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否定的な表現のクレーム限定について記載要件の基準は引き上げられた?CAFC判決の紹介

 否定的な表現のクレーム限定の問題に対処して、連邦巡回控訴裁判所(以下、「CAFC」)は、被告であるHEC Pharm Co., Ltd. and HEC Pharm USA Inc.(以下、「HEC」という。)によるパネルの再審理の申立てを認め、CAFCの前回の決定(退職したオマリー判事が作成)を破棄し、不適切な記載要件のために特許は無効ではないとする地方裁判所の判断を覆しました。

 Novartis Pharms. v. Accord Healthcare Inc., Case No. 21-1070 (Fed. Cir. June 21, 2022) (Moore, C.J.; Hughes, J.) (Linn, J., dissenting).

 本記事は、2022年5月発行の「(米国)沈黙はクレームの否定的表現の十分な記載要件かも知れないとしたCAFC判決の紹介」(https://www.fukamipat.gr.jp/wp/wp-content/uploads/2022/06/f_202205.pdf)の続報となります。

1.前回のCAFC判決までの流れ
 Novartisは、ジレニアの名称で再発寛解型多発性硬化症(RRMS)の治療等に使用される 1日の用量が0.5mgの塩酸フィンゴリモド薬を市場に投入しています。HECは、ジェネリック版のジレニアを販売するための承認を求め、簡略化された新薬承認申請(ANDA)を提出しました。Novartisは、HECのANDAが、Novartisの特許(US特許9,187,405号、以下「’405特許」という。)を侵害していると主張して地方裁判所に訴訟を提起しました。

 ’405特許のクレーム1の記載は、以下のとおりです。
 A method for reducing or preventing or alleviating relapses in Relapsing-Remitting multiple sclerosis in a subject in need thereof, comprising orally administering to said subject 2-amino-2-[2-(4-octylphenyl)ethyl]propane-1,3-diol, in free form or in a pharmaceutically acceptable salt form, at a daily dosage of 0.5 mg, absent an immediately preceding loading dose regimen.
(必要とされている対象における再発寛解型多発性硬化症の再発を低減または予防または軽減するための方法であって、前記対象に2-アミノ-2-[2-(4-オクチルフェニル)エチル]プロパン-1,3-ジオールを遊離形または薬学的に許容可能な塩形で、直前のloading doseレジメンなく1日の用量が0.5mgで経口投与することを含む方法。)

 地方裁判所は、4日間のベンチトライアル後、HECのANDAはNovartisの’405特許のクレーム1-6を侵害していると判断しました。地方裁判所は、HECが、’405特許のクレーム1の「loading dose」がないことの限定が明細書にサポートされていないために無効であることを示すことができなかったと判断しました。HECは地方裁判所の判断を不服としてCAFCに上訴しました。しかしながら、CAFCは、’405特許のクレーム1の「直前のloading doseレジメンなく」の記載要件に関して、以下の理由により、地方裁判所の判断を支持しました。
 ・明細書に記載されていないというだけでは明細書の開示は不十分であると考えられるが、「クレームの否定的表現についての新しく強化された基準」は存在しないため、従前のとおり、当業者が明細書の記載からクレーム発明を読み取ることができる限り、明細書の記載は任意の形式をとることができる。
 ・明細書に記載のEAE実験と予言的試験には「loading dose」が含まれていなかったと述べた専門家の証言を信用した地方裁判所による判断に明らかな誤りはない。

 HECは、パネルの再審理を請願しました。CAFCは、これを受け入れました。
 なお、CAFCには、成功の可能性は高くはありませんが、パネルの再審理を請願できる制度があります(Rule 40のPetitions for Rehearing)。詳細は以下のサイトをご参照ください。
Petitions for Rehearing & Rehearing En Banc – U.S. Court of Appeals for the Federal Circuit (uscourts.gov)

2. CAFCの2回目の判断
(1)CAFCの多数意見
 CAFCの多数意見は、以下のように述べて、CAFCの前回の決定を破棄し、不適切な記載要件のために特許は無効ではないとする地方裁判所の判断を覆しました。
 ・記載要件を満たすためには、特許明細書は、「出願日に発明者がクレームされた主題を所有していることを当業者に理論的に伝達しなければならない」とし、そのような主題の所有は明細書中に開示されていなければならず、クレームされた発明が「明細書の開示の自明な変更」では不十分であり、排他権の対価として開示は必須である。
 ・本件の「直前のloading doseレジメンなく」のような否定的表現については、たとえば明細書がその要素(本件では直前のloading dose)を除外する理由を記載していたときには記載要件は適切である。要素を除外する理由としては、その要素を使用することの不利益の列挙を挙げることができる。他には、明細書におけるある要素とその代替手段との間の相違が挙げられる。これらの例示の共通項は要素の開示であり、折り紙付きの記載要件は開示である。
 ・沈黙(明細書に記載していないこと)は一般的に開示とみなされない。仮に、沈黙を開示と認定した場合には、後で追加されたすべての否定的な表現で特定された要素がサポートされることになるためである。否定的な表現で特定された要素は明細書に明記されている必要はないが、一般に発明者が当該要素を除外したことを当業者に伝える何か(不利益または代替手段等)が明細書に存在しなければならない。
 ・否定的表現で特定された要素の明細書における沈黙は有用かつ重要な糸口であり、しばしば事件を解決する手掛かりとなり得る一方で、当業者が明細書に本質的に否定的表現が開示されていると理解したときには記載要件が満たされ得る。たとえば、特定の分野における特定の要素に言及していないことが必然的にその要素を除外することを意味している場合には、明細書が沈黙しているにも関わらず記載要件は満たされ得る。
 ・地裁は明細書に「loading doseなく」の記載がないことを理由に、「loading doseなく」の限定は記載要件を満たしていると判断した。地裁は、さらに、明細書の予言試験がRRMSの治療に最初に1日当たり0.5mgのフィンゴリモドの投与から開始されると記載されていることから、予言試験の記載は当業者に「最初に」「loading doseなく」ということを伝えていると認定した。しかしながら、地裁の当該認定は誤りである。明細書のいずれにも、「最初に」日々の投与をすることについて記載されていない。明細書には、「最初に患者は2~6か月の処置を受けた」ことについて記載しているが、これは最初の処置の期間について開示しているのみであり、当該処置を投与で開始することについては開示していない。
(2)リン判事の反対意見
 リン判事は、上記のCAFCの多数意見に対して、以下の観点から反論しました。
 ・CAFCの多数意見は、「除外の理由」を示すだけでなく、クレームの否定的表現によって特定される要素が必然的に除外されることを明細書中に示すことを要求することによって、「クレームの否定的表現についての新しく強化された基準」を採用した。
 ・本件の問題は、特許権者が「loading dose」を除外したか否かではなく、「loading dose」を除外したクレームの限定が日々の投与のみを開示している明細書にサポートされているか否かである。Novartisの専門家は、明細書の開示は「loading dose」の欠如を当業者に伝えていることを示唆しており、それが記載要件のすべてである。
 ・USPTOの特許審査便覧(MPEP)を引用して、新たに追加されたクレームまたはクレームの限定は、明確な、示唆的な、または本質的な開示を通して明細書にサポートされ得、「重要なことは、どのように当業者が開示を読んだかであり、正確な文言が使用されたかではない。」

3.コメント
 先行技術にある特定の要素が記載されている一方で、明細書には当該特定の要素が記載されていない場合に、先行技術との差異を明確にするために、クレームが当該要素を有しないことを記載する場合があります。この場合に、明細書中に当該要素を有しないことについての明示的な記載がなくても、当業者が記載されていると理解することができれば、記載要件は満たされる可能性があります。
 また、今回のCAFC判決によれば、明細書に特定の要素の明示的な記載がない場合でも、その要素を使用することの不利益、またはその要素と代替手段との間の相違が明細書に記載されていれば、記載要件の充足性がさらに高くなる可能性があります。
 クレームの否定的表現については、MPEP2173.05(i)にも記載されていますので、興味がある方はご参照頂ければ幸いです。
2173-Claims Must Particularly Point Out and Distinctly Claim the Invention (uspto.gov)

[情報元]
 ①McDermott Will & Emery IP Update | July 1, 2022 “Heightened Written Description Standard for Negative Limitations?”
 ②Novartis Pharms. v. Accord Healthcare Inc., Case No. 21-1070 (Fed. Cir. June 21, 2022) (Moore, C.J.; Hughes, J.) (Linn, J., dissenting) CAFC判決原文(21-1070.OPINION.6-21-2022_1967294.pdf (uscourts.gov)

[担当]深見特許事務所 赤木 信行