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専門家証言を除外して損害賠償額を名目的な額に減額した地方裁判所判決を支持したCAFC判決

 連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、損害賠償専門家の証言を考慮することなく、陪審の1,000万ドルの損害賠償額を名目的な損害賠償額(文末注釈VI参照)に減額したデラウエア州連邦地方裁判所(以下「地裁」)の判決を支持しました。CAFCは、地裁訴訟の原告が陪審員が推測なしに合理的に損害賠償を判断できる証拠を提示できなかったと認定しました。

              Rex Medical, L.P. v. Intuitive Surgical, Inc., Intuitive Surgical Operations, Inc., Intuitive Surgical Holdings, LLC, Case No. 24-1342 (Fed. Cir. Sept. 8, 2025) (Dyk, Prost, Stoll JJ.)

 

1.事案の背景

 本件は、特許侵害訴訟の損害賠償モデルに関し、損害算定(合理的ロイヤルティ[i])における「価値の按分(apportionment)[ii]」の重要性を改めて確認した判決であり、以下のような背景に基づいています。

(1)当事者および本件対象特許の概要

 (i)第一審(地裁訴訟)の原告:Rex Medical, L.P.(以下「Rex社」)

 (ii)第一審の被告:Intuitive Surgical, Inc., Intuitive Surgical Operations, Inc., Intuitive Surgical Holdings, LLC(以下「Intuitive社」)

 (iii)本件対象特許:米国特許第9,439,650号(以下「’650特許」)」、米国特許第10,136,892号(以下「’892特許」)、他これらに関連する特許。

 (iv)審理対象となった’650特許のクレーム6について

 第一審である地裁訴訟当初、Rex社は’650特許および’892特許を主張していました。そのうち’892特許については、Intuitive社側が当事者系レビュー(IPR)を申し立て、Rex社が訴訟対象から撤回しています。その結果、’650特許のクレーム6[iii]のみが審理対象となりました。本件特許の技術的内容については、下記情報元1,2のいずれにも詳細には説明されていませんが、ご参考までに、以下、当該クレーム6に記載の構造を、別紙添付の「説明用参考図」を参照しながら説明します。「説明用参考図」は、’650特許の図3, 4, 13~17に主要要素の名称を並記して作成したものであり、下記説明中の各構成要素に括弧書きで示す参照番号は、当該説明用参考図に示す番号に対応します。

 ’650特許のクレーム6は、外科手術においてステープル(ホチキスの針)打ち込むための手術用ステープリング装置(10)であって、把持具(17)の上下間を開閉して組織を挟み、ステープルを打ち込む構造を規定したクレームであり、特に内部に「ビーム(beam、説明用参考図のFIG.14に示す実施例では『I形ビーム部材(70)』)」を備えた構成を特徴としています。具体的には、そのビームが「上部(82a)」、「下部(82b)」および両者をつなぐ「ウェブ(84)」から成り、ビームが近位(手元側)から遠位(先端側)に移動する過程で、ステープルを押し出す「ステープルプッシャー(80)」を駆動させるように設計されています。また、この上部および下部のビーム部分は、上下の把持具(17)を内部から確実に係合させ、ステープルの通るスロットをアンビル(下側の把持部の、上側の把持部に対向する、ステープル形成ポケット122が設けられた面)のステープル成形部に正しく整列させる構造を持ちます。

 このように、クレーム6は、「一つのビーム機構が、把持部のクローズ(クランプ)、ステープル整列、およびステープル発射(成形)の機能を統合」する点を押さえたクレームであり、従来のように複数部材で別々に制御していた機能を「一体化した部材による動作」で実現しようとする発明の本質を捉えたものであるという点で重要です。

 なお、’650特許に対応するものとして、日本では、特許第4,383,887号として特許されており、その段落[0012]~[0018]に、’650特許のクレーム6に記載の発明の実施形態が説明されています。

(2)争点の発端および訴訟の流れ

 Rex社はIntuitive社が’650特許を侵害したと主張して訴訟提起し、Intuitive社側は特許権侵害を否定するとともに、特許の無効(特に記載要件欠如)を主張しました。

 損害賠償としてRex社は合理的ロイヤルティを想定し、「仮想交渉(hypothetical negotiation)」モデル[iv]を採用しました。Rex社の損害専門家(Damages Expert)は、Rex社がかつて第三者であるCovidien社と締結したライセンス契約を基に、Rex社とIntuitive社との間で交渉があれば約2,000万ドルの支払いが想定されたと試算していました。

 ところが、当該ライセンス契約はRex社がCovidien社との紛争で締結したもので、複数の特許(’650特許、’892特許、およびその他の関連する米国特許、外国特許、特許出願)を包括するポートフォリオライセンス契約であったことが問題となりました。

 地裁では、Rex社の損害専門家の証言(特に当該ライセンス契約を基盤とするロイヤルティ試算)を考慮から除外することをIntuitive社が求め、地裁はそれを受け入れて、当該専門家証言を考慮から除外しました。

 それにもかかわらず、陪審はRex社の主張を支持して’650特許の侵害を認定するとともに、Intuitive社による特許無効の主張も否定し、約1,000万ドルの損害賠償を認める判決を下しました。

 しかし、地裁はその後、Intuitive社の法的判決「JMOL(judgment as a matter of law)」を求める動議[v]を一部認め、損害賠償額を名目的な(nominal)1ドル[vi]に減額(実質的に損害なし)としました。

 Rex社がこの減額および専門家証言除斥を争ってCAFCに上訴し、Intuitive社も侵害/有効性の判断を争点としてクロスアピールしました。

 

2.判決の主な論点とCAFCの判決

 本件でCAFCが扱った主な論点とそれに対するCAFCの判決(2025年10月2日言渡し)は、以下の通りです。

(1)特許の有効性について

 本件では、Intuitive社は’650特許が無効であるとして、主に自明性(obviousness)および書面記載要件(written description)違反を主張して争いました。Intuitive社は、先行技術の組合せによりクレーム6の構成に容易に到達できると主張したほか、クレームに記載された機能を裏付ける明細書の技術的説明が不十分であるとも指摘しました。これに対し、Rex社は、当該特許発明が外科用ステープリング装置の従来技術に対して独自の解決策を提供し、先行技術の単純な組合せでは到底実現できなかった点を強調しました。第一審(陪審)はRex社の主張を全面的に支持し、特許の有効性を肯定しましたが、CAFCもこの判断を維持し、Intuitive社の無効主張を退けました。

(2)特許権の侵害について

 争点の中心は、Intuitive社のロボット手術システムで利用される特定の留置器具が、’650特許クレーム6の技術的特徴を充足するかにありました。陪審は、Intuitive社製品の構成が特許の「留置部材」,「可動機構」,「展開手段」等の要件を満たすと認定し、直接侵害を認めました。Intuitive社は、構成の一部が特許の技術的意味内容を充足しないと主張しましたが、CAFCは陪審の認定に十分な証拠があるとしてこれを支持しました。特に、機械的動作の同等性に関する専門家証言が有力であり、侵害判断は覆されませんでした。

(3)損害賠償について(合理的ロイヤルティと価値の按分)

 本件における最大の争点は、陪審が認定した約1,000万ドルの損害賠償額の妥当性でした。Intuitive社は、陪審評決後にJMOLを申し立て、損害額の根拠となったRex社のロイヤルティ算定モデルが、技術の価値を正しく按分(apportion)していないと主張しました。

 Rex社の専門家は、Intuitive社のシステム全体の価値を基礎にロイヤルティを算出していましたが、そのシステムは複数の特許技術の集合体であり、’650特許が占める価値はごく一部にすぎません。CAFCは、Rex社は特許単独の経済的寄与を分離する分析を欠いていると判断しました。

 結果として、陪審の1,000万ドル認定は証拠不足として取り消し、差し戻しではなく、名目的損害賠償(nominal damages)1ドルのみを認めるよう地裁命令が修正されました。

 CAFCは、損害論の立証責任がRex社にあることを強調し、「特許技術が複数技術のごく一部である場合、適切な価値配分の証拠がない限り、ロイヤルティは認められない」という厳格な基準を示した点で、実務上非常に重要な判断となっています。

 

3.判決における特定の論点に対するCAFCの判断

 本件判決における特定の重要論点に関してCAFCは、以下のような判断を示しました。

(1)専門家証言の除外について

 CAFCはまず、地裁が損害専門家(Mr. Kidder)の証言を除外したことについて、「裁量の濫用(abuse of discretion)」という観点からレビューしました。その結果CAFCは、Rex社の専門家が参考としたCovidien社とのライセンス契約について、当該契約が多数の特許(’650、’892、さらに米国・外国の他特許や出願)をカバーした特許ポートフォリオに基づいており、専門家報告書が「’650特許単独での価値」を説明することなく、そのまま’650特許にほぼ全部価値が帰属すると仮定していた点を問題視しました。

 CAFCは、専門家が「’650または’892特許がほとんど全部の価値を構成する」と述べていたものの、その中で実際に価値の按分のための数値的分析や他の特許および出願の価値の検討を行なっておらず、損害の主張が「本件の事実に結び付けられていない(untethered to the facts of this case)」と評価しました。したがってCAFCは、地裁の専門家証言除外の判断を「濫用のない裁量判断」であると認め、当該地裁判断を維持しました。

(2)損害賠償額の減額(名目的賠償)について

 CAFCは、特許権侵害が認められた場合でも、Rex社が「合理的ロイヤルティを算定するための証拠を提示できなければ、米国特許法第284条に基づく損害賠償を請求できない(もしくは名目的賠償にとどまる)」という原理を再確認しました。

 本件では、Rex社が提出した唯一の損害根拠がCovidien社とのライセンス契約に基づくものであったものの、そのライセンスがポートフォリオ全体を対象としており、’650特許単独の価値を示す根拠がなく、陪審が合理的なロイヤルティを「推定」するための十分な証拠がなかったとされました。

 CAFCは、「記録上、陪審が’650特許単独のライセンスについて1ドルから1,000万ドルの範囲で算定できる証拠が存在しない」とし、1,000万ドルの損害賠償額は「推測(speculation)または憶測(guess)」に基づくものであると結論づけました。

 結果として、CAFCは地裁の判断を支持し、名目的賠償1ドルの判決を確定しました。

(3)クロスアピールにおける特許権非侵害および特許無効の主張について

 CAFCは、Intuitive社の主張する非侵害の主張についても検討し、地裁の侵害認定(’650特許クレーム6のIntuitive社製品による直接侵害)を維持しました。

 また、書面記載要件(written description)に基づく無効主張についても、Intuitive社が「明確かつ説得力をもって証明(clear and convincing evidence)」できなかったとして、地裁の有効性判断を維持しました。

 

4.実務上の留意点

 本件判決に基づき、特許侵害訴訟における損害賠償戦略および証拠整備の観点から、実務上以下の点に留意すべきことが読み取れます。

(1)按分(apportionment)の準備を早期に開始すること

 類似ライセンス契約(comparable license)を損害算定モデルの根拠とする場合、対象ライセンスがポートフォリオ形式であったときには、権利主張の対象となる有効な特許が単独に寄与する価値を、定量的かつ定性的に分離する必要があります。本件においては、ライセンス契約が’650特許に加えて’892特許やその他の多数の出願および外国特許を含んでおり、専門家が「ほとんど価値は’650または’892だ」と主張するにとどまっていたため、専門家証言は考慮から除外されました。

 特許権侵害を主張する場合、権利主張する有効な特許が寄与する価値を立証するため、証拠収集段階では、ライセンス契約交渉過程の資料、交渉相手の製品、市場の動向などを整理しておくことが求められます。

(2)損害専門家選定および証言作成時の慎重なアプローチの重要性

 専門家による損害モデルが「本件特許の価値に結びついている」ことを明確に説明可能であることが重要です。たとえば、単に特許のポートフォリオライセンスを引用し、本件特許の侵害による損害を推測で主張するだけでは、信頼性が否定される恐れがあります。CAFCは、特許権侵害に基づく損害の主張が、「本件の事実に結び付けられていない(untethered)」と指摘して、損害の成立を実質的に否定しました。

 専門家の意見を否定された場合、最終的には損害を立証できないリスクがあるため、予備モデルを複数用意しておくこと、専門家証言のみに依存せず、社内経営証言[vii]、交渉資料、市場データなどを併用することが望まれます。

(3)損害算定モデルを陪審に合理的に理解可能に構築することの重要性

 本件では、陪審が1000万ドルをどのように’650特許の価値として割り当てたかを説明可能にする証拠がなかったため、損害額の主張は「推測・憶測」にすぎないとされました。

 したがって、損害モデルの作成時には、被疑侵害製品の売上規模、市場機会、特許発明に基づく改良の寄与度、代替技術との差別化、交渉相手の強みや弱みなどを踏まえ、「この範囲なら合理的だ」という範囲を提示できるよう設計すべきです。

(4)特許権侵害および特許の有効性が確定しても、損害証明がなければ特許権の価値が大きく損なわれる恐れがあること

 本件では、特許の侵害および有効性が認定されたにもかかわらず、損害が証明できなかったため、名目的賠償額1ドルにまで縮小されました。したがって特許権者は、侵害訴訟提起に際して、特許権侵害の成否および特許有効性の争いに勝利することのみに偏重することなく、「損害が証明できない場合には意味がない」ということを念頭に置いて、損害戦略の構築を並行して進めることが重要です。

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登

 

[i] 「合理的ロイヤルティ」とは、「侵害が行なわれた時点で、特許権者と侵害者が仮にライセンス交渉をしていたら合意していたであろうロイヤルティ(対価)」を、後から裁判で推定して算定する損害賠償額を言います。

 

[ii] 「価値の按分」とは、複数の技術・複数特許の価値を切り分け、“問題となっている特許”が生み出した価値だけを抽出する作業を言います。

 

[iii] ‘650特許のクレーム6と、その上位クレーム4および5の原文は、以下の通りです。

  1. An apparatus for stapling tissue, comprising:

                   a first jaw and a second jaw, at least one of the first jaw and the second jaw being movable with respect to the other of the first jaw and the second jaw from a first configuration in which the first jaw and the second jaw are separated from each other at a first distance to receive tissue and a second configuration in which the first jaw and the second jaw are clamped together at a second distance to hold tissue therebetween for stapling,

                   a staple carrying portion of the first jaw defining slots through which staples are configured to pass;

an anvil surface defined on the second jaw opposing the first jaw;

                   at least one of a gear and a cable operatively coupled to at least one of the first jaw and the second jaw and configured to move at least one of the first jaw and the second jaw from the first configuration to the second configuration such that the first jaw and the second jaw are in alignment; and

                   a staple pusher configured to cause a staple to move from a first position at least partially within the staple carrying portion to a second position entirely outside the staple carrying portion, the second distance and the alignment being maintained by a beam configured to engage the first and second jaws from within the first and second jaws while tissue is stapled from a proximal location to a distal location.

 

  1. The apparatus of claim 4, wherein the beam is configured to engage the first and second jaws one of entirely or substantially from therewithin to maintain the second distance and the alignment.

 

  1. The apparatus of claim 5, wherein the beam comprises an upper portion and a lower portion and a web coupled between the upper portion and the lower portion, at least one of the lower portion or the upper portion configured to cause the staple pusher to move a staple as the beam moves from a proximal location to a distal location, the upper portion and the lower portion configured to cooperatively engage the first jaw and the second jaw to align the slots with a staple forming portion on the anvil surface.

 

[iv] 仮想交渉モデルとは、特許侵害訴訟において、合理的なロイヤルティ(reasonable royalty)を算定するために用いられる推定手法であり、侵害行為が開始された時点で、当事者が自発的にライセンス交渉を行なったと「仮定」し、そこから成立したであろうロイヤルティ率・ロイヤルティ額を推計するモデルを指します。

 

[v] 「法的判決(Judgment as a Matter of Law、JMOL)を求める動議」とは、米国連邦民事訴訟で、陪審判決が出た後に当事者が行なうことのできる申立ての一つであり、「陪審の判断には、合理的陪審員なら達し得るだけの証拠がない。よって裁判官は法律上当然出るべき結論(すなわち法律が要求する結論)を直接言い渡すべきだ」という申立てを言います。

 

[vi] ここでいう「名目的(nominal)」な損害賠償額とは、実質的な損害額を反映したものではなく、法律上の権利侵害があったことを形式的に示すためだけに支払われる、象徴的、形式的な金額という意味です。したがって「名目的な1ドル」とは、本当の損害額を表すものではなく、「侵害はあった」という法的評価を維持するために置かれた、象徴的な額であると理解できます。

 

[vii] 「社内経営者証言」とは、企業の経営層や上級管理職層が、製品の価値、利益構造、技術の寄与、ライセンス交渉の実務、販売戦略など、社内のビジネス状況に基づいて行なう証言のことであり、損害算定において、特許技術が企業の売上や利益にどの程度貢献したかを裏付ける重要証拠になり得ます。

 

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Damages? Apportionment among licensed properties is essential, $10 million award reduced to $1”

        https://www.ipupdate.com/2025/10/damages-apportionment-among-licensed-properties-is-essential-10-million-award-reduced-to-1/

2.Rex Medical, L.P. v. Intuitive Surgical, Inc., Intuitive Surgical Operations, Inc., Intuitive Surgical Holdings, LLC, Case No. 24-1342 (Fed. Cir. Sept. 8, 2025)(本件CAFC判決原文)

        https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/24-1072.OPINION.10-2-2025_2582479.pdf