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EPO審査ガイドラインの改訂

(欧州)2021年3月1日付で、EPO審査ガイドラインが改訂されました。

 今回の改訂では、審査ガイドラインの8つのパート(Part A~Part H)すべてに修正が加えられ、審判部の決定等に基づく修正や、EPOの実務の更なる明確化のための修正が含まれています。改訂後の審査ガイドラインは、EPOウェブサイト(https://www.epo.org/law-practice/legal-texts/guidelines.html)に”Guidelines for Examination in the European
Patent Office (March 2021)”として、2019年11月版からの修正履歴を残す形で掲載されています。その末尾に、”List of sections amended in 2021 revision”と題して、具体的な修正内容が、「MAJOR AMENDMENTS(主要な修正点)」、「MINOR AMENDMENTS(軽微な修正点)」及び「EDITORIAL CHANGES(編集上の変更)」に分けて、表にしてまとめられています。
 以下、今回の改訂全般の概要を表に示すとともに、実務上特に留意すべきと思われる
Part Fの「クレームとの対応に関する明細書の記載要件の明確化」に関する改訂内容について、やや詳細に記述します。

I.今回の改訂全般の概要

Part

ガイドラインの対象

改訂内容の例示

A

方式審査

・EPOにより承認された、デジタル署名付電子優先権書類を発行する特許庁のリストの修正

・JPOとの優先権書類の交換に関する最新の実務を反映

・EPC規則33に規定する生物学的材料の試料の分譲の請求の実務に関するサブセクションの追加

B

調査

・補足の欧州調査報告に関する実務の明確化

C

実体審査手続

・EPC規則164(2)の調査費用が支払われる場合の実務の明確化

・ビデオ会議による非公式協議の開催の可能性を考慮した修正

 (新型コロナパンデミックの影響によりビデオ会議による口頭審理が多用されていることを考慮)

D

異議申立等

・異議申立手続の停止申請実務を明確化するサブセクションの追加

E

一般手続事項

・口頭審理要請に関する実務を明確化したセクション追加

・改訂された規則142(手続の中断、2020.7.1施行)を考慮した改訂

・規則134(期間延長)の適用に関連した実務の詳細を規定したサブセクションの追加

F

欧州特許出願

・クレームとの対応に関する明細書の記載要件の厳格化

 (下記項目IIにおいて詳細に説明します。)

・単一性欠如を理由に拒絶する場合の「最小限の根拠」に関するサブセクションの追加

G

特許性

・データ管理システム、情報検索の審査に関するセクション追加

・多能性幹細胞、抗体に関する実務を詳述するための修正

・数学的方法における用語の明確化

・データの検索、形式、ユーザーインターフェイスに関する実務の明確化

H

補正および訂正

・補正後のクレームに明細書の記載を対応させる実務を明確化した新セクションの追加

II. 「クレームとの対応に関する明細書の記載要件の厳格化」(Part F-IV.4.3(iii))に関する改訂内容について

1.改訂の要旨
 EPOの特許実務では、従前より、クレームに記載の発明と明細書の記載との不一致を避けるために、明細書の実施形態の一部が、減縮補正により独立クレームの範囲外になった場合、明細書の実施形態の範囲を補正後のクレームの範囲に一致させることが求められており、クレームの範囲から外れた実施形態を「参考例」等に書き換えることで対応していました。
 今回改訂されたガイドラインでは、「独立クレームによってカバーされなくなった実施形態は、これらの実施形態が補正後のクレームの特定の側面(specific aspects)を強調するために有用であると合理的にみなされない限り明細書から削除しなければならない」と明記されています。
 また、実施形態の削除に際しては、「発明(invention)」を「開示(disclosure)」に、「実施形態(embodiment)」を「例(example)」や「側面(aspect)」に置き換えるだけでは不十分であり、クレームに包含されない主題を削除するか、当該主題がクレームされた発明に包含されないことを明記する必要があると規定されています。

2.改訂内容の詳細
 改訂後のPart F-IV, 4.3(iii)は、改訂前の規定に大幅な修正(追加および削除)が加えられて、以下の6つのパラグラフにより構成されています。
(1)1つ目および2つ目パラグラフ
 新たに次の記載が追加されました。
 「明細書の一部分が、クレームの文言によって包含されない又はクレームの補正によりクレームの文言に包含されなくなった発明を実施する方法を開示しているという印象を、読み手に与える場合、これらの部分は、保護の範囲に疑問を投げ掛け、その結果、クレームを不明確なもの又はサポートされていないもの等(EPC第84条)にすることが多い。当該明細書は、クレームと明細書との間の不一致を避けるために、クレームに適合されなければならない。」(1つ目のパラグラフ)
 「独立クレームによってカバーされなくなった明細書における実施の形態は、これらの実施の形態が補正後のクレームの特定の側面を強調するために有用であると合理的に見なされない限り、削除されなければならない。」(2つ目のパラグラフ)
(2)3つ目のパラグラフ
 3つ目のパラグラフでは、改訂前のPart F-IV, 4.3(iii)に記載されていた、クレームと明細書との不一致を修正可能な事例について、上記2つのパラグラフの改訂に関連し、以下のように修正されています。
 まず、改訂前のPart F-IV, 4.3(iii)の記載が、「例えば、クレームが電気モーターを使用する車両に限定するように補正されているにもかかわらず、明細書および図面に記載の実施形態の1つが電気モーターではなく燃焼機関(combustion engine)を使用する場合、明細書および図面から燃焼機関を有する実施形態を削除することによって、不一致を修正することができる。」と修正され、さらに次の記載が追加されています。
 『あるいはその代わりに、この実施形態は、クレームされた発明によってカバーされていないものであると明確に記されなければならない。「添付のクレームに該当しない実施形態は、単に本発明を理解するのに適した例として見なされるべきである」などの概括的な記述を、明細書の記載のどの部分がカバーされていないかを示さずに使用するだけでは不十分である。』
(3)4つ目~6つ目のパラグラフ
 以下の記載がさらに追加されています。
 「さらに、「発明(invention)」という文言を「開示(disclosure)」に変更する、および/または「実施形態(embodiment)」という文言を「例(example)」、「局面(aspect)」などに変更するだけでは、明細書のこの部分がクレームされた発明の範囲に含まれないことを明確に述べるのに十分ではない。明細書のこの部分がクレームされた発明の一部を述べたものではないことを、明示的に記載する必要がある。」(4つ目のパラグラフ)
 「同様に、明細書に記載の、クレームされた発明から除外される主題は、明細書から削除するか、クレームされた発明に従わないことを目立つように記す必要がある(needs to be prominently marked as)。」(5つ目のパラグラフ)
 この修正に関連して、修正前のPart F-IV, 4.3(iii)に含まれていた、次の「ただし書き」が削除されています。
「ただし,クレームで包含されていない明細書及び/又は図面における例が,その発明の実施態様としてではなく,背景技術又はその発明を理解するため有用な実施例として表現されている場合は,その実施例を残すことは認められる。」
 Part F-IV, 4.3(iii)の末尾に、6つ目のパラグラフとして、次の記載がさらに追加されています。
 『さらに、独立クレームに記載の特徴は、明細書において、「好ましくは(preferably)」、「……であってもよい(may)」または「任意に(optionally)」などの用語を使用して、任意選択的であることを表現してはならない。明細書において、そのような用語が独立クレームに記載の特徴に先行して存在する場合、そのような用語を削除するように補正しなければならない。』(6つ目のパラグラフ)

3.実務上の留意点
 このような厳格な基準が実際にどのように適用されるかは、今後の運用状況を見て判断する必要がありますが、クレームの減縮補正を行なう場合特に、明細書の補正に関して在外代理人の作業量が増え、代理人費用の増加を来すのではないかと懸念されます。
 また、明細書に記載の実施形態がクレームに包含されるかどうかの判断について、誤った判断により明細書の補正(実施形態の削除等)がされると、重要な実施形態がクレームされた発明の保護範囲から排除されて、権利行使に際して障害となる恐れがあります。
 したがいまして、特に、クレームに記載の発明と、明細書、図面により開示された実施形態との対応関係の把握が容易ではない案件の場合、クレームの保護範囲に対応させるための明細書の補正に際しては、在外代理人による正しい判断をサポートする応答指示を提供するように心掛けるとともに、在外代理人の補正書のドラフトについて、出願人あるいは発明者サイドで、これまで以上に入念にチェックすることが好ましいと思われます。

[情報元] 2021年3月版改訂審査基準(EPOウェブサイト)  
     欧州知的財産ニュース、2021年1-2月号(JETROデュッセルドルフ事務所)
[担当]深見特許事務所  野田 久登