中国国家知識産権局が、特許と国際標準の融合促進を目的とする、「標準関連特許出願ガイドライン」を公表
中国国家知識産権局(以下「CNIPA」)は、特許と国際標準の連携強化と、技術・特許・標準の協調的発展を目的として、「標準関連特許出願ガイドライン」を公表しました。本ガイドラインは、現行特許法の枠内で審査政策の解釈を示す指針として、出願人の理解向上を図るものです。
特許と標準はいずれも技術的成果の重要な形態であり、特許技術の標準化は技術水準の向上に寄与し、標準に採用された特許は普及と応用を促進します。近年、中国において標準関連出願は増加しており、特に外国出願人の活動が活発化する中、出願の質向上が課題となっています。
本ガイドラインは、通信分野を中心に、標準化と知財戦略を一体的に進めるための実務指針として、今後の中国での出願実務に影響を与えるとみられます。
1.本ガイドラインの位置付けと背景
本ガイドラインは、中国において急増している標準化関連特許、特に標準必須特許(SEP)[i]を巡る出願・権利化の実務を体系化する目的で公表されたものです。近年、5G/6G[ii]、
Wi-Fi、音声・画像符号化などの分野において、標準化と特許戦略が密接に結びついており、企業の競争力を左右する重要な要素となっています。
このような背景の下、CNIPAは、企業が標準化活動と特許出願を一体的に運用し、国際標準の策定過程で有利な地位を確保できるよう、本ガイドラインを策定したものと理解されます。
本ガイドラインは全4章構成であり、標準化の基礎、標準化と特許の関係、出願戦略、および明細書作成戦略を体系的に解説しています。
2.標準化と特許の基本構造(第1章・第2章)
(1)標準化の意義とプロセス
本ガイドラインは、まず技術標準の意義について、異なる企業・製品間の互換性確保や市場の拡大に資する基盤として位置付けています。その上で、標準化は通常、国際標準化機関であるISO[iii]、IEC[iv]、ITU[v]等や業界団体における提案・検討・合意形成を経て成立するプロセスであると説明しています。
このプロセスの中で、技術提案と特許出願のタイミング管理が極めて重要である点が強調されています。
(2)標準と特許の関係
本ガイドラインの重要なポイントの一つは、「標準仕様」と「特許クレーム」との対応関係を分析する手法として、クレームチャートの活用を推奨している点です。
クレームチャートとは、標準文書の各技術要素と特許請求項の各構成要件とを対比させることにより、当該特許が標準必須であるかを検証するツールです。これにより、SEP該当性の客観的評価、ライセンス交渉の基礎資料の整備、出願段階での権利範囲の最適化、ライセンス交渉の基礎資料の整備、出願段階での権利範囲の最適化という効果が期待されます。
(3)標準化段階に応じた特許戦略
本ガイドラインは、標準化活動の進行段階に応じて、特許戦略を変化させる必要性を指摘し、例えば、
(i)初期段階:広い概念的クレームでの出願
(ii)技術収束段階:標準仕様に即した具体的クレームの補強
(iii)標準確定後:権利範囲の精緻化と分割出願
といった段階的戦略を推奨しています。
3.出願戦略に関する指針(第3章)
第3章は、実務上特に重要な部分であり、SEP獲得を意識した具体的出願戦略が示されています。
(1)優先権・タイミング戦略
標準化活動では、技術提案の公開と特許出願との関係が問題となります。本ガイドラインは、優先権制度を活用しつつ、以下の点に留意すべきとしています。
(i)標準化会議での技術提案前に出願を行うことが原則であること。
(ii)国際標準化活動と各国出願のスケジュールを連動させること
(2)新規性喪失の例外の活用
中国法では、新規性喪失の例外として、特定の国際会議等での公開が保護される制度があり、近年の改正でその適用範囲が拡大されています。本ガイドラインは、標準化会議での発表が例外規定の対象となり得る点を明確にし、実際に当該制度により救済された事例も紹介しています。これは、企業に対し、標準化活動への積極的参加を促す政策的意図を示すものといえます。
(3)遅延審査制度の活用
標準化プロセスは数年単位で進行するため、特許の権利化タイミングとの調整が課題となります。本ガイドラインは、遅延審査制度を活用することで、標準確定後に権利化し、標準との整合性を確保するといった戦略を推奨しています。
4.明細書作成戦略(第4章)
第4章では、SEPを意識した明細書作成およびクレーム作成の具体的指針が示されています。
(1)複数実施形態の記載
標準仕様は策定過程で変更される可能性があるため、明細書には複数の実施形態を記載し、将来の標準仕様の変化に対応できるようにすることが重要とされています。
(2)クレームの階層構造
本ガイドラインは、上位概念クレーム(広い権利範囲)、標準仕様に対応する具体的クレーム、および実施例ベースの補助的クレームを含む多層的クレーム構造を推奨しています。
これにより、SEP認定の可能性を高めつつ、無効リスクの分散が図られます。
(3)標準文書との対応性の明確化
明細書において、発明と標準仕様との対応関係、および、発明の標準仕様に対応する構成部分による技術的効果を明確に記載することが推奨されています。このことは、後のSEP認定や侵害判断において重要な役割を果たします。
(4)用語の統一と明確性
標準文書と異なる用語を用いる場合、対応関係が不明確となるおそれがあるため、標準文書と整合的な用語使用、あるいは用語の定義の明確化が求められています。
5.実務上の意義・示唆
本ガイドラインの意義は、単なる出願ノウハウの提示にとどまらず、中国当局の以下のような政策的方向性を明確に示した点にあります。
(1)標準化と特許の一体運用の制度化
本ガイドラインは、標準化活動と特許出願を切り離すのではなく、両者を統合的に運用することを前提としています。これは、中国企業の国際標準における影響力強化を目的とした政策と整合します。
(2)SEP取得を前提とした出願実務の高度化
従来の単なる特許取得から、SEPとしての価値創出およびライセンス交渉力の確保へと、出願実務の目的が高度化している点が特徴です。
(3)国際標準化活動への積極参加の奨励
新規性喪失例外の拡充などと合わせ、本ガイドラインは、企業に対し国際標準化活動への積極的関与を促すメッセージを含んでいます。
6.まとめ
以上のとおり、本ガイドラインは、標準化プロセスの理解、出願タイミングの最適化、明細書およびクレームの戦略的設計を体系的に示した実務指針です。特に重要なのは、標準化活動と特許出願を時間軸および内容の両面で整合させることであり、この点がSEP獲得の成否を左右するとされています。
日本企業にとっても、中国におけるSEP戦略を検討する上で極めて重要な資料であり、今後の出願実務や標準化対応に大きな影響を与えるものと考えられます。
7.日本および米国におけるSEPの取り扱いとの比較
(この項目の記載は、下記「情報元4」に示す情報源を根拠にしています。)
(1)総論
中国ガイドラインの特徴は、標準化活動と特許出願を一体的に設計すべきものと明確に位置付けている点にあります。これに対し、日本および米国では、標準化と特許の統合は主として企業の実務戦略に委ねられています。日本・米国ともにSEP問題は主にFRAND条件[vi]や差止請求の可否といった権利行使局面で論じられており、出願段階に関する包括的ガイドラインは存在しません。
(2)出願タイミングと新規性喪失例外
中国は「提案前出願」を原則としつつ、新規性喪失例外の活用も推奨しています。日本でも同様の例外制度は存在しますが、要件や手続の厳格さから公開前に出願することが基本です。これに対し米国は1年間のグレースピリオドにより公開後の出願も一定程度許容されますが、中国のような体系的指針はなく、各企業の判断に委ねられています。
(3)クレーム戦略・明細書作成
中国は、標準仕様との対応関係を意識したクレーム設計や複数実施形態の記載を重視し、明細書段階から標準との関係を明確化する点に特徴があります。これに対し日本および米国では、標準との直接的対応付けは必須ではなく、むしろ過度な標準依存による権利範囲の限定リスクを回避する観点が重視される傾向があります。
(4)審査タイミングと手続戦略
中国は遅延審査や分割出願により標準確定後の最適化を推奨しています。日本でも審査請求の繰延べや分割出願は可能ですが、標準化との連動を前提とした指針は明確ではありません。米国では継続出願により柔軟な調整が実務上行われていますが、制度的ガイドラインではなく慣行として確立しています。
[i] 標準必須特許:技術標準に準拠した製品を製造・販売する際に必須となる特許
[ii] 5G(第5世代移動通信システム)は、「高速・大容量」「低遅延」「多数同時接続」の3つの特徴を持つ次世代通信規格であって、4Gの約10〜20倍の通信速度(最大20Gbps)を実現し、動画視聴、VR/AR、IoT、自動運転など、多様な分野での技術革新やビジネス利用が進められています。6G(第6世代移動通信システム)は、2030年代の商用化を目指す次世代の移動通信技術であり、5Gの「高速・大容量」「低遅延」「多数接続」をさらに進化させ、理論上100Gbps以上の通信速度、超低遅延、AIとの統合を実現するものです。
[iii] ISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)は、スイスのジュネーブに本部を置く、製品やサービスの国際的な基準(ISO規格)を制定する非政府機関です。
[iv] IEC(International Electrotechnical Commission)は、主に「国際電気標準会議」を指す1906年設立の国際標準化団体であり、電気・電子技術分野の国際規格(IEC規格)を策定し、安全・性能・適合性を保証する世界的な標準化を推進しています。
[v] ITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合)は、情報通信技術(Information and Communication Technology:ICT)を担当する国際連合の専門機関(1865年設立)であり、ジュネーブに本部を置いています。主な活動は、無線周波数・衛星軌道の割り当て、国際的な技術基準(標準化)の策定、開発途上国への技術支援です。
[vi] FRAND条件とは、通信(5G/4G)や映像(HEVC/AV1)などの技術標準において、標準必須特許(SEP)を他社にライセンスする際、公平(Fair)、合理的(Reasonable)、非差別的(Non-Discriminatory)な条件で許諾する約束のことをいいます。
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[情報元]
1.ジェトロ北京事務所:CHINA IP Newsletter 2026/3/23(No.684)「特許と国際標準の融合を促進 中国、関連出願のガイドライン公表」
2.「標準関連特許出願ガイドライン」中国語原文
3.ジェトロ北京事務所:「標準必須特許発展報告2025」に見る中国の標準必須特許戦略
–国際的な標準必須特許のルール形成に備えて—(https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2025/c3db1a0dc3a8700f.html)
4.日米との比較(上記項目7)の根拠となる情報源
(1)日本法に関する主な情報源
日本については、特定の「SEP出願ガイドライン」は存在しないため、以下のような法令・裁判例・行政資料の組合せが情報源となります。
(i)法令:特許法第30条(新規性喪失の例外)、特許法第70条(クレーム解釈)
(ii)SEP・FRAND関連裁判例:知財高裁大合議判決「平成26年・アップル対サムスン事件」
(https://www.courts.go.jp/ip/vc-files/ip/file/H25ne10043_zen1.pdf)
(iii)特許庁「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き(第2版)」(令和4年6月)(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/document/rev-seps-tebiki/guide-seps-ja.pdf)
(2)米国法に関する主な情報源
米国についても、個別ガイドラインではなく、複数の法領域の資料が根拠となります。
(i)法令:35 U.S.C.§102(b)(グレースピリオド)、35 U.S.C.§112(明細書要件)
(ii)判例:Phillips v. AWH Corp.事件CAFC判決(2005年、SEP関連クレーム解釈)
(https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/03-1269.pdf)
(iii)ガイドライン:USPTOのSEPに関するポリシーステートメント(2019)

