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弁護士費用に関する最近の2件のCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、地方裁判所での特許侵害訴訟において両当事者が共に訴えを取り下げた後の事実記録を考慮して、不公正行為(inequitable conduct)も利益相反(a conflict of interest)も事件を「例外的なケース」にしていないと判断し、敗訴当事者に勝訴当事者の弁護士費用を支払わせることを拒否した地方裁判所の判決を支持しました(第1のCAFC判決)。

(United Cannabis Corp. v. Pure Hemp Collective Inc., Case No. 22-1363 (Fed. Cir. May 8, 2023))

 上記第1のCAFC判決の約2週間後に、CAFCの別の判事の合議体(panel)が、裁量により敗訴当事者に勝訴当事者の弁護士費用を支払わせることを拒否した地方裁判所の判決を支持する判決を下しました(第2のCAFC判決)。

(OneSubsea UK Limited v. FMC Technologies, Inc., No. 2022-1099 (May 23, 2023))

 

I.弁護士費用の法的根拠

 特許権等を乱用して、弁護士費用を含む訴訟費用よりも低い額のライセンス料を提示して無理なライセンス契約を結ばせようとする、パテントトロールのような悪質なケースを防ぐため、米国特許法285条、およびランハム法(商標法)1117条(a)において、「裁判所は例外的なケースにおいて、勝訴当事者に適切な額の弁護士費用を与えてもよい」という趣旨の規定をしています。この規定を受けて地裁およびCAFCは当初は、「例外的なケース」として敗訴者負担を認める基準として、①制裁を課されるほどの不正行為が敗訴者側にあったこと、または②客観的根拠がないにも関わらず主観的な悪意で訴訟が起こされたこと、という要件について、明白かつ確信を抱くに足る証拠で証明する必要がある、との厳しい基準を適用していました。

 その後、2014年のOctane Fitness判決およびHighmark Inc.判決において米国連邦最高裁は、特許法285条に規定された弁護士費用の敗訴者負担を認める基準を大幅に緩和しました(下記「情報元5」参照)。

 両最高裁判決について簡単に説明いたしますと、Octane Fitness判決においては、「例外的なケース」とは訴訟の主張が「他と際だって異なる(stands out from others)場合」または「非合理的(unreasonable)な場合」に該当するとして従前の要件よりも広い裁量を認め、さらに「明白かつ確信を抱くに足る証拠」よりも低い、「証拠の優越(preponderance of evidence)」の基準を採用しました。Highmark Inc.判決においては、「例外的なケース」であるか否かの決定は地裁の裁量事項であり、CAFCは地裁に裁量権の濫用があったかを確認すべきものであると判断しました。

 この記事の対象である2つのCAFC判決(いずれも2023年5月言渡し)においては、結果として弁護士費用の敗訴者負担を認めなかったものの、これらの最高裁判決に基づき、弁護士費用の問題について前審である地方裁判所の裁量を重視する判断を示しています。

 米国における弁護士費用の法的根拠については、弁護士費用に関する他のCAFC判決を紹介した、2021年3月発行の弊所外国知財情報レポート(下記URL)の7番目の記事においても説明しています。

https://www.fukamipat.gr.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/f_202103-1.pdf

 

  1. 第1のCAFC判決(United Cannabis Corp.判決)

1.本判決の背景

 (1)連邦地方裁判所への提訴

 United Cannabis Corp. (以下「UCANN社」)は、Pure Hemp Collective Inc.(以下「Pure Hemp社」)が大麻抽出物に関する特許権を侵害しているとして、コロラド地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)に提訴し、Pure Hemp社はそれに対して反訴を提起しました。長期にわたる訴訟の後、両当事者はそれぞれの訴えを取下げることに合意しましたが、Pure Hemp社は、次の2点を理由として、UCANN社に対して、Pure Hemp社の弁護士費用を負担することを求めました。

 (i)特許の明細書に米国特許公開公報の記載内容を先行技術として転記していたにもかかわらず、当該公報を米国特許商標庁に開示しなかったという、当該特許審査段階におけるUCANN社による不公正行為の疑い。

 (ii)UCANN社の訴訟弁護士による利益相反行為の疑い。

 (2)地裁の判断

 地裁は、この事件は「例外的なケース」には該当しないと判断し、Pure Hemp社の要求を却下しました。それに対してPure Hemp社は、CAFCに控訴しました。

. CAFCにおける審理

 Pure Hemp社は、3つの異なる法的根拠(特許法第285条、司法及び司法手続に関する28U.S.C.の§1927、および、地方裁判所固有の権限)に基づいて、弁護士費用の負担を求める申立てを行ない、いずれもCAFCに管轄権があるため、CAFCはいずれの法的根拠についても判断を示しました。ただし、いずれの法的根拠の下でも同じ結論になることから、この記事においては、特許法第285条に基づくPure Hemp社の主張と、それに対するCAFCの判断のみについて説明します。

 (1)Pure Hemp社の主張

 Pure Hemp社はCAFCでの審理において、地裁が次の3点において誤りを犯したと主張しました。

 (i) Pure Hemp社が勝訴当事者であると認定しなかったこと、

 (ii) 当事者間に争いのない事実が不公正行為を構成したと結論付けなかったこと、および

 (iii) UCANN社の訴訟弁護士が利益相反行為を行なっていることを認めなかったこと。

 (2)CAFCの判断

 CAFCは、本件判決において、米国特許法第285条に基づく「例外的なケース」に該当するかどうかの判断の理由を、上述した米国連邦最高裁のOctane Fitness判決およびHighmark Inc.判決の判旨を引用した上で、以下のように説明しました。

 (i)Pure Hemp社が勝訴当事者であると、地裁が認定しなかったことについて

 CAFCは、UCANN社の訴えをUCANN社の主張を退けることで受け流し、Pure Hemp社は米国特許法第285条に基づく勝訴当事者であると説明しました。しかしながらCAFCは、地裁がその裁量権によって、最終的にこの事件は「例外的なケース」ではないと結論付けたため、Pure Hemp社が訴訟の勝訴当事者であると認定しなかったという地裁の誤りは、弁護士費用を敗訴者が負担すべきかどうかの判断に影響を与えるものではないと結論付けました。

 (ii)不公正行為に関するPure Hemp社の主張について

 CAFCは、UCANN社の不公正行為に関するPure Hemp社の主張を価値のないものと判断しました。その理由としてCAFCは、Pure Hemp社が不公正行為の反訴を自発的に取下げ、その後にも不公正行為について対処を求めなかったため、検討すべき余地はないと説明しました。

 Pure Hemp社は、記録された争いのない事実に基づいて勝つことができると主張しましたが、CAFCは同意しませんでした。その理由としてCAFCは、「記録の限られた部分であっても、不公正行為の重要性と意図に関して少なくとも真剣な論争が行われたことが示されており、Pure Hemp社がこの事件が例外的であることを実証していないとした地裁の判断は適切である」と説明しました。

 CAFCはまた、「米国特許公開公報の明細書における先行技術の一部をコピーして本件特許の明細書に貼り付けたにもかかわらず、当該公報を開示しなかったことが不公正行為である」というPure Hemp社の主張を、以下の理由により却下しました。

 不公正行為に関するPure Hemp社の主張について、CAFCは人を欺く意図と不公正行為の重大性について独自の認定を自由に行なうことができず、さらに、地裁は弁護士費用の負担についての決定の理由を示す必要はなく、裁量で決することできると説明しました。

 上記CAFCの判断は、前審である地裁の裁量を重視するものであり、『地裁がある事件について「例外的なケース」であるかどうかを判断する際に、「全体的な状況を考慮して、ケースバイケースで裁量権を行使する」』という、米国連邦最高裁のOctane Fitness判決の判旨と、『地裁が特許法第285条に基づくあらゆる側面を検討するに際して、「裁量権の濫用基準」を適用する』というHighmark Inc.判決の判旨に基づいて、地裁の裁量を重視したものと言えます。「裁量権の濫用基準」に基づいて地裁の判断をCAFCが覆す場合には、地裁が決定を下した際に明らかな判断ミスを犯したことを示さなければなりません。

 (iii)UCANN社の訴訟弁護士による利益相反行為の問題について

 「UCANN社の訴訟弁護士が利益相反行為を行なっていたため、この訴訟は例外的である」というPure Hemp社の主張について、CAFCは、Pure Hemp社が利益相反行為を裏付ける証拠を示さなかったため、この主張は撤回されたものとみなされ、いずれにせよ検討する価値がないと判断しました。

 

III. 第2のCAFC判決(OneSubsea UK Limited判決)

 CAFCは、地方裁判所が原告に不利な略式判決を却下し、原告の訴訟手続きの継続を認めた場合、地裁は「略式判決に反対する側の当事者の立場が客観的に根拠がないとは言えない」と事実上判断したものと言えるとして、地裁の裁量による弁護士費用の否認を支持しました。

1.本判決の背景

 (1)連邦地方裁判所への提訴と、当事者の主張

 OneSubsea社とFMC社は、海底の石油およびガスの探査および抽出を行なう業界で競合しています。OneSubsea社は、その特許権をFMC社が侵害するとして、テキサス東地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)に提訴しました。地裁がクレーム解釈の決定を下した後、FMC社は非侵害の略式判決を求め、それに対してOneSubsea社は反論しました。

 略式判決の申立てが係属している間、特許審判部は、主張された特許の一部について当事者系レビュー(IPR)手続きを開始しました。その後地裁は2016年8月に、FMC社による略式判決の申立てを却下し、2019年まで訴訟手続きを一旦停止しました。

 2021年、FMC社は、クレーム解釈が決定された後のOneSubsea社の「特許侵害の主張の実質的な弱さ」と「訴訟における不公正な行為」を理由に、FMC社の弁護士費用を負担することを求めました。

 (2)地裁の判断

 その後地裁は、当初選任された合議体の裁判官の一人が辞任した後、代わりの裁判官が選任されたと発表しました。新しい裁判官は、OneSubsea社の訴訟は客観的に根拠がないというFMC社の見解と、訴訟におけるOneSubsea社側の不正行為に関するFMC社の主張を却下しました。それに対してFMC社はCAFCに控訴しました。

. CAFCにおける審理

 まずFMC社は、辞任した裁判官に代わる新しい裁判官が本件担当の合議体に短期間属していただけであり、FMC社の弁護士費用の申立てを決定する際に裁量を行使する資格を失うべきであるため、CAFCは、弁護士費用の負担について、地裁が裁量権を濫用したかどうか(裁量権の濫用基準)で判断するのではなく、CAFCで改めて審議して判断するde novo reviewを適用すべきであると主張しました。

 それに対してCAFCは、最高裁判決に基づく「裁量権の濫用基準」を適用できるものとして、”de novo review”を適用すべきというFMCの要求を拒否しました。

 またCAFCは、FMC社の『本件が「例外的なケース」である』との主張については、弁護士費用の負担を認めるのに十分な根拠とならないと判断しました。CAFCは、クレーム解釈の決定のみに基づく非侵害判決を求めるFMCの要求は「説得力がない」という地裁の見解を無視し、「FMCの申立てが認められるべきかどうかは現在の記録からは不明である」と説明しました。裁判所はさらに、地裁による略式判決の否認は、OneSubsea社の特許侵害訴訟の提起は客観的に根拠がないとは言えないことを示していると説明しました。

 CAFCはまた、地裁が、不公正行為を構成するものとして申立てられた各事例を慎重に検討し、それらすべてを実質的な価値はないとして却下したと判断し、訴訟におけるOneSubsea社側の不公正行為に関するFMC社の主張を却下しました。

 以上述べたようなFMC社の主張を却下したことの結論として、CAFCは、地裁による弁護士費用の否認を支持しました。

 CAFCの異なるパネルによる本件判決も、上記「第1のCAFC判決」と同様に、米国連邦最高裁のOctane Fitness判決およびHighmark Inc.判決の判旨に基づいて、前審である地裁の裁量権を重視した事例であり、最高裁判決の裁量権の濫用基準に基づくことがCAFCの判断基準として定着していることを示すものと言えます。

 

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “Blunt Rejection of Attorney Fees in Stipulated Dismissal” May 18, 2023

https://www.ipupdate.com/2023/05/blunt-rejection-of-attorney-fees-in-stipulated-dismissal/

2.United Cannabis Corp. v. Pure Hemp Collective Inc., Case No. 22-1363 (Fed. Cir. May 8, 2023)判決原文

https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1363.OPINION.5-8-2023_2122947.pdf

 

3.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “Well Runs Dry: Summary Judgment Denial Supports Non-Exceptional Case Finding” June 1, 2023

              https://www.ipupdate.com/2023/06/well-runs-dry-summary-judgment-denial-supports-non-exceptional-case-finding/

 

4.OneSubsea IP UK Limited v. FMC Techs, Inc., Case No. 22-1099 (Fed. Cir. May 23, 2023)判決原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1099.OPINION.5-23-2023_2131192.pdf

 

5.JETRO「米連邦最高裁が弁護士費用負担の条件を緩和する判決を下す」(2014年5月)

              https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/n_america/us/ip/news/pdf/20140505.pdf

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登