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ビデオ会議による口頭審理についての、欧州特許庁の考え方の推移と現状

1.概要

 これまで、欧州特許庁(EPO)の審判部は、Covid-19のパンデミックにより当事者が直接対面で口頭審理を行なうことを妨げていることを理由として、ビデオ会議による口頭審理の開催を正当化してきました(以下の項目2で述べる、付託G1/21に対する拡大審判部の回答参照)。

 それに対して、特に、審判事件T 1158/20の決定においては、付託G1/21への拡大審判部の回答以来初めて、Covid-19のパンデミックのような一般的な緊急事態以外の状況を検討しました。この決定では、口頭審理を実施するためのビデオ会議の適合性について、上記拡大審判部の回答とは異なる結論に達し、審判事件T 1158/20の合議体である技術審判部は、口頭審理の経験の増加に基づいて、一般的な緊急事態以外においても、ビデオ会議による口頭審理を対面によるものと遜色なく適用できるとの見解を示しました。

 以下、付託G1/21への拡大審判部の回答について簡単に触れるとともに、それ以降のEPOの、審査、異議、審判におけるビデオ会議による口頭審理に関する見解の推移について、説明します。

 

2.以前に配信した記事で紹介した拡大審判部の決定について

 2021年12月発行の弊所外国知財情報レポートの「ビデオ会議による口頭審理に関する欧州特許庁拡大審判部の決定」と題した記事において、欧州特許庁(EPO)拡大審判部が、EPO審判部の2021年7月16日付プレスリリースで、当事者が対面での口頭手続に出席できないような緊急事態においては、当事者の全員の同意を得ずに開催されたビデオ会議による口頭審理は、欧州特許条約の規定に反しないとの決定を下したことを報告しました。

 拡大審判部の上記決定は、審判事件T1807/15における2021年3月12日の中間決定で、「審判手続において、全ての当事者の同意がなくてもビデオ会議により口頭審理を行なえるかどうか」という質問を伴う拡大審判部への付託G1/21に対する回答として出されたものです。

 上記決定の段階では、拡大審判部は、対面での口頭審理が「ゴールドスタンダード(最も標準的とされる手法)」であって、ビデオ会議による口頭審理はあくまで、Covid-19パンデミックのような一般的な緊急事態において、対面で審理できない場合の代替的手段であって、そのような緊急事態を除いて、対面での審理が標準的な選択肢(default option)であるべきであるとの考えを示しました。

 拡大審判部の上記決定の理由等についは、2021年12月発行の外国知財情報レポート(下記URL)の「3.ビデオ会議による口頭審理に関する欧州特許庁拡大審判部の決定」と題した記事をご参照下さい。

https://www.fukamipat.gr.jp/wp/wp-content/uploads/2021/12/f_202112-1.pdf

 

3.上記拡大審判部の決定以降の状況

(1)その後の審判事件での上記拡大審判部の決定とは異なる決定

 しかしながら、その後EPOの技術審判部は、2022年11月22日の決定T 1158/20(下記情報元2参照)で、ビデオ会議で行われる口頭審理は対面審理と同等であることが多く、当事者の同意がなくても、一般的な緊急事態ではない場合にも適用することができるという、上記拡大審判部の決定とは異なる見解を示しました。

 この決定の中で審判部は、付託G1/21に対する拡大審判部の決定以降、審判部と当事者はビデオ会議を豊富に経験しており、技術の向上により、高品質の画像と音声で安定したビデオ会議が実施できるようになったと述べました。したがって、ビデオ会議による口頭審理は、付託G1/21に対する拡大審判部の決定が出たときに比べると、対面による口頭審理に比べてそれほど遜色はないと受け止められています。

 その結果、決定T 1158/20を下した技術審判部は、対面での口頭審理はビデオ会議による口頭審理と同等と見なされる場合が多く、対面による口頭審理がゴールドスタンダードであるということはもはや適用されないと考えています。したがって、当該審判においては、テレビ会議による口頭審理は、緊急時以外であっても、当事者の同意なしに使用することが認められています。

 拡大審判部が設置されている目的は法律の適用の均一化であると言われており、先例としての影響力を持つものであるため、本来ならば、各技術審判部は、拡大審判部の審決の趣旨を踏襲するのが原則であると言えます。しかしながら審判におけるビデオ会議による口頭審理の適否に関しては、各審判の状況に応じて拡大審判部の審決(G1/21)の趣旨とは異なる判断をすることは、必ずしも欧州特許条約(EPC)には反しないと考えたものと思われます。その理由として、以下の点が考えられます。

 (i) 拡大審判部の審決に関し、EPC112条(3)に、「拡大審判部の審決は、問題となった(本件の場合は付託を行なった)審判事件について審判部を拘束する。」という趣旨の規定がされており、それ以外の審判事件に対して直接的には影響を及ぼさないのが原則であること。

 (ii) 付託された質問内容を考慮し、付託(G1/21)を受けた拡大審判部が、判断対象を、付託が出された時の具体的な状況であるCOVID-19パンデミックという緊急事態の場合に限定したこと。

 (iii)ビデオ会議システムの技術の急速な進歩や、当事者の使用経験の増加等を考慮すると、COVID-19パンデミックが収まった後においても、審判事件の口頭審理をビデオ会議により対面の場合と遜色なく行える可能性があること。

(2)異議部におけるビデオ会議に関する試行プロジェクトと、その評価

 EPOは、2020年5月に、異議部におけるビデオ会議による口頭手続のための試行プロジェクト(以下「試行プロジェクト」という。)を開始しました。EPOは、当該試行プロジェクトに関するユーザー調査を開始したことを2021年9月1日に、また、その調査結果を、2021年11月30日に、ニュースリリースにより公表しました。調査結果の内容については、下記情報元3をご参照下さい。

(3)審査部、異議部における口頭審理に関するEPOニュースリリース

 EPOはさらに、2022年11月22日、上記試行プロジェクトを終了し、2023年1月1日から審査部、異議部等における口頭手続は、ビデオ会議による口頭審理を標準とすることを決定した旨、ニュースリリース(下記情報元4)にて公表しました。このニュースリリースによれば、試行プロジェクトについての多数の関係者からのフィードバックを慎重に評価したところ、多くのユーザーからの反応が良好だったことを受けて決定したとしています。

 なお、審判部(拡大審判部を含む)における口頭審理については、別の規定によるものとし、この決定の対象外であることが明記されています。

(4)EPOにおける口頭審理の現状

 EPO審判部の決定T 1158/20および異議部等の口頭審理に関する上記ニュースリリースの公表から半年余りが経過しましたが、この間には、口頭審理に関してEPOによる正式な決定はありません。

 審査部、異議部の口頭審理については、上記決定に基づき、ビデオ会議によることを標準として行われているものと推測されます。

 審判について、上述した特定の審判における決定T 1158/20においては、当該審判においてビデオ会議による口頭審理を適用することが認められましたが、その後、審判の口頭審理に関しては、EPOの正式な決定は出されておらず、原則的には現在も対面での口頭審理が標準とされています。

 下記情報元1によれば、審査部および異議部の決定に対する審判を行なう個々の技術審判部がビデオ会議の問題を取り扱う場合が増えて、当事者の同意なしにビデオ会議による口頭審理を使用することが依然として物議を醸す可能性があることを考えると、物議の対象となる問題点について拡大審判部への付託がなされる可能性があるとのことです。よって、審判で標準的に、口頭審理をビデオ会議で行なうことをEPOが決定するかどうかは、現時点では必ずしも明らかではありません。

 ただし、決定T 1158/20における技術審判部の見解や、審査部、異議部等での口頭審理に関するEPOの決定を考慮すると、時間の経過とともにビデオ会議の技術がさらに進歩し、当事者や欧州代理人のビデオ会議の使用経験がより豊富になることから、運用面での対面での審理との相違がより小さくなることが予想されます。よって、審判の口頭審理においても、将来的にはビデオ会議が標準的に適用される可能性が高いものと思われます。特に欧州から遠隔の地にある当事者にとっては、地の利の不利な点を解消可能なツールとして有効に活用する可能性があることから、Covid-19パンデミックが収まりつつある現在においても、ビデオ会議による口頭審理の適用を、欧州代理人に対して積極的に働きかけることが好ましいものと考えられます。

[情報元]

1.D Young & Co Patent Newsletter No.94 April 2023 “T 1158/20: EPO videoconferences are as good as gold (April 6, 2023)”

https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/t115820-epo-vico

 

2.EPO審判部の決定T 1158/20(2022年11月22日)

https://www.epo.org/law-practice/case-law-appeals/recent/t201158eu1.html

 

3.JETRO デュッセルドルフ事務所「欧州特許庁、2023年1月から異議部の口頭手続につきビデオ会議を標準とする旨を決定」(2022年11月22日)

https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/europe/2022/20221122.pdf

 

4.審査部、異議部等のビデオ会議による口頭審理に関するEPOニュースリリース

 (1)”President decides future format of oral proceedings in opposition” (Nov. 22, 2022)

https://www.epo.org/news-events/news/2022/20221122.html

 (2)”Decision of the President of the European Patent Office dated 22 November 2022 concerning the format of oral proceedings before examining and opposition divisions, the Legal Division and the Receiving Section”

https://new.epo.org/en/legal/official-journal/2022/11/a103.html

 

5.JETRO デュッセルドルフ事務所「欧州特許庁(EPO)、異議におけるビデオ会議による口頭手続に関するユーザー調査を開始」(2021年9月3日)

https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/europe/2021/20210903.pdf

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登