をデラウェア地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)に訴え、Dyax社に対するロイヤリティ義務はBrulotteルールの下では執行不能であるという主張を中心に展開する、複数の関連する宣言的判決を求めました。Dyaxs社は、Brulotteルールが適用されないという宣言的判決を含む6つの請求で反訴しました。
(3)地裁の判断
Ares社はBavencioの開発に際してCAT特許を実施していないと認められることから、地裁は、Ares社のロイヤリティ支払い義務は、Ares社自体のCAT特許の使用に対するものではなく、Dyax社の有効期限前のファージ表示に関する研究に対する繰り延べ報酬と位置付け、そのような報酬の支払いの義務を、すべてのCAT特許の有効期限が切れた後にまでAres社に課したとしても、Brulotteルールに違反していないと判断して、判決を下しました。
その判決に対して、Ares社は控訴しました。
2.3rdCircuitの判断
(1)裁判管轄について
Ares社は、3rd Circuitに対し、Brulotteルールの適用可能性を再考し、Dyax社が誠実かつ公正な取引の誓約に違反したと認定するよう求めました。控訴審において3rd Circuitは、まず、本件控訴についての自らの管轄権を検討しました。
28U.S.C.§1295(a)(1)において、「特許に関する連邦法に基づいて生じた民事訴訟、または当事者が当該連邦法に基づいて生じた強制反訴を主張した民事訴訟における、地方裁判所の最終判決に対する控訴」に対しては、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が「専属管轄権」を有することが規定されています。3rd Circuitは、当事者の訴訟書類での主張を検討した結果、請求と反訴の合計10件のうち、9件はマサチューセッツ州の契約法に基づいて発生しており、実質的な連邦特許法上の争いではないため、3rd Circuit自身が管轄権を有すると判断しました。
(2)Brulotteルールの適用について
次に、3rd Circuitは、Brulotteルールにおける特許存続期間満了後の使用料に関する禁止が適用されるかどうかに目を向けましたが、CAT社の特許でカバーされているAres社のロイヤリティ義務は、特許権の存続期間満了後の特許発明の実施を必要とする活動に基づいて計算されていないため、違反は認められませんでした。
3th Circuitは、米国連邦特許制度およびBrulotteルールの土台となる政策のうち、特に、特許が失効した後に発明が公けに開放される(enter the public space)ことの重要性を強調しました。また、3th Circuitは、2015年の「Kimble v. Marvel事件」の最高裁判決から得た、Brulotteルールの理解に基づいて、「ロイヤリティが有効期限後の使用を必要とする活動に基づいて計算されていない場合、それらは有効期限後の使用を妨げるものではなく、Brulotteルールの適用の余地はない」と述べました。
本件では、3rd Circuitが、Ares社のロイヤリティ義務は、CAT特許の対象となる発明の有効期限後の使用に対する支払いには当て嵌まらないと判断しましたが、Ares社は、契約上は、特許の有効期限後も、特定の製品の売上に基づいてロイヤリティを支払う義務を負っていました。対象となったのは、Dyax社がAres社に届けた抗体やフラグメントを使用した製品でした。そのような状況下において3rd Circuitは、Ares社が支払うべきはDyax社が所有する特許の技術自体ではなく、Dyax社がDyax社の特許を用いて発見したものを使用することに対するロイヤリティであって、そのようなロイヤリティは、地裁で判断されたように、Dyax社によるCAT特許の有効期限前のファージ表示に関する研究に対する報酬として位置づけられるものと認定し、CAT特許の有効期限が切れた後に繰り延べて支払うことをAres社に義務付けたとしても、当事者のロイヤリティ契約にBrulotteルールを適用することはできないと判断しました。
(3)控訴審におけるAres社の反論に対する3rd Circuitの対処
控訴審においてAres社は、まず、CAT特許の満了後もそのロイヤリティ義務が変わらなかったため、これはBrulotteルールの下で失効した特許の「使用」に対する許されないロイヤリティを構成すると主張しました。それに対して3rd Circuitは、上述した理由に加えて、Ares社によるCAT特許の「使用」の態様が、Brulotte事件の事実[注2]とは異なっていたため、Kimble事件最高裁判決の判旨は、本件には当て嵌まらないと指摘しました。
また、Brulotteルールの違反は認められなかったため、3rd Circuitは、Dyax社が誠実かつ公正な取引の黙示の誓約に違反していないという地裁の認定を支持しました。結果として3rd Circuitは、下級裁判所の判決の全てを支持しました。
III.Bard事件判決の概要
1.事件の背景
(1)当事者間の関係およびライセンス契約の概要
C.R. Bard, Inc.(以下「Bard社」)は、血管移植片の一種をカバーする米国とカナダの特許を1つずつ保有していました。2011年、Bard社とAtrium Med. Corp.(以下「Atrium社」)は特許紛争を解決するためのライセンス契約を締結しました。契約条件に基づき、Atrium社はBard社に対し、米国特許の有効期限が切れる2019年までは米国での売上に対して15%のロイヤリティを、カナダの特許が失効する2024年まではカナダでの売上に対して15%のロイヤリティを支払うことに合意しました。この契約には、四半期ごとのロイヤリティの最低額[注3]も含まれていました。2019年まで、契約が想定していたように、Atrium社は米国とカナダの売上に対してロイヤリティを支払いました。米国食品医薬品局(FDA)の承認の遅れにより、Atrium社の売上高は予想を下回り、ロイヤリティ額は、四半期ごとの最低額を超えることはありませんでした。
Atrium社は、米国特許有効期限が切れた2019年以降は米国の売り上げに対するロイヤリティの支払いを拒否し、カナダの売上に対するロイヤリティのみを支払うようになり、その後も、四半期ごとの最低額を超えることはありませんでした。
(2)Bard社による訴訟の提起、および第1審裁判所の判断
そのような状況においてBard社は、2021年に契約違反でアリゾナ地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)にAtrium社を提訴しました。Atrium社は、「特許の有効期限が切れた後に特許使用のためのロイヤリティを徴収することは特許権の濫用である」とした最高裁のBrulotte事件判決の下で、ロイヤリティ条項は執行不能である(Brulotteルールに違反する)と主張しました。
地裁は、両当事者の契約上の最低ロイヤリティの主要な目的は、Atrium社の販売による特許製品の米国でのBard社の販売の減少に対してBard社を補償することであると判断しました。したがって、地裁は、Brulotte v. Thys事件判決の下で、ロイヤリティ条項は執行不能である(Brulotteルールに違反する)とのAtrium社の主張に同意しました。それに対してBard社は控訴しました。
2.9th Circuitの判断
本件判決において9th Circuitは、Kimble事件における最高裁の判断に基づいて、特許の有効期限が切れたときにロイヤリティの条件が調整される限り、ライセンスの対象が特許取得済みの技術と特許を受けていない技術との両方を想定している場合、特許の満了後も継続的なライセンスが許容される可能性があると指摘しました。
例えば、特許発明と営業秘密としてのノーハウとの両方をカバーするライセンス契約は、特許の有効期限が切れた後にロイヤリティ率が減少する限り、特許の存続期間を超えて継続することができます。これは、特許の有効期限が切れた後のロイヤリティが、ノーハウの使用のためだけを対象とすることになります。
次に、9th Circuitは、当事者の契約がBrulotteルールに違反したかどうかは、当事者の動機や交渉過程に関する事実とは関係なく、法律の問題であることを明確にしました。本件控訴では、契約条件は争われておらず、契約違反かどうかの法律問題のみに関するものであることから、地裁が行なっていた事実認定は考慮する必要がありませんでした。
本件控訴審において9th Circuitは、訴訟対象の契約が米国特許の存続期間中の米国販売に対するロイヤリティの支払いと、カナダ特許の存続期間中のカナダの販売に対するロイヤリティの支払いを明確に要求していたことから、Bard社とAtrium社の間のロイヤリティ構造は、Brulotteルールの下では特許の濫用ではなかったと認定しました。Atrium社は、「米国特許の有効期限が切れたときに最低額が減らない契約になっていたために、契約のロイヤリティ構造がBrulotteルールに違反している」と主張しましたが、9th Circuitはその主張を受け入れませんでした。その理由として9th Circuitは、2019年以降、すべてのロイヤリティはAtrium社のカナダでの売上のみに関連することが契約上で明確になっていたため、カナダでの売り上げのみの場合も、米国とカナダの両方の売上の場合の最低ロイヤリティ額が同じままであったという理由だけで、契約が不適切であるとは言えず、また、Brulotte事件ルールは、裁判所が契約条項の「合理性」を検討することを要求も許可もしていないと指摘しました。
その結果9th Circuitは、地裁判決を覆して、本件のロイヤリティ契約は、Brulotteルールに違反することなく執行可能であると判決しました。
IV.実務上の留意点
(1)特許の所有者側が留意すべき点
特許のライセンスを伴う契約の場合、特許の存続期間満了後も継続してロイヤリティの支払いを求めることがBrulotteルールの違反とならないように、特許だけではなく、ノーハウ等の他の知的財産権や、共同研究開発契約を組み合わせた複合的な契約にすることが有効な場合があることを認識して、ライセンス契約を策定することが望まれます。
また、そのような複合的契約の場合、契約の前文等において、ロイヤリティが特許ライセンスの対価だけでなく、その他のサービスや権利に対する対価を含むことを明記することが重要になります。
(2)ライセンスされる側が留意すべき点
特許ライセンス契約を締結する際に、特許期間満了後の特許発明の実施に対するロイヤリティの支払い義務を、Brulotteルールの適用によって回避するため、契約条項において、厳密な意味での「特許の使用」以外に、特許期間満了後もロイヤリティの対象となり得る他のサービスや権利が含まれる可能性がないことを、慎重に確認することが必要です。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “The Conversation Continues: Some Post-Patent-Termination Royalties Are Acceptable” September 12, 2024
2. Ares事件3rd Circuit判決原文
https://www2.ca3.uscourts.gov/opinarch/231487p.pdf
3. IP UPDATE (McDermott) “Some Post-Expiration Patent Royalty Payments May Be OK” September 5, 2024
https://www.ipupdate.com/tag/c-r-bard-inc-v-atrium-med-corp/
4. Bard事件9th Circuit判決原文
https://cdn.ca9.uscourts.gov/datastore/opinions/2024/08/23/23-16020.pdf
5.「Brulotteルール」を確認的に支持したKimble v. Marvel事件最高裁判決に関する参考資料
(1)Kimble事件最高裁判決原文(2015)
https://supreme.justia.com/cases/federal/us/576/446/
(2)「特許ライセンスの効力と競争法の規制の考察:第4回グローバル特許権行使戦略セミナー報告」(パテント2016, Vol.69, No.11)
https://www.jpaa.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/03/jpaapatent201609_080-094.pdf
有効期限切れの特許の使用に対するロイヤリティの支払いを要求する契約は許容されないとする、最高裁判例に基づくルール
Brulotte事件において、特許権者は、ホップ収穫機械に関する特許を所有し、その特許製品を農家にライセンスしており、ライセンス契約では、農家は特許製品の使用に対して、特許の存続期間満了後もロイヤリティを支払うことが義務付けられていました。
ロイヤリティの最低額については、Bard事件判決原文(上記「情報元3」)第15頁第3パラグラフに、次のように記載されています。
「最低ロイヤルティ条項は、それぞれの国におけるすべての有効期間内の特許の使用に対して支払われる最低額を定めている。最低ロイヤルティ条項は、「いかなる場合も、契約期間中のどの暦四半期のロイヤルティも375万ドル、年間1,500万ドル)を下回らない」と規定している。契約では、FDAがiCast(Atrium社が販売するステントの商品名)のあらゆる用途の承認を取り消した場合等に、最低ロイヤルティ条項が終了すると規定されている。」
[担当]深見特許事務所 野田 久登