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付託G1/24への拡大審判部の回答を踏まえ、明細書及び図面を参照したクレーム解釈によりクレームが広く解釈された審判事件の紹介

 本稿では、拡大審判部による付託G1/24への回答で求められる、クレームの解釈に際して特許の明細書および図面を参照する必要があるとの要件に基づいて、審判T439/22およびT1849/23で、特許の明細書や図面の用語のより広い定義をクレームの用語に適用すべきだと判断された経緯について論じます。その結果、これらの事件におけるクレームは、クレーム文言のみから通常理解される意味よりも広く解釈され、それが先行技術に対する新規性判断に影響を与えました。さらに、審判T439/22は、特許の明細書に記載の定義がクレームを狭める場合、付与後に当該定義を明細書から削除することは保護の拡大となり許されないことを示しています。

 

1.事案の背景

(1)付託G1/24に関する拡大審判部の決定

 弊所HPで2025年11月11日に配信した記事「付託G1/24に関する拡大審判部の決定」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/14801/)において、EPO拡大審判部が、発明の特許性(新規性・進歩性等)を評価する際のクレーム解釈について、クレームは判断の出発点であり基礎となる一方、その解釈に当たっては、クレームが不明確又は曖昧な場合に限らず、常に特許明細書及び図面を参照しなければならないとの判断を示したことをご紹介しました。

 もっとも、拡大審判部は、「明細書及び図面を参照する」との原則を示したものの、その参照の程度や方法、すなわち明細書中の定義や説明をクレーム解釈にどのように反映させるべきかについては具体的な判断基準を示しませんでした。また、付託された質問3(明細書中に明示された用語の定義を無視できるか否か)は不受理とされたため、この点も未解決のまま残されました。

(2)G1/24決定後の審判実務

 G1/24決定後の実務では、G1/24が示した「明細書及び図面を常に参照する」との原則自体は受け入れられています。しかし、その原則を具体的に適用するに当たり、明細書の記載がクレーム文言の意味にどこまで影響を及ぼすのかについては、審判部の判断が分かれ始めています。

 一部の審判[i]では、明細書を参照しても、クレーム文言の通常の技術的意味を大きく変更したり、実施形態の内容をクレームに読み込んだりすることには慎重な姿勢が示されています。

 これに対し、本稿で紹介するT439/22及びT1849/23では、G1/24が示した「明細書及び図面を参照する」との原則を積極的に適用し、明細書に記載された用語の定義や技術的内容を踏まえて、クレーム文言を通常理解される意味よりも広く解釈した結果、いずれも新規性判断に影響を及ぼした点が注目されます。

 以下では、これら2件の審判を通じて、G1/24決定後のクレーム解釈実務がどのように展開しつつあるのかを紹介します。

 

2.審判事件T439/22およびT1849/23の決定

(1)審判事件T439/22の決定の概要

 審判事件T439/22は、付託G1/24を行なった審判部による審判です。付託された質問に対して拡大審判部が回答した後、T439/22を担当した審判部は、T439/22に関する決定を下しました。これはEPO異議部による欧州特許EP3076804を維持するとの決定に対する審判請求に関するものです。

 (i)本件対象特許(EP3076804)の概要

 特許されたEP3076804のクレーム1[ii]は、「加熱式エアロゾル発生物品」に関するもので、エアロゾル形成基板と「シート集合体(gathered sheet)」からなるタバコに関するものでした。先行技術は螺旋状に巻かれたタバコシートを開示しています。異議申立ての段階で、特許権者は「シート集合体」という用語が本技術で通常の意味を割り当てられれば、クレーム1は新規であると主張しました。逆に異議申立人は、もしクレームの用語を明細書の記載の観点から解釈すれば、より広い意味を持ち、クレーム1は新規性を欠くと主張しました。

 EP3076804のクレーム1の日本語訳に代えて、同特許に対応する日本特許第6561056号の請求項1(EP3076804のクレーム1と同一の内容です)を以下に示します。

1.発熱体(3100)を備えた電気的に動作するエアロゾル発生装置(3010)と併用するための加熱式エアロゾル発生物品(1000、2000)であって、

 前記エアロゾル発生物品が、熱伝導性材料のシート(1222、2222)によって半径方向に取り巻かれたエアロゾル形成基体(1020、2020)を含み、

 前記エアロゾル形成基体が、ラッパーによって囲まれたエアロゾル形成材料のシート集合体を含み、

 前記ラッパーが、熱を拡散するため、かつユーザーが炎を前記エアロゾル発生物品に当てることにより前記エアロゾル形成基体に点火するリスクを軽減するために、熱伝導性の炎バリアとしての役目をする熱伝導性材料シートである、加熱式エアロゾル発生物品。

以下に、EP3076804の明細書に記載の「加熱式エアロゾル発生物品」

の一実施形態を示す、同特許の図6を示します。

1000 エアロゾル発生物品、1020 エアロゾル形成基体、1222 熱伝導性材料のシート

3000 エアロゾル発生システム、3010 エアロゾル発生装置、3050 空気穴、3100 発熱体

 

 (ii)EPO異議部の判断

 EPO異議部は、「クレーム解釈のために特許明細書に頼ることは、当業者がクレームを単独で読んだときにクレームが不明瞭または曖昧であると感じる状況でのみ正当化される」というEPOの従前の原則に基づいて明細書のより広い定義を無視し、「シート集合体」という用語は当業者が一般的に理解する意味であると判断しました。この結果、EPO異議部は、クレーム1は新規性を有するとして異議申立を退けました。

 (iii)審判部の判断

 (a)「特許の明細書および図面の参照」とクレームの解釈

 T439/22では、審判部は、G1/24の結論を適切に適用するためには、「明細書・図面を参照する(to consult)」とは具体的にどのような行為を意味するのか、その解釈を明らかにする必要があると述べました。

 その上で審判部は、クレームの文言を解釈する際に用いられる「consult, refer to(参照する)」、「use(用いる)」、「take into account(考慮に入れる)」といった表現は、いずれも実質的には同じ意味であり、特許明細書全体から必要な技術的情報を読み取り、当業者がクレーム中の用語をどのような意味に理解するかを判断することを意味すると判示しました。

 審判部は、クレームの解釈はクレームの読解と明細書および図面を参照する単一プロセス(全体的アプローチ)として生じるものであると考えました。このアプローチに沿って、審判部は、明細書や図を読む際に、当業者は明細書中の定義を出発点として理解するだろうと考えました。定義が技術的に妥当であり、クレーム、明細書、図の全体的な教示に適合している限り、当業者は明細書に記載の定義の意味でクレームの用語を読み、当該定義に基づいて、クレーム文言から通常理解される意味より広く解釈される場合もあれば、逆に狭く解釈される場合もあり得ます。

 審判部はまた、特許明細書において特定の用語が定義されているという事実自体が、その用語について、特許権者自身が「当業者に広く認識された確立した意味を有し、説明を加える必要がない」とは考えていなかったことを示すものと指摘しました。

 (b)本件特許発明の新規性について

 さらに審判部は、明細書に記載された「シート集合体(gathered sheet)」の定義は、その用語の通常の意味と矛盾するものではなく、通常の意味を包含した、より広い概念を示すものであると判断しました。その結果、引用発明(T439/22の決定においてD1として引用されたEP2368449 A1)における螺旋状に巻かれた(spirally wound)たばこシート(EP2368449 A1の段落[0037])も、クレーム1における「シート集合体」に含まれると認定し、本件クレームは新規性を欠くと結論付けました。

 これに対し、特許権者は唯一の補助的請求(Auxiliary Request)を提出し、「gathered」の意味を広げる定義を含む明細書の問題となった段落(EP3076804の明細書の段落0035[iii])を削除しました。もっとも、この段落には、「gathered sheet」が「ロッドの円筒軸に対して実質的に横方向に圧縮又は収縮されている(compressed or constricted substantially transversely to the cylindrical axis of the rod)」という限定事項も記載されていました。

 審判部は、この定義を削除すると、クレームはロッド状ではないエアロゾル生成物品まで包含することになり、その結果、特許の保護範囲が拡張されると判断しました。したがって、この補助請求は、保護範囲の拡張を禁止するEPC第123条(3)[iv]に違反し、認められないと結論付けました。

 審判T439/22の決定は、クレームの用語を正確に定義することの重要性を強調しています。なぜなら、そのような定義はクレームの解釈時に参照され、特許後に定義を削除することは不可能だからです。

(2)審判事件T1849/23の決定の概要

 T1849/23は、欧州特許EP3166825に関する事件であり、登録時のクレームは、ヒッチの回動支点(hitch pivot point)を中心としたトレーラーの角度変位速度(angular trailer deflection)の測定に用いられる角速度センサ(angular rate sensor)を利用して、トレーラーの危険な蛇行(sway)を検知・制御する装置及び方法に関するものでした。

 審判部は、クレーム文言だけを読めば、その文言の通常の意味からは、「角速度センサ」に単なるヨーレートセンサ(yaw sensor)[v]は含まれないとする特許権者の主張に同意しました。しかしながら明細書及び図面を参照すると、明細書及び図面に開示された当該センサの実施形態は「ジャイロセンサ(gyroscope sensor)」(本件ではヨーレートを測定する角速度センサ)のみであることから、クレームはより広く解釈されるべきであると判断しました。

 このような広い解釈を前提とすると、特許クレーム1[vi]は先行技術に対して新規性を欠くと認定されました。一方、補助請求により方法クレームに限定された内容については、新規性が認められたため、特許はその補助請求に基づいて維持されました。

 本件は、G1/24をめぐる議論が引き続き活発に行われる中、明細書において重要な用語を適切に定義しておくことの重要性を改めて示す事例となっています。

 

3.さらなる付託G1/26について

 前述のとおり、G1/24は、発明の特許性(新規性・進歩性等)を判断する際に、クレーム中の用語をどのように解釈すべきかを示した決定です。しかし近年では、明細書及び図面を参照してクレームを解釈するという考え方を、追加事項(added subject-matter)[vii]の判断にも適用すべきか、また適用するとすればどの範囲まで認めるべきかを明確にすべきであるとの議論が高まっています。その結果、この問題は、T873/24(欧州特許EP3587104に関する事件)から拡大審判部へ付託されたG1/26において判断されることとなりました。審判事件T873/24は、G1/24の射程が追加事項判断にも及ぶかが初めて拡大審判部に問われた事件です。

 T873/24の登録クレームは、プレコート鋼板(pre-coated steel strips)に関するものであり、争点は、クレーム1から単位(units)の記載が省略されたことが、追加事項に当たるか否かです。

 特許権者は、G1/24に従えばクレームの解釈に当たっては明細書を参照すべきであり、その結果、クレームに単位を明記していなくても、当業者はその意味を明確に理解できると主張しました。

 これに対し、異議申立人は、G1/24は追加事項(Article 123(2) EPC)の判断には適用されないと主張しました。この点について拡大審判部がどのような判断を示すのか、今後の動向が注目されます。

 

4.実務上の留意点

 クレームの保護範囲は、一見すると明確に思われる場合であっても、明細書や図面を参照した結果、クレーム文言から通常理解される範囲より広く、あるいは狭く解釈される可能性があります。ただし、クレームの保護範囲を広げたり狭めたりする最も確実な方法は、依然としてクレーム文言自体を補正することであり、明細書の記載に依拠することではありません。

 また、特許出願の作成に当たっては、通常であれば意味が明確な技術用語について、明細書中であえてより広い定義を記載すると、その用語が実際に広い意味で解釈される可能性があり、その結果、特許性(新規性・進歩性等)の判断に影響を及ぼすおそれがあります。

 さらに、明細書に具体的な実施例を記載する際には、その記載内容によって、意図せず用語の定義や意味が広がることのないよう、十分注意する必要があります。

 加えて、明細書を補正する際には、その補正によって意図せずクレームの保護範囲が拡張したと解釈されることのないよう慎重な対応が求められます。そのような補正は、付与後には追加事項禁止(EPC123(2))と保護範囲拡張禁止(EPC123(3))の双方を満たす補正が不可能となる、いわゆる「123(2)/123(3)トラップ」を招くおそれがあります。

 

 

[i] T1561/23, T1069/23, T1999/23等(31 October 2025付D Youngの記事 “Claim interpretation: emerging trends on what “consulting the description/drawings” in G 1/24 may mean”参照)

 

[ii] T439/22の対象特許であるEP3076804のクレーム1原文は、以下の通りです。

1. A heated aerosol-generating article (1000, 2000) for use with an electrically-operated aerosol-generating device (3010) comprising a heating element (3100), the aerosol-generating article comprising an aerosol-forming substrate (1020, 2020) radially encircled by a sheet of thermally-conductive material (1222, 2222), in which the aerosol-forming substrate comprises a gathered sheet of aerosol-forming material circumscribed by a wrapper, the wrapper being the sheet of thermally-conductive material which acts as a thermally-conducting flame barrier for spreading heat and mitigating against the risk of a user igniting the aerosol-forming substrate by applying a flame to the aerosol-generating article.

[iii] EP3076804の段落[0035]には、以下のように記載されています。

 [0035] As used herein, the term ‘gathered’ denotes that the sheet of tobacco material is convoluted, folded, or otherwise compressed or constricted substantially transversely to the cylindrical axis of the rod.

 

[iv] EPC第123条(3)は、特許権付与後に「特許請求の範囲を拡張する補正」を禁止する規定です。第三者の利益保護を目的としており、特許された範囲を後から広げる補正は一切認められません。

 

[v] ヨーセンサー(ヨーレートセンサーとも呼ばれる)は車両の垂直軸を中心とした角速度または回転を測定する特殊なジャイロ装置.簡単に言えば、車がどれだけ速く、どれだけ回転しているか、あるいは横滑りしているかを測定します

 

[vi] T1849/23の対象特許であるEP3166825のクレーム1原文は、以下の通りです。

  • A trailer oscillation and stability control device (10) comprising:

an accelerometer (12) configured to measure lateral acceleration of a trailer (14) and to generate corresponding trailer lateral acceleration signals;

an angular rate sensor (16) positioned and configured to measure rate of angular trailer deflection about a hitch pivot point (18) and to generate corresponding angular trailer deflection rate signals;

an oscillation detection discriminator (22) coupled with the accelerometer (12) and the angular rate sensor (16) and configured to detect oscillatory lateral trailer motion based on acceleration signals received from the accelerometer (12) and angular trailer deflection rate signals received from the angular rate sensor (16), and to generate corresponding oscillatory event data;

wherein said oscillation detection discriminator (22) is configured to use data received from the angular rate sensor (16) and the accelerometer (12) to distinguish between a trailer oscillation event and a non-oscillatory trailer excursion or lateral deflection;

a brake controller (30) configured to generate a trailer braking control signal in response to oscillatory event data received from the oscillation detection discriminator (22).

 

[vii] 追加事項(added subject-matter)とは、出願時の明細書、特許請求の範囲及び図面に開示されていなかった、補正等によって追加された技術的事項を言います。欧州特許条約(EPC)第123条(2)は、このような補正を禁止しています。

 

[担当]深見特許事務所  野田 久登

 

[情報元]

1.D Young & Co. IP Cases & Articles “G1/24 and claim interpretation: consulting the description/drawings may broaden a claim” June 18, 2026

              https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/g124-claim-interpretation-description-drawings

 

2.審判T439/22の決定

              https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t220439eu2

 

3.審判T1849/23の決定

              https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t231849eu1