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米国最高裁が特許の主題適格性と自然法則に関するCAFC判決の裁量上告を却下

 自動車の駆動シャフトに伝達される振動を減衰させる方法に関する米国特許の一つの独立クレームについて、自然法則にすぎず、主題適格性を欠くと判断した米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)判決に関し、米国連邦最高裁は裁量上告を却下しました。
  American Axle & Manufacturing, Inc. v. Neapco Holdings LLC,
     (最初のCAFC判決:2019年10月3日)
     (CAFC修正判決、:2020年7月31日)
     (米国連邦最高裁による裁量上告却下の発表:2022年6月30日)
I.事件の背景
 1.連邦地方裁判所への提訴
 American Axle & Manufacturing, Inc.(以下「AAM社」)は、2015年12月、シャフトアセンブリの振動を減衰するためのライナーを備えた自動車の駆動シャフト(プロペラシャフト)の製造方法に関する同社の米国特許(No.7,741,911(以下「本件特許」))を、Neapco Holdings LLCおよびNeapco Drivelines LLC(以下両社合せて「Neapco社」)が侵害するとして、デラウエア地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)に提訴しました。
 それに対してNeapco社は、本件特許クレームが米国特許法101条に基づいて無効であるとして、事実審理を省略した略式判決(summary judgment)を申し立てました。
 本件特許クレームには、製造方法発明の2つの独立クレーム1,22を含みます。本件特許の図1,図4に主な構成要素名を記入した図を、本件特許発明の実施形態の説明用参考図1,2として、また、本件特許クレーム1,22原文およびその日本語試訳を、本記事の後に添付しています
 2.地裁の判断とCAFCへの控訴
 地裁は、AAM社のクレームが、課題を達成するための駆動シャフトの構造や製造手法を示すことなく、特定の振動モードと周波数を減衰させるという望ましい結果を導くため、自然法則であるフックの法則の抽象概念を適用するように指示しているにすぎないと判断し、米国特許法101条に基づいて無効であるとのNeapco社の申立てを認める略式判決を下しました。これに対してAAM社は、CAFCに控訴しました。

II.本事件に関するCAFCの判断
 1.本事件に関する最初のCAFC判決(2019年10月3日)
 CAFC(Dyk, Moore, Tarantoの3名の判事)は2019年10月3日、本件特許クレームはすべて自然法則の利用に向けられている等の理由で、Alice事件の2ステップに基づいて、特許適格性を認めず、地裁の判断を支持する判決を下しました。
 具体的には、本件特許クレームには、デュアルダンピングに必要な複数の周波数を生成するため、あるいは曲げモードの振動を減衰させるようにライナーを調整するために必要な変数が特定されておらず、単にフックの法則という自然法則を適用してライナーを調整するように指示するものに過ぎないとして、Aliceのステップ1に基づいて、抽象的なアイデアであると認定しました。また、CAFCは、プロペラシャフトの固有振動数と減衰をテストすることが自動車業界において周知であることを考慮すると、本件特許クレームには、Aliceのステップ2に基づく「特許適格性を有する応用に変換するのに十分な発明概念」が含まれないため、特許適格性は認められないと判断しました。
 なお、Aliceの2つのステップは、2021年11月2日および2021年12月10日に配信した「米国特許法第101条に規定する特許適格性」に関するCAFC判決の記事で言及していますように、Mayo事件最高裁判決(2012年)およびAlice事件最高裁判決(2014年)におけるMayo/Aliceの法理に基づいて、次の2つのステップにより特許適格性を判断するものです。
 ステップ1:特許クレームが、判例法上の例外としての「自然法則」、「自然現象」、「抽象的アイデア」のいずれかを対象とするかどうかを判断。
 ステップ2:これらのいずれかを対象とする場合、特許適格性を有しない主題を、特許適格性を有する応用(patent eligible application)に変換するのに十分な発明概念が、付加的要素としてクレームに含まれるかどうかを判断。
[Moore判事の反対意見の概要]
 上記判決(Dyk判事が執筆した多数意見)に対して、3人の裁判官のうちのMoore判事は、本判決に対して反対意見を提出し、次の点を指摘して、この事案に特許適格性の問題を適用することに対し強い懸念を示しました。
 (i)本判決で述べられた特許発明に関する懸念は、自然法則とは関係がなく、むしろクレームされた発明の実施可能性に関するものである。
 (ii)実施可能要件に関しては112条に明確に規定されており、本件のような場合にまで、101条(特許適格性)の適用範囲を広げるべきではない。
 2.AAM社による再審理の申立てと、CAFCによる修正判決(2020年7月31日)
 上記CAFC判決に対しAAM社は、CAFCの大法廷による再審理を申立てました。また、CAFCの元判事等の第三者による、裁判所へのいくつかの意見書(amicus brief)が提出されました。
 CAFCは大法廷での再審理の申立てを否認しましたが、このような申立てや意見書を考慮して、CAFC(最初の判決を同じ3名の裁判官)は、2020年7月31日に修正判決を出しました。この修正判決では、独立クレーム22については最初の判決と同様の理由で特許適格性欠如の判断を維持しましたが、独立クレーム1については、「抽象的アイデア」であることについて地裁で十分に審理されていないとして、地裁に差し戻しました。
[Moore判事の反対意見の概要]
 この修正判決に対しても、Moore判事は、本件のような場合にまで特許法第101条(特許適格性)の機能を拡大して適用すべきではなく、また本件特許発明に関する懸念は自然法則に向けられたものではないという考え方を基調とする反対意見を述べています。
 3.地裁での再審理の手続停止を求める申立てと、CAFCによる否認
 上記CAFC修正判決に対してAAM社は、同社が裁量上告(受理するかどうかが最高裁の裁量によって決定される上告)受理申立を行なう意思があり、連邦最高裁はこれを受理しCAFC判決を覆す可能性が高いこと等を理由として、地裁での再審理に関する手続の停止を求める申立を行ないました。
 それに対してCAFCは、2020年10月23日付命令で、手続停止申立の認可には、「回復不可能な損害」が生じる可能性の証明を必要とするが、手続きが停止されないことにより「回復不可能な損害」は生じ得ないとして、手続停止の申立を否認する命令を下しました。
 この命令に対してMoore判事は、「AAM社は回復不可能な損害が生じる可能性を証明しなかった」との判断に同意しましたが、CAFCにおける特許法101条の適用に関する不統一な現状に鑑みて、「同社の裁量上告が最高裁によって認可される合理的可能性はある」との見解を示しました。

III.最高裁による審理を求める訟務長官の意見書
 本件に関し、連邦政府は5月24日、最高裁判所による審理を求める意見書を提出しました。この意見書では、まず、「AAM社の特許クレーム22は自然法則を対象としており、特許適格性がない」としたCAFCの判断について、これまでの最高裁判例と逆の結論を導いており誤っていると指摘しました。また、とりわけMayo最高裁判決及びAlice最高裁判決に基づく法理を巡って下級裁判所で混乱が生じており、特許適格性の検討にあたってこの法理がどのように適用されるべきかを明確化するために、最高裁は上告を受理すべきであると述べています。
 また、本件は、ソフトウェアや生命科学と比べてより伝統的な製造技術に関していることから、最高裁が過去の判例から原理原則を導き出すことで、他の分野への展開が可能であり、特許適格性の法理に関するこのような不明確さを解消するのに適切な事件であるとも述べています。
 上告を認めるべきかどうかの判断にあたって、最高裁はこれまで訟務長官の意見に従うことが多いと言われており、また多くの米国知財関係者が訟務長官の意見書に賛同していることから、裁量上告が認められて、最高裁により適格性法理の明確化が図られることが期待されていました。

IV. 連邦最高裁による裁量上告の却下(2022年6月30日)
 しかしながら最高裁判所は、2022年6月30日付の命令書で、裁量上告の却下を通知しました。この命令書には、却下の理由は付されていません。

V.米国特許商標庁による、特許可能な主題に関する報告書の発行(2022年6月24日)
 米国特許商標庁は2022年6月24日、超党派の議員グループからの要請に応えて、米国裁判所における一連の判決例が特許主題の適格性に与える影響に関するパブリックコメントを収集した結果を、議会への報告書として発表しました。
 この報告書では、企業が高額な訴訟費用を回避可能にすることや、企業の投資が増加傾向にあること等を指摘した、法律の現状を支持する意見や、特許の利用可能性を低下させ、権利執行の予測可能性を低くするために、新しい技術の開発や投資を阻害すること等を指摘した、法律の現状に批判的な意見が多数掲載されています。この報告書は、本件CAFC判決に関する裁量上告却下の発表よりも前に出されており、本件とは直接的にリンクするものではありませんが、米国における法体系の現状に関する見解の多様性が現れており、特許適格性を巡る混沌とした状況を顕著に表しています。

VI. 実務上の留意点
 以上述べたように、CAFCの多数意見に対する司法省の反対意見、Moore判事の反対意見に表れているようなCAFC内部での見解の相違、最近の米国特許商標庁の報告書で紹介された見解の多様性等に見られるように、2012年のMayo最高裁判決および2014年のAlice最高裁判決以降、米国特許法101条の特許適格性を巡る状況は混沌としています。
 そのような中で今回、特許法101条の特許適格性の判断基準についての最高裁の見解が何ら示されることなく裁量上告が却下されたことにより、特許適格性判断における自然法則についての具体的な基準が積み上げられて、特許法101条の特許適格性と112条の実施可能要件等との住み分けが明確になるまで、特許法101条の適用基準の不明確さが解消されないことになります。そのため、特許取得のための実務上の対応が困難な状況が当分継続すること懸念されます。
 2014年のAlice事件最高裁判決以来、最高裁は特許適格性に関する事件の裁量上告の大半を却下していることを考慮すると、このような混沌とした状況を解消するためには、最高裁の判断を待つことなく、議会による立法や米国特許商標庁によるガイダンスの策定により、特許適格性の法理の明確化が図られることが期待され、早期実現のために、特許実務を担当する立場からも、パブリックコメント等の機会を捉えて積極的に働きかけていくことが望まれます。

[情報元]
1.WHDA NEWSLETTER June 2022 “American Axle & Manufacturing, Inc. v. Neapco Holdings LLC” (特許の主題適格性と自然法則)編集責任者 中村剛 (パートナー弁護士)
2.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “No Stay, But Please Fix” (November 4, 2020)
3.American Axle & Manufacturing, Inc. v. Neapco Holdings LLC, Case No. 18-1763関連CAFC判決原文
 (1)最初のCAFC判決(2019年10月3日)原文
 (2)修正判決(2020年7月31日)原文
4.本件米国特許(No.7,774,911)公報
5.JETRO NY 知的財産部のAAM v. Neapco事件関連記事より
 (1)「最高裁が特許適格性に関するAAM事件の裁量上訴を却下」(2022年6月30日)
 (2)「訟務長官が特許適格性に関するAAM事件の最高裁審理を求める意見書を提出」(2022年5月27日)
 (3)「AAM 対 Neapco 事件及び FTC 対 Qualcomm 事件の状況」(2020年10月29日)
 (4)「特許適格性に関するAAW v. Neapco事件の状況」(2020年8月20日)
 (5)「Collins 下院議員、AAM v.Neapco 事件 CAFC 判決を受けて米国特許法101条改正の必要性を唱える声明を公表」(2019年10月10日)
6.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “PTO Issues Report to Congress on Patent Eligible Subject Matter (July 14, 2022)
7.USPTO: Report to Congress “Patent eligible subject matter: Public views on the current jurisprudence in the United States” (June 24, 2022)

[担当]深見特許事務所 野田 久登

 添付書面:本件特許発明の説明用参考図1,2(本件特許の図1,図4)
      本件特許クレーム1,22原文およびその日本語試訳