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争点となっている用語の平易かつ通常の意味を決定する際にクレームの文言を内部証拠から分離することは不適切であるとしたCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)は、争点となっている用語の平易かつ通常の意味を決定する際にクレームの文言を内部証拠から分離することは不適切であると説明し、間違ったクレーム解釈に基づいて合意された侵害の判断を取り消しました。
AstraZeneca AB v. Mylan Pharms. Inc., Case No. 21-1729 (Fed. Cir. Dec. 8, 2021) (Stoll, J.) (Taranto, J., dissenting)

1.事件の背景
 (1) アストラゼネカ社(AstraZeneca AB)は、喘息および慢性閉塞性肺疾患の治療のための加圧式定量噴霧吸入用の医薬品“Symbicort®”について新薬承認申請をして承認を受けるとともに、その組成物をカバーする3つの米国特許(第7,759,328号、第8,143,239号、第8,575,137号)を所有していました。これらの3つの特許は、米国食品医薬品局(the US Food and Drug Administration: FDA)のオレンジブック(FDAが安全性および有効性を認めて承認した新薬および関連する特許情報を特定する刊行物)に記載されておりました。
 (2) 一方で3M社は、“Symbicort®”の医薬組成物のジェネリック版を製造および販売するために、略式新薬申請(Abbreviated New Drug Application: ANDA)をFDAに提出し、このANDAに対する特定の権利は後にマイラン社(Mylan Pharmaceuticals Inc.)に譲渡されました。
 (3) 後発のANDA申請者であるマイラン社は、米国食品医薬品化粧品法の規定(21 U.S.C. §355)に従ってオレンジブック掲載の先発のアストラゼネカ社の特許の無効または非侵害を証明するパラグラフⅣの証明をFDAに提出するとともにその通知書簡をアストラゼネカ社に送付しました。
 ここで、「パラグラフIV証明」とは、米「Hatch-Waxman法」505条の規定に従い、後発薬メーカーが、新薬の特許の有効期限切れ前に後発薬を発売するために、ANDA申請時に添付する書類の1つで「対象の後発薬は新薬の特許を侵害しない」という内容を主張する証明書をいいます。パラグラフIV証明を提出したANDAの申請者は、新薬の特許の特許権者および新薬申請(NDA)の権利者に、同証明書を提出した旨を通知する必要があります。
 (4) アストラゼネカ社はマイラン社からパラグラフIVの通知書簡を受け取った後、米国特許法§271(e)(2)の規定により、マイラン社のANDAの後発製品の承認申請行為に対して上記の3件の米国特許の侵害であるとして、ウェストバージニア州北部地区連邦地方裁判所に、マイラン社を訴えました。

2.争点となったクレームの数値限定
 アストラゼネカ社のこれら3件の特許のクレームにおいては共通して、特許対象組成物の有効成分の1つであるポリビニルピロリドン(polyvinyl pyrrolidone: PVP)の濃度に同様の数値限定がされていました。たとえば代表的なものとして第7,759,328号のクレーム13には、“A pharmaceutical composition comprising … PVP K25 (polyvinyl pyrrolidone with a nominal K-value of 25), …, the PVP K25 is present at a concentration of 0.001% w/w, … ”と記載されていました。

3.地方裁判所の判断
 (1) 特許侵害について
 第1審の地裁は実体審理の前に、上記のPVPのクレームされた濃度“0.001%”の意味を決定するために、クレーム解釈のヒアリングを開催しました。地裁は、「有効数字1桁で表されていることによる平易かつ通常の意味(plain and ordinary meaning)に基づいて」この用語を解釈しました。すなわち地裁はこの用語を0.0005%から0.0014%の範囲を含むものと解釈したところマイラン社はこれに合意し、それに応じて地裁は最終的に侵害と判決しました。
 (2) 特許の無効について
 地裁は無効性に関してはベンチトライアル(陪審員ではなく裁判官による審理)を開催しました。地裁は最終的に、マイラン社が依拠した先行技術文献に基づいてクレームが自明であって無効であることをマイラン社は明白で説得力のある証拠で証明しなかったと判断し、最終的に、アストラゼネカ社の特許は無効ではないと判決しました。
 (3) CAFCへの上訴
 マイラン社は、クレーム解釈の決定から生じた侵害の判断、および無効ではないとする判決についてCAFCに控訴しました。

4.CAFCの判断
 (1) 特許侵害について
 ① マイラン社の主張、およびそれに対するCAFCの判断
 まず、マイラン社は地裁の“0.001%”のクレーム解釈に異議を唱えました。すなわちマイラン社は、地裁がこの用語を0.0005%から0.0014%の範囲を含むものと不適切に解釈したと主張しました。マイラン社は、明細書および審査経過を考慮して、この用語は0.001%と正確に定義されるべきであり、「わずかな変動」のみが許容される、と主張しました。CAFCは同意し、マイラン社が提案した狭い解釈は、審査経過からもさらに知られるように特許の記載とより適切に一致していることを認めました。具体的にはCAFCは、0.001%の適切な解釈では、0.00095%から0.00104%までのわずかな変動しか認められないと述べました。
 ② アストラゼネカ社の主張
 本来、0.001%という用語が、通常は標準的な科学的規約により0.0005%から0.0014%の範囲(切り上げまたは切り捨てによって0.001%になる)を含むこと自体に当事者に争いはありませんでした。アストラゼネカ社は、この「通常の意味」は、辞書に定義されていない部分や放棄された部分にも及ぶと主張しました。
 ③ CAFCの結論
 CAFCはこれに同意せず、アストラゼネカ社の主張はその用語をクレームの文言、明細書、および特許の審査経過から不適切に分離することになると判断しました。CAFCは、「通常の意味」とは抽象論的な通常の意味ではなく、「特許全体を読んだ当業者にとっての意味」であると説明しました。したがって、クレームは、明細書の記載と審査経過の双方に基づいて解釈されなければならないと説明しました。より狭い解釈に対する裁判所の論理的根拠は、明細書の記載および審査経過がPVP濃度のごくわずかな違いが安定性に影響を与えることを示したことを反映した内部記録に基づいていました。
 CAFCは、安定性が最も重要な要因の1つであることおよびPVP濃度のごくわずかな違いでも安定性に影響を与える可能性があることを明細書が説明していると認定しました。明細書はまた、0.001%のPVP濃度が一貫して安定していることが見いだされたとも述べております。明細書は濃度のわずかな違いでも安定性にとっては重要であるという証拠を提供しており、明細書は0.001%の濃度がより正確であるべきことを示唆していました。CAFCはまた、アストラゼネカ社が複数の変更を通じて、PVPの主張された濃度について“約0.0005から約0.05% w/w”とあるのを“0.001% w/w”に狭め、「約(about)」という用語を削除し、主張された範囲を狭めたことにも留意しました。CAFCは、これらの変更がより狭い解釈を支持すると述べました。その結果、CAFCは、第1審における合意された侵害の判決を破棄し、新しい定義の下で侵害を判断するように地裁に差し戻しました。
 (2) 特許の無効について
 マイラン社はまた、非自明性の決定についていくつかの事実認定に異議を唱えました。CAFCは、明確な誤りはないと判断し、地方裁判所の非自明性の判断を支持しました。
 (3) 裁判官の反対意見について
 リチャード・G・タラント(Richard G. Taranto)裁判官は反対意見を表明しました。彼は、争点となっている用語は、0.0005%から0.0014%の間隔の有効数字の意味を含むと解釈されるべきであると述べました。タラント裁判官は、“0.001%”という用語は通常の意味を有しており、有効数字に基づくと、その意味は0.0005%から0.0014%であると主張しました。
 タラント裁判官はまた、マイラン社の提案された解釈がクレームの範囲に不確実性を追加するものであり、これはクレームの範囲を明確にするという主要な目的に反するものであると主張しました。彼はまた、アストラゼネカ社が審査手続中に「約」という用語を撤回したことは、特に“0.001%”という用語が「明確な意味」を持っているため、“0.001%”がその間隔の意味を失うことを意味しないと認定しました。タラント裁判官は、一部の特許には用語の通常の意味の置き換えをサポートするために必要な内部証拠がある、すなわち、明細書の開示や特許の審査経過に根拠を見出せるかもしれないが、0.001%の通常の定義を置き換えるような証拠はここにはなかったと主張しました。タラント裁判官は、CAFCの解釈は、あたかも有効数字を追加して“0.0010%”を意味するかのようにクレームの用語の書き換えを要求しているが、本件特許の中には精度の程度が小数点以下第4位であることを示唆するものは何もないため、書き換えは明細書および審査経過に反している、と主張しました。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | December 16, 2021 “Rounding Error: Intrinsic Evidence Informs Plain and Ordinary Meaning”
② AstraZeneca AB v. Mylan Pharms. Inc., Case No. 21-1729 (Fed. Cir. Dec. 8, 2021) (Stoll, J.) (Taranto, J., dissenting) 判決原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊