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IPRの決定により損害を被っていないIPR請願人の控訴人適格に関するCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当事者系レビュー(IPR)手続における最終決定書に対する控訴を棄却し、特許審判部(PTAB)によるIPRの決定によって、IPR請願人は実際には損害を被っていないため、CAFCへの上訴人としての地位を欠いていると判断しました。

              Allgenesis Biotherapeutics Inc. v. Cloudbreak Therapeutics, LLC, Case No. 22-1706 (Fed. Cir. Nov. 7, 2023) (Moore, Stoll, Cunningham, JJ.)

 

1.事件の背景

(1)IPRの請願と、PTABの決定

 (a) Allgenesis Biotherapeutics(以下「Allgenesis社」)は、Cloudbreak Therapeutics(以下「Cloudbreak社」)が所有する、眼の翼状片(目がしらから角膜に達する異常な三角形の粘膜状組織)を治療するための組成物および方法に関する米国特許10,149,820(以下、「本件特許」)に対して特許無効を主張するIPR請願書を提出しました。

 (b)IPR手続き中、Cloudbreak社は2つを除くすべてのクレームを放棄しました。

 (c)IPRの最終決定書においてPTABは、Allgenesis社が残りの2つのクレームが特許性がないことを示せなかったと認定しました。

 (d)その決定の一環として、PTABは、Allgenesis社が特許無効主張の根拠としているAllgenesis社による特許協力条約(PCT)出願は、その優先日が本件特許の優先日より後であるため、本件特許の先行技術とはならないという決定を下しました。

 (e)それに対してAllgenesis社は、CAFCに控訴しました。

 ご参考までに、本件特許に対応する日本出願公表特許(特表2018-521120,下記の「情報元3」)は、本件特許とほぼ同じ内容を記載しています。

(2)合衆国憲法第3条について

 合衆国憲法第3条第2節第1項は、連邦裁判所の管轄権を「事件」または「論争」の裁定に限定しています。また、過去の判決(Spokeo, inc. v. Robins 連邦最高裁判決(2016))に基づき、憲法第3条に規定する訴訟を提起する適格性を有するためには、(1)実際に損害を被ったこと、(2)被告の異議を唱えられた行為に適切に追跡可能であること、および、(3)有利な司法判断によって救済される可能性が高いことが必要です。

 

2.控訴審における控訴人の主張

 Allgenesis社は、次の2つの別々の主張に基づいて合衆国憲法第3条の地位(本件では控訴人適格)を確立しようと試みました。

(1)第1の主張

 まずAllgenesis社は、自社の新薬開発によって将来起こし得る本件特許の侵害による負債によって生じる損害に基づいて原告適格を有する(had standing)と主張しました(第1の主張)。この主張を裏付けるために、Allgenesis社は、3年前に完了した第II相試験と、関連する2020年の刊行物とに関する情報を含む財務担当副社長の宣誓供述書を提出しました。しかし、その宣誓供述書には、第III相試験の実施や米国食品医薬品局(FDA)の承認を求めるための具体的な計画は明記されておらず、プロジェクトは中止されていないという一般的な声明のみが含まれていました。

 なお、「第II相試験」および「第III相試験」は、新薬の治験において通常行われる試験であり、まず治験薬の安全性や体の中でのふるまいを調べる第I相試験が行われ、次に治療効果や副作用の出方などから最適と思われる使用方法や使用量を決める第II相試験、最後に実際の医療に近い形で用いて有効性を調べる第III相試験という順序で行われます。

(2)第2の主張

 Allgenesis社の第2の主張は、PTABの「Allgenesis社が特許無効主張の根拠としているAllgenesis社による特許協力条約(PCT)出願は、その優先日が本件特許の優先日より後であるため、本件特許の先行技術とはならない」という優先権に関する決定が、実際に損害をもたらしたというものでした。Allgenesis社は、Cloudbreak社の特許の優先日に関するPTABの決定は、Allgenesis社の発行済の特許や係属中の出願に決定的な影響を与えるため、Allgenesis社の特許に関する権利に影響を与え、損害をもたらしたと主張しました。

 

4.CAFCの判断

(1)Allgenesis社の上記第1の主張について

 控訴審におけるAllgenesis社の上記第1の主張に関連してCAFCは、まず、過去の判決を引用して、実際に控訴人が損害の根拠として、将来起こし得る侵害による負債に基づく損害に依拠する場合、「将来の侵害の重大なリスクを生み出すか、特許権者に侵害の主張をさせる可能性が高い将来の活動についての具体的な計画があることを立証しなければならない」と指摘しました。

 またCAFCは、Allgenesis社のブリーフィングと口頭弁論には、第III相試験に従事する予定であるという陳述が含まれていたものの、この主張を裏付ける記録はないと判断しました。CAFCは、それ以前の証拠は、IPRの最終決定書に対して上訴する適格性を主張するために必要な具体的な計画を構成していないと判断しました。また、Allgenesis社は、Cloudbreak社に和解を求める試みが失敗したことに依拠しようとしましたが、裁判所は、これは侵害の実質的なリスクを示すには不十分であると結論付けました。

(2)Allgenesis社の上記第2の主張について

 (a)実際の損害の立証の欠如の認定

 Allgenesis社の第2の主張は、本件特許クレームとAllgenesis社のPCT出願とは同じ発明(すなわち、翼状片に対するニンテダニブ治療の発明)に関連しており、当該PCT出願の優先日が本件特許の優先日の後であるという PTABの優先権に関する決定はAllgenesis自身の特許権の範囲に影響を与えることから、実際に損害を被ったというものでした。

 その主張に対してCAFCは、Allgenesis社は、PTABの優先日に関する決定が自身の特許出願の権利範囲に影響を与えることを具体的には立証しておらず、Allgenesis 社の損害の申し立ては、実際の損害を立証するには十分ではないと判断しました。

 (b)副次的禁反言効果に関する認定

 CAFCは、2022年の判決(Best Medical International, Inc. v. Elekta Inc.判決、判決文原文は下記「情報元4」参照)において、本件と同じような特許無効の主張を拒否した事例に言及しました。その判決においてCAFCは、CAFCに対する控訴状が提出される前の段階で、特許権者がPTABにより特許性を否定されたクレームを削除したため、特許権者には特許性のないクレームを認定するPTABの決定に対して控訴する資格がないと判断しました。

 当該2022年判決の事件において特許権者は、関連する再審査手続きにおける審査官が、特許性を否定するに際してPTABの分析に依拠したことなど、PTABの決定に起因する特定の「副次的な禁反言効果(collateral estoppel effects)」が付与されたと主張していました。

 この2022年判決において CAFCは、副次的禁反言は上訴できないPTABの優先権に関する決定には適用されず、特許権者は再審査手続きにおいて審査官の所見と結論に異議を唱えることができるとの理由から、この主張を却下しました。CAFCはさらに、「副次的な結果が生じる可能性があるというだけでは、実際の損害が生じることの立証には不十分である」と指摘しました。

 CAFCは上記過去の判決における論拠が本件にも当てはまり、Allgenesis社の係属中の出願の審査中に審査官がPTABの決定と同じ優先日の順位の決定に達した場合、Allgenesis社は別の上訴でその決定に異議を唱えることができることから、副次的禁反言は、PTABの上訴不能な優先権の決定には適用されないと認定しました。

 控訴審の口頭弁論においてAllgenesisは、PTABの決定は依然としてその特許権の範囲に実際的な影響を与えると主張しましたが、CAFCは、この主張には、Allgenesis社が、PTABの優先権に関する決定が、PCT出願の優先権を主張する自社の発行済み特許や自社の係属中の継続出願にどのような影響を与えるのか、具体的に明確に述べていない点に問題があり、Allgenesis社がPTABの優先権に関する決定に基づいて実際に具体的な損害を被ったことを立証できていないと指摘しました。

 

5.実務上の留意点

 PTABによる不利な最終決定書に対して上訴するための地位を確立しようとしている審判請求人については、PTABの決定により実際に生じた損害を具体的に示すことなどにより、合衆国憲法第3条に規定する原告適格を有することを示すのに十分なサポートを明らかにする必要があります。

 特に医薬品開発に携わるライフサイエンス企業の場合、損害の立証のためには、申告書には、進行中の臨床試験に関する具体的な情報と、第III相臨床試験やFDA申請の目標日など、将来のイベントの具体的なタイムラインを含めることにより、実際に当該医薬品の製薬事業を継続していたことを示す必要があります。

 企業がそのような情報を提供できない場合、またはビジネス目的で提供を拒否する場合、上訴のための合衆国憲法第3条の原告適格の要件を満たさないと判断されるというリスクは、IPRの意思決定プロセスの早い段階で充分に考慮される必要があります。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermtt) “See Here: No Standing Based on Vague Future Plans or Adverse Priority Findings” (November 16, 2023)

              https://www.ipupdate.com/2023/11/see-here-no-standing-based-on-vague-future-plans-or-adverse-priority-findings/

 

2.Allgenesis Biotherapeutics Inc. v. Cloudbreak Therapeutics, LLC, Case No. 22-1706 (Fed. Cir. Nov. 7, 2023) (本件CAFC判決原文)

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1706.OPINION.11-7-2023_2218653.pdf

 

3.本件米国特許対応の日本公表特許(特表2018-521120)

              https://www.j-platpat.inpit.go.jp/gazette_work/domestic/A/430521000/430521100/430521120/430521120/514808538884DD70186C3C5322C776325312EE320FA26966C3C91FA1DB669148/JPA%202018521120-000000.pdf

 

4.Best Medical International, Inc. v. Elekta Inc. (August 26, 2022) CAFC判決原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/21-2099.OPINION.8-29-2022_1996526.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登