中国の知財関連行政におけるAI活用、および、中国でのAI関連特許の出願、権利化の動向
生成AIを含むAI技術は、研究開発のスピードを大きく押し上げる一方で、特許[i]制度との関係では、「アルゴリズムはどこまで技術として評価されるのか」、「学習データや学習モデルに関する開示はどの程度必要か」、「発明者はだれか(AIは発明者になり得るか)」といった問題が表面化しています。
中国でも、AI産業の拡大に呼応してAI関連特許の出願および権利化が増加し、審査実務と政策の両面で「AI対応」が進んでいます。
このような状況に鑑みて、本稿では、「国家知識産権局(以下「CNIPA」)による知的財産行政におけるAIの活用」、「AI関連特許の審査政策」、「AI関連特許の動向」の3点を中心に説明し、示唆される実務上の留意点に言及します。
1.CNIPAによる知的財産行政におけるAI活用
(1)AI支援システムの導入
CNIPAは、4年をかけて「中国専利智能審査検索系統[ii](iシステム)」[iii]を全面的に整備し、機械翻訳、画像認識、自然言語処理、等を審査プロセスの各段階で広く実装して、意味検索、図形検索、方式審査のスマート化等により、審査の品質および効率を顕著に改善しています。
この点は、単なる事務効率化にとどまらず、先行技術調査、分類、関連する先行技術文献の抽出など、審査品質を左右する工程にAIが深く入ることで、審査官の判断を補助するとともに、どのような種類の先行技術が参照されやすいか等、出願人側にとっても審査の判断傾向を予測しやすくなる可能性があります。特に、AI等のソフトウェア系発明では、文献の形態が特許だけでなく論文や技術ブログ等に分散しやすく、検索や翻訳の精度が実務上の勝負所になりがちであり、iシステムの整備は、この構造的問題への制度的対応の一つと位置付けられます。
(2)マルチモーダル[iv]モデルの審査実務への導入
CNIPAは、AI支援審査システムに留まらず、大規模なAIモデル(マルチモーダルモデル)の審査業務への導入を試みています。これらのモデルは、テキスト・図面・画像など複数のモードの情報を統合的に解析し、審査の精度と効率をさらに高めるために活用されています。こうした取り組みはまだ発展途上ですが、審査官が抱える先行技術調査や技術評価の作業を支援する可能性が期待されています。
特許審査では、文章だけでなく図面、化学構造、回路図、GUI[v]等、多様な入力を扱います。マルチモーダル大規模モデルの導入は、➀図面理解と請求項要件との対応付け、②図形検索、意匠分野の類否判断補助、③外国語文献の翻訳と技術内容の要約支援、というような方向で効果が見込まれます。
(3)システム連携および制度設計(オープンライセンス等)を支えるデジタル基盤
AIシステムの審査支援活用は、単体のツール導入に留まりません。CNIPAは、審査システム、出願データベース、公開情報プラットフォームなど、複数の基盤システムの連携を進展させています。これにより、審査官や出願人が利用するデータやツール類が一体的に機能し、制度設計(例えばオープンライセンスの活用やAI関連ルールの整備)の基盤として機能しています。中国政府全体のデジタル化戦略と連動し、AI活用が知財行政全体のインフラとして位置付けられている点が重要です。
ここから見えてくるのは、AIで審査を早めるだけでなく、事後の保護(権利行使、権利維持)や、活用(ライセンス、流通)を含めた知財サイクル全体を、「デジタル+AI」を基盤として支えるという発想です。技術改良のライフサイクルの短いAI関連技術にとって、審査、登録および情報公開の迅速化と一体的運用は、政策として合理的な方向性と言えます。
2.AI関連特許に関する審査政策の整備(2024~2025年の明文化)
中国では、以下に述べるように、AI関連発明の特許性をめぐる法体系の整備が進んでおり、審査政策の明文化が進展しています。
(1)2024年1月施行の専利審査指南での論点の具体化
2024年1月20日に施行された改正専利審査指南(2023年改正)は、AI関連発明の審査に関する基本的な判断枠組みを明確化した点に特徴があります。この改正は、新たな特許要件を導入するものではなく、従来の発明該当性および進歩性判断の考え方を、AI技術を念頭に置いて整理・明文化したものと位置付けられます。
まず、改正指南では、AI関連発明についても、特許法上の「発明」に該当するか否かは、自然法則を利用した技術的解決手段であるかどうかを基準に判断することが改めて確認されています。アルゴリズム、数学的方法、ビジネスルールそれ自体は特許保護の対象とはならない一方で、これらが情報処理装置やシステム構成と結びつき、具体的な技術的課題を解決する場合には、発明として評価され得ることが明確に示されています。
また、AI関連発明において、技術的特徴と非技術的特徴とが混在する場合の進歩性判断については、発明全体として技術的問題を解決しているかどうかを基準に総合的に評価する考え方が整理されています。特に、AIアルゴリズムが技術的構成と結合することにより、処理性能や精度の向上といった技術的効果をもたらす場合には、その点が進歩性判断において考慮され得るとされています。
さらに、AIモデルの学習や推論に関する発明については、抽象的なモデル構造の説明にとどまらず、当該モデルがどのような技術用途に用いられ、どのような技術的効果を発揮するのかを、明細書全体として合理的に示すことの重要性が示されています。ただし、本改正指南自体は、具体的な記載様式やチェック項目を詳細に定めるものではなく、あくまで審査上の基本的評価視点を示すにとどまっています。
日本の特許実務と比較すると、中国の改正専利審査指南の考え方は、AI関連発明について技術的課題と技術的効果を重視する点で共通性が高いといえます。他方で、中国実務では、請求項および明細書における技術的解決手段と技術的効果の対応関係を、より明示的・体系的に示すことが強く求められる傾向があり、記載の論理構成に対する要求水準が相対的に高い点に特徴があります。
このように、2024年1月施行の改正専利審査指南は、AI関連発明の審査における共通の判断基盤を整理した位置付けにあり、出願実務上の具体的留意点の提示は、次項で述べる「AI関連発明専利出願指引(試行)」に委ねられています。
なお、2024年1月施行の改正専利審査指南の全体の内容については、弊所HP「国・地域別IP情報」中国関連の2024年4月3日付配信記事(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/11179/)をご参照下さい。
(2)2024年12月「AI関連発明専利出願指引[vi](試行)[vii]」の公表
2024年12月、CNIPAは「AI関連発明専利出願指引(試行)」を公表しました。本指引は、2024年1月施行の改正専利審査指南が示した基本的判断枠組みを前提に、AI関連発明の出願書類作成における具体的留意点を示した実務ガイダンスです。
本指引では、AI関連発明を、アルゴリズム改良型、特定技術分野への応用型、AIを利用して創出された成果に関する発明などに類型化し、それぞれについて発明該当性、進歩性、開示要件の観点から整理しています。
特に強調されているのは、技術的課題・技術的手段・技術的効果の対応関係を明細書上で明確に示すことです。モデル構造や学習方法を抽象的に記載するだけでは足りず、それがどのような技術的問題を解決し、どのような技術的改善をもたらすのかを具体的に説明することが求められています。また、学習データや適用場面に関する記載も、実現可能性を裏付ける範囲で示すことが望ましいとされています。
さらに、AIを利用して生成された成果に関しては、人間の技術的創作活動の関与を明確にする必要性が示唆されています。
本指引は「試行」段階ではあるものの、AI関連出願における実務上のチェックリストとして有用であり、中国におけるAI特許実務の予見可能性を高める役割を担っています。
(3)2025年のさらなる改正(AI審査ルール体系の増補)
2025年には、専利審査指南の改正(2026年1月1日施行)[viii]に加えて、AI関連の倫理的側面や社会的利益の要件を含む審査基準の強化の方針が示されています。例えば、AI関連特許審査での倫理レビュー[ix]強化や、ブラックボックス的性質を持つAIモデルの技術的開示要件の精緻化といった新たな審査要素が導入されています。こうした動きは、単に技術水準の高い発明を求めるだけでなく、法令遵守や公共利益への配慮を審査過程に組み入れるものです。
3.AI関連特許の動向(量の伸長と、質の向上)
(1)中国国内のAI発明特許「有効量」の急増
中国はAI関連分野の特許において世界最大の保有量と出願数を有しています。世界知的所有権機関(WIPO)のデータによれば、AI関連特許出願の約60%が中国由来とされ、世界最大規模のシェアを占めています。全技術分野の国内有効発明特許総数は500万件を超え、そのうちの高付加価値発明特許の割合も上昇傾向にあり、AI関連領域の中国の存在感が特に強くなっています。
(2)「数量優位から質への跳躍」という政策メッセージ
中国の特許活動は量的な成長を遂げてきましたが、政策的には「量の優位から質の向上」への転換が強調されるようになっています。AI関連発明に関しても、単に件数を伸ばすだけでなく、実用化につながる技術的価値や国際的競争力の高い発明を重視する方向が見えています。これには、審査基準の厳格化、十分な技術開示の要求強化、高度な進歩性判断などが含まれており、量だけではなく質的な特許ポートフォリオ構築への圧力が高まっています。
この「質への圧力」は、審査運用にも影響します。AI出願が増えると、➀抽象的なクレーム、②効果についての実験的裏付けの乏しいクレーム、および、③学習データや評価方法の記載が不足する出願が増えがちで、その結果として拒絶される割合が増加し、出願人にとって補正の負担が大きくなり得ます。CNIPAが指南改正や指引で基準を明確化するのは、審査の透明性を高めるとともに、審査の質の底上げを図る狙いがあるものと考えられます。
4.実務への示唆(日本企業、代理人の観点から)
(1)中国の特許出願における「技術的課題」および「技術効果」の明確化の要請
中国の特許審査基準は、AI関連発明において特に、技術的課題および技術効果について明確に記載することを重視しています。単なるビジネスモデルやアルゴリズムの記載ではなく、これらが具体的な技術的課題を解決し、技術的効果を生み出すための構造であることを示す必要があります。そのためには、出願戦略として、AI機能と従来技術との密接な技術的結び付きに加えて、発明全体として技術的問題を解決していることを明確にすることが重要です。
また、2024年1月施行の改正専利審査指南が示すように、中国では、AI技術やビッグデータ系技術(大量データを処理・分析する技術)を中核的な構成要素として含む発明でも、アルゴリズムがコンピュータ内部構造と技術的に連関して、内部性能の改善に技術的効果をもたらす構成を特定できれば、権利化されやすくなると言えます。
(2)指引(試行)は「出願品質チェックリスト」として使える
2024年末に公表されたAI関連出願指引では、出願書類の構成、発明者記載要件、モデル構築やデータ使用の明示、進歩性の論理構築など、多岐にわたるポイントが整理されていることから、出願品質を高めるためのチェックリストとして活用可能です。日本企業や代理人はこれを出願前の内部レビュー項目として活用することで、審査時の審査官からの指摘への対応の負担を軽減することができます。
(3)AI導入による審査の高度化による先行技術調査方法の変化
CNIPAにおけるAI技術の審査支援システム導入により、先行技術調査の方法論は大きく変わりつつあります。従来の先行技術調査は、主としてキーワードや分類(IPC等)を用いた検索に依存しており、出願人側も、審査官が用いるであろう検索語や分類を想定して明細書を作成する必要がありました。
これに対し、近年導入が進むAI支援型検索では、単語の一致に基づく検索にとどまらず、発明の技術的内容や構造、課題と効果の関係性を意味的に解析した上で、関連性の高い先行技術を抽出する手法が用いられています。図面、フローチャート、数式、処理手順なども含めた多面的な解析が可能となり、従来の検索では見落とされやすかった文献が検出される可能性が高まっています。
その結果、出願人側にとっては、「特定の用語を避ければ先行技術に当たらない」といった発想は通用しにくくなり、発明の本質的な技術構成や技術的効果そのものが比較対象となる審査環境へと移行しつつあります。言い換えれば、先行技術調査の精度向上により、発明の技術的特徴が曖昧な出願や、効果との対応関係が弱い出願は、より早期に指摘を受けやすくなっています。
このような環境下では、出願前の段階から、AIを活用した先行技術調査や、発明の技術的特徴を客観的に整理する作業が重要となります。明細書においても、技術課題、解決手段、技術効果の関係を明確かつ一貫して記載することが、従来以上に求められるようになっており、AI導入による審査の高度化は、先行技術調査の前提そのものを変えつつあると言えます。
[i] 特許:中国語では「専利」(中国語の漢字表記は「专利」)
[ii] 中国語の漢字表記では「中国专利智能审查和检索系统」
[iii] 「iシステム(China Patent Intelligent Examination System)」は、2023年に本格運用を開始した、CNIPAの生成AI活用における中核システムです。このシステムは発明特許、実用新案、意匠、PCT、ハーグ協定出願など、特許ライフサイクル全体をカバーする統合プラットフォームとして設計されています。iシステムの技術的特徴は、文脈上の意味検索(セマンティック検索)、組み合わせ検索、機械翻訳を統合したマルチモーダル大規模言語モデルの活用にあり、従来のブール検索とセマンティック検索を組み合わせることで、大幅な見逃し率削減を実現しています。
Automation Department, CNIPA (April 2025)“Leveraging AI to Empower Patent Examination and Search”(https://www.wipo.int/edocs/mdocs/wild/en/wild_1/wild_1_t07_1.pdf)参照
[iv] マルチモーダル(Multimodal)とは、テキスト、画像、音声、動画、センサーデータなど、2つ以上の異なる種類のデータ(モダリティ)を組み合わせて統合的に処理・理解するAI技術のことです。人間が視覚や聴覚など複数の感覚を使って状況を理解するように、AIも多様な情報を組み合わせることで、より高度な判断や精度の高い認識を可能にします。
[v] 「GUI」とは、‟Graphical User Interface”の略で、人がコンピュータや装置を操作するための画面上の視覚的な操作体系を指します。
[vi] 「指南」が審査の基本ルールを定める文書であるのに対し、「指引」は特定分野におけるその具体的運用を示す補完的ガイドラインを意味します。
[vii] 「試行」とは、「すでに運用されているが、制度としてはまだ調整段階にある」状態を示しています。
[viii] 2026年1月1日施行の改正専利審査指南の詳細については、弊所HPの「国・地域別IP情報」における、2026年1月14日付配信の記事「中国専利審査指南改正(2026.1.1施行)に関する中国国家知識産権局の発表」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/15147/)をご参照下さい。
[ix] ここで「倫理レビュー」とは、発明の技術的内容が、法律や公序良俗、社会的利益に反していないかを審査段階で確認することを意味します。
[情報元]
1.CNIPA IP Law Update “CNIPA Releases Draft Guidelines for Patent Applications for Artificial Intelligence-Related Inventions” (2024.12.7)
2.新華社英文記事より
(1)“China Focus: AI Used to Enhance Patent Examination Efficiency, Quality” (2025.4.25)
https://english.cnipa.gov.cn/art/2025/4/25/art_3090_199315.html?utm_source=chatgpt.com
(2)新華社英文記事“China to strengthen ethical review of AI patents” (2025.11.29)
3.科学技術振興機構 Science Portal Chinaより
(1)AIが変える中国の知財保護のあり方(その1)(2025.6.16)
https://spap.jst.go.jp/china/experiences/law/law_2502.html
(2)AIが変える中国の知財保護のあり方(その2)(2025.6.17)
https://spap.jst.go.jp/china/experiences/law/law_2503.html
4.CNIPA IP Law Update “CNIPA November 2025 Press Conference: More Details on Examination of AI Patents and the Chinese IP Firm Rectification Campaign” (2025.12.2)
[担当]深見特許事務所 野田 久登

