国・地域別IP情報

確定審決の一事不再理に関する韓国大法院判決

 一事不再理の違反を理由とした却下審決が特許法第163条の一事不再理の原則適用のための確定審決に該当するか否かが問題となった事件(以下「本件」)の韓国大法院判決
       (韓国大法院2021.6.7言渡し、2021Hu10077)

1.韓国特許法における、確定審決の一時不再理の取り扱い
(1)特許法第163条
 確定審決の一事不再理について、韓国特許法第163条は、「この法律による審判の審決が確定されたときには、その事件に対しては誰でも同一事実及び同一証拠により再び審判を請求することができない。ただし、確定された審決が却下審決である場合には、この限りでない。」と規定しています。第2文の「ただし書き」の規定は、審判請求の適法要件を備えず却下された審決が確定した場合、一事不再理の効力があるかについて見解の対立があったため、2001年2月3日付け改正特許法において新設されたものです。
(2)確定審決の一事不再理に関する主な韓国大法院判決
 確定審決の一事不再理に関し、韓国大法院は、本件判決より前に、次の判決を言い渡しています。
 (i)「同一の証拠とは、従前に確定した審決の証拠と同一の証拠のみならず、その確定審決を覆すことができるほど有力ではない証拠が付加されることも含む」と判示した判決(大法院2005.3.11言渡し2004Hu42判決、2001.6.26言渡し99Hu2402判決等)
 これらの判決により、後の審判において、確定審決で提出された証拠と異なる新たな証拠が提出された場合に、「同一の証拠」とみなされることがあり得ることになります。
 (ii)一方、韓国大法院はその後の判決において、形式上同一の証拠であっても、確定審決で判断しなかった事項に関する証拠として使用される場合等のように、後の審判請求に対する判断内容が確定審決の基となった理由とは実質的に異なると認められる場合は、一事不再理の原則に反するとは言えないという趣旨の見解を示しました(大法院2013.9.13言渡し、2012Hu1057判決)。
 (iii)特許無効審判等の審判請求における一事不再理原則違反の判断基準時点は「審決時」である点を明確にした判決(2020年4月9日言渡し、2018Hu11360登録無効(特))
 韓国大法院は、「特許審判院は、特許無効審判請求後審決時までに補正された事実とこれに関する証拠とをいずれも考慮した上で、審決時を基準として、その審判請求が先行確定審決と同一の事実・証拠に基づいたものとして、一事不再理の原則に違反するか否かを判断すべきである。」との判断を示しました。(上告棄却、確定)

2.本件の概要
(1)争点
 本件大法院判決の争点は、一事不再理の原則に違反するか否かが問題となり、進歩性否定の可否についての実体判断がなされた却下審決が、特許法第163条の一事不再理の原則が適用される確定審決に該当するか否か、すなわち、この場合の却下審決が、韓国特許法第163条ただし書きの「却下審決」には該当しないものとすべきかどうかという点にあります。
(2)原審の判断
 原審において特許法院は、一事不再理の原則違反を理由に却下された確定審決で同一の証拠による審判請求であるか否かが問題となり、進歩性否定の可否についての実体判断がなされた場合には、その却下審決を一事不再理の効力を有する確定審決として見ることができるとみて、本件審判請求は、その確定審決の一事不再理の効力により不適法であると判断しました。
(3)大法院の判決
 大法院は、特許法第163条のただし書の規定は、以下のイ~ハのような点を考慮して、新たに提出された証拠が先行の確定審決を覆す程に有力な証拠であるかを審理・判断された後、先行の確定審決と同一の証拠による審判請求であるという理由で却下された審決の場合にも、同様に適用されると見るべきであるとして、原審を破棄しました。
 イ.2001年2月3日付で一部改正された特許法において、第163条に上記ただし書の規定を新設することにより、審判請求の適法要件を備えないために審決却下された審決が確定した場合、当該却下審決に対しては、一事不再理の効力が及ばないことを明確にした。
 ロ.「同一の証拠」とは、前に確定された審決の証拠と同一の証拠のみでなく、その審決を覆すことのできる程には有力でない証拠が付加されているものも含む(大法院2005.3.11言渡し2004Hu42判決等)。これにより、後続の審判で新しく提出された証拠が、先行の確定審決の証拠と同一であるかを判断するためには、先行の確定審決を覆すことができるかを審理・判断することになり、その過程で本案に関する判断が先行のものと同じ結果が生ずることもある。しかしながら、一事不再理の原則は審判請求の適法要件であるに過ぎず、一事不再理の原則に違反して審判請求が不適法であるとした却下審決を、本案に関する実体審理がなされた棄却審決と同様に扱うことは、文言の可能な解釈の範囲を超えている。
 ハ.審判請求の乱用防止等の一事不再理制度の趣旨を考慮しても、審判請求権の保障もまた重要な価値であるであるという点、および、現行の特許法第163条は、一事不再理の効力が第三者にまで及ぶようにしているという点で、本件のような場合に特許法第163条のただし書に規定された例外を認めることを正当化することは難しい。

(本件大法院判決に直接関連する説明は、以上です。)

 

3.特許権侵害訴訟における無効の抗弁での、一事不再理の適用について
 韓国特許法第163条は、あくまで、審決確定後に同一対象について再度審判を請求する場合の一事不再理を規定したものですが、有効審決が確定した特許権に基づく侵害訴訟における被告による特許無効の抗弁についても適用され得るかどうかが問題になります。
 韓国大法院は、2012年1月19日言渡しの全員合議体判決(2010Da95390)で「特許発明に対する無効審決確定前であっても、進歩性が否定され特許が無効となることが明白である場合は、特別の事情がない限り、特許権に基づいた侵害差止または損害賠償等の請求は権利濫用に該当して許容されない」と判示しました。この判決により、特許権侵害訴訟において、特許権者の請求が権利濫用に該当するという抗弁の当否判断に際して、裁判所が、特許発明の進歩性有無について審理することができるようになりました。
 このような状況下においては、有効審決が確定した特許に基づく侵害訴訟において、審決が確定した無効審判の証拠と実質的に同一の先行技術に基づいて無効の抗弁が提起された際に、一事不再理の原則が適用されるかどうかが問題となります。この点については、無効審判を請求する第三者の固有の権利を重視する否定説と、特許有効審決が確定した以上、無効事由の存在が明白であるとは言えないため、特許権の行使は特許権者の権利濫用とはならないとする肯定説との対立があり得ます。
 侵害訴訟における特許無効の抗弁への一事不再理の適用については、下記「情報元3」に詳細に述べられています。

4.日本における確定審決の一事不再理の取扱いについて
 以下、日本における確定審決の一事不再理の取扱いについて触れておきます。
 日本国特許法は、第167条において、「特許無効審判又は延長登録無効審判の審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」と規定しており、韓国特許法第163条ただし書きのような、却下審決に関する例外の規定はありません。特許無効審判の確定審決についての一事不再理の趣旨から、有効審決が確定した場合を対象にしたものと読み取れます。
 以前は、日本国特許法第167条においても、韓国特許法第163条と同様に、一事不再理が適用される主体を「何人も」としていましたが、平成23年(2011年)特許法改正により、当該条文の内容のうち「何人も」を「当事者及び参加人」に限定しました。この、「無効審判の確定審決の第三者効の廃止」の経緯等については、下記「情報元4」の論文に詳細に説明されています。

 また、平成12年4月11日言渡しのいわゆるキルビー最高裁判決を機に、平成16年特許法改正で新設された特許法第104条の3において、特許が無効にされるべきと認められるときは、特許権者等はその権利を行使できないと規定し、特許侵害訴訟における特許無効の抗弁を認めている点で、判例のみによって特許無効の抗弁が認められている韓国の制度と相違しています。
 上述の平成23年特許法改正(第167条)により、日本では、有効審決が確定した特許に基づく侵害訴訟の被告が当該審判の当事者や参加人でない場合には、一事不再理の効力が及ばないとされたと言えます。

[情報元]
 1.HA & HA 特許&技術レポート 2021-7「大法院2021.06.07言渡し、2021Hu10077
[登録無効(特)]」
 2.ジェトロ・知財判例データベースより
 (1)以前の審決を覆すに十分な証拠を提出した2度目の無効審判が特許法上の一事不再理の原則に違反しないとされた事例(大法院2005年3月11日言渡し2004Hu42)
 (2)特許無効審判等の審判請求における一事不再理の原則違反の判断基準時点は「審決時」である点を明確にした事例(大法院2020年4月9日言渡し2018Hu11360)
 3.FirstLaw IP News Vol.25, No.3(2014年10月)「有効審決が確定した特許の侵害訴訟における特許無効の抗弁」
 4.特許研究 No.52 2011/9 「無効審判の確定審決の第三者効の廃止」牧野利秋

[担当]深見特許事務所 野田 久登