国・地域別IP情報

地裁の移送判決について裁量権の濫用を否定したCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、ニュージャージー州連邦地裁に先に提起された非侵害の確認判決訴訟を、後で侵害訴訟が提起されたテキサス州西部地区連邦地裁に移送することを命じたニュージャージー州連邦地裁の命令について、裁判管轄に関する前審における争点のうち控訴審の最初の準備書面で提起されていなかったものは争点ではなくなったものと判断し得る(後述)から逸脱したことに関して当該地裁による裁量権の濫用はなかったと認定し、当該移送命令に対する「職務執行命令による救済(mandamus relief)」の申立を却下しました。
In re Amperex Tech. Ltd., Case No. 22-105 (Fed. Cir. Jan. 14, 2022) (Lourie, Prost, Taranto, JJ.) (per curiam)
 なお、移送命令に関して同様に地裁による裁量権の濫用を否定したCAFC判決について、弊所Websiteの「国・地域別IP情報(米国)」の2021年5月20日付け配信記事「CAFCは、テキサス州西部地区連邦地方裁判所による移送申立の却下決定について地方裁判所の裁量権の濫用はないとして支持しました。」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/6553/)があります。ご興味のある方はご参照ください。

1.事件の経緯
 Maxell社は、リチウムイオン電池技術に関連する特許を所有しています。Maxell社とAmperex社は、Maxell社の特許に関するライセンスの議論を促進するために、どちらの当事者も1年間相手を訴えないことを規定する秘密保持契約(NDA)を締結しました。1年間の終わりの時点で両当事者がライセンス契約の合意に達していなかったので、Amperex社はNDAを延長することを提案しました。Maxell社は、Amperex社の製品がMaxell社の特許を侵害していると回答し、「両社が2020年4月9日の金曜日までにライセンス契約を締結できない場合、Maxell社としては訴訟を起こすしかない」と警告しました。
 幾度かの話し合いの後、Maxell社の弁護士はさらなる会合を持つことに関心を示し、事前にAmperex社のプレゼンテーション資料を要求しました。Amperex社の弁護士は、ニュージャージー州連邦地方裁判所に非侵害の確認判決を求める90ページの訴状を提出するわずか2時間前に、「資料を入手でき次第連絡する」と回答しました。2日後、Maxell社はテキサス州西部地区連邦地方裁判所に侵害訴訟を提起しました。
 Maxell社は、確認判決訴訟の管轄権を拒否するか、または確認判決訴訟をテキサス州西部地区連邦地裁に移送するようにニュージャージー州連邦地裁に申し立てました。その後、Amperex社はMaxell社の申立を差し止めるように申し立て、一方Maxell社は、この訴訟が悪意を持ってそしてMaxell社の訴訟を予想し先回りして行われたと主張し、Amperex社の訴えを却下するかまたは移送するよう申し立てました。

2.連邦地裁の判断
 ニュージャージー州連邦地裁は、裁判管轄に関する“first-to-file”の原則から逸脱して、Maxell社の移送要求を認めました。ここで、裁判管轄に関する“first-to-file”の原則とは、二つの異なる訴訟が二つの異なる裁判地に提起された場合であってこれらの二つの訴訟が同じ当事者によるものであって重複する争点を有するような場合には、これらの訴訟は同じ裁判地において審理されるべきであり、その裁判地は先に訴訟が提起された裁判地とすべきである、とする原則です。本件においても同連邦地裁は、「司法および訴訟経済の考慮および紛争の公正かつ効果的な処理のために他の方法を必要とするような特段の事情がないのであれば、最初に訴訟が提起された裁判地での訴訟継続が望ましい・・・」と述べ“first-to-file”の原則を基本的に認めました。
 その後、ニュージャージー州連邦地裁は、Amperex社の訴訟がMaxell社の訴訟を予想して先回りしたものであったかどうか、裁判管轄の相対的な利便性など、いくつかの要因を取り上げました。連邦地裁は、「一方の当事者が非司法的に紛争を解決しなければならない期限を設け、かつ他方の当事者が確認判決訴訟を迅速に提出する場合、確認判決訴訟は侵害訴訟の提起を予想して先回りしたものである」と一般的に考えられるため、Amperex社の確認判決訴訟はMaxell社の侵害訴訟に先回りしたものであると結論付けました。さらに、訴訟が先回りしたものであるためには、悪意も進行中の交渉も必要ありませんが、「紛争の非司法的な解決を破壊するか、または原告が裁判所へのレースに勝つことができるように被告をひもで繋ぎ止めるような悪意的な行為は、訴訟の移送または却下の判断を大きく左右する」ものであります。したがって、連邦地裁は、Maxell社の明確な最後通告と合わせてAmperex社の「不誠実な協力姿勢」がMaxell社を非常に有利にしていると認定しました。
 結論として、ニュージャージー州連邦地裁は、ニュージャージー州およびテキサス州西部地区のどちらも当事者または証人にとってより便利であるとは言えなかったこと、Amperex社がMaxell社に適切な提供を怠ったこと、テキサス州での訴訟がさらに進んだため司法資源の統合と保全の可能性も移送の判断に有利に働いたこと、両当事者が外国人であり、裁判管轄地での侵害は申し立てられていないこと、Amperex社の訴訟は先回りしたものであったこと、により、Amperex社の裁判管轄地の選択は重要な意味を持たないと判断しました。
 Amperex社は、連邦地裁の移送命令に対する職務執行命令の救済をCAFCに求めました。

3.CAFCの判断
 CAFCは、ニュージャージー州連邦地裁の判決が裁量権の濫用に該当するかどうかを検討し、同連邦地裁が裁判管轄の“first-to-file”の原則から逸脱したことについて合理的な根拠を有していることを認め、Amperex社の申立を却下しました。
 CAFCは、「“first-to-file”の原則は絶対的なものではない」こと、および連邦地裁は、移送または却下の判決を下す際に「当事者が他人の侵害訴訟を予想して先回りする意図があるかどうかを検討しうる」ことに同意しました。両当事者の通信、Amperex社の不誠実な協力姿勢、ニュージャージーでの証人の不足、併合の可能性、テキサス州の訴訟の進展に言及した後、CAFCは、ニュージャージー州連邦地裁の移送判決には妥当性があると結論付けました。
 米国の民事訴訟規則§1404(a)は、「当事者および証人の便宜のために、ならびに正義の名において、地方裁判所は民事訴訟を、それが提起された可能性のあるいずれかの他の地区または支部、またはすべての当事者が同意したいずれかの地区または支部に移送することができる」と規定し、連邦地方裁判所が事件を他の裁判地に移送することを認めています。CAFCは、職務執行命令の申立に応じて連邦地裁の移送判決が明白な裁量権の濫用に当たるのか検討しようとしましたが、Amperex社は裁量権の濫用については申し立ててはおらず、“first-to-file”の原則の下での利便性の考慮に関する連邦地裁の分析に対する異議申立に限定されていました。CAFCは、前審における争点のうち控訴審の最初の準備書面で提起されていなかったものは争点ではなくなったものと判断し得ると指摘し、民事訴訟規則§1404(a)の下で連邦地裁による移送の決定を妨げるような根拠は見出せないと述べました。このようにして、CAFCは、Amperex社の申立を却下しました。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | January 27, 2022 “Power Play: District Court Properly Transferred Bad Faith Anticipatory Suit”
② In re Amperex Tech. Ltd., Case No. 22-105 (Fed. Cir. Jan. 14, 2022) (Lourie, Prost, Taranto, JJ.) (per curiam)判決原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊