中国における知的財産政策の最新動向―知財保護の厳格化、AI・データ関連制度整備及び知財活用促進を中心として―
2026年春以降、中国国家知識産権局(China National Intellectual Property Administration、日本で言う特許庁に相当。以下「CNIPA」と略記)等から公表された各種政策・統計・典型事例等を見ると、中国の知的財産政策は、①知財行政・代理業界に対する規律強化、②AI・データ等の新興分野における制度整備、③特許活用及び産業化の促進、④知財保護体制の強化、⑤国際協力及び海外展開支援の強化、という複数の方向で同時に進展していることがうかがえます。以下、その主な動向を紹介します。
1.知財行政及び代理業界に対する規律強化
近時の中国知財政策において最も目立つ動きの一つは、不正出願や不適切な代理業務に対する取締り強化です。このテーマに関しては、弊所HPにおいて2026年3月6日付で、「中国における最近の知財関連代理機関および代理人の管理強化の取組について」と題して配信した記事(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/15413/)において、2026年1月以前のCNIPAによる取組事例を説明していますので、ご参照下さい。
CNIPAは2026年4月、「知的財産代理業界特別是正行動」の成果を公表し、出願人情報の偽造や資格貸与等の違法行為に対し、61の代理機関及び22名の代理師に営業停止や資格取消し等の処分を行ったことを明らかにしました。また、全国5万社超の代理機関に自主点検を求め、特許代理機関187社、支店1279か所、代理師6000人超が整理・淘汰されました。
さらに同月には、「整備・規範化年」行動の実施方針が公表され、不誠実な出願、無資格代理、名義貸し、虚偽書類作成等に対する監督強化が打ち出されました。データ分析を活用した監視システムの整備も進められており、今後は不正出願や権利濫用に対する監視が一層強化される見込みです。
このような動きは、同局が公表した「2026年知的財産行政保護活動方案」及び「知的財産権強国建設モデル創建年度作業指南(2026)」にも反映されています。これらの文書では、「誠実信用原則」に反する出願の取締りや代理業界の監督強化が重点施策として掲げられています。
日本企業にとっても、中国における出願実務では、現地代理人のコンプライアンス体制や業務品質を従来以上に慎重に確認する必要があると思われます。
2.AI時代を見据えた知財制度整備
AI技術の急速な普及を背景として、中国ではAIと知財を巡る制度整備が活発化しています。
まずCNIPAは2026年4月、「AIによる特許作成に潜むリスク」に関する注意喚起を公表しました。AIエージェント型ツールを利用した特許明細書作成について、技術情報漏えい、ハルシネーションによる記載不備、不誠実出願への該当可能性等のリスクを指摘しています。
一方でCNIPAは、新興分野の知財保護制度整備を積極的に進める方針も示しています。2026年4月の記者会見では、AI、データ経済、生物育種、集積回路等を対象とする新たな保護制度の整備方針が公表されました。
AI関連では、特許審査ガイドラインの改正を通じてAI技術の審査基準を整備するとともに、技術倫理に関する考慮事項を導入する方針が示されました。また、2025年度専利復審・無効審判典型事例では、AI画像生成技術や大規模言語モデル(LLM)が生成した情報の取扱いに関する判断事例が選定されており、AI関連発明の審査実務が徐々に具体化していることがうかがえます。
さらに、IP5副長官会合では、新興技術・AIロードマップに関する協力や統計データ交換プロジェクトが承認されており、AI分野における国際協力も進展しています。
中国はAIを重点産業として育成する一方で、出願段階から権利化後までを視野に入れた規律形成を進めている点が特徴的です。
3.データ知財保護制度[i]の拡充
AIと並んで注目されるのがデータ知財保護制度です。
CNIPAによれば、現在17省・市でデータ知的財産権のパイロット事業が実施されており、登録申請件数は累計10万件を超え、約5万件の登録証明書が発行されています。
2026年5月の「デジタル中国建設サミット」では、データ知財登録制度の活用事例として、ロボット訓練用3Dデータ、農作物病害データセット、手話データセット等が紹介されました。これらのデータは資産計上や融資審査、司法手続等にも利用されています。
また、CNIPAは知財ビッグデータセンターの整備やAIを活用した審査・公共サービスの高度化も推進してます。
データそのものを独立した保護対象として位置付けようとする中国の取組は、日本や欧米諸国の制度とも比較して注目に値すると言えます。
4.特許活用・産業化政策の推進
中国では単なる出願件数の増加ではなく、特許の実際の活用や産業化を重視する姿勢も鮮明になっています。
2025年中国特許調査報告によれば、企業保有特許の産業化率は54.0%となり、前年を上回りました。自社研究開発による特許取得割合も87.4%に達しています。
また、特許産業化による平均収益は1件当たり872万元に達し、企業の43.8%が大学・研究機関との共同研究を実施していることも明らかになりました。
CNIPAは、中小企業向け知財公共サービス特別行動や「知的財産サービス万里行」活動を通じて、技術移転、特許分析、海外権利保護支援等を強化する方針を示しています。
さらに、知財サービス機関数は10万社を超え、知財サービス市場そのものも拡大を続けています。
中国の知財政策は、従来の「量の拡大」から「高価値特許の活用」へ重点を移しつつあると言えます。
5.重点産業における知財活用の新たな展開
産業別の動向としては、太陽光発電及び自動車産業が注目されます。
太陽光発電分野では、TOPCon太陽電池技術[ii]を対象とする中国初の特許プールが発足しました。複数企業が特許を共有することで技術利用を円滑化し、国際競争力向上や海外訴訟対応力強化を図ることが期待されています。
また、自動車産業知的財産権10年発展報告書によれば、中国の自動車特許公開件数は10年連続で世界首位を維持しています。特に新エネルギー車及びコネクテッドカー分野で顕著な成長が見られる一方、海外知財紛争への対応能力向上が重要課題として指摘されています。
6.知財保護の強化と典型事例の活用
中国政府は知財保護の実効性向上にも力を入れています。
2025年中国知的財産権保護状況白書によれば、知財保護に対する社会満足度は過去最高を更新しました。知財侵害事件の摘発や保護センター整備も引き続き進められています。
また、商標行政保護典型事例、商標異議・審判典型事例、専利復審・無効審判典型事例、検察機関による知財保護典型事例などが相次いで公表されました。
商標分野では、生成AIサービス「DeepSeek」[iii]に関連する悪意の先取り出願や、有名ブランド模倣事件が取り上げられました。また、「心機商標」と呼ばれる消費者誤認を招く商標への取締りも強化されています。
さらに、中国税関は2025年に約8642万点の侵害疑義貨物を差し押さえたことを公表しており、水際対策も引き続き強化されています。
7.国際協力及び海外権利保護の強化
国際的な知財協力も活発化しています。
CNIPAは2026年5月、WIPO[iv]及びEUIPO[v]との協力計画を更新しました。また、IP5副長官会合ではAI分野を含む将来協力について協議が行われました。
さらに、WIPOと中国最高人民法院は共同で「WIPO知的財産権典型事例集・中華人民共和国編(2019-2023)」を公表しました。同事例集には、中国法院の代表的判決66件が収録されており、中国知財司法実務の国際的発信を意図した取組とみられます。
このほか、中国企業の海外展開支援や337条調査[vi]への対応強化も政策課題として掲げられており、中国の知財政策は国内制度整備のみならず国際競争力強化の方向へも展開しています。
8.おわりに
以上の動向からは、中国が「知的財産強国」戦略の下で、単なる権利取得件数の増加ではなく、知財の質・活用・保護・国際展開を総合的に強化しようとしていることが読み取れます。特に、AI・データ等の新興分野における制度整備、不正出願や代理業界への規律強化、特許活用促進政策は、日本企業の中国知財戦略にも直接影響を及ぼし得るものであり、今後の制度運用及び関連法令の改正動向を継続的に注視する必要があります。
[i] 「データ知財保護制度」とは、営業秘密や著作権では十分に保護しにくいデータ資産について、その保有・利用関係を明確化し、取引や融資等への活用を促進することを目的として、中国で試行的に運用されている制度をいいます。この制度は、特許権のような排他的独占権を付与するものではなく、一定の価値を有するデータについて登録を行い、データの保有や利用を証明することにより、その流通・取引を促進しようとするものです。
[ii] TOPCon(Tunnel Oxide Passivated Contact)技術は、高効率化を実現する結晶シリコン太陽電池技術であり、現在の太陽光発電産業における主流技術の一つです。
[iii] DeepSeekは、中国発の生成AIサービスとして急速に知名度を高めた大規模言語モデル(LLM)であり、その知名度の上昇に伴い関連名称の先取り商標出願が相次いでいます。
[iv] WIPO(世界知的所有権機関:World Intellectual Property Organization)は、国際的な知的財産権制度の保護や活用を促進する国際連合の専門機関であり、スイスのジュネーヴに本部を置き、世界中のイノベーションと創造性を保護するための国際的なルール作りや各種支援を行っています。
[v] EUIPO(European Union Intellectual Property Office:欧州連合知的財産庁)は、EU全域における商標および意匠の登録・管理を行うEUの専門機関であり、スペインのアリカンテに本部を置き、一度の手続きで全加盟国(27カ国)において有効な権利を付与しています。
[vi] 「337条調査」とは、米国関税法337条に基づいて米国国際貿易委員会(ITC)が実施する知財侵害輸入品に対する調査手続であり、侵害が認定された場合には米国への輸入差止め等が命じられます。
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[情報元]
1.CHINA IP Newsletter JETRO北京事務所知的財産権部
(1)知財ニュース2026/4/6号 (No.686)
(2)知財ニュース2026/4/20号 (No.688)
(3)知財ニュース2026/4/27号 (No.689)
(4)知財ニュース2026/5/11号 (No.690)
(5)知財ニュース2026/5/18号 (No.691)
(6)知財ニュース2026/5/25号 (No.693)
2.集佳中国知財情報
(1)No.236(https://japan.unitalen.com/html/folder/26041463-1.htm)
(2)NO.237(https://japan.unitalen.com/html/folder/26050998-1.htm)
3.LINDAからのIPニュース
(1)第194号(https://www.lindapatent.com/ipnews194jp.pdf)
(2)第195号(https://www.lindapatent.com/ipnews195jp.pdf)

