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韓国特許庁、審査の「超高速化」と「柔軟化」を推進 -出願人の事業戦略に応じた権利化が可能に-

 韓国特許庁[i]では近年、早期権利化が必要な案件は「できるだけ早く」、一方で事業化の時期を見極めたい案件は「必要な時まで待つ」という、相反する二つのニーズに対応する制度の整備が進められています。2025年には「超高速審査」が導入され、2026年には「審査猶予制度」の運用も大幅に見直されました。両制度はいずれも、出願人が事業戦略に応じて権利化のタイミングを最適化できるようにすることを目的としています。

 日本企業にとっても、韓国における特許出願戦略を検討する際には、これらの制度を活用した権利化時期の最適化が重要になると考えられます。

 以下、「超高速審査」および「審査猶予制度」のそれぞれについて、導入の背景からその後の変更の経緯と現状について説明します。

 

1.「超高速審査」について

(1)「超高速審査」の概要

 韓国特許制度における「超高速審査」は、韓国特許庁が通常の優先審査よりもさらに迅速に審査を行う制度です。超高速審査はAI・先端バイオなどの国家戦略分野、輸出促進関連、グリーン関連技術[ii]において適用され、一次審査結果の通知までの審査期間を1ヶ月以内に大幅短縮できます。

(2)導入の背景とその後の変更の経緯

 (i)「優先審査制度」の導入

 韓国では、特許の迅速な権利化を目的として1996年に優先審査制度[iii]が施行されました。当初は、侵害が問題となっている発明、実施中・実施準備中の発明、環境・省エネ技術など、早期審査の必要性が高い出願を対象としていました。その後、外国で先行審査・検索が行われた出願や、第4次産業革命関連技術(AI、IoT等)、さらに半導体、ディスプレイ、二次電池、バイオなどの国家戦略技術へと対象が段階的に拡大され、産業政策を支える制度として発展してきました。

 (ii)「超高速審査」の導入

 こうした流れを受け、韓国特許庁は2025年10月から、従来の優先審査制度の一類型として「超高速審査」を導入しました。これは独立した新たな制度ではなく、優先審査制度をさらに高度化したものであり、一定の要件を満たす国家戦略技術分野の出願について、通常の優先審査制度よりもさらに迅速な審査を実施し、韓国企業が適時に特許権を取得して投資の誘致や市場の先取りができるように支援するものです。

 すなわち、優先審査が迅速審査制度の基本的枠組みであるのに対し、「超高速審査」はその中でも国家戦略技術を対象に、特定の技術分野や制度を専門的・継続的に担当する審査官による最優先の審査を行う特別な運用と位置付けられています。したがって、「超高速審査」は優先審査制度を置き換えるものではなく、通常の優先審査よりもさらに短期間で審査を完了させることを目的として導入された、より迅速な審査メニューであると言えます。

 (iii)超高速審査の対象類型

 超高速審査は、一定の政策目的に応じた複数の申請類型に区分して運用されています。2026年6月現在、主な対象類型は、①輸出促進型、②先端技術型、③創業初期企業型の3つです。

 ➀輸出促進型は、輸出実績を有する企業又は韓国中小ベンチャー企業部の海外進出支援事業に参加した企業による輸出関連発明を対象として、国外市場への迅速な事業展開を支援し、輸出競争力を強化することを目的としています。

 ②先端技術型は、半導体、二次電池、バイオ等の国家戦略技術分野に係る出願のうち、外国出願の基礎となるパリ条約優先権主張の基礎出願を対象とするものです。この類型を利用するためには、国内で当該技術を生産(又は生産準備)している企業又は国家研究開発課題を実施している企業であることなどの要件を満たす必要があります。

 ③創業初期企業型は、2026年2月23日に新設されたもので、創業初期企業、ベンチャー企業及びINNOBIZ企業[iv]が出願したAI及び先端バイオ分野の技術を対象としており、スタートアップ企業[v]による先端技術の迅速な権利化を支援することを目的として導入されました。

 

2.「審査猶予制度」について

(1)「審査猶予制度」の概要

 特許出願では、製品の上市時期や市場投入のタイミングに合わせて、適切な権利範囲を設定することが重要となる場面があります。韓国では、このようなニーズに対応するため、2008年から審査猶予制度(特許法施行規則第40条の3)が運用されています。

 韓国の特許審査猶予制度は、出願人が、事業化の時期や製品の発売スケジュールに合わせて、特許審査の開始時期を出願日から最長5年まで遅らせることができる制度です。

(2)2026年5月の改正

 2026年5月14日に施行された改正特許・実用新案法施行規則により、審査猶予制度の運用が見直され、審査開始前であれば、出願人は審査時期を自由に変更又は審査猶予申請を取り下げることが可能となりました。

 審査猶予制度は、製品発売時期や事業戦略に合わせて特許審査を遅らせることができる制度であり、近年その活用が着実に増加しています。しかし、従来は猶予申請後2ヶ月が過ぎると審査時期を変更できなかったため、企業は状況の変化に対応しにくいという制限がありました。

 今回の改正により、審査官が審査に着手する前であれば、出願人はいつでも審査時期を早めたり遅らせたりすることができ、必要に応じて審査猶予そのものを取り下げることも可能になりました。これにより、特許出願戦略がより柔軟になり、製品の発売、投資の誘致、市場参入の時期に合わせた権利確保が可能になります。

 特許権の確保時期を戦略的に調整することで、不必要なコストとリスクを減らし、競争力のある権利ポートフォリオを構築することができるため、特に、技術開発のスピードや事業環境が急速に変化するスタートアップ企業と中小企業にとって、実質的な支援となることが期待されます。

 今回の制度改善は、特許が単なる権利取得にとどまらず、「事業戦略のツール」として機能していることを示しています。今や特許の競争力は、技術だけでなく、いつ確保するかまでを含めた「タイミング戦略」によって決定する時代となりました。

 

3.日本企業への影響

 韓国特許庁が「超高速審査」と「審査猶予制度」の両制度を整備したことは、日本企業の韓国における特許戦略にも少なからぬ影響を及ぼすものと考えられます。

 まず、韓国の「超高速審査」は、国家戦略技術分野における韓国内での研究開発や事業化を後押しする政策色の強い制度であり、日本企業が利用できる場面は、韓国内に研究開発拠点や生産拠点を有する場合など、一定の場合に限られるものと考えられます。また、韓国企業を中心として従来以上に短期間で権利化が進む可能性があることから、日本企業としては、競合他社の出願・登録動向を早期に把握するとともに、情報提供制度(韓国特許法第63条の2)や無効審判(韓国特許法第133条)等を含めた対応を迅速に検討することが、これまで以上に重要になるものと思われます。

 これに対し、「審査猶予制度」の下では、権利取得の時期を事業化のタイミングに合わせて柔軟に調整でき、技術開発や市場動向を見極めながら審査開始時期を選択できるため、韓国への事業展開時期が未定の案件や、ライセンス交渉の進展を踏まえて権利化を図りたい案件などでは、有効な選択肢となる可能性があります。さらに、2026年の制度改正により、審査猶予の申請・取消し・変更がより柔軟に行えるようになったことで、日本の企業にとっても事業戦略に応じた出願管理が一層容易になるものと期待されます。

 

4.日本の特許出願審査実務との対比

 日本にも早期審査制度[vi]及びスーパー早期審査制度[vii]が設けられていますが、韓国の制度とは制度設計や政策的な位置付けに相違がみられます。

 日本の早期審査制度は、実施関連出願や外国関連出願などを対象として出願人の利便性向上を目的とする制度であり、スーパー早期審査も一定の要件を満たす案件について極めて迅速な審査を行うものです。他方、韓国の「超高速審査」は、優先審査制度の一類型として運用されるものであり、国家戦略技術分野への投資促進や産業競争力の強化という政策目的がより強く打ち出されている点が特徴です。

 また、韓国では審査猶予制度が設けられていることにより、出願人が審査開始時期を一定の範囲でコントロールでき、さらに近年の制度改正により、その運用の柔軟性が一段と高められたのに対して、日本では韓国のような審査猶予制度は設けられていません。

 このように韓国では、「できるだけ早く権利化したい出願」には超高速審査を、「事業化の時期に合わせて権利化したい出願」には審査猶予制度を利用できる体制が整備されつつあります。迅速化と柔軟化という一見相反する二つの制度を併存させることにより、出願人の多様な事業戦略に対応しようとしている点は、近年の韓国特許制度の特徴の一つであると言えます。

 

[i] 現在の正式名称は「韓国知識財産処」ですが、本稿では便宜上、「韓国特許庁」とします。

 

[ii] 「グリーン関連技術」とは、環境や社会に与える悪影響を最小限に抑え、持続可能な社会の実現を目指す技術の総称であって、再生可能エネルギー、電動化、省エネルギー技術など、カーボンニュートラルの達成に不可欠な幅広いソリューションが含まれます。

 

[iii] 韓国特許法における優先審査制度とは、一定の要件を満たした出願について、通常より優先して早期に審査を受けられる制度(特許法第61条)です。迅速な権利化が可能となり、他国と比較しても非常に早いスピードで特許登録が実現する実務的なメリットがあります。

 

[iv] INNOBIZとは、Innovation(イノベーション)とBusiness(企業)の合成語で、「INNOBIZ企業」は、競争優位を土台として競争力を確保した技術イノベーション型中小企業のことを意味します。

 

[v] スタートアップ企業とは、革新的なアイデアや新しいテクノロジーを用いて、短期間で一気に市場を開拓し、急成長を目指す新興企業のことです。既存のビジネスを堅実に拡大するスモールビジネスとは異なり、圧倒的なイノベーションで社会に大きな変化をもたらすことを目的としています。

 

[vi] 特許出願の早期審査・早期審理ガイドライン(日本特許庁、令和8年3月)参照

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/document/index/guideline.pdf

 

[vii] 日本における特許のスーパー早期審査制度は、通常の早期審査よりもさらに早く審査結果を得られる特許庁の最速の審査制度であり、この制度より、申請から一次審査結果の通知まで原則1か月以内(国内出願の場合)に短縮されています。詳細は、日本特許庁発表の「スーパー早期審査について」(https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/soki/super_souki.html)参照。

 

[担当]深見特許事務所  野田 久登

 

[情報元]

1.KIM&CHANGニュースレター「韓国特許出願への「超高速審査」制度の導入と日本企業への影響」

              https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=34739

 

2.HA&HA特許&技術レポート[Newsletter]2026-06/HA&HA「『特許もタイミング』…審査猶予「いつでも変更」を全面的に許容」

              http://haandha.com/html/jp/media_letter-view.php?no=137&search=&search_text=&start=0