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IBRに関するCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、たとえ先の関連特許が後の本件特許に参照によって援用された(Incorporated by Reference: IBR場合でも、そのような先の関連特許の定義における用語の限定的な使用が、その用語を意図的に削除してしまっている後の本件特許においてその用語を復活させることにはならないと説明し、地方裁判所のクレーム解釈を覆しました。
Finjan LLC v ESET, LLC, Case 21-2093 (Fed. Cir. 2022年11月1日) (Prost, Reyna, Taranto, JJ.)

1.事件の経緯
 Finjan LLC(以下、Finjan社)は、「ダウンロード可能なアプリケーションプログラム(以下、“Downloadable”と称する)」として構成されまたはそこに添付されているコンピュータウイルスを、セキュリティプロファイルを介して検出するためのシステムおよび方法に関する特許のファミリーを有しています。Finjan社は、そのようなファミリーに属する5件の特許権を侵害したとして、ESET, LLC(以下、ESET社)をカリフォルニア州南部地区連邦地方裁判所に訴えました。

2.本件訴訟の関連特許の相互関係
 本件訴訟に関連する種々の特許は大きな同一のパテントファミリーに属しますが、以下に、本稿で取り上げる特許を列挙します。
 (1)ファミリー全体の優先権基礎出願
米国特許仮出願第60/030,639号(以下、639号出願)
 (2)本件訴訟で主張された対象特許
米国特許第6,154,844号(以下、844号特許)⇒520号特許をIBRしている
米国特許第6,804,780号(以下、780号特許)⇒520号特許をIBRしている
米国特許第8,079,086号(以下、086号特許)⇒780号特許、962号特許をIBRしている
米国特許第9,189,621号(以下、621号特許)⇒780号特許、962号特許をIBRしている
米国特許第9,219,755号(以下、755号特許)⇒780号特許、962号特許をIBRしている
 (3)本件訴訟で主張されなかった対象外特許
米国特許第6,167,520号(以下、520号特許)⇒844号特許、780号特許でIBRされている
米国特許第6,480,962号(以下、962号特許)⇒086号特許、621号特許、755号特許でIBRされている

3.本件訴訟の争点の説明
 本件訴訟の争点となった“Downloadable”という用語は、訴訟の対象となったすべての特許のクレームに記載されていましたが、この用語についてはファミリー内のそれぞれの特許で、わずかに異なる定義がされていました。“Downloadable”の定義を整理して列挙すると以下の通りです。
 (1)ファミリー全体の基礎となる仮出願(639号出願)
 “an executable application program which is automatically downloaded from a source computer and run on the destination computer”(試訳:「ソースコンピュータから自動的にダウンロードされ、かつデスティネーションコンピュータで実行される、実行可能なアプリケーションプログラム」)
 (2)本件訴訟の対象特許5件のうちの2件(844号特許および780号特許)
 “an executable application program, which is downloaded from a source computer and run on the destination computer”(試訳:「ソースコンピューターからダウンロードされ、かつデスティネーションコンピューターで実行される、実行可能なアプリケーションプログラム」)
 これら2件の対象特許は、対象外の特許の1件である520号特許を参照によって援用しています。
 (3)本件訴訟の対象特許5件のうちの3件(086号特許、621号特許、755号特許)
 これら3件の対象特許には“Downloadable”の定義が含まれていませんでしたが、“Downloadable”を定義した、対象特許の1件である780号特許および対象外の特許の1件である962号特許を参照によって援用しています。
 (4)本件訴訟の対象外の2件の特許(520号特許および962号特許)

 “applets” and “a small executable or interpretable application program which is downloaded from a source computer and run on a destination computer”(試訳:「アプレット[i]」および「ソースコンピューターからダウンロードされ、かつデスティネーションコンピューターで実行される、小さな実行可能または解釈可能なアプリケーションプログラム」)

4.地方裁判所の判断
 一審の地裁は、対象特許で使用されている“Downloadable”という用語は、「ソースコンピュータからダウンロードされ、かつデスティネーションコンピュータで実行される、小さな実行可能または解釈可能なアプリケーションプログラム」を意味すると解釈しました。
 地裁は、対象外の特許のうちの1件(520号特許または962号特許)の参照による援用に基づいて、“Downloadable”という用語の解釈を行い、パテントファミリーには「多少異なる定義」が含まれていたが、これらの定義は「折り合いを付けることが可能」であると理由付けしました。
 特に、地裁は、ファミリーツリーのさまざまな特許を通して含まれる定義と例に基づいて、対象特許の“Downloadable”という用語は、訴訟対象外の特許で定義されている「小さい」という言葉を含むと解釈されるべきであると判断しました。ESET社は、採用された“Downloadable”の解釈で使用されている「小さい」という言葉に基づいて、不明確さによる無効の略式判決を求め、地裁はこの申立を認めました。Finjan社はCAFCに控訴しました。

5.CAFCの判断
 CAFCは様々な裁判例を引用してクレーム解釈の原則を説明しました。CAFCはまず、クレームは明細書に照らして読まなければならないという、よく知られている格言を引用することから始めました(Phillips v. AWH Corp., 415 F.3d 1303, 1315 (Fed. Cir. 2005) (en banc))。ここで、明細書には、参照により援用されるいずれの特許も含まれます。なぜなら、これらの特許は、「あたかもそこに明示的に含まれているかのように、ホストとなる特許の実質的な一部である」からです(X2Y Attenuators, LLC v. U.S. Int’l Trade Comm’n, 757 F.3d 1358, 1362–63 (Fed. Cir. 2014))。
 しかしながら、CAFCは、「参照による援用は、援用された特許の発明をホスト特許の発明に変換するものではない」と説明しました(Modine Mfg. Co. v. U.S. Int’l Trade Comm’n, 75 F.3d 1545, 1553 (Fed. Cir. 1996))。むしろ、参照により援用された特許がホスト特許のクレームの解釈に与える影響がある場合、ホスト特許の開示は、それがどのような影響であるかを決定するための文脈を提供するものであるとCAFCは説明しました。特に、関連特許の開示内容は複数の特許に共通の用語の解釈を教示しますが、放棄された範囲がこれらの特許に必然的に適用されるほどに発明の範囲が同じになると推測することは誤りである、と裁判例は判示しています(X2Y Attenuators, 757 F.3d at 1363)。
 CAFCはこれらの裁判例に基づく原則を適用して、地裁は誤った判断をしたと認定しました。なぜなら、地裁は、パテントファミリー全体を通じて異なっている定義を互いに相容れない部分を含むものとみなし、したがって用語の最も制限された定義に解釈を限定したためです。CAFCは、先の特許が後の特許に参照により援用されている場合であっても、先の出願での限定的な用語の使用は、その用語を意図的に削除した後の特許でその用語を復活させるものではない、と説明しました。
 CAFCは、“Downloadable”を「小さい」と定義した、訴訟対象外の特許(520号特許または962号特許)は、小さな実行可能または解釈可能なアプリケーションプログラムのみをダウンロードできる発明をクレームするパテントファミリーの部分集合を表していると判断しました。CAFCの分析にとって重要なのは、主張された2つの対象特許における“Downloadable”の定義は、サイズに関する要件を含んでおらず、したがって、この定義は、「小さい」を含むがこれに限定されないあらゆるサイズの実行可能または解釈可能なアプリケーションプログラムに言及している、という認定でした。
 CAFCは、これらの定義は競合するのではなく、むしろパテントファミリー内で調和して存在できる、と結論付けました。したがって、CAFCは、主張された対象特許で使用されている“Downloadable”とは、「ソースコンピュータからダウンロードされ、かつデスティネーションコンピュータで実行される、実行可能または解釈可能なアプリケーションプログラム」を意味するもの、と判断しました。
 CAFCは、略式判決の申立が認められる根拠となったクレームの解釈を修正したため、CAFCは略式判決を破棄し、新しいクレームの解釈と一致するさらなる手続きのために地裁に差戻しました。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | November 10, 2022 “Family Matters, but Sometimes if Claim Construction Is Involved”
② Finjan LLC v ESET, LLC, Case 21-2093 (Fed. Cir. 2022年11月1日) (Prost, Reyna, Taranto, JJ.) 判決原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊

[i] アプレット(applet)とは、アプリケーション上で読み込まれ実行される小さなプログラムのこと(たとえばJavaTM applet)