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means-plus-functionクレームを対象とする特許侵害訴訟において、地裁による非侵害の略式判決を支持した、米国連邦巡回控訴裁判所判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、いわゆる「手段+機能(means-plus-function)」のクレームの解釈に関して、 原審の米国デラウェア州連邦地方裁判所(District Court for the District of Delaware、以下「地裁」)が、原告の侵害主張を支持せず、原告側の専門家証言を除外し、被告側の略式判決(summary judgment)の申立てを受け入れて、非侵害の略式判決を下したことを支持しました。

 

1.事案の背景

(1)本件対象特許の概要

 米国特許No.6,219,730(以下「’730特許」)は、コンピュータ入力装置に関するもので、複数の入力データストリームを一つの統合データストリームに同期させる技術を記載しています。’730特許で争点となった代表的クレームは、クレーム1に従属するクレーム10であり、クレーム1とクレーム10とを組み合わせた独立形式で書き換えたクレーム10とその試訳を以下に示します。このクレーム10は、means-plus-functionのクレームであり、以下のように記載しています。

………………………

              Claim 10:A user input apparatus operatively coupled to a computer via a communication means additionally receiving at least one input signal, comprising:

              user input means for producing a user input stream;

              input means for producing the at least one input signal;

              converting means for receiving the at least one input signal and producing therefrom an input stream; and

              encoding means for synchronizing the user input stream with the input stream and encoding the same into a combined data stream transferable by the communication means,

              wherein the input means is an input transducer.

              クレーム10(試訳):通信手段を介してコンピュータに動作可能に接続された、少なくとも1つの入力信号を受信するユーザ入力装置であって、

              ユーザ入力ストリームを生成するユーザ入力手段;

              前記少なくとも1つの入力信号を生成する入力手段;

              前記少なくとも1つの入力信号を受信し、そこから入力ストリームを生成する変換手段;および

              前記ユーザ入力ストリームを前記入力ストリームと同期させ、前記通信手段によって転送可能な結合データストリームに符号化する符号化手段を備え、

              前記入力手段は入力変換器である。

……………………

(2)当事者の概要

 ’730特許の特許権者であるGenuine Enabling Technology LLC(以下「GET社」)は、Sony Group Corporationほか(以下総称して「被疑侵害グループ」)を相手取って、地裁に特許侵害訴訟を提起しました。GET社は、同社が保有する’730特許がSonyのPlayStation 3およびPlayStation 4の一部の製品の主としてBluetoothモジュールによって侵害されていると主張しました。

(3)本件訴訟における主な争点

 本件CAFC判決の核心は、特許クレームに含まれる「手段+機能(means-plus-function)」の記載をどのように評価するかです。米国特許法35 U.S.C.§112(f)に基づき、この種のクレームは単に機能を記載するだけであり、当該機能は、明細書に開示された対応構造およびその均等物に限定して解釈されます。

 特許権者は、侵害と評価されるべき構造が何であるかを明らかにし、被疑侵害製品がその構造と同じ機能・同じ方式・同じ結果を実現しているかを、function-way-result test[i]によって示す必要があります。

 ’730特許の場合、明細書は、同特許のFIG.4A[ii]の破線で囲む領域に示される「logic block 34」を、該当するエンコーディング手段の対応する構造として示しています。このlogic block 34は複数の構成要素(時計信号ジェネレータ、データセレクタ、オシレータ等)からなる回路であり、詳細な同期処理手続きが記載されています。

(4)地裁の判断

 原審である地裁は、GET社の侵害主張を支持せず、専門家証言を除外し、被疑侵害グループ側の非侵害の略式判決の申立てを認め、非侵害の略式判決を下しました。

 地裁では、GET社の専門家であるDr. Fernaldの侵害分析が問題となりました。Dr. Fernald は、logic block 34全体ではなく、主に「ビットレートクロック信号(BCLK)」の役割に着目して分析を行っていました。彼は、両方の入力ストリームがこのビットレートクロックに同期しているという観点だけで「方式」が同じであると主張しました。

 しかしながら地裁は、Dr. Fernald の分析が logic block 34 の多くの要素を考慮しておらず、また考慮していないことについての説明もないことを指摘し、’730特許の明細書が示す回路全体の動作を理解せず、単一の信号部分だけに依存した説明にとどまっていたことを原因として、専門家証言の一部をDaubert基準[iii]に基づいて除外しました。その結果として地裁は、GET社が侵害立証に必要な「方式」の評価を十分に示せていないと判断し、被疑侵害グループ側の略式判決の申立てを認めました。

 

2.CAFCの判断

 地裁による非侵害の略式判決に対して、GET社は、CAFCに控訴しました。控訴審においてCAFCは、地裁の判断に同意し、以下の理由で略式判決を支持しました。

(1)特許の開示構造全体としての評価の必要性

 まずCAFCは、means-plus-functionクレームについては、対応する開示構造を全体として評価する必要性を強調しました。単に機能を達成するための構成要素というだけでなく、それらの構成要素がどのように連動し、同期処理を実現しているのかが明細書に記載されている以上、分析に当たっては単一の部分だけを抽出して比較することは認められないと判断しました。

 それに対してGET社は、ディスカバリー期間中に被疑侵害品のBluetooth構成のディスカバリーを申立なかったためGET社の専門家は被疑侵害品のBluetoothモジュールを全く検査することなく、logic block 34に含まれる多くの構成要素を単に無視し、替わりに一般的なBluetoothの動作に関する推測のみに基づいてビットレートクロックのみを中心にしたアプローチで侵害を立証しようとしましたが、これでは技術構造全体を比較したことにはならず、結果として被告製品の構造が特許明細書の構造と「実質的に同じ方式」で機能していると証明できないと評価されました。

 それに対してGET社は、logic block 34に含まれる多くの構成要素を単に無視し、ビットレートクロックのみを中心にしたアプローチで侵害を立証しようとしましたが、これでは技術構造全体を比較したことにはならず、結果として被告製品の構造が特許明細書の構造と「実質的に同じ方式」で機能していると証明できないと評価されました。

(2)米国判例法に基づく分析

 またCAFCは、米国判例法に照らして、対応構造全体を考慮せず抽象化した評価に基づく主張は却下されるべきだという先例に沿った分析をしています。これにより、クレームの構造的等価性の証明における証明責任とその程度が改めて確認されました。

 

3.本件判決の実務上の示唆

 本件CAFC判決は、特に以下の点で実務上重要な意義を持っています。

 (a)Means-plus-functionクレームの侵害分析では、対応する明細書開示構造を全体として考えることが義務付けられる という原則が再確認されました。

 (b)専門家の侵害分析については、その分析が特許明細書に示された全体構造とどのように一致するかを、明確に説明する必要があるという高い証明基準が示されました。

 (c)特に、単一の構成要素(ここではビットレートクロック)の機能だけを見るような部分的・抽象的評価では侵害が認められないという点が重要です。これは、means-plus-functionクレームを用いる特許権者にとって、侵害立証の際の戦略と専門家証言の準備において、最初から全開示構造を包括した分析が不可欠であるというメッセージとなっています。

 (d)またこの判決は、means-plus-functionクレームを活用する特許戦略全般や、特許侵害訴訟における専門家証言の立て方に大きな影響を与えるものとして注目されています。

 

4.日本の均等論およびクレーム解釈との対比

 本件Genuine Enabling Technology LLC v. Sony Group Corp.事件CAFC判決は、米国特許法§112(f)に基づく「means-plus-function」クレームの侵害判断において、「明細書に開示された対応構造“全体”を基準に等価性を判断すべきである」と明確に示した点に特徴があります。この点は、日本において判例により確立された均等論およびクレーム解釈と比較すると、次のような相違が認められます。

(1)クレーム解釈の相違

 まず、クレーム解釈の出発点が異なります。日本では、特許請求の範囲の文言を基準としつつ、明細書を参酌して技術的範囲を確定しますが、実施例の具体的構造に当然に限定されるわけではありません。他方、米国特許法§112(f)によれば、クレームでは、機能的表現は明細書に記載された具体的構造およびその均等物に法的に限定されます。本件でも、logic block全体が判断基準とされ、一部構成要素のみを抽出した比較による侵害成否の判断は不当であると判断されました。

(2)均等論の考え方の相違

 次に、均等論の考え方にも違いがあります。日本の均等論(「ボールスプライン事件」最高裁平成10年2月24日判決)は、「本質的部分」でないことを中心に五要件で判断します。すなわち、発明の本質が維持されていれば、部分的な置換は許容され得ます。これに対し本件判決では、「発明の本質」よりも「開示構造全体との機能・方式・結果の対応関係」が重視されました。構造全体を踏まえない抽象的評価は排斥されています。

(3)侵害立証手法の相違

 さらに、侵害立証の在り方も異なります。日本では相違部分が本質的でないかどうかが中心ですが、本件では専門家証言においても、対応構造の各構成要素およびその協働関係を踏まえた分析が求められました。開示構造の一部を無視した立証は不十分とされ、略式判決が維持されました。

 総じて言えば、日本の均等論が「発明の本質」を軸とした比較的柔軟な評価枠組みであるのに対し、本件判決は「明細書に開示された構造全体」を基準とする、より構造拘束的かつ厳格なアプローチを示したものと言えます。

(4)上記比較の情報源について

 上記した均等論に基づくクレーム解釈の比較説明は、米国側については下記「情報元1および2」に基づいており、日本側の説明の中核は、以下の判例および体系書を参照しています。

 (a)「ボールスプライン事件」平成10年2月24日付最高裁判決

 「本質的部分」概念の根拠等を示して均等論の五要件を確立した基本判例であって、日本における均等論の出発点と言えます。

 (b)「偏光フィルム事件」などの知財高裁判決、その他の下級審判例

 知財高裁、東京地裁・大阪地裁の多数の均等論適用判例により、「本質的部分」判断の具体化され、本質部分中心の柔軟な評価という実務運用が形成されています。

 (c)体系書

 今回の説明の一般的理解の基礎は、以下の書籍等に基づいています。

・中山信弘著『特許法(第五版)』(弘文堂、法律学講座双書)

・田村善之著『知的財産法(第5版)』(有斐閣)

・高林龍著『標準特許法(第8版)』(有斐閣)

[i] function-way-result testは、米国特許法における均等論(doctrine of equivalents)の判断枠組みとして、Graver Tank & Manufacturing Co. v. Linde Air Products Co.米国連邦最高裁判決(1950年)において明確に示されたものです。同判決において米国連邦最高裁は、クレームに文言上は含まれない構成であっても、当該構成が「同一の機能(function)を、実質的に同一の方法(way)で実現し、同一の結果(result)をもたらす」場合には、均等物として侵害を認め得ると判示しました。

[ii] ’730特許のFIG.4Aを以下に示します。

[iii] Daubert基準(Daubert Standard)とは、米国において専門家証言(expert testimony)の証拠採否を判断するための基準です。連邦証拠規則702条の解釈として確立されました。ポイントは、「専門家の意見であれば何でも証拠として採用されるわけではなく、裁判所がその信頼性と関連性を事前に審査する」という点にあります。本件のように、専門家が特許侵害の技術分析を行う場合でも、この基準が適用されます。すなわち、分析手法が明細書の開示構造を適切に踏まえておらず、方法論として信頼できないと判断されれば、その証言は証拠として排除され得ます。判決原文中の‟Daubert Order”は、その基準を適用した判断に基づく裁判所の命令を意味します。

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登

[情報元]

     1. IP UPDATE (McDermott) “Did you account for the entire corresponding disclosed structure?”(March 5, 2026)

https://www.ipupdate.com/2026/03/did-you-account-for-the-entire-corresponding-disclosed-structure/

     2. Genuine Enabling Tech. v. Sony Group Corp., et al., Case No. 24-1686 (Fed. Cir. Feb. 19, 2026)事件CAFC判決原文

https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/24-1686.OPINION.2-19-2026_2649632.pdf