国・地域別IP情報

数値範囲発明のクレームの記載要件について判断した新たなCAFC判決の紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、数値範囲発明のクレームの一部が明細書にサポートされていないことを理由に出願日の遡及を認めず新規性を否定するとともに、他の一部が明細書にサポートされていることを理由に出願日の遡及を認めて新規性を肯定したPTABの最終決定を支持しました。

Indivior UK Ltd. v. Dr. Reddy’s Labs. S.A., Case Nos. 20-2073, -2142 (Fed. Cir. Nov. 24, 2021) (Lourie, J.) (Linn, J., concurring in part and dissenting in part)

1.事件の経緯
(1)背景
 2009年8月7日の出願日を有する最初の米国特許出願(No.12/537571)(571出願)の5番目の継続出願から発行されたIndivior UK Limited (Indivior)の米国特許(No.9,687,454)(454特許)は、治療薬を含む経口溶解性フィルムに関します。
 本裁判例は、454特許のクレーム1,7,8および12が、最先の出願である571出願にサポートされているか否かという点が主な争点となっています。サポートされている場合には、454特許のクレームは2009年の優先日の利益を享受でき、2011年2月10日を公開日とする571出願の公開公報であるMyers(US公開公報No.2011/0033541)に対して新規性を有します。一方、サポートされていない場合には、454特許のクレームは2009年の優先日の利益を享受できず、Myersに対して新規性を有しません。
(2)IPRの請求
 Dr.Reddy’s Laboratories S.A. およびDr.Reddy’s Laboratories, Inc.(DRL)は、Indiviorの454特許に対して、当事者レビュー(IPR)を請求しました。
 DRLは、IPRにおいて、454特許のクレーム1-5および7-14のポリマーの重量%の限定は補正によってクレームに追加されたものであって出願当初の571出願にサポートされておらず、2009年の優先日の利益を享受できないため、Myersに対して新規性を有しないと主張しました。
 これに対して、Indiviorは、454特許のクレームのポリマーの重量%の限定は571出願にサポートされているため、2009年の優先日の利益を享受できると反論しました。Indiviorは、454特許のクレームのポリマーの重量%の限定が571出願にサポートされていない場合にはMyersが先行技術となり、Myersに対して新規性を有しないことについては争いませんでした。
 454特許のクレーム1,7,8および12には、以下の記載が含まれています。
 ①クレーム1
「1.経口、自立型、粘膜接着性のフィルムであって、
(a)約40重量%~約60重量%の水可溶性ポリマーマトリックスを含み、・・・」
 ②クレーム7
 「7.クレーム1のフィルムは、約48.2重量%~約58.6重量%の水可溶性ポリマーマトリックスを含む。」
 ③クレーム8
 「8.クレーム1のフィルムは、約48.2重量%の水可溶性ポリマーマトリックスを含む。」
 ④クレーム12
 「12.クレーム1のフィルムは、・・・約48.2重量%~約58.6重量%の水可溶性ポリマーマトリックスを含む。」
(3)PTABの最終決定における判断
 DRLのIPR請求について、PTABは、クレーム8の約48.2重量%のポリマー重量に関して、571出願の表1および表5から当業者が算出可能であるとして、クレーム8はMyersに対して新規性を有すると判断しました。
 一方、PTABは、571出願は、クレーム1,7および12のポリマー重量%の数値範囲については議論または言及していないと認定しました。また、PTABは、数値範囲についてのサポートに関するIndiviorの専門家証言の一部は信頼できないと認定しました。さらに、PTABは、「フィルムは、ポリマーを構成するあらゆる所望のレベルの自立型のポリマーを含み得る。」の571出願の教示により、当業者は特定の数値範囲から引き離されたであろうと認定しました。これらの認定に基づき、PTABは、454特許のクレーム1-5,7および9-14は、571出願にサポートされていないため、Myersに対して新規性を有しないと判断しました。
 なお、571出願の表1および表5については、後のページに添付します。
(4)CAFCへの上訴
 PTABの最終決定に対して、IndiviorはCAFCにアピールし、DRLはクロスアピールしました。

2.CAFCの判断
(1)Indiviorのアピールについて
 CAFCは、571出願には454特許のクレーム1の「約40重量%~約60重量%」の数値範囲がサポートされていないとするPTABの最終決定を支持しました。
 CAFCは、まず、特許法上の記載要件を満たすか否かは事実に大きく依存し、出願の開示が発明者が出願日に発明の主題を所有していたことを当業者に理論的に伝えることができるかどうかで評価されると述べました。次に、CAFCは、明細書は幾分の明確性とともにクレームの記載事項を指摘している必要があるとし、クレームの数値範囲については当業者が明細書の開示からその範囲を理論的に認識できることが必要であると述べました。その上で、CAFCは、571出願には、ポリマー含有量に関する様々な指摘が存在しているが、約40重量%~約60重量%の数値範囲の発明が発明の側面として考慮されることを明確にすらしていていないと述べました。
 CAFCは、571出願の段落65の「フィルムが・・・あらゆる所望のレベルの・・・・ポリマーを含み得る。」の記載は、Indiviorの主張(ポリマーのレベルは約40重量%~約60重量%の範囲に制限されるべきである)に反しており、同段落の「少なくとも25%」は「約40重量%~約60重量%」の数値範囲から大きく外れ、同段落の「少なくとも50%」は「約40重量%~約60重量%」の数値範囲に含まれているが、他の矛盾する文言を考慮するとサポートがほとんどないと述べました。
 また、CAFCは、571出願の表1および表5の記載のポリマー成分の重量を足し合わせるとその総量は「約40重量%~約60重量%」の数値範囲内となるが、表1および表5のそれぞれのポリマー成分の重量の数値は数値範囲を構成しておらず、これらの個々の数値を足し合わせて数値範囲を作り出さなければならないため、表1および表5の記載もクレームの数値範囲の記載要件を満たしていないと述べました。
 さらに、CAFCは、571出願の454特許のクレーム7,12の「約48.2重量%~約58.6重量%」の数値範囲についても571出願にはサポートが存在していないと述べて、571出願には454特許のクレーム7,12の「約48.2重量%~約58.6重量%」の数値範囲がサポートされていないとするPTABの最終決定を支持しました。
(2)DRLのクロスアピールについて
 CAFCは、571出願には454特許のクレーム8の「約48.2重量%」の数値がサポートされているとするPTABの最終決定を支持しました。CAFCは、クレーム8は数値範囲を記載しておらず、特定の量のみを記載していることを理由に挙げました。

3.実務上の留意事項
 たとえば化学・材料等の特定の技術分野においては、数値範囲発明をクレームして米国出願をするケースがあります。このようなケースにおいて、本裁判例は、米国特許法上の記載要件を満たすために明細書をどのように記載すべきかという判断の指針になると考えられます。
 具体的には、本裁判例によれば、クレームされる数値範囲、およびクレームすることが想定される数値範囲については、明細書中に、個々の数値だけでなく、数値の範囲を記載しておくことが、米国特許法上の記載要件を満たす上では安全性が高いと思われます。
 IPRの請求理由は、先行技術文献を根拠とする新規性(102条)および非自明性(103条)に限られますが、本裁判例のように優先権の議論の文脈で記載要件を争うことによって、上訴に耐える最終決定を得ることができる可能性があります。

[情報元]
 ①McDermott Will & Emery IP Update | December 9, 2021 “IPR on Written Description? Claims Found Unpatentable Based on Lack of Entitlement to Priority Date”
 ②Indivior UK Ltd. v. Dr. Reddy’s Labs. S.A., Case Nos. 20-2073, -2142 (Fed. Cir. Nov. 24, 2021) (Lourie, J.) (Linn, J., concurring in part and dissenting in part)CAFC判決原文

[担当]深見特許事務所 赤木 信行