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IPRの決定からCAFCへ控訴する際の控訴人適格に関するCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許審判部(PTAB)における当事者系レビュー(IPR)の決定からの控訴において、憲法第3章に基づく控訴人適格を認めるとともに、特許発明の有効性を認めたPTABの決定を支持しました。
 ModernaTX, Inc. v. Arbutus Biopharma Corporation, Case No. 20-2329 (CAFC Dec 1, 2021)

 本件訴訟は、対象特許発明の新規性および進歩性と、IPRの決定に対するIPR申請人のCAFCへの控訴人適格とが争点となっていますが、本稿では、控訴人適格の問題を中心に説明します。併せて、下記項目3において、控訴人適格の問題に関連して、本件訴訟と同日に言渡された同一当事者の、別件のIPRの決定に対する控訴審のCAFC判決にも言及します。また、下記項目4において、これまでの米国におけるIPRの決定に対するCAFCへの控訴人適格に関する主な判決を紹介します。

1.本件訴訟に至る経緯
 Moderna社は、Arbutus社の「核酸を含む安定な核酸-脂質粒子(SNALP)」に関する特許(米国特許No.8,058,069)についてIPRを申請し、当該特許のすべてのクレームに記載の発明が、先行文献に基づいて新規性、進歩性がないと主張しました。。
 IPRにおいてPTABが、Moderna社の主張を認めずに、Arbutus社の特許は有効であるとの決定を行なったため、Moderna社はこれを不服として、CAFCに控訴しました。

2.本件訴訟の概要
(1)Moderna社の控訴人適格
 (i)前提としての憲法第3章に基づく当事者適格
 連邦裁判所の管轄事項は、合衆国憲法第3章第2条に定められた「事件および争訟」に及び、当事者適格を満たすためには、当事者間に現実の事件または争訟が存在し、上訴人に実際の損害(injury in fact)が生じており、当該損害と被上訴人の行為との間に因果関係があり、裁判所による救済の可能性があることが必要であるとされています。
 (ii)CAFCの判断
 CAFCは、審理対象の特許の有効性に関するModerna社の控訴理由を審理する前に、Moderna社がPTABの決定に対してCAFCに控訴する適切な立場にあるかどうかを審理しました。CAFCはまず、確立された判例(Phigenix, Inc. v. Immunogen, Inc. 2017.1.9 CAFC判決(下記項目4(2)参照)等)に基づき、知的財産権におけるPTABの決定について再審理を求めるための控訴人適格として、次の3つの要件を挙げました。
 (a)控訴人が、実際に損害(injury in fact)を受けたこと。
 (b)その損害が被控訴人の行為に起因することを、正当な手段で追跡可能であること。
 (c)その損害について、裁判所による有利な判断によって救済可能であること。
 CAFCは、IPR制定法の下では、IPRの申請人がPTABによるIPRの決定に具体的な利害関係を持つ必要はないと強調するとともに、連邦裁判所であるCAFCへの控訴人適格については、IPRの場合のように、法律自体がが司法による上訴を認めている場合には、損害と被控訴人の行為との因果関係および裁判所による救済可能性の要件の判断基準は緩和される可能性があるとの見解を示しました。
 それでもなおCAFCは、IPRの当事者であるというだけでは当該IPRの決定に対する控訴人としての適格性の要件を満たしておらず、IPRの決定に対する審理を求める当事者(Moderna社)は、CAFCに控訴するためには、被控訴人(Arbutus社)の行為によって実際に損害を被ることを示さなければならないと述べました。。
 Moderna社は、審理対象の特許が引き続き有効である場合、Arbutus社がModerna社のCOVID-19ワクチンについてModerna社に対して侵害訴訟を起こすリスクが高いと主張しました。これを裏付けるため、Moderna社は、Modernaの独自の取組みや計画について、上級副社長および法務責任者による供述書(declaration)を提出しました。供述書はまた、Modernaに対して侵害訴訟を提起するリスクの根拠となるArbutus社の行為についても説明しました。
 その結果CAFCは、Moderna社は、同社のCOVID-19ワクチンに関連して異議を申し立てられた特許をめぐって、Arbutus社からの侵害訴訟提起に直面する十分なリスクを示したため、Moderna社によるPTABの決定に対する控訴人としての適格性は認められたと結論付けました。
(2)対象特許の有効性
 CAFCは、Arbutus社の特許についてのModerna社の主張を退けて、当該特許は有効であるとのPTABの判断を支持しました。

3.本件と当事者が同一で、同日に言い渡された、別のCAFC判決について
 Moderna社は、ライセンスを受けているArbutus社の複数の特許のうちの1つである米国特許No.9,364,435について、新規性、進歩性欠如を主張してIPRを申請していましたが、
PTABが一部のクレームの発明については新規性がないことを認めたものの、残りのクレームの発明については有効性を認める決定を行なったため、CAFCに控訴しました。またArbutus社は、一部のクレームの発明について新規性がないとしたPTABの決定に対して交差上訴(cross-appeal)しました。
 これに対してCAFCは、IPRで無効化主張の対象となった特許は、Moderna社がライセンスを受けた複数の特許の1つに過ぎず、仮に当該特許が無効にされた場合に、Moderna社の契約上の権利に影響を与える程度に支払うべきロイヤルティが変わることを、Moderna社が立証していないことを理由として、「実際の損害」の要件を満たさないと判断しました。その結果、Moderna社は控訴人適格を有しないとして、控訴を却下しました。Arbutus社の交差上訴については、Arbutus社の主張を認めることなく、一部のクレームの新規性が欠如するとのPTABの決定を支持ました。(ModernaTX, Inc. v. Arbutus Biopharma
Corporation, Case No. 20-1184, 1186 Dec.1, 2021)

4.控訴人適格に関するこれまでのCAFC判決について
 2013年3月に米国特許改正法(American Invent Act:AIA)が施行され、IPRが制定された後に、IPRの決定を不服としてCAFCに控訴された事件のうち、上述の「本件判決」以前に、憲法第3章に基づく控訴人適格が問題となった主な判決を以下に紹介します。
(1)Consumer Watchdog v. Wisconsin Alumni Research Foundation事件(2014年判決)
 非営利団体である消費者監視団体(Consumer Watchdog)は、胚性幹細胞に関する特許を有するWisconsin州の研究財団に対し、その特許の行使によって胚性幹細胞を用いた研究活動が専占されてしまうと主張して、その特許を無効にするためにIPRを申請していました。しかしそのIPRにおいて、特許を有効であるとする決定が出たため、CAFCに控訴していましたが、同財団が「実際の損害(injury in fact)」を立証できなかったため、CAFCは控訴人適格を有しないと判断し、控訴を却下しました。(下記情報元4参照)
(2)Phigenix, Inc. v. Immunogen, Inc.事件(2017年1月判決)
 製品を自らは製造、販売せずに、特許権の行使によって利益を上げることを業とする特許主張主体(PAE:Patent Assertion Entity)であるPhigenix社が、Immunogen社の特許を有効であるとしたIPRの決定にCAFCに控訴しましたが、CAFCは、Phigenix社が「実際の損害(injury in fact)」について立証できなかったために、控訴人適格を有しないとして当該控訴を却下しました。ここでCAFCは、上述の「本件訴訟」の判決でも引用されたように、法律により上訴する権利が与えられている場合、上訴人の侵害と被上訴人の行為との間の直接的な因果関係や裁判所による救済可能性に関する基準を満たす必要がないとしても、「実際の損害」については立証する義務があると判断しました。
 Phigenix社、訴えが却下されることにより、特許法315条(e)の禁反言の規定(IPR申請人は最終決定を受けるといかなる理由でもUSPTOに対して当該クレームの無効を主張できなくなる)が適用されて、Immunogen社の特許の無効を主張できなくなるため、契約上の保証能力に支障を来すなど、実際に損害が生じると主張しましたが、CAFCは、その点については実際の損害の根拠とはならないと判断しました。(下記情報元5参照)
(3)JTEKT Corporation v. GKN Automotive Ltd.事件 (2018年8月判決)
 JTEKT社は、GKN社の保有する車両のドライブトレインに関する特許の無効を主張してIPRを申請したところ、PTABが特許維持の決定をしたため、JTEKT社はCAFCに控訴しましたが、CAFCは、JTEKT社が控訴人適格を有しないとして当該控訴を却下しました。
 その理由としてCAFCは、JTEKT社の製品は未だ開発中であって完成しておらず、GKN社の特許を侵害するかどうか不明であるため、現段階でJTEKT社の製品が特許を侵害する可能性を証明できず、「実際の損害」を立証することができなかったことを挙げました。(下記情報元6参照)
(4)General Electric Co. v. Raytheon Techs. Corp.事件(2019年7月10日判決および2020年12月23日判決の2件)
 (i) 2019年7月10日判決
 General Electric社(以下「GE社」)は、航空機エンジン市場で競合するRaytheon社の特許の無効を主張してIPRを請願したところ、PTABが特許維持の決定をしたため、CAFCに控訴しましたが、CAFCは、GE社が現時点で侵害行為を行なっておらず、また、将来の具体的な計画を証明する十分な主張を行なわなかったため、「実際の損害」の要件を満たしていないと判断し、控訴人適格を有しないとして、控訴を却下しました。
 なお、判決が出された2019年7月時点では、Raytheon Techs.の社名はUnited Techs.であったため、判決において被控訴人はUnited Techs.と表記されています。
 (ii) 2020年12月23日判決(弊所「外国知財情報レポート2021-2月号」参照)
 この訴訟においてCAFCは、GE社が現時点で侵害行為を行なっていないことから、「実際の損害」の要件を満たしていることを立証するため、将来Raytheon社の特許を侵害する可能性を有することを証明する具体的な計画の提示を求めました。それに対してGE社が、エンジンの開発に投じた多額の費用、顧客にエンジンの設計仕様を提示した事実、GE社の知財弁護士がRaytheon社から特許侵害訴訟を提起されるリスクを予期していたこと等を説明したことにより、CAFCは、具体的な計画の証明がなされたと判断し、上記先行判決とは逆に、GE社の控訴人適格を認めました。
 なお、この判決の内容については、弊所の「外国知財情報レポート2021-2月号」の1番目の記事において、より詳細に説明しています。
(5)Apple Inc. v. Qualcomn Inc.事件(2019年7月10日判決および2020年12月23日判決の2件)
 (i) 2021年4月15日判決
 Qualcomn社が、その特許をApple社が侵害するとして、連邦地裁に提訴し、それに対してApple社は、Qualcomn社の当該特許の無効を主張してIPRを申請しました。そのIPRでは、Apple社の主張を却下して、Qualcomn社の特許の有効性を認める決定が出ましたが、その決定の前の時点で、両当事者は和解し、ライセンス契約を締結しました。しかしながら、その後に、Apple社は、IPRの決定に対してCAFCに控訴しました。
 Apple社は、以下の理由を述べて、「実際の損害」の要件を満たすとして、控訴人適格を有することを主張しました。
 ①和解した後も、ライセンス契約による支払い義務が係属している。
 ②ライセンス契約終了後に、Qualcomn社から特許侵害訴訟を提起される恐れがある。
 ③控訴却下によりIPRの決定が確定し、特許法315条(e)の禁反言の規定が適用されて、将来Qualcomn社の特許の有効性を争うことができなくなる。
 しかしながらCAFCは、Apple社の主張はいずれも「実際の損害」の要件を満たすことを示すには十分ではないとして、Apple社の控訴人適格を否定し、控訴を却下しました。
 (ii) 2021年11月18日判決
 CAFCは、Apple社の控訴人適格についての主張が、上記先の訴訟における主張と単にニュアンスのみで相違しており、事実関係は前回訴訟での主張と変わらないため、単なるニュアンスの違いにより前回の判決における判断を覆すことはできないとして、やはり
Apple社の控訴人適格を否定し、控訴を却下しました。

5.実務上の留意点
(1)IPRの決定に対するCAFCへの控訴に際し、控訴人は、被控訴人の行為に起因して実際の損害を受けることを、具体的事実に基づいて立証する必要があります。
(2)訴訟が却下された場合の、米国特許法315条(e)の禁反言の規定が適用される可能性については、「実際に損害」の要件を満たす根拠とはならないようです。。
(3)本件判決と同一当事者の同日判決との対比、および、Apple Inc. v. Qualcomn Inc.事件の2件の判決から、当事者間にライセンス契約がある場合には、「実際の損害」の立証に困難性が伴うことが伺えます。

[情報元]
1.IP UPDATE “Shots Fired: Challenger Must Have Requisite Standing Before
Appealing Unfavorable IPR Decisions” (By Paul Devinsky on December 16, 2021)
2.ModernaTX, Inc. v. Arbutus Biopharma Corporation, Case No. 20-2329 (Dec 1, 2021) CAFC判決原文
3.ModernaTX, Inc. v. Arbutus Biopharma Corporation, Case No. 20-1184, 1186 (Dec 1, 2021) CAFC判決原文
4.IP UPDATE, Vol. 17, No. 7 “Statutory Right to Appeal Does Not Bypass Article III Standing Requirements” (July 2014)
5.IP UPDATE, Vol. 20, No. 2 “Article III Injury-in-Fact Required to Appeal PTAB Final Written Decision in IPR” (February 2017) (Phigenix, Inc. v. Immunogen, Inc.事件関連)
6.日本弁理士会 国際活動センターからのお知らせ、米国情報(2019.8.8)「当事者系レビュー(IPR)における特許審判部(PTAB)の決定に対してCAFCに上訴したIPR請願人に事実上の損害がない場合は当事者適格なしとして却下したCAFC判決の紹介」
7.General Electric Co. v. Raytheon (United) Techs. Corp.の2件の判決関連の情報元
(1)IP Update, Vol. 22, No. 8 “No Competitor Standing for Appeal of IPR Decision Upholding Claims”(2019.7.10判決関連記事)
(2)IP UPDATE “Jetting along the Thin Line between Appellate Standing and
Admitting Infringement” (By Thomas DaMario) (2020.12.23判決関連記事)
8.Apple Inc. v. Qualcomn Inc.の2件の判決関連の情報元
(1)IP UPDATE “No Second Bite at the Apple: Injury Must Be Imminent and
Non-Speculative to Support Standing” (By Jiaxiao Zhang) (2021.7.15判決関連記事)
(2)IP UPDATE “No More Bites at the Apple: Imminent and Non-Speculative Standing Still Required” (By Jiaxiao Zhang) (2021.11.10判決関連記事)

[担当]深見特許事務所 野田 久登