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クレーム解釈に関するCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、原審の連邦地方裁判所による非侵害の認定につながった2件の特許のクレーム解釈に対処し、一方のクレーム解釈は審査経過によってサポートされているとして地裁の認定を支持しましたが、他方のクレーム解釈は明細書によってサポートされていないとして地裁の認定を覆しました。
SSI Techs., LLC, v. Dongguan Zhengyang Elec. Mech. Ltd., Case Nos. 21-2345, 22-1039 (Fed. Cir. Feb. 13, 2023) (Reyna, Bryson, Cunningham, JJ.)

1.本件発明の概要説明
 SSI Technologies, LLC(以下、SSI社)は、燃料タンクなどの容器内の流体の特性を判断するためのセンサーに関する2件の特許を所有しています。これらの特許に開示されている商業的に実施可能な実現例は、ディーゼルトラックエンジンの排出削減システムで使用されるディーゼル排気流体の質と量を決定するシステムです。
 2件のうち一方の特許(米国特許8,733,153号:以下「153号特許」)は、「トランスデューサ特許」と呼ばれ、「液位」トランスデューサおよび「質」トランスデューサを含む例示的なセンサシステムについて説明しています。2つのトランスデューサは、超音波および「飛行時間(time of flight)」を使用して、所与のタンク内の流体の液位(すなわち量)および質(ディーゼル排気流体の濃度)の両方を決定します。
 2件のうち他方の特許(米国特許9,535,038号:以下「038号特許」)は、「フィルタ特許」と呼ばれ、トランスデューサ特許と類似するシステムを説明していますが、流体に取り込まれている気泡が原因で発生する可能性のある不安定な測定結果の問題に対処しようとしています。この特許は、気泡が感知領域に入るのを実質的に防止する、感知領域を覆う「フィルタ」をクレームしています。

2.事件の経緯
 Dongguan Zhengyang Electronic Mechanical Ltd(以下、DZEM社)は、SSI社の特許に開示されたシステムと同様に、ディーゼルトラックエンジンの排出削減システムで使用されるディーゼル排気流体の質と量を決定するシステムを製造しています。
 SSI社は、DZEM社が153号特許および038号特許の両方を侵害しているとして、DZEM社をウィスコンシン州西部地区連邦地方裁判所に訴えました。地裁での訴訟において、DZEM社は、主張されたクレームに現れる特定の用語の裁判所の解釈に基づいて、非侵害の略式判決を求める申立を行いました。そして地裁がDZEM社の申立を認めたため、SSI社社はCAFCに控訴しました。

3.地裁の判断
(1)トランスデューサ特許
 トランスデューサ特許(153号特許)を参照すると、クレーム1には以下の記載があります。
“1. A system for determining a quality of a fluid in a tank, the system comprising:
(省略)
determine whether a contaminant exists in the fluid based on the temperature of the fluid, time period from when the sound wave is produced to when the echo is detected, and at least one of the group of a) whether a measured volume is out of range and b) a dilution of the fluid is detected while the measured volume of the fluid decreases.”
 この英文クレーム1の記載から、本件発明の「タンク内の流体の質を判断するシステム」は、「流体に汚染物質が存在するかどうかを、流体の温度と、音波が生成されてから反響が検出されるまでの期間と、a)測定された量が範囲外であるか、およびb)測定された流体の量が減少している間に流体の希釈が検出されたこと、のうちの少なくとも1つと、に基づいて判断する」ことを必要としています。地裁は、このクレーム1の記載から、本件発明は、汚染物質の判定に際して流体の測定された量を実際に考慮することを必要とするものと判断しました。
 クレーム解釈に際して地裁は審査経過に注目し、クレーム1は審査段階において、上記英文クレーム中の下線部で示す「a)測定された量が範囲外であるか、およびb)測定された流体の量が減少している間に流体の希釈が検出されたこと、のうちの少なくとも1つと、に基づいて判断する」ことを付加するように補正されたと認定しました。そして出願人のこのような補正の意図が、明細書に記載されている特定のエラー検出機能(error-detection capability)をクレームに取り入れることであったと結論付けました。
 一方で、両当事者は、DZEM社の訴えられた製品が、測定された流体の量を考慮して汚染を決定するものではないことに以前から同意していました。その結果、地裁は、トランスデューサ特許に対する非侵害の略式判決を求めるDZEM社の申し立てを認めました。
(2)フィルタ特許
 フィルタ特許(038号特許)を参照すると、クレーム9には以下の記載があります。
“9. A sensor operable to sense a characteristic of a fluid, the sensor comprising:
(省略)
a filter covering the sensing area, the filter configured to
allow a liquid portion of the fluid to enter the sensing area, and
substantially prohibit one or more gas bubbles of the fluid from entering the sensing
area; (省略)”
 クレーム9の記載から、本件発明の「流体の特性を検知するように動作可能なセンサ」は、「感知領域を覆うフィルタを備えており、フィルタは、流体の液体部分が感知領域に入ることを許容し、流体の1つ以上の気泡が感知領域に入ることを実質的に防止するように構成され」ています。この038号特許の「フィルタ」について、DZEM社は、「開口部を画定する多孔質構造であり、当該構造を通過する液体または気体から開口部よりも大きな不純物を除去するように構成されている」と解釈しました。そして、地裁は、「フィルタ」に関するDZEM社の解釈を採用しました。
 DZEM社の訴えられたセンサは、各々が2mm×4mmの大きさの4つの開口部を有するゴム製のカバーを備えており、SSI社はこのカバーがクレーム9のフィルタに相当すると主張しています。地裁は、DZEM社の製品と038号特許の明細書に開示された実施形態とを比較して、DZEM社の製品のゴム製カバーの開口部が「比較的大きい」ため、DZEM社の製品のゴム製カバーは、038号特許のような「多孔質」ではないと認定しました。その結果、地裁は、フィルタ特許に関する非侵害の略式判決を求めるDZEM社の申し立てを認めました。

4.CAFCの判断
 SSI社は、地裁によるトランスデューサ特許およびフィルタ特許の両方のクレーム解釈に異議を唱えました。これに対して、CAFCは以下のような判断を下しました。
(1)トランスデューサ特許
 トランスデューサ特許に関して、SSI社は、汚染物質の決定に際して流体の測定された量を考慮に入れることをクレームが要求しているとする地裁のクレーム解釈に誤りがあると主張しました。しかしながらCAFCはSSI社の主張に同意しませんでした。CAFCは、出願人が行った補正と、特許明細書に開示されたエラー検出機能との間には、かなりの関連性があると判断しました。CAFCは、この補正は、この特定の機能をクレームに取り込むために計画されたものであると認定しました。
 さらに、SSI社は、クレーム1の「b)測定された流体の量が減少している間に流体の希釈が検出されたこと」という限定について、乗物のエンジンが動作しているときはタンクの液体の量は減少を続けるのは真実なので、「測定された量」という言葉は単に「量」を指すものと解釈すべきと主張しました。しかし、CAFCは、「測定された量」という言葉を単に「量」を指すものと解釈すると、「測定された」という言葉が余分なものになるので、「測定された」という言葉を使用したことは、クレーム1に記載された汚染物質の分析に際してタンク内の流体の量が判定され考慮されなければならないことを示している、と指摘しました。DZEM社の訴えられた製品が、測定された流体の量を考慮して汚染を決定するものではないことに争いはなかったため、CAFCは、地裁の非侵害の認定を支持しました。
(2)フィルタ特許
 フィルタ特許に関して、SSI社は、地裁が「フィルタ」という用語に許容できないほど狭い解釈を適用したと主張しました。CAFCはこれに同意しました。CAFCは原審の記録に基づいて、地裁が、「多孔質」という言葉を、フィルタの開口部が小さくかつある特定されていない最大サイズのものであることを要求していると理解したことは明らかである、と判断しました。しかしながら、CAFCは、フィルタ特許の明細書は「多孔質」という言葉を使用しておらず、フィルタ開口部のサイズに関する条件を含んでいないことに注目しました。CAFCは、地裁の解釈は「多孔質」という言葉の意味に関してさらなる論争を引き起こす可能性が高いことに注目しました。
 したがって、CAFCは地裁の解釈を破棄し、「フィルタ」とは「気泡などの物質を遮断して分離する、液体が通過する開口部を含む装置」を意味するというSSIの提案した解釈を採用しました。CAFCは原審の非侵害の認定を取り消し、CAFCの見解と一致する認定のために地裁に差し戻しました。

5.実務上の注意
 CAFCの決定は、明細書が特定のクレームの文言を限定していると判断される場合のガイドラインを示唆しています。トランスデューサ特許では、出願人の補正は、明細書に開示されている特定の実施形態にクレームが読み取られるように明確に計画されていました。逆に、フィルタ特許では、審査経過であろうと内部証拠の何であろうと、クレームを特定の実施形態に読み取らなければならないことを示唆する証拠が不十分でした。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | February 23, 2023 “When It Comes to Claim Construction, Prosecution History and Specification Rule”
② SSI Techs., LLC, v. Dongguan Zhengyang Elec. Mech. Ltd., Case Nos. 21-2345, 22-1039 (Fed. Cir. Feb. 13, 2023) (Reyna, Bryson, Cunningham, JJ.)(CAFC判決原文)

[担当]深見特許事務所 堀井 豊