国・地域別IP情報

AI関連技術の保護強化のための中国の取組紹介

 中国では、人工知能(AI)を国家戦略産業として位置付け、その競争力強化に向けて、AI技術の研究開発から知的財産による保護、さらには産業化・実用化に至るまでを一体的に推進する取組が加速しています。近年は、AI関連発明の特許取得を促進するだけでなく、AI開発を支えるデータやアルゴリズム等の営業秘密保護を強化するとともに、AI関連発明に関する特許審査・審判実務の充実を図るなど、知的財産制度全体をAI時代に対応させる動きが顕著となっています。

 2026年5月から7月にかけては、こうした動きを裏付ける重要な情報が相次いで公表されました。AI関連投資及び特許登録件数の大幅な増加が政府統計により示されたほか、データやアルゴリズムを営業秘密として明確に保護対象に位置付けた「営業秘密保護規定」が施行され、さらにAI関連発明の進歩性判断に関する初の典型的無効審判例も公表されました。また、世界人工知能大会(WAIC 2026)では、中国企業が知的財産を基盤としてAI技術の実用化を加速させている状況が紹介されました。

 本稿では、これらの記事を基に、中国におけるAI関連技術の保護強化に向けた最近の取組を、AI関連技術の「創出」、「保護」、および「活用」という三つの観点から概観します。

 また、中国国家知識産権局(CNIPA)は、AIを含む新興技術分野全体について知的財産保護制度の整備方針も公表しており、本稿ではその概要についても紹介します。

 

1.AI関連発明の創出(研究開発・特許出願促進)

 中国国家発展改革委員会及び国家情報センターが公表した高頻度経済指標によれば、2026年上半期にはAIや人型ロボット分野への投資額が前年同期比118.4%増となり、コンピューティング能力などデジタルインフラ関連プロジェクトの受注額も23.0%増加しました。

 また、戦略的新興産業関連の特許登録件数は前年同期比15.6%増となり、そのうちAI関連特許登録件数は34.8%増と、特に高い伸びを示しました。

 これらの数値は、中国においてAI関連技術への研究開発投資が急速に拡大するとともに、その成果が特許権として着実に蓄積されていることを示しています。AI関連発明の権利化が、中国のイノベーション政策の重要な柱となっていることがうかがえます。

 

2.AI関連技術の保護(営業秘密保護規定による保護強化)

 2026年6月1日、中国では「営業秘密保護規定」が施行されました。同規定の最大の特徴は、デジタル時代の保護ニーズに対応して、企業のコンプライアンス強化と、市場監督当局の法執行実効性向上を図るため、「データ」および「アルゴリズム」を営業秘密として保護される技術情報に明確に位置付けた点です。

 また、不正アクセス、電子システムへの侵入、権限を超えた情報取得、無断送信・ダウンロードなどを営業秘密の不正取得行為として具体的に列挙するとともに、侵害を教唆・幇助した第三者の責任や、中国国外で行われた行為について一定の場合に法的責任を認める域外適用も規定しました。

 AI関連分野では、必ずしも全ての技術が特許による保護に適するとは限りません。学習データ、モデル構築手法、アルゴリズム等については営業秘密として管理されるケースも多く、中国では特許制度だけでなく営業秘密保護制度についてもAI時代への対応が進められていることが注目されます。

 

3.AI関連特許の保護強化(特許無効審判事例紹介)

 CNIPAは、「2025年度特許復審・無効典型案例」を公表し、その中でデジタルヒューマン分野[i]初となる特許無効審判事例を紹介しました。

 争点は、「音声に基づく動画生成方法」に係るAI関連発明の進歩性でした。

 審判請求人は、当該発明は先行技術から容易に想到できると主張しましたが、審判合議体は、「本件特許発明では訓練段階に『個別調整(ファインチューニング)』を組み込むことにより、出力精度の向上と訓練コストの低減を両立しており、この構成は先行技術全体から容易には導き出せない」として、進歩性を認め、特許を維持しました。

 さらに審決では、AI関連発明の進歩性判断に当たり、「処理の目的」「処理対象」「処理結果」「結果の使用」という四つの観点から技術的特徴を整理する考え方が示されました。

 本件は、AI関連発明の進歩性判断に関する具体的な分析手法を示した代表的な典型事例として、今後の審査・審判実務に大きな影響を与えるものと考えられます。

 

4.AI関連技術、特許の活用促進(実用化・産業化)

 2026世界人工知能大会(WAIC 2026)では、1100社を超える企業が3000件以上の技術を展示し、中国企業によるAI関連技術の実用化が急速に進展していることが示されました。

 GPU(Graphics Processing Unit:AIの学習や推論に用いられる画像処理装置)メーカーであるムーア・スレッズは2014件の専利を保有し、AI基盤技術の開発を進めています。また、エンボディドAI企業や人型ロボット企業も、画像処理、神経ネットワーク、力覚センサーなどの中核技術について多数の特許を取得又は出願し、それらを基盤として製品の実用化を進めています。

 展示会では、人型ロボットの遠隔操作実演なども公開され、知的財産が研究成果の保護にとどまらず、製品化や事業展開を支える競争力の源泉となっていることが示されました。

 

5.CNIPAによる新興技術分野の知的財産保護制度の整備

 CNIPAは2026年4月23日、AIやデータ経済[ii]など新興分野における知的財産保護制度を積極的に整備する方針を明らかにしました。具体的な取り組みとして、CNIPAは、次の四つの側面から推進する方針を説明しました。

 (i)既存制度を活用した保護の強化:AI分野では特許審査ガイドラインを改正し、AI特許出願の審査基準を整備することで、技術発展とガバナンスのニーズに対応しています。

 (ii)制度改正による保護の充実:集積回路分野では「集積回路配置設計保護条例」の改正を推進し、法規の整備や審査規則・プロセスの最適化を通じて登録・権利確定の質と効率を高め、専有権保護を強化して配置設計の実施・利用を促進し、国内集積回路産業の発展を後押します。

 (iii)制度融合による効果的な保護:生物育種分野では審査規則を整備し、育種過程で生じる中間材料への特許保護を実現するとともに、植物新品種制度との効果的な連携を図り、種業革新における知的財産保護の空白地帯を回避します。

 (iv)新制度構築による保護の実現:デジタル経済分野では、高付加価値データの開発利用と取引流通を円滑化するため、全国17の省・市でデータ知的財産権のパイロット事業を展開しています。

 

6.日本企業への示唆

 今回紹介した一連の動向からは、中国がAI関連技術について、「研究開発・特許取得による創出」「特許及び営業秘密による保護」「知的財産を活用した産業化」という一連のサイクルを国家レベルで推進していることが明確に読み取れます。AI関連技術の競争力強化を知的財産政策と産業政策の双方から支える姿勢は、今後も一層強まるものと考えられます。

 日本企業にとっては、中国市場でAI関連技術を展開する際、特許出願のみならず、データやアルゴリズム等について営業秘密として保護する戦略も併せて検討することが重要になります。また、中国ではAI関連発明の進歩性判断や権利行使に関する実務も急速に整備されつつあることから、今後公表される典型事例や審査実務の動向を継続的に把握し、中国における知的財産戦略へ適切に反映させていくことが望まれます。

 特に、中国でAI関連技術を研究開発する企業や、中国市場でAIサービスを展開する企業にとっては、特許と営業秘密を適切に組み合わせた知的財産戦略を構築するとともに、CNIPAの審査・審判実務の最新動向を継続的に把握することが重要になるものと思われます。

 

[i] 「デジタルヒューマン分野」は、AIを利用して、人間の顔、表情、音声、動作などをリアルに再現した仮想人物(デジタルアバターやAIキャスター等)を生成・制御する技術分野であり、接客、ライブ配信、教育、医療、企業の案内業務などへの活用が進んでいます。

[ii] 「データ経済」とは、データを新たな生産要素として、収集、共有、流通、分析及び活用することにより、新たな製品、サービス及び産業を創出する経済活動をいいます。中国ではデータを国家戦略上の重要な資源として位置付け、その活用を推進しています。

 

[担当]深見特許事務所  野田 久登

 

[情報元]

1.ジェトロ北京事務所 CHINA IP Newsletter 2026/05/18 (No.690)

https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/ipnews/archive/690_8.pdf

 「国家知識産権局、AI・データなど新興分野の知財保護制度を整備へ(中国保護知識産権網 2026年4月24日)」

 

2.ジェトロ北京事務所 CHINA IP Newsletter 2026/05/18 (No.691)

https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/ipnews/archive/691.pdf

 「国家知識産権局、デジタル経済支援に向けデータ知財保護を強化 典型事例も公表(中国知識産権資訊網 2026年5月9日)」

3.ジェトロ北京事務所 CHINA IP Newsletter 2026/06/08 (No.695) (本稿配信時外部サイト未公開)

 「中国、営業秘密保護規定を施行 デジタル資産への保護を拡充(国家市場監管総局公式サイト2026年5月29日)」

4.ジェトロ北京事務所 CHINA IP Newsletter 2026/07/20 (No.702) (本稿配信時ガイブサイトで未公開)

 「上半期のAI関連特許登録件数34.8%増 研究開発投資も拡大(中国政府網 2026年7月13日)」

5.ジェトロ北京事務所 CHINA IP Newsletter 2026/07/27 (No.703)(本稿配信時外部サイトで未公開)

 (1)「国内初のデジタルヒューマン特許無効審判、「個別調整」に進歩性認める」

 (2)「中国AI企業、知財を軸に実用化加速、WAICで最新技術を披露」