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標準必須特許に関する米国CAFC判決紹介

 米国第5巡回区連邦控訴裁判所は、自動車部品供給業者には、公正、合理的、無差別で標準必須特許を直接ライセンス供与することを拒否した特許所有者らに対する反トラスト訴訟を提起する憲法上の地位がないと判断しました。
Continental Automotive Systems, Inc. v. Avanci, LLC et al., Case No. 20-11032 (5th Cir. Feb. 28, 2022)
 以下、標準必須特許の一般的事項について簡単に触れた後、本件判決の概要を説明し、その後に、標準必須特許関連の欧米の動向と日本の状況に言及します。

Ⅰ.標準必須特許について
 特定の業界の団体などが所定の技術を標準化し、それを規格化した場合に、この規格を満たす製品を製造販売等する上で使用を余儀なくされる特許を、標準必須特許(Standard Essential Patent: SEP)と呼んでいます。
 標準化のために使わざるを得ない特許がある場合に特許所有者から法外なライセンス料を請求されるというホールドアップ問題や、逆に、実施者が特許のライセンスのオファーに誠実に応じないホールドアウト問題のような紛争が、標準化に取り組む企業と特許所有者との間の起こりえます。そのような紛争を防止するためには、所定の技術を標準化した団体は、公平、妥当かつ差別のない(Fair, Reasonable, And Non-Discriminatory: FRAND)条件に従った、標準必須特許のライセンスを得る必要があります。
 標準規格の普及を目指す取組みは、特に情報通信分野において顕著に進められて来ましたが、インターネットを通じて互いに接続された多種多様な物が、相互に情報をやり取りするIoT(Internet of Things)が、近年急速に進展してきていることから、他の業種においても情報通信分野の標準規格を利用する必要性が生じ、それが標準必須特許のライセンス交渉に大きな変化をもたらしています。

II. 本件第5巡回区連邦控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Fifth Circuit)の判決概要
1.背景
 Continental社は、情報通信の端末としての機能を備えたコネクテッドカーに組み込まれた遠距離通信制御ユニットを提供しています。遠距離通信制御ユニットは、2G、3G、および4Gセルラー規格を使用したワイヤレス接続を提供し、ユーザーが音楽をストリーミングしたり、目的地に移動したり、車から直接緊急支援を求めたりできるようにします。
Nokia社、PanOptis社等は、標準化団体によって設定された2G、3G、および4Gセルラー標準に不可欠なSEPを所有またはライセンス供与しています。特許ライセンスを促進するために、これらの個々のSEP所有者は、他の多くの特許所有者とともに、特許所有者のライセンスエージェントであるAvanci社とライセンス代理契約を締結しました。本件の事例の核心は、当該ライセンス代理契約に基づく義務とFRAND条件に従う義務との交錯にあります。
 ライセンス代理契約に基づき、Avanci社は、自動車メーカーまたは相手先ブランド供給(OEM)にのみ特許ライセンスを供与できます。OEMはその車両にセルラー規格を使用した接続機器を備えることから、サプライチェーンにおいてContinental社の下流にあります。この契約では、特許所有者が
SEPをContinental社などの部品供給業者にFRANDレート(SEPライセンス時の「公正、合理的かつ非差別的な条件」下でのロイヤリティレート)で個別にライセンス供与することを認めています。
 Continental社によれは、Avanci社および個々のSEP所有者にFRAND条件でのライセンス供与を求めたものの、SEP所有者は、FRANDレートでライセンス供与する義務に違反して、その要求に応じなかったとのことです。それ対してAvanci社は、
Continental社は個々のSEP所有者からFRAND条件でライセンスを取得可能であり、また、Avanti社がContinental社の製品を組み込んだOEMにライセンスを与えているため、
Continental社はSEPライセンスを必要としなかったと反論しました。Continental社は、
Avanci社および個々のSEP所有者に対してテキサス州北部地区連邦地方裁判所に訴訟を提起し、FRAND条件でContinental社にライセンスを与えることを拒否したことは、米国の反トラスト法の中心的な連邦法の一つであるシャーマン法に違反する反競争的行為であると主張しました。
 Avanci社がこのContinental社の主張の却下を申立てたところ、Continental社は、同社が反トラスト訴訟を提起する憲法上の地位を与えられるべきであることの根拠として、権利侵害の2つの持論を提示しました。Continental社の1つ目の持論は、「Avanci社と個々の特許所有者が非FRANDレートでOEMにライセンスを与えたとしても、それらのライセンスに支払うべきロイヤルティは、補償義務によってContinental社に戻される可能性がある」というものでした。
 Continental社の2番目の持論は、「Avanci社と個々の特許所有者が、Continental社にFRAND条件のライセンスを提供することを拒否したことが、Continental社が反トラスト訴訟を提起する憲法上の地位を確立するのに十分な権利侵害に当たる」というものです。なお、米国憲法第3章に規定する、連邦裁判所に訴訟を提起する地位を有するものと認められるためには、実際に損害を受けたことを具体的に立証することが必要とされています。
 地方裁判所は、Continental社の1つ目の持論を却下しましたが、2番目の持論を受け入れ、Continental社がFRAND条件でライセンスを取得し得なかったことは、反トラスト訴訟を提起する憲法上の地位の付与に値する権利侵害であると認定しました。しかしながら地方裁判所は、Continental社が、反トラスト法違反の妥当な根拠を示さなかったとして、Continental社のシャーマン法に基づく主張を却下しました。それに対してContinental社は控訴しました。

2.第5巡回区連邦控訴裁判所の判断
 第5巡回区連邦控訴裁判所(以下「第5巡回区裁判所」)は、Continental社の権利侵害の2つの持論はいずれも、反トラスト訴訟を提起する憲法上の地位を与えるのに十分ではないと結論付けました。Continental社の1つ目の持論に関して、第5巡回区裁判所は地方裁判所による却下を支持しました。具体的には、1つ目の持論は、OEMによるいくつかの仮想の前提の積み重ね、つまりOEMが非FRANDライセンスを受け入れること、および、OEMが非FRANDレートでのロイヤルティを支払った場合の補償契約という、実際の存在が立証されていない事項を前提としていたため、推論的すぎると判断しました。
 Continental社の2番目の権利侵害の持論に関して、第5巡回区裁判所は地方裁判所に同意せず、Avanci社および個々の特許所有者がFRAND条件でのライセンスの供与を拒否したことは、Continental社に権利侵害をもたらさなかったと認定しました。その理由として第5巡回区裁判所は、そもそもContinental社は標準化団体の一部ではなかったため、Continental社には個々の特許所有者と標準化団体との間でのFRAND契約を主張する権利がないと説明しました。
 第5巡回区裁判所はさらに、Continental社が契約上FRAND条件でライセンスを取得できる場合でも、個々の特許所有者がOEMに積極的にライセンスを供与することで、
FRAND条件でContinental社が利用可能であることを意味し、標準化団体に対する義務を果たしているため、契約違反とはならないと認定しました。第5巡回区裁判所はまた、
Continental社が事業を運営するためにSEPライセンスを自ら所有する必要はないことから、Continental社の財産権が侵害されたとは言えないことにも言及しました。
 上記理由により、Continental社には反トラスト訴訟を提起する憲法上の地位がないと判断したため、第5巡回区裁判所は地方裁判所の判決を破棄し、Continental社の提訴を却下することの指示を伴って差し戻しました。

III.SEP関連の欧米の動向と日本の状況
1.米国の動向
 2010年代前半は、SEPに関するホールドアップ問題等の弊害が顕在化したため、2013年に、司法省(DOJ)と特許商標庁(USPTO)が共同で、「SEPに基づく差止めが制限される可能性がある」という趣旨の声明を発表するなど、実施権者を保護する傾向がありました。しかしながら2010年代後半以降、米中貿易摩擦等の影響もあってプロパテント化が急速に進展したことにより、逆にSEP所有者を保護する傾向が進み、2019年12月には、DOJ, USPTOと国立標準技術研究所(NIST)は、2013年のDOJおよびUSPTOの上記共同声明を撤回し、「SEPに関する侵害訴訟においても、通常の侵害訴訟と同様に、差止めを含む全ての救済が認められるべきである」との見解を明確にする共同声明を発表しました。
 その後バイデン大統領は2021年7月9日、米国経済の競争促進のため、連邦取引委員会(FTC)等の政府機関に対して、多岐にわたる産業分野で競争を促進する施策の実施を求める大統領令に署名しました。
 その大統領令の中で、司法長官および商務長官に対して、SEPの乱用防止等のため、競争法と知財法の関係についてこれまでの立場を見直すかどうかの検討を求めています。検討対象には、2019年12月に公表された上記共同声明も含まれており、当該共同声明の「SEPに関する侵害訴訟においても差止を含む全ての救済が認められるべき」との立場の見直しが求められたことは、トランプ前政権のプロパテント政策からの転換であると考えられており、今後の動向が注目されます。

2.欧州の動向
(1)欧州連合司法裁判所は、SEP侵害救済の在り方に関するデュッセルドルフ地方裁判所からの付託に対して、2015年7月16日に予備的判決を発出しました。その中で、「FRAND条件によりライセンスを第三者に付与することを確約していたSEP所有者が被疑侵害者に対して事前に警告し、実施料等を特定して書面によるライセンスの申し出を行なっており、他方でその被疑侵害者が、SEP所有者の申し出に対して誠実に応答するのを怠っていた場合には、SEP所有者による侵害差止めを求める提訴は市場の支配的地位の濫用には当たらない」旨を判示しました。
(2)行政、法案発議を行なう執行機関としての欧州委員会は、2017年11月に、公正かつバランスの取れたSEP制度を構築するためのガイダンスを公表し、その後、透明性が高く、予測可能で効率的なSEP制度を実現することを目的として、SEPに関する専門家グループの立ち上げや、その活動報告を行なっています。
 そのような目的を達成するための適切な条件を整えるためには、SEPの具体的な実情についてより明確にする必要がありました。そこで欧州委員会は、SEPのライセンスのための効率的な枠組みを構築する上で重要となる様々な事項について意見を求めるため、すべての利害関係者を対象に、パブリック・コンサルテーション(期間:2022年2月14日から2022年5月9日)を行なっています。

3.日本の状況
(1)アップルvs.サムスン知財高裁大合議判決(2014年5月)
 知財高裁は、「FRAND宣言されたSEPについて、FRAND条件でライセンスを受ける意思を有する者に対する差し止め請求権の行使は、権利濫用である」と判示しました。
(2)公正取引委員会が、2016(平成28)年改訂の「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」において、SEP(同指針では「標準規格必須特許」)の権利行使が独禁法違反に該当し得る場合を例示しました。
(3)特許庁の取組み
 IoTの普及によるライセンス交渉の大きな変化や、通信関連の一製品当たりのSEPの権利数の増加による、事業開始前の権利関係把握の困難化に対処するため、特許庁は、平成30年3月28日に「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」を公表しました。
 また、ライセンス交渉の対象となる特許発明が、特定の標準規格に基づく標準必須特許であるかどうかの争いは、当事者同士のみで解決することが困難と考えらることから、そのような判断を特許庁が公正・中立な立場から行なう判定制度の運用を明確化する「標準必須性に係る判断のための判定の利用の手引き」を平成30年3月28日に公表し、本運用を同年4月1日から開始しました。その後この手引きは、令和元年6月26日に改訂されています。
 その他、SEPを巡る紛争に関する各国の裁判例、公的機関の見解等を収集・整理した、「標準必須特許を巡る紛争の解決実態に関する調査研究」、及び、特許紛争に関する調停・仲裁事件に関する情報を収集・整理した、「標準必須特許を巡る国内外の動向について(裁判及び調停・仲裁による紛争解決の実態)の調査研究」を公表しました。
 SEP関連の上記手引きおよび報告書についてはいずれも、特許庁ホームページ内に設けられた「標準必須特許ポータルサイト」においてリンクされています。

[情報元]
1.IP Update (McDermott Will & Emery, March 3, 2022) “Supplier Can’t Complain
when SEP Holder Refuses to License”
2.第5巡回区控訴裁判所判決”Continental Automotive Systems, Inc. v. Avanci,
LLC et al., Case No. 20-11032″原文
3.日本特許庁ホームページの「標準必須特許ポータルサイト」内関連資料
4.IP Update (McDermott Will & Emery, March 10, 2022) “The Net Is Tightening on European SEP Regulation”
5.IP Update (McDermott Will & Emery, March 17, 2022) “SEP Regulation: European Union Calls for Stakeholders’ Views”
6.JETROデュッセルドルフ事務所 SEPに関する欧州知的財産ニュースより
 (1)「欧州委員会、SEPの新たな枠組みに関するパブリック・コンサルテーションを開始」(2022年2月15日)
 (2)「欧州委員会、知的財産保護及びイノベーションの強化に係る対策を公表(標準必須特許(SEP)に係るガイダンスを含む)(2017年11月29日)
7.JETRO NY 知的財産部「バイデン大統領が競争促進のための行政命令に署名」(2021年7月23日)
8.平成28年改訂の「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(公正取引委員会)

[担当]深見特許事務所 野田 久登