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中国知識産権局が実用新案の保護対象ガイドラインを発表

 実用新案出願大国(2022年の実用新案出願件数は295.1万件)である中国における実用新案専利制度の高品質の発展を推進するために、2023年11月2日、中国の特許庁である中国国家知識産権局(以下「CNIPA」)は、「実用新案専利の保護対象の判断に関するガイドライン」を発表しました。

 以下、中国の実用新案専利制度の概要および発表されたガイドラインについて説明します。なお、以下に述べる中国専利法および審査指南の条文は、いずれもジェトロ北京事務所知財部作成の「中華人民共和国専利法2020」(2021年6月1日施行)および「専利審査指南2010」(2010年2月1日改正)の日本語訳文(下記「情報元4」)を参照しています。

 

1.中国の実用新案専利制度の概要

 (詳細は、下記「情報元3(1)~(3)」をご参照下さい)

(1)実用新案の定義および保護対象

 (a)定義

 中国専利法第2条第3項に、「実用新案とは、製品の形状、構造又はその組合せに対して行われる、実用に適した新たな技術方案を指す。」と規定されており、中国の実用新案は製品のみを保護対象としています。

 ここでいう「製品」とは、産業的方法により製造されたもので、確定した形状、構造を有し、かつ一定の空間を占める実体をいいます(審査指南第一部第二章6)。

 (b)保護対象

 中国の審査指南は、その第1部第2章6.1、6.2において、実用新案の保護対象に属さず実用新案登録を受けることができないものとして、あらゆる方法的発明、気体、液体や粉末状の物質のような、確定した形状がないもの、製品の特長がその材料や製法の改良にあるもの、等を規定しています。

 ただし、実用新案の請求項の構成要素の一部に、例えば樹脂、ゴムなどのような既知の材料の名称を記載することや、実用新案のクレームの構成要素の一部に、例えば溶接、リベット締めなどのような既知の方法の名称を記載することは認められています。

 また、クレームで公知の方法の名称のみを使用することや、公知のコンピュータプログラムの名称のみをクレーム中で使用することは認められます。

(2)手続き

 (a)出願

 出願時に、願書、明細書およびその概要、図面、特許請求の範囲等(専利法第26条)をすべて中国語で提出する必要があり、外国語出願制度はありません。また、日本と異なり、特許(発明専利)、実用新案(実用新案専利)、意匠の間での出願変更制度はありませんが、同一の出願人が同一の発明創造に対して、同時に実用新案専利と発明専利の双方を出すことは認められています(専利法第9条)。この制度の活用法について、下記「3.実務上の留意点」の項目(2)に記載しています。

 (b)自発的補正(専利法第33条)

 出願人は、出願日より2か月以内に、実用新案専利出願を自発的に補正することができます。書類の補正は、元の明細書とクレームの範囲を超えてはならないとされています。

 (c)方式審査

 出願書類の方式上の適否、および、明らかに不登録事由に該当するか否かの審査が行われ、必要に応じ、意見陳述または補正をするよう通知されます(専利法第40条)。

 新規性、進歩性についての実体審査、出願公開制度、審査請求制度はありません。新規性、進歩性のない実用新案専利に対しては、登録後に無効を請求することができます。

 (d)実用新案専利権付与の公告

 出願を却下する理由が存在しない場合には、権利付与決定の後、実用新案専利権が付与され、その旨が公告されます。実用新案専利権は公告日から有効となります(専利法第40条)。

 実用新案専利出願が拒絶された場合には、出願人は拒絶査定の通知の日から3か月以内に国務院専利行政部門に対して審判を請求をすることができます(専利法第41条)。

 実用新案専利権の存続期間は、出願日から10年です(専利法第42条)。

 (e)専利権評価報告書

 実用新案専利について実施を許諾する意思がある旨の声明を提出する場合、専利権者が自ら書面にて国務院専利行政部門に、専利権評価報告書を提供しなければなりません(専利法第50条)。

 実用新案専利権の侵害紛争が生じた場合、人民法院または専利事業管理部門は、専利権者または利害関係者に対し、専利権侵害紛争を審理し、処理するための証拠として、国務院専利行政部門が関連の実用新案について検索、分析、評価を行った上で作成した専利権評価報告書を提出するように要求することができます。専利権者、利害関係者または被疑侵害者は、自発的に専利権評価報告書を提示することも可能です(専利法第66条)。

 なお、中国専利法には、日本の実用新案法第29条の2のような「技術評価書を提示して警告をした後でなければ、侵害者等に対し、その権利を行使することができない」旨の規定は存在しません。

 

2.ガイドラインについてのCNIPAの発表内容について

(1)概要

 このガイドラインは、実用新案専利の保護対象に関する規定および実例を整理し、出願人が実用新案専利の保護対象の範囲を正確に理解するように導き、実用新案専利出願の明細書作成および応答の品質向上を促進することを目的としています。

 ガイドラインの最後には、下記の「3.実務上の留意点」の項目(1)で言及するように、実用新案専利の出願時および応答時の注意事項も記載されています。

 また、ガイドラインは、コンピュータプログラムの保護対象の判断を整理し、「人為的配置計画」という概念を導入するとともに、食品類出願の保護対象の判断に関する説明もしています。

 当該ガイドラインの詳細は、下記「情報元1」の第2頁以降に添付された、ガイドライン全文の日本語訳をご参照下さい。

(2)実用新案専利の保護対象に該当するかどうかの特徴的な判断事例

 中国専利法第2条第3項には、「実用新案とは、製品の形状、構造又はその組合せに対して行われる、実用に適した新たな技術方案を指す。」と規定されています。

 上記規定によれば、実用新案専利の保護対象は、製品であること、形状、構造又はその組合せであること、技術的方案(技術的手段)であること、という3要件をすべて満たす必要があります。実用新案専利出願のクレームが上記いずれかの要件を満たさない場合、実用新案専利の保護対象にはなりません。

 このガイドラインは、上記3要件(製品、形状および/又は構造、技術方案)のそれぞれの観点から、実用新案専利の保護対象に該当するものおよび該当しないものについて例を挙げて説明しています。より詳細は、「情報元1」に加えて、下記「情報元2」をご参照下さい。

 保護対象に該当するかどうかの特徴的な事例について、以下にいくつか紹介します。

 (a)「製品であること」について

 たとえば次のような場合、保護対象と認められます。

 クレームがハードウェアの改良とコンピュータ・プログラムの改良の両方を含む製品である場合であっても、先行技術に対する改良がハードウェア部分にあり、そのコンピュータプログラムが公知である場合(例:公知の顔認識プログラムを用いて、クレームにプログラム自体の改良を含まない顔認識スマートドアロック)には、保護対象と認められます。

 形式的に「製品」と記載されていても、次のような場合は保護対象とは認められません。

  ・クレームが、コンピュータ・プログラム自体の改良を含む場合、あるいは、実質的にコンピュータ・プログラムモジュールの範疇に属する場合

  ・人工的な配置計画(交差点の信号制御、特別車線、庭園型工場建物等)

 (b)製品の「形状/構造」について

 クレームに気体、液体、粉末、粒状物質などの不定形物質を含む場合であっても、製品の技術的特徴が製品内の構造的特徴で制限される場合(例えば、内部に不定形のアルコールを含む温度計の形状)や、物質的特徴を含む製品であっても、クレームに既知の物質名のみが記載されている場合は、保護対象となり得ます。

 クレームが食品の構造を特定する場合であっても、その食品の素材自体の改良を含む場合は保護対象とはなりません。

 (c)「技術方案であること」について

 キーの表面の文字や記号だけを変更したコンピュータのキーボードのような、製品の表面に記載された文字、記号、図又はこれらを組み合わせたものは、保護対象とはなりません。

 

3.実務上の留意点

(1)保護対象の判断に関連する留意点

 今回発表されたガイドラインの「五.保護対象の判断に関する実用新案専利の出願時および応答時の注意事項」には、概ね次の点が指摘されています。

 (i)適切な専利種類の選択

 発明専利(特許)、実用新案専利、意匠専利(これら相互間の変更不可)のそれぞれの保護対象をよく把握した上で、保護したい発明・創作に適した専利種類を選択すべきです。

 (ii)保護対象の判断に関するクレーム作成

 従属クレームが実用新案専利の保護対象とは認められない場合、独立クレームが実用新案専利の保護対象であっても実用新案登録を受けることができないことに注意すべきです。

 (iii)保護対象の判断に関する応答又は補正の注意事項

  (a)実用新案専利の保護対象に関する拒絶理由への応答時に、独立クレームから保護対象違反に係る構成要件を単純に削除するだけでは、補正後のクレームは当初の開示範囲を超えてしまうおそれがあります。

  (b)クレーム中の組成物などの材料が既知材料であるかどうか、あるいはコンピュータプログラムが既知であるかどうかの拒絶理由への応答時には、当該材料またはコンピュータプログラム全体が既知であることの十分な説明または証拠の提示が必要です。

 特に、実務において、コンピュータプログラムが既知のものであるか否かについての判断には不確実さがあるため、このような案件については、将来の審査動向をウオッチングして整理しておくことが望ましいと言えます。

 (2)日本の実用新案制度との留意すべき相違点

  (i)日本とは異なり、上記項目「1.(2)(a)」で述べたように、出願人は同一の発明について発明専利(特許)と実用新案専利の両方を同日に出願することができ(専利法第9条)、発明専利と実用新案専利とを同日に出願すれば、実用新案専利出願は実体審査がないため先に登録されることとなります。専利法第9条の冒頭には、「同様の発明創造に対しては1件の専利権のみを付与する。」と規定されていますが、その直後の「但し書き」において、「同一の出願人が同日中に同様の発明創造について実用新案専利を出願し、同時に発明専利を出願した場合、先に取得した実用新案専利権が終了する以前において、出願人が当該実用新案専利権の放棄を宣言したものは発明専利権を付与することができる。」と記載されています。したがって、同一の発明創造について発明専利と実用新案専利とを同日に出願し、実用新案専利を先に登録させ、発明専利が登録可能となった時点で実用新案専利権を放棄して、引き続き発明専利権で同一発明創造の権利を継続することにより、より長期間にわたって専利権を維持するという戦略を採ることができます。

  (ii)発明専利、実用新案専利、意匠専利の間の出願変更が認められないことから、出願時の専利種別見極めの重要性がより大きいと言えます。

  (iii)権利の活用に際して、中国専利法における実用新案専利権報告書と、日本の実用新案制度における実用新案技術評価書との相違点を理解し、混同しないように留意すべきです。

[情報元]

1.LINDAからのIPニュース第168号「国家知識産権局による実用新案専利の保護対象の判断に関するガイドラインについて」

              http://www.lindapatent.com/law2.pdf

 

2.JETRO香港事務所「CNIPA、実用新案専利の保護対象の判断に関するガイドランを発表」(2023年11月7日)

              https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/pdf/report_20231107.pdf

 

3.新興国等知財情報データバンク公式サイトより

 (1)中国における実用新案出願制度概要(2021年11月30日)

              https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/21210/

 (2)中国における実用新案制度の概要と活用(2020年4月28日)

              https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/18528/

 (3)中国における実用新案権の権利行使(2023年4月18日)

              https://www.globalipdb.inpit.go.jp/license/34245/

 

4.関連法令条文日本語訳文(ジェトロ北京事務局知財部)

 (1)中国改正専利法(2021年6月1日施行)

                   https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/regulation/20210601_jp.pdf

 (2)専利審査指南2010

                   https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20100201.pdf

  [担当]深見特許事務所 野田 久登