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職務発明制度、特許権存続期間延長制度をめぐる最近の韓国裁判所における判決の動向

 韓国裁判所は近時、職務発明制度及び医薬品特許の存続期間延長制度という、企業の知的財産戦略に大きな影響を及ぼす特許関連の二つの制度について、注目すべき判断を示しました。

 まず、職務発明制度に関し、特許法院は、「退職した研究者であっても、退職後も実質的に使用者へ労務を提供していた場合には職務発明補償金請求権を認めるべきである」とした判決を下しました。

 また、特許権存続期間延長制度に関し、近年の一連の大法院及び特許法院判決において、延長登録の対象となる「新物質」の判断基準を示すとともに、延長後の特許権の効力についても、有効成分等の実質的同一性を重視した判断を示しました。

 これらの判決は、対象とする制度こそ異なりますが、いずれも制度趣旨を踏まえて実質的な判断を行う韓国裁判所の近年の傾向を示すものとして、注目されます。本稿では、それぞれの判決の概要と実務上の示唆を紹介します。

 

1.退職後も実質的に労務を提供した研究者について、職務発明制度上の「従業員」に該当すると認めた判決(韓国特許法院2026121日判決・20211015

(1)事案の概要

 研究員AはB社において3G標準技術の研究開発に従事していました。その後研究員AはB社を退職しましたが、退職後もB社に出勤して退職前と同種の研究開発を継続し、その過程で完成した発明について、B社は韓国及び米国で特許出願を行い、複数の特許権を取得しました。

 研究員Aは、本件対象特許によってB社が独占的利益を得ているにもかかわらず、正当な職務発明補償金が支払われていないとして、補償金を請求しました。

 これに対しB社は、発明完成当時、研究員Aは既に退職して大学教授として勤務していたため、韓国における職務発明制度[i]上の「従業員」には該当しないと主張しました。

(2)特許法院の判断

 特許法院は、形式的な雇用契約の有無ではなく、実際の労務提供の状況を重視し、

 (i)退職後も週2~3日出勤し、従前と同様の研究開発を行っていたこと

 (ii)退職後も複数の発明を完成させ、B社へ譲渡していたこと

 (iii)数年間にわたり継続的な報酬が支払われていたこと

 (iv)B社が米国再発行特許出願の際に米国特許庁へ提出した宣言書において研究員Aを継続雇用中の従業員と説明していたこと

などを総合的に考慮し、研究員Aは発明完成時においても実質的にはB社の従業員であると認定しました。

 さらに、「従業員」は民法上の雇用契約による者に限定されず、事実上使用者のために労務を提供する者も含まれると判示しました。

(3)実務上の示唆

 本判決は、退職後の共同研究や技術顧問契約など、近年増加している柔軟な研究開発体制において、契約上の肩書ではなく実際の業務実態が重視されることを示しています。

 企業としては、退職者との共同研究を継続する場合には、報酬体系、発明の帰属及び職務発明補償との関係を契約上明確に整理しておくことが重要になると考えられます。

 なお、本件は現在大法院に係属しており、その最終判断が注目されます。

 

2.特許権存続期間延長制度に関する最近の判例の動向

(1)延長登録の対象となる「新物質」の判断

 韓国特許法では、医薬品について許可を受けるために特許発明を実施できなかった期間を考慮し、5年を限度として特許権の存続期間を延長できる制度(韓国特許法第89条)が設けられています。このうち医薬品については、特許法施行令により、原則として「新物質」を有効成分とする最初の品目許可に係る発明が延長登録の対象とされています。

 アボネックス事件(大法院2024年7月25日宣告、2021フ11070判決)では、PEG化[ii]されたインターフェロンベータ-1aが「新物質」に該当するかが争われました。

 大法院は、PEG部分は薬効を示す活性部分ではなく、有効成分の活性部分は既存医薬品と同一のインターフェロンベータ-1aであるとして、「新物質」には該当しないと判断し、特許権存続期間延長を認めませんでした。

(2)延長された特許権の効力の範囲

 一方、大法院及び特許法院は、延長登録が認められた特許権の効力については、比較的実質的な判断を行っています。

 ベシケア事件(大法院2019年1月17日宣告、2017ダ245798判決)[iii]では、ジェネリック医薬品が塩に変更されていても、通常の技術者が容易に選択でき、有効成分、治療効果及び用途が実質的に同一である場合には、延長された特許権の効力が及ぶと判断しました。

 また、フォシーガ事件(大法院2023年2月2日宣告、2022フ10210判決)[iv]では、ダパグリフロジンをプロドラッグ(体内で代謝されて有効成分に変換される化合物)であるダパグリフロジン・フォルメートに変更した医薬品について、均等論に基づき特許権の権利範囲に属すると判断しています。この判決は、延長された特許権の効力を直接判断したものではありませんが、医薬品の化学的構造を変更した場合の特許権の保護範囲を考える上で参考となる判決です。

 また、リクシアナ事件[v]では、溶媒和物[vi]へ変更された医薬品についても、実質的に同一であるとして延長された特許権の効力が及ぶと判断しました。

 さらに、ケイキャップ事件[vii]では、延長登録の基礎となった当初の適応症だけではなく、その後追加された適応症についても、有効成分、治療効果及び用途が実質的に同一である以上、延長された特許権の効力が及ぶと判断した特許法院判決が大法院によって維持され、確定しています。

(3)実務上の示唆

 これらの一連の判決例からは、韓国裁判所は延長登録の対象となる「新物質」の判断については厳格な基準を維持する一方で、延長登録後の特許権の効力については、文言上の同一性に限定することなく、有効成分、治療効果及び用途の実質的同一性を重視して判断していることが分かります。

 医薬品分野において韓国市場への参入を検討する企業やジェネリックメーカーにとっては、単なる塩変更、プロドラッグ化、溶媒和物への変更又は適応症の限定のみでは延長された特許権を回避できない可能性があることに留意する必要があります。

 

3,日本の特許実務との対比

(1)職務発明制度について

 韓国特許法院は、職務発明に関する上記判決において、職務発明について補償金請求権を有する「従業員」に該当するか否かを判断するに当たり、形式的な退職の事実だけではなく、退職後の実際の労務提供の状況、報酬の支払状況及び使用者自身の取扱い等の実質的事情を重視しました。

 このような判断手法は、日本の職務発明制度における「従業者等」の判断とも、実質を重視するという点では共通するものと考えられます。

(2)特許権存続期間延長制度について

 特許権存続期間延長制度に関する上述の一連の韓国裁判所の判決は、存続期間延長の対象となる「新物質」の解釈を通じて、延長登録の対象発明に該当するか否かを判断したものです。

 これに対し、日本の最高裁平成27年11月17日判決(平成26年(行ヒ)第356号)[viii]は、先行する製造販売承認が存在する場合に、当該先行承認によって後行承認の対象となる医薬品を実施することが可能であったかという観点から、延長登録の可否を判断したものです。

 このように、韓国裁判所の判決と日本の最高裁判所の判決とは、互いに具体的な争点及び判断の枠組みを異にしますが、いずれも、特許権存続期間延長制度の趣旨を踏まえ、形式的な承認の有無や医薬品の名称・化学構造だけに依拠するのではなく、当該医薬品の実質的な内容を考慮して延長登録の可否を判断している点に、一定の共通性があります。

 一方、アボネックス事件の韓国大法院判決は、延長制度の対象となる「新物質」の解釈を通じて、制度の適用対象そのものを検討した点に特徴があります。日本の最高裁判決が先行承認と後行承認との実質的な包含関係を中心に判断枠組みを示したのに対し、韓国判決は延長制度の対象となる新物質該当性をより重視している点に相違が認められます。

 もっとも、両国の裁判所に共通するのは、特許権存続期間延長制度の趣旨を踏まえ、承認の有無や承認書の記載内容といった形式的要素のみに依拠することなく、承認によって実際に実施可能となる医薬品の範囲を実質的に評価している点です。その意味で、本件韓国大法院判決は、日本の最高裁判例とも軌を一にする「形式より実質」を重視した判断として位置付けることができます。

 

4.日本企業への実務上の示唆

 今回紹介した韓国裁判所の判決の動向は、それぞれ職務発明制度と特許権存続期間延長制度という異なる制度を対象としていますが、いずれも韓国裁判所が制度趣旨を踏まえ、形式的な法律関係や文言のみではなく、実質的な権利関係や技術的実態を重視して判断している点で共通しています。

 韓国におけるこのような判決の動向を踏まえて、日本企業にとっても、韓国企業との共同研究や退職研究者との協業を進める場合には職務発明制度への対応を見直すとともに、発明完成に至る研究開発体制や業務命令の内容を客観的に記録しておくことが、将来の紛争予防の観点から重要であると考えられます。また医薬品分野では、特許権存続期間延長制度を踏まえた出願・ライセンス及びジェネリック参入戦略を検討することが重要になるものと思われます。

[i] 韓国における職務発明制度は、現行法では、「特許法」ではなく「発明振興法第10条~第19条」に規定されています。特に今回の「退職した従業員の職務発明補償金請求権」の問題については、発明振興法第15条(職務発明に対する補償)が直接の根拠となります。詳細は、2025年3月11日付の新興国等知財情報データバンクの記事「韓国における職務発明制度」(https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/40698/)をご参照下さい。なお、本件特許法院判決では、当時の法令である旧特許法第39条第1項及び第40条が適用されており、これらの条文は既に特許法から削除されています。

[ii] 「PEG化」とは、医薬品やタンパク質などの物質にポリエチレングリコール(PEG)という高分子を結合させ、化学的に修飾する技術をいいます。

[iii] ベシケア事件判決の詳細については、ジェトロ・ソウル事務所、知財判例データベース「医薬品の物質特許の延長された特許権の効力が塩変更化合物にも及ぶとした大法院判決」(https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2019/_441586.html)をご参照下さい。

[iv] フォシーガ事件大法院判決は、糖尿病治療薬「フォシーガ(一般名:ダパグリフロジン)」の物質特許をめぐり、後発医薬品のプロドラッグが特許権の均衡範囲(権利範囲)に含まれるかが争われた重要な権利範囲確認審判の上告審です。

[v] リクシアナ事件の詳細については、ジェトロ・ソウル事務所、知財判例データベース「溶媒和物に関する確認対象発明が、延長された物質特許の権利範囲に属すると判断した事例」(https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2024/_531668.html)をご参照下さい。

[vi] 溶媒和物とは、物質が液体に溶けて固まるとき、または結晶化するときに、その物質(溶質)の分子やイオンのまわりに溶媒の分子が一定の割合で結びついたまま取り込まれてできた固体の化合物のことをいいます。

[vii] ケイキャップ(K-CAB®)事件(事件番号:2024ホ13541等)は、韓国大法院において2025年11月に上告棄却によりラクオリア創薬の最終勝訴が確定した、延長特許権の効力範囲に関する重要訴訟です。

[viii] 日本の最高裁判決「平成26年(行ヒ)第356号」は、「先行承認が存在する」という形式ではなく、「先行承認が後行承認を実質的に包含していたか」という観点から存続期間延長の可否を判断すべきことを示した判決(判決原文のURL:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-85467.pdf)です。

 

[担当]深見特許事務所  野田 久登

 

[情報元]

1.[Lee International IP & Law] Newsletter Summer 2026より、「特許法院、退職した従業員の職務発明補償金請求権を広く認定26-07-22」

              https://www.leeinternational.com/home/bbs/board.php?bo_table=Newsletter2026_SUM&wr_id=14&lang=jp

 

2.[Lee International IP & Law] Newsletter Summer 2026より、「特許存続期間延長の対象となる新物質の範囲及び存続期間が延長された特許権の効力26-07-22」

              https://www.leeinternational.com/home/bbs/board.php?bo_table=Newsletter2026_SUM&wr_id=16&lang=jp