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冠詞aおよびsaidとクレーム記載の機能との関係のCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、権利主張された特許クレームにおける冠詞“a”および前置語を指す“said”について、クレームに記載されたすべての機能を単一のマイクロプロセッサが実行できることを要求するものであると地方裁判所が正しく解釈した、と認定し、陪審員の非侵害の評決を支持しました。

Salazar v. AT&T Mobility LLC et al., Case No.21-2320; -2376(Fed. Cir. Apr. 5, 2023)(Stoll, Schall, Stark, JJ.)

 

1.本件特許の説明

 Joe Salazar氏は、いずれかの機器および/装置との間で、音響、音声およびデータを双方向通信するための、コマンド、制御、検知を含む、無線および有線の通信技術に関する米国特許第5,802,467号(以下、本件特許)を所有しています。

 本件特許について、第一審で争点となった文言を含むクレーム1を以下に示します。

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              1. A communications, command, control and sensing system for communicating with a plurality of external devices comprising:

              a microprocessor for generating a plurality of control signals used to operate said system, said microprocessor creating a plurality of reprogrammable communication protocols, for transmission to said external devices wherein each communication protocol includes a command code set that defines the signals that are employed to communicate with each one of said external devices;

              a memory device coupled to said microprocessor configured to store a plurality of parameter sets retrieved by said microprocessor so as to recreate a desired command code set, such that the memory space required to store said parameters is smaller than the memory space required to store said command code sets;

              a user interface coupled to said microprocessor for sending a plurality of signals corresponding to user selections to said microprocessor and displaying a plurality of menu selections available for the user’s choice, said microprocessor generating a communication protocol in response to said user selections; and

              an infra-red frequency transceiver coupled to said microprocessor for transmitting to said external devices and receiving from said external devices, infra-red frequency signals in accordance with said communications protocols.

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2.事件の経緯

(1)1回目の訴訟提起

 2016年に、Salarzar氏はHTC Corporation(以下、HTC社)を特許侵害でテキサス州東部地区連邦地方裁判所に訴え、権利主張されたクレームを実施化した特定の電話機をHTC社が販売したことでHTC社が本件特許を侵害したと主張しました。これに対して陪審員は、HTC社は侵害していないという評決を下しました(陪審員は本件特許の有効性については判断しませんでした)。

(2)2回目の訴訟提起

 2019年、Salarzar氏は、1回目の訴訟で争った同じ製品に対して、再度、本件特許を権利主張して、AT&T Mobility LLC, Sprint United Management Company, T-Mobile USA, Inc., およびVerizon Wireless, Inc.(以下、電気通信プロバイダ各社と総称する)を同じくテキサス州東部地区連邦地方裁判所に訴えました。HTC社は訴訟参加し、訴えられた製品は本件特許を侵害していないという宣言判決(declaratory judgement)を求めました。地裁は、HTC社の請求を分離し、訴訟のその部分を保留しました。後述しますように、この2回目に提起された訴訟はその後CAFCに控訴されることになりますが、本稿はその控訴審の判決について解説するものです。

 

3.第一審での争点と地裁の判断

 クレームの解釈において、原告および被告の両当事者は、上記のクレーム1の原文のうち太字斜体で示した以下の限定の解釈について争いました。

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「・・・複数の制御信号を生成するためのマイクロプロセッサ(a microprocessor for generating)を備え、前記マイクロプロセッサは・・・複数の再プログラム可能な通信プロトコルを作成し(said microprocessor creating)、・・・前記マイクロプロセッサによって検索された(retrieved by said microprocessor)複数のパラメータセットを記憶するように構成され・・・前記マイクロプロセッサが・・・通信プロトコルを生成する(said microprocessor generating)・・・」

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 この論争の本質は、「クレームに記載された上記の『(制御信号の)生成(generate)』、『作成(create)』、『検索(retrieve)』および『(通信プロトコルの)生成(generate)』のそれぞれの機能を、1つのマイクロプロセッサ(one microprocessor)で実行できることをクレームが要求しているかどうか」ということでした。

 地裁はこの質問に肯定的に答え、このクレーム用語(a microprocessor)について、「1つまたは複数のマイクロプロセッサ(one or more microprocessor)であり、そのうちの少なくとも1つが、『生成』、『作成』、『検索』および『生成』の機能を実行するように構成されている」ことを意味していると解釈しました。地裁はさらに、「少なくとも1つのマイクロプロセッサは、『前記マイクロプロセッサ』について記載されたすべての機能的(および関係的)限定を満たさなければならない」と判断しました。裁判で、陪審員は、訴えられた製品は特許を侵害していないと判断した一方で、特許は無効ではないとも判断しました。これに対して、原告であるSalazar氏はCAFCに上訴し、被告である電気通信プロバイダ各社も交差上訴しました。

 

4.CAFCの判断

(1)クレーム解釈について

 Salazar氏は、地裁は初出の「マイクロプロセッサ(“a”microprocessor)」および既出の「前記マイクロプロセッサ(“said”microprocessor)」の解釈を誤ったものであり、地裁はクレームの文言を、1つまたは複数のマイクロプロセッサのいずれかがクレームに記載された「生成」、「作成」、および「検索」の機能を実行できればよいものであると解釈すべきであった、と主張しました。言い換えると、Salazar氏の見解では、正しいクレーム解釈は、たとえ単一のマイクロプロセッサがクレームに記載された機能のすべてを実行できない場合であっても、クレームされたある機能を実行できる1つのマイクロプロセッサと、クレームされた別の機能を実行できる別のマイクロプロセッサとを包含する、ということになります。

 CAFCは、Salazar氏の主張を却下しました。一般に、不定冠詞“a”は、移行句“comprising”を含むオープンエンドクレーム(open-ended claim)において、「1つまたは複数(one or more)」を意味します。この一般原則に対する例外は、クレーム自体の文言、明細書または審査経過が原則からの逸脱を必要とする場合に発生します。CAFCは、初出の「マイクロプロセッサ(a microprocessor)」というクレーム用語は、マイクロプロセッサが1つしか存在しないことを要求するものではないが、「前記マイクロプロセッサ(said microprocessor)」に言及する後続の限定は、少なくとも1つのマイクロプロセッサが、クレームされた各機能を実行できることを必要とする、と認定しました。CAFCはさらに、争点となっているクレーム記載に基づいて、記載された複数の機能のうちの1つしか実行できないマイクロプロセッサを複数個特定しても本件特許クレームに適合されるには十分ではない、と説明しました。このような結論は、CAFCにおけるこれまでの多くの先例の結論に従ったものであります(たとえば、Convolve, Inc. v. Compaq Computer Corp., 812 F.3d 1313(Fed. Cir. 2016)、In re Varma, 816 F.3d 1352(Fed. Cir. 2016)など)。したがって、CAFCは原審の陪審員の非侵害の認定を支持しました。

(2)特許無効の主張について

 電気通信プロバイダ各社の交差上訴に目を向けると、原審において陪審員は権利主張されたクレームは新規性を阻害されていないと判断し、地裁はその判断にしたがって判決を行いました。CAFCでの控訴審において、電気通信プロバイダ各社は、権利主張されたクレームが新規性を阻害されているという実体的で明瞭で説得力のある証拠を提出しているので、クレームが新規性を阻害されていないという地裁の判断は誤りであると主張しました。

 しかしながらCAFCは、電気通信プロバイダ各社が控訴審において新規性阻害による無効の主張を放棄したと認定しました。連邦民事訴訟規則50条は、当事者が不利な判決に対して上訴するためには十分な証拠に基づいて適切に申し立てなければならないことを規定していますが、CAFCは、電気通信プロバイダ各社が、この連邦民事訴訟規則50条の下に、原審の公判の後に法律上当然の判決(judgement as a matter of law)を求める申立をしておらず、したがって控訴審のための主張を維持できなかった、と認定しました。CAFCは特に、原審の公判において、電気通信プロバイダ各社(その代理人)が、裁判官に対して、新規性阻害に関する法律上当然の判決を申し立てるいかなる意図も明確に否認したことに注目しました。したがって、CAFCは、規則50条の最も寛大な解釈の下でさえ、その問題に関する陪審員の認定について上訴する権利を放棄したと判断しました。

 

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | April 13, 2023 “It’s All in the Grammar: “A” Still Means “One or More,” but Single Component Must Perform All Claimed Functions”

② Salazar v. AT&T Mobility LLC et al., Case No.21-2320; -2376(Fed. Cir. Apr. 5, 2023)(Stoll, Schall, Stark, JJ.)(CAFC判決原文)

[担当]深見特許事務所 堀井 豊