知的財産保護強化の取組に関する、2025年前半の中国国家知識産権局の発表
AI、バイオ、データ活用技術を含む先端技術や商標等の知的財産保護強化の取組に関して、2025年の前半に中国国家知識産権局(特許庁に相当、以下「CNIPA」)がウェブサイトにおいていくつかの重要な発表を行ないましたので、以下に紹介します。
I.2025年立法計画を公表(主として下記「情報元1」参照)
CNIPAは2025年4月25日、2025年度の立法計画を公式ウェブサイトで公表しました。同計画は、複数の法律および部門規則の改正と整備を推進し、知的財産保護の強化と科学技術イノベーションの促進を目指す内容となっています。
公表によれば、立法・審査の分野では次の二つの取り組みが重点となります。
(i)「商標法」の改正:商標の登録・確定手続きの最適化、公共サービスの向上、商標専用権保護の強化が主な課題とされます。
(ii)「集積回路配置図設計保護条例」の審査:実務上の課題を解決し、関連分野のイノベーション発展とビジネス環境改善を目指す法的支援を提供することが求めらます。
また、部門規則の改正では以下の三点が注目されます。
(i)「専利審査指南(特許審査ガイドライン)」の改正を通じて、新たな業態や技術分野に対応した審査基準の整備を図ります。
(ii)「専利代理管理弁法」の改正により、代理制度のさらなる健全化を図ります。
(iii)「集積回路配置図設計保護条例」の改正に伴い、その実施細則を同時に整備します。
CNIPAは、知的財産関連法の体系的な整備を通じて、法律間および他部門の法律との調整を強化する方針であり、この取組により、知的財産法制度のさらなる充実を図るとともに、イノベーション駆動型発展戦略を支える強固な制度基盤の構築を目指しています。(出典:CNIPAウェブサイト 2025年4月25日)
以下、上記「専利審査指南(特許審査ガイドライン)の改正」および「専利代理管理弁法の改正」の具体的な発表内容について、やや詳細に紹介します。
1.公表された「専利審査指南」改正案について
CNIPAは、知的財産権に関する国家方針を着実に実行し、制度の法的整備を進めるため、「専利審査指南」改正草案を策定して、2025年4月30日に同草案および改正趣旨を公表し、2025年6月15日まで、広く社会から意見を募っていました。
今回発表された改正案は、新技術分野やビジネス形態に対応した特許審査基準の整備を目的としており、審査実務で早急な解決が求められ、かつ関係者間で合意が得られた事項を対象としています。
改正案では、実体審査部分において植物関連技術の知的財産権保護を強化するため、従来の「植物」の定義を削除し、新たに「植物品種」の定義を追加しました。この定義は「中華人民共和国種子法」と整合しており、従来は品種権の対象とならなかった育種材料(植物や動物の品種改良のために用いられる個体や品種)についても、特許権の取得が可能となります。
さらに、人工知能(AI)やビッグデータ分野(大量かつ多様なデータを収集、分析、活用することで、様々な分野で新たな価値を創造する分野)に関連する新規定が設けられました。具体的には、AIやデータ活用技術に関する特許出願について、必要に応じて明細書の内容を詳細に審査する方針が明記されました。また、出願書類に記載されたデータ収集、ラベル管理、規則設定、推薦判断などの内容が法律や社会倫理に反する場合、特許を付与しないことが規定されています。
特に注目されるのは、AI技術の倫理的側面を考慮した審査基準の導入です。例えば「無人運転車両の緊急意思決定モデルの構築方法」を事例に挙げ、AI技術の実施が倫理観念に反する場合、中国専利法第5条第1項の「社会倫理に反する発明」に該当し、特許が認められないことを明確にしました。
加えて、AIアルゴリズムの「ブラックボックス問題」、すなわち、「AIやシステムなどの内部構造や判断プロセスが外部から見えにくく、なぜそのような結果になったのかを理解するのが難しい状況」に対応するため、明細書には技術内容を十分に開示することを要求し、アルゴリズムやモデルの詳細の開示が不十分な場合、特許要件を満たさないと判断されます。
専利審査指南の改正案の詳細は、下記「情報元2.(2)」をご参照下さい。
(出典:CNIPAウェブサイト https://www.cnipa.gov.cn/art/2025/5/8/art_55_199542.html)
2.「専利代理管理弁法の改正」について
2020年より、CNIPOが知財代理業界に対して実施する取締強化キャンペーンである「ブルースカイ行動」が展開されています(下記「情報元5」参照)。報道等によれば、この行動は、2025年5月の時点でも継続中であり、代理人品質向上と業界への監督強化を目的とした計画を発表しています。
現時点でのCNIPAの改正案では、「無資格代理行為の禁止」、「異常、悪質な出願行為の厳罰化」、「監視・信用評価制度の導入」、「代理業界の自主規制との連携強化」等の代理人の責任の明確化、重責化が図られています。
II.その他の知財関連の取組に関するCNIPAの発表
1.人工知能関連発明の特許出願ガイドライン(2024.12.31試行)
人工知能などの新しい分野や新しい形態のビジネスにおける知的財産権の法的および政策システムの改善に関する中国共産党中央委員会と国務院の重要な指示を実施し、中国の現在の特許法制度の枠組みの下で人工知能の分野における特許審査政策を包括的かつ詳細に解釈し、革新的なエンティティの一般的な懸念事項のホットな法的問題に対応し、特許出願の品質を向上させ、新しい高品質の生産性の開発を促進するために、CNIPAは、革新的なエンティティの参照のための人工知能関連発明特許の申請に関するガイドライン(試行)を作成しました。
このガイドラインには、「制定の背景と必要性」、「主な制定プロセス」、「ガイドラインの主要内容」が説明されており、「ガイドラインの主要内容」として、「人工知能関連特許出願の一般的な類型と法的問題」、「発明者の身元確認」、「解決手段の対象の基準」、「明細書の完全開示」、「進歩性の考察」、「人工知能の倫理問題について指導的意見」等に言及しています。当該ガイドラインの詳細については、下記「情報元4」をご参照下さい。
2.2024年度知的財産権行政保護典型事例の公表(2025年4月27日)(下記「情報元1」参照)
2024年度知的財産権行政保護典型事例を公表した国家知識産権局のウェブサイトの冒頭には、公表の目的について以下の『』内のように述べられています。
『知的財産権の保護を包括的に強化するための中国共産党中央委員会と国務院の決定と取り決めを徹底的に実施し、知的財産権の行政裁定と行政法執行のための専門的指導を強化し、事件処理の質と効率を向上させ、侵害と違法行為を抑止し、イノベーションとビジネス環境のための良好な環境を積極的に作り出すために、国家知識産権局は2024年に知的財産権の行政保護の典型的な事例の選択を組織しました。現地での提言、選考・審査、専門家による審査を経て、2024年の知的財産権の行政保護の代表的な事例は、最終的に30件決定されました。』
以下、選定された専利権(特許・実用新案・意匠)侵害の行政裁決の事例30件のうち、特許関連の3件の事例の概要を紹介します。
事例1:上海市知識産権局による「PI3K 阻害剤としてのピリジン[1,2-a]ピリミジノン類似体」ほか一連の専利権侵害紛争事件の処理
事例5:山東省知識産権局による「5-ヒドロキシ-4-チオメチルピラゾール化合物の製造方法」特許権侵害紛争事件の処理
事例7:上海市浦東新区知識産権局による「柔軟なメッセージサイズと可変ビット長を有する直列データ伝送のための方法及び装置」特許権侵害紛争事件の処理
上記3件の他、27件の事例(いずれも地方都市の知識産権局による専利権侵害事件の紛争処理事例)について、「事件の概要」と「専門家の見解」がやや詳細に説明されています。)
出典:CNIPAウェブサイト(https://www.cnipa.gov.cn/art/2025/4/27/art_53_199400.html)
3.CNIPAが「2024年中国知的財産権保護状況白書」を発表(2025年5月7日)
CNIPAはそのウェブサイトにおいて、2024年の中国における知的財産保護の状況に関する白書(以下、「白書」)を発表し、2024年の中国の知的財産保護の進捗状況を、保護の有効性、制度構築、審査と登録、文化形成、および国際協力の観点から紹介しています。
知財保護の成果として、全国の裁判所で新たに受理された知財関連の民事一審事件が45万件に上り、検察機関は知財侵害に関する逮捕審査を7646件受理しました。公安機関は知財侵害および偽造品販売に関連する刑事事件を3.7万件立件し、市場監督部門は商標や特許分野の違法事件を4.39万件処理しました。
また、知財管理部門は特許侵害紛争に関する行政事件を7.2万件処理しました。これらの取組により、2024年の中国における知財保護に対する社会満足度スコア[1]は82.36点に達し、過去最高を記録しました。
制度構築の分野でも大きな進展が見られました。知的財産権に関する法律や規則が年間で約20件制定・改正され、関連する司法解釈が2件制定されました。また、知財保護に関連する規範性文書や政策文書が20件以上公表され、地方レベルでは11件の関連法規が新たに施行されました。これにより、中国の法制度がさらに整備され、知財保護の基盤が強化されました。
さらに、中国は国際的な知的財産権ガバナンスに積極的に参加し、その影響力を拡大し続けており、2024年には国際知的財産保護協会(AIPPI)の世界知的財産権大会を主催し、習近平国家主席が大会に祝辞を寄せました。また、第3回「一帯一路」知的財産権ハイレベル会議を開催し、世界知的所有権機関(WIPO)をはじめとする国際組織や各国・地域の知的財産権機関との交流と協力を深化させ、さらに、関連国や地域との司法協力や合同法執行活動も強化されました。
(出典:CHIPAウェブサイト2025年5月7日https://www.cnipa.gov.cn/art/2025/5/7/art_55_199508.html)
4.「パテントプールの構築と運営に関するガイドライン」の発表(2025年5月13日)
CNIPAなど6機関(CHIPA、科学技術部、工業・情報化部、国務院国有資産監督管理委員会、市場監督管理総局、中国科学院)が、パテントプールの構築と運営に関するガイドラインを公表しました。「ガイドライン」は、パテントプールの合理的な構築と配置、規範的な管理、高効率な運用を促進し、その機能を十分に発揮させることで、新質生産力の育成・発展を加速させることを目的としています(下記「情報元3」参照)。
「ガイドライン」は、パテントプールの定義について、「二者以上の特許権者が協議の上、特定の一者または第三者の運営管理機関に委託し、保有する特定技術分野の特許を共同で運用し、クロスライセンスやワンストップ型ライセンスなどの業務・サービスを展開する特許運用モデル」としています。その構築・運用にあたっては、市場原理の尊重、利益の均衡、開放性、非差別性といった原則に従うことが求められます。
CNIPAは関連部門と連携し、パテントプールの構築・運用に関する業務の統括的な指導と支援を行ない、各地の知財管理部門および関係機関に対しては、地域の実情に応じてパテントプール構築への指導・支援およびサービス体制の強化を図るよう奨励しています。(出典:CNIPAウェブサイト2025年5月21日)
5.CNIPA第25回中国専利賞が発表(2025年5月28日)(下記「情報元6」より)
「中国専利賞評価表彰弁法(2023年改正)」の規定に基づき、国務院関係部門の知的財産権業務管理機構、地方の知識産権局、関連の全国規模の業界団体、および中国科学院院士と中国工程院院士などの推薦を経て、中国専利賞審議委員会が審議を行ない、次の決定事項を公開しました。
CNIPAと世界知的所有権機関は、以下の賞を授与
・中国専利金賞:授与対象は「高圧LDMOSデバイスの製造に用いる方法及びデバイス」など30件の特許、実用新案。
・中国意匠金賞:「自動車」など10件の意匠。
CNIPAは以下の賞を授与
・中国専利銀賞:「バルク弾性波共振器」など60件の特許、実用新案。
・中国意匠銀賞:「タワーファン」など15件の意匠。
・中国専利優秀賞:「フロート式太陽電池モジュール」など607件の特許、実用新案。
・中国意匠優秀賞:「3Dスキャナー」など47件の意匠。
・中国専利賞最優秀組織賞:広東省知識産権局など8の組織。
・中国専利賞優秀組織賞:上海市知識産権局など19の組織。
(出典:CNIPAウェブサイト)
[情報元]
1.CHINA IP Newsletter JETRO 北京事務所知的財産権部 知財ニュース2025/5/12 号 (No.633)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/ipnews/archive/633.pdf
2.ジェトロ北京事務所日本語仮訳より
(1)『専利審査指南改正草案(意見募集稿)』の公開意見募集に関する通知
https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/opinion/20250430_annai_jp.pdf
(2)専利審査指南の改正案(意見募集稿)についての説明
https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/opinion/20250430_setsumei_jp.pdf
3.CNIPAなど6機関、パテントプールの構築と運営に関するガイドラインを公表(ジェトロ香港事務所)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/pdf/report_20250516.pdf)
4.『人工知能関連発明の特許出願ガイドライン(2024.12.31試行)』に関する解説(25年2月 JETRO 北京事務所仮訳より
https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20241231_2.pdf
5.国家知識産権局弁公室 「藍空」行動の深化による知的財産権サービス業の健全な発展の促進に関する通知(国家知識産権局弁公室2020年5月7日)(ジェトロ仮訳より)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/gov/20200508_jp.pdf
6.集佳中国知財情報No.226 (May 28, 2025)より「中国国家知識産権局第25回中国専利賞が発表」https://japan.unitalen.com/html/folder/25060987-1.htm#1
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[1] 社会満足度スコアは、一般に「顧客満足度スコア」や「ネットプロモータースコア」などの指標で表され、前者は特定の製品やサービスに対する顧客の満足度を数値化するもので、後者は顧客ロイヤルティ(顧客が企業やブランド、商品に対して持つ信頼や愛着、忠誠心)を測る指標です。