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欧州特許庁でのAI特許の取得(パートⅢ)

 ドイツ・ミュンヘンのHoffmann Eitle事務所は「HOFFMANN EITLE QUARTERLY」という季刊誌を発行しており、これまで2回にわたって、EPOにおけるAI発明の取り扱いについて特集してきました。2022年6月の1番目の記事(パートⅠ)では、EPOにおけるソフトウェア発明およびコンピュータ実装発明の取り扱いと、その分野でのEPO判例法におけるAIおよびマシーンラーニングの位置付けを取り上げており、2022年9月の2番目の記事(パートⅡ)では、AI発明の開示の十分性について取り上げておりました。
本シリーズの3番目の記事(パートIII)は、クレームされたAIが進歩性をサポートする観点およびクレームされたAIに起因する技術的効果の観点から、EPOにおける人工知能(AI)の発明に関する進歩性と技術的効果に焦点を当てます。各記事の内容は以下のURLをご参照ください。

パートⅠはこちらをご参照ください。
https://www.hoffmanneitle.com/news/quarterly/he-quarterly-2022-06.pdf#page=2

パートⅡはこちらをご参照ください。
https://www.hoffmanneitle.com/news/quarterly/he-quarterly-2022-09.pdf#page=2

パートⅢはこちらをご参照ください。
https://www.hoffmanneitle.com/news/quarterly/he-quarterly-2022-12.pdf#page=0

1.AIを考慮した進歩性とCOMVIKアプローチ
 本シリーズのパートIの記事で概説したように、EPO判例法は、技術水準に対するクレームされた解決策によって達成される技術的効果に基づいて、可能な限り客観的に進歩性を評価するための、いわゆるプロブレムソリューションアプローチを開発しました。このアプローチは、コンピューター実装発明(CII)を処理するために、現在COMVIKアプローチと呼ばれているアプローチに修正されています。EPOは、AIをコンピューター上に実装された数学的モデルのサブカテゴリとみなし、CIIファミリーに分類しますので、COMVIKアプローチはAI発明にも適用されます。
 COMVIKアプローチの要点は、発明の技術的特徴に寄与しない非技術的特徴は、たとえクレームに記載されていても進歩性の判断の際には無視されるという点にあります。これに関連して、EPOは、意図的に何が技術的であるかということについての定義を提供しないことを決定したため、ケースバイケースの評価が必要です。
 幸いなことに、EPOガイドラインは、たとえば、AIクレームが、技術的なシステムやプロセスの制御、低レベルの技術的特徴(エッジやピクセルの属性など)に基づくデジタル画像、ビデオ、オーディオ、または音声信号の分類、不規則な心拍の識別などの技術的な目的に限定されている場合には、技術性が認められる可能性があることを示しています。クレームされたAIソリューションが、それが実行されるコンピューターの内部機能の技術的考慮事項に基づいて適合される場合、技術性も達成される可能性があります。EPOガイドラインで示されている例は、AIのデータ集約的なトレーニングをGPUに割り当て、準備ステップをCPUに割り当てることによって、中央処理装置とグラフィックス処理装置(CPUとGPU)を備えたデバイスの並列処理機能を利用することです。AIを特定の技術的実装に適合させることができるもう1つの(仮説的な)例は、ニューラルネットワークが、それが実行されるコンピューターの文字サイズの倍数になるように適合されたサイズのレイヤーを持っているかどうかです。

2. AIと技術的効果
 上記にもかかわらず、AIソリューションが進歩性の存在をサポートすることを可能にする技術的効果をAIソリューションが生み出すかどうかを立証することは困難な場合があります。AI発明の基礎となるモデルが決定論的モデルに従って正確に記載されている場合でも、特定の技術的効果がどのように達成されるかを正確に説明することは、たとえば、大規模な入力データセットと基礎となるニューラルネットワークとの間の複雑な相互作用のために、簡単でない場合があります。このような状況は、ある意味で、容易に説明することができない技術的効果を生み出す化合物の場合と似ています。  AIクレームの技術的効果もまた、クレームされた領域全体にわたって確実に達成されなければなりません。したがいまして、EPOが満足するようにクレームの全範囲にわたって技術的効果が存在することを証明し、AIクレームの技術的特徴が進歩性を評価する際に無視されないようにすることが重要です。

3. 技術的効果の存在の証明
 発明がどのように技術的効果を生み出すかを説明できるケースと、説得力のある説明が容易に得られないケースとの2つのシナリオが考えられます。最初のケースでは、明細書に説明を記載し、必要に応じてクレームに技術的効果を導入するための適切な根拠を記載することを強くお勧めします。2番目のケースでは、技術的効果の存在を裏付ける経験的アプローチが考慮されることがあります。

3.1 出願における技術的効果の文書化
 審決T2147/16において、審判部は、技術的効果の存在についての利用可能な証拠に満足しませんでした。
 この決定の根底にある発明は、電子メールのクラスタリングとレーティングを使用したスパム検出に関するものです。より詳細には、電子メールはクラスターにグループ化され、メタデータに基づいてレーティングされ、電子メールのカテゴリ(スパムまたは正当)が決定されます。メタデータは、各電子メールとその送信者を識別する情報であり、たとえば、電子メールのハッシュサム、送信者のIPアドレスなどを含む場合があります。異なるクラスタが取得されてレーティングされると、各クラスタのレーティングが上限および下限のしきい値と比較されます。アプリケーションから複製された次の図に例示されているように、電子メールが正当なものかスパムかを判断します。

 簡単に言えば、当該審決に係る発明のコンピューターは、受信メールがスパムかスパムではないかを判断するアルゴリズムを使用します。このアルゴリズムは、アプリケーションに応じて正確であり、コンピューターのパフォーマンスを向上させます。
 審判部は、アルゴリズムがコンピュータハードウェアに最適化されており、技術的効果を有する可能性があるという単なる仮定では不十分であると判断しました。むしろ、アルゴリズムの単なる実装を超えたさらなる技術的効果が達成されることを証明する必要があります。審判部は、また、技術的効果はクレームの文言に反映されるべきであると判断しました。
 問題のケースでは、本件明細書には、コンピューターの負荷を軽減するためにクラスターサイズを最適化する必要があると述べられていました。ただし、本件明細書には、最適なクラスターサイズの範囲、節約されるメモリの量などの関連するパラメータの詳細は示されていませんでした。仮に、本件明細書に記載されたパラメータの範囲が、主張された技術的効果の達成にどのように貢献したかについての説明が本件明細書に含まれていれば、技術性に関する出願人の主張はより強力であったかも知れません。
 したがいまして、特許出願明細書には、AI発明、特にデータおよび/または基礎となるニューラルネットワークを特徴付けるパラメータが、特定の技術的効果を達成する上でどのような役割を果たすかを文書化することが推奨されます。クレームの文言は、少なくとも従属クレームでは、明細書おける適切なサポートとともにさらなる技術的効果も反映しなければなりません(この制限はEPOでのみ必要とされる場合があるため、他の所望の法的領域における保護が限定されるのを避けるために、出願時に独立クレームに含めない方がよい場合があります。)

3.2 実験データは適切な証拠を示すことができるか?
 AIクレームの技術的効果が達成される理由と方法を確実に説明することは、場合によっては困難なことがあります。ニューラルネットワークとトレーニングデータとがたとえばモデルによって正確に記述されたとしても、大きなデータセットとそれらを処理するニューラルネットワークとの間の実際の相互関係は容易に説明できない場合があります。このような状況では、AIクレームの技術的効果の存在を証明するために実験データを使用できるかどうかを検討する必要があります。
 その点で、審決T22/12はテキスト分類を扱っており、特に、上記の審決と同様に、特定の受信電子メールメッセージをジャンクメールとして分類しています。これを下の図に示します(これは、関係する特許出願の図2です)。

 より具体的には、テキスト分類は、メッセージコンテンツの過去の分類に基づいてトレーニングされた確率的分類子を使用して、次の2種類の特徴を電子メールに適用します。
 1. 人間の判断のみによって決定された特徴、
 2. 特定の単語の存在や単語の語幹などの単語由来の特徴。

 確率的分類子は、受信メールが正当であるかどうかの信頼レベルを出力し、確率的分類子によって出力された信頼レベルに基づいて、シグモイド関数を使用して電子メールをスパムかスパムでないかを分類します。
 出願人によると、上記の2種類の特徴を使用すると、単語由来の特徴のみを使用する場合に比べて処理負荷が低減されます。さらに、この方法を2段階で実行する、つまり、シグモイド関数と一緒に確率的分類子を使用すると、処理負荷を低減するという技術的効果が得られます。
 審判部は、複雑でないコンピュータの実装および処理負荷の低減の技術的効果が達成されることを納得できませんでした。特に、審判部は、主張されているクレームの技術的効果が、クレームされている特徴を1種類だけ使用するのではなく、2種類の技術的特徴を使用した場合にのみ達成されるという証拠はないと考えました。
 同様の状況で、出願人は、主張された技術的効果が達成されることを示す方法を慎重に検討する必要があります。したがって、複数のデータセットと比較実験データとを含む試験結果を特許出願明細書に記載することを検討する必要があります。そうすることで、クレームされた発明が進歩性を満たすために必要な技術的効果を証明することができるだけでなく、開示要件を満たすためにも役立つ可能性があります。

4. 結論
— EPOガイドラインは、一般に技術的と見なされ、したがってEPOで進歩性を評価する際に考慮しなければならないAIクレームの特徴に関する有用な指標を提供しています。
— 特許出願明細書で技術的効果を詳細に説明し、発明の技術的効果を反映する特徴が独立クレームに適切に記載されていることを確認することを強くお勧めします。
— 信頼できる技術的説明を提供することができない場合は、AI発明が一定の技術的効果を達成するという証拠としてのテスト結果を提供することを検討する必要があります。

5. 実務上の留意点
 今回のHoffmann Eitleの3回シリーズの記事は、AI関連発明をEPOに出願する予定がある場合には参考になる記事と思われます。特に、本記事(パートⅢ)中にも記載がありますが、進歩性をサポートするための特許出願明細書の記載の重要性に関しては、AI関連発明に限られず、他の技術分野の発明にも適用されるものと思われます。

[情報元]
HOFFMANN EITLE QUARTERLY December 2022
https://hoffmanneitle.com/news/quarterly/he-quarterly-2022-12.pdf#page=2

[担当]深見特許事務所 赤木 信行