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USPTO、機械学習モデルに関するPTABの101条拒絶を無効とするARP決定を先例指定へ

 2025年11月4日、米国特許商標庁(USPTO)は、米国特許法第101条に関する上訴審査パネル(ARP: Appeals Review Panel)[1]の決定を先例として指定しました。上訴審査パネルの決定は、機械学習モデルのトレーニングに関するクレームが101条に違反するとした特許審判部(PTAB)の判断を無効とするものでした。

 Ex parte Desjardins, Appeal No. 24-000567 (ARP Sept. 26, 2025) (precedential)

 

1. 経緯

 PTABは、2025年3月4日に出願人Guillaume Desjardinsらによる特許出願(出願番号16/319,040)について、上訴審決(Decision on Appeal)をし、(1)係属中のすべてのクレーム1-6および8-20に対する103条に基づく拒絶を維持し、(2)101条に基づくクレーム1-6および8-20に対する新たな拒絶理由を導入しました。

 出願人は2025年5月5日に再審理請求を提出して拒絶理由に対処しましたが、PTABは2025年7月14日にその再審理請求を全面的に却下する再審理請求決定(Decision on Request for Rehearing)をしました。

 その後、USPTO長官を含むARPがPTABの上訴審決と再審理請求決定とをレビューし、2025年9月26日に101条に基づく拒絶理由を無効とする決定をしていました。なお、本決定において、103条に基づく拒絶については無効とされませんでした。

 

2. 対象クレームの概要

 PTABによって審理されたクレームは、機械学習モデルのトレーニングに関し、継続学習(continual learning)における「破局的忘却(catastrophic forgetting)」という技術的な問題に対処することを目的としていました。

 クレーム1は、「複数のパラメータの第1の値を調整して、第1の機械学習タスクに対する機械学習モデルの性能を保護しながら、第2の機械学習タスクに対する機械学習モデルの性能を最適化する(adjust the first values of the plurality of parameters to optimize performance of the machine learning model on the second machine learning task while protecting performance of the machine learning model on the first machine learning task)」という限定要素を含んでおり、明細書には、効果として、「使用するストレージ容量を削減し、システムの複雑さを軽減すること」、および「モデルは以前のタスクに関する知識を保護しながら、新しいタスクを効果的に連続的に学習することができること」等が記載されていました。

 

3. PTABの判断

 (1) 特許適格性判定フロー

 PTABは、USPTOが公表する特許適格性判定フロー(the flowchart provided in MPEP 2106, subsection III))に従って、問題のクレームを評価し、独立クレーム1、18、および19が101条の特許適格性を有しないと判断しました。以下に日文訳を含めて筆者が整理したフローをご参考として示します。

特許適格性判定フロー

(2) ステップ2A Prong One(抽象的なアイデア等の記載)

 PTABは、クレーム1の「複数のパラメータの可能な値に対する事後分布の近似を計算する(computing…an approximation of a posterior distribution over possible values of the plurality of parameters)」という限定要素、およびクレーム18,19の同様の限定要素に着目し、少なくとも問題の限定要素は数学的計算を記載(recites)しており、これが抽象的アイデアに該当する(ステップ2A Prong One→YES)と判断しました。

(3) ステップ 2A Prong Two(実用的応用への統合)

 PTABは、抽象的なアイデアが「実用的応用へと統合されているか」を評価し、「出願人のクレーム1、18、および19に、司法上の例外を実用的応用へと統合し得る追加的な要素(または要素の組み合わせ)は認められない(ステップ2A Prong Two→NO)」と指摘しました。

 出願人は、これに異議を唱え、「クレームは、『コンピュータの機能の改善、または他の技術もしくは技術分野の改善』を反映する追加の要素を記載している」と弁駁しました。特に、出願人は、クレームされた発明は、明細書の記載を裏付けとしつつ、「ストレージを削減し、連続的なトレーニング全体にわたってタスクパフォーマンスを維持することにより、継続学習およびモデル効率の課題に対処することで、従来のシステムに対する技術的改善を提供する」と主張し、あるいは、「この学習戦略により、モデルは新しいタスクを学習しながらも以前のタスクのパフォーマンスを維持することができ、継続学習システムにおける『破滅的な忘却』という技術的問題に直接対処する。」とも主張しました。

 しかしながら、PTABは、最終的に、抽象的なアイデアが「実用的な応用へと統合されている」と評価せず、問題のクレームは101条に違反すると結論しました。

4. ARPの決定

 (1) 結論

 ARPは、PTABへの出願人の上記の異議に同意するとした上で、問題のクレームは抽象的な概念を記載しているかもしれないが、抽象的な概念に向けられたものではく、むしろ、全体として考察すると、抽象的なアイデアを実用的応用に統合している(integrates an abstract idea into a practical application)と判断しました(Step 2A Prong Two→YES)。ただし、ARPは、問題となっているクレームは103条に基づいて拒絶されると判断しました。

 (2) Step 2A Prong Twoの評価手法への言及

 ARPは、Step 2A Prong Twoの評価に関して、「司法例外の利用を特定の技術環境または使用分野に一般的に関連付ける」クレームは特許適格性がないものの、コンピュータの機能の改良、または他の技術もしくは技術分野の改良に関するクレームは特許適格性を有することについて、確認的に言及しました。

 (3) Enfish事件への言及

 ARPは、本事案を判断するためのメルクマール的な裁判例として、「Enfish事件(Enfish, LLC v. Microsoft Corp., 822 F.3d 1327, 1339 (Fed. Cir. 2016))」を採り上げています。ARPは、この裁判例を「技術的改良の適格性に関する連邦巡回控訴裁判所(CAFC)の代表的な判例の一つとみなしています。Enfish事件は、ソフトウェアでも“コンピュータそのものの改良”であれば抽象的アイデアではないことが明示された点において、重要な判決として位置づけられているのではないでしょうか。

 ARPは、Enfish事件を次のように評価します。

 「コンピュータ技術における進歩の多くは、その性質上、特定の物理的特徴ではなく、むしろ論理的な構造とプロセスによって定義されるソフトウェアの改良から成り立っている」ことを認識しており、「ソフトウェアは、ハードウェアの改良と同様に、コンピュータ技術に非抽象的な改良を加えることができる」ため、特許適格性の判断は、「クレームがコンピュータの機能の改良を指向しているのか、それとも抽象的なアイデアを指向しているのか」に基づいて判断すべきであると判示した。

 その上でARPは、本事案では、①明細書において機械学習モデル自体の学習における改良点が指摘されており、かつ②クレームがそのような改良点を反映していることに着目し、問題のクレームが機械学習モデル自体の動作方法の改良に向けられていると評価します。

 (4) 特許適格性判断に関する警告

 ARPは、PTABおよび審査官に向けて、「審査官と合議体は、クレームをこれほどまでに高いレベルの一般性で評価すべきではない」と警告を発しています。さらに、ARPは、PTABに向けて、Enfish事件の明確な教示を避けて先例を無視した表面的な分析のみを行ったとして、独断的に判断せずにEnfish事件のような先例をより慎重に扱うべきであるとも指摘しています。その理由として、PTABが、機械学習を特許取得不可能な「アルゴリズム」と実質的に同一視し、残りの追加要素を十分な説明なしに「汎用コンピュータコンポーネント(generic computer components)」と同一視したことを挙げています。ARPは、今回のような合議体の論理展開によると、多くのAIイノベーションは、たとえ適切に説明され、自明でなくても、特許を取得できない可能性があることの憂いをその決定の中で示しています。

 一方で、ARPは、このようなPTABの不適切な論理展開が、既存の101条の判例の混乱した性質を鑑みれば一応は理解できるともしつつ、米国においてAIイノベーションを特許保護から全面的に排除することは、この重要な新興技術における米国のリーダーシップを危うくするとの懸念を表明しています。

5. MPEP改訂予告

 2025年12月5日、特許担当副長官はメモランダムにおいて、特許審査手続マニュアル(MPEP)の第9版、改訂01.2024(2024年11月発行)を改訂し、先例指定された本事件を含めることを予告しました。特許担当副長官は、その改訂はUSPTOの新しい手続きを発表するものではなく、あくまでも既存のUSPTOガイダンスと整合することを目的としていると念押ししています。

6. コメント

 USPTOは、2025年に長官に就任したジョン・A・スクワイヤーズ(JOHN A. SQUIRES)氏の強力な指導の下、本件のARP決定および先例指定を含めて、101条の適切な解釈に向けた以下のような積極的な行動を展開しているようです。

 ・2025年8月4日、既存のガイダンスに基づいた審査を徹底することを趣旨として、特許担当副コミッショナーによるメモランダムが公表。「人間の心の中で実際に実行できない内容は、精神的プロセスでないこと」、「追加要素は、クレーム全体との相互作用・影響を考慮し、評価すべきこと」、および「不適格の可能性が50%を超える場合にのみ拒絶を行うべきこと」等を提示。

(https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/memo-101-20250804.pdf)

 

 ・2025年10月10日、長官は、上院司法委員会において声明を発表し、最高裁判決の誤った解釈・適用によって、AI等を含む発明を不当に排除することを批判し、101条の拡張性こそが国家を強化可能にするものであると断言。

(https://www.uspto.gov/about-us/news-updates/statement-director-squires-united-states-senate-subcommittee-intellectual)

 ・2025年10月10日、長官は、出席したAIPLA年次大会の講演において、適格性に関する扉を変革的技術に広く開放することを明言。

(https://www.uspto.gov/about-us/news-updates/remarks-director-squires-2025-aipla-annual-meeting)

 先例指定されたような事案は、Enfish事件の判示に従えば101条の壁を乗り越えることが当然であるようにも思われますが、クレームの特徴がコンピュータ内部の処理に存在するためなのか、このようなケースでは、新規性等の実体的な審査が行われる前に門前払いされることが少なくないのかもしれません。我々は、101条の誤った適用により注意深く対応するため、今一度、Enfish事件をレビューする必要がありそうです。

 なお、ARPは、問題となっているクレームが103条に基づいて拒絶されるとの見解を示す際に、「特許保護を適切な範囲に限定するための伝統的かつ適切な手段は、102条、103条、および112条である」と付言しています。これは、他の条文による役割を考慮せずに101条の役割を過度に広げて有用な発明が門前払いされてしまうことへの警告のように思われます。

 USPTOが先例指定を行った際の発表によれば、長官は特許適格性に関する追加的なガイダンスを近日中に提供することを約束しています。これまでのUSPTOの動向を踏まえると、新たなガイダンスには、101条を出願人にとってより有利に解釈する趣旨の記述が盛り込まれることが期待されるところです。

 

[1] ARP(Appeals Review Panel)は、2023年7月24日にUSPTOによって設置された機関で、特許審判部(PTABまたは審判部)の査定系控訴、再審査控訴、および再発行控訴における決定を審査するために、USPTO長官が職権でそれを招集することができます。ARPはUSPTO長官によって公平に選任され、デフォルトでは長官、特許担当コミッショナー(the Commissioner for Patents)、および特許審判部首席判事(the Chief Judge of the Patent Trial and Appeal Board)で構成されます。当事者は、ARP決定の再審理を要求することはできません。ARP決定は、先例決定または参考決定として指名される場合があります。(https://www.uspto.gov/patents/ptab/appeals-review-panel

 

[担当]深見特許事務所 中田 雅彦

[情報元]

1.(元記事)McDermott Will & Emery IP Update | Precedential shift: USPTO clarifies patentability of AI training methods

    https://www.ipupdate.com/2025/11/precedential-shift-uspto-clarifies-patentability-of-ai-training-methods/

2.(先例指定)PTAB designates as precedential an Appeals Review Panel decision addressing AI under 35 U.S.C. § 101~Ex parte Desjardins, Appeal No. 2024-000567 (ARP Sept. 26, 2025) (precedential)~

    https://www.uspto.gov/subscription-center/2025/ptab-designates-precedential-appeals-review-panel-decision

3.(上訴審査パネルがPTABの上訴審決の判断を無効にした通知原文)an Office communication concerning this application or proceeding.

    https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/202400567-arp-rehearing-decision-20250926.pdf

4.(MPEP改訂予告公示)MEMORANDUM~Advance notice of change to the MPEP in light of Ex Parte Desjardins~

    https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/memo-desjardins.pdf