PGRで特許の無効が認められなかった申立人についてCAFCへの控訴適格を否定したCAFC判決紹介
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、米国特許商標庁(USPTO)の特許審判部(PTAB)に対して特許の無効を申し立てて認められなかった申立人が、PTABの最終書面決定に異議を申し立てる控訴適格を有していないと判断し、申立人による控訴を棄却しました。
Incyte Corp. v. Sun Pharmaceuticals Industries, Inc., Case No. 23-1300 (Fed. Cir. May 7, 2025) (Moore, C.J.; Hughes, Cunningham, JJ.) (Hughes, J., concurring)
1.事件の経緯
Sun Pharmaceutical Industries, Inc.(以下、「Sun社」)は、1つ以上の水素原子を重水素で置換することにより薬物の代謝特性を改善する技術を開示する米国特許第10,561,659号(以下、「本件特許」)を所有しています。Incyte Corporation(以下、「Incyte社」)は、本件特許のクレーム1-7および9-21は特許性を有していないと主張してUSPTOに付与後レビュー(post-grant review: PGR)[i]を請求しました。これに対してPTABは、Incyte社は本件特許のクレーム1-7および9-21が特許性を有していないことを証明できなかったとする最終書面決定を発行しました。Incyte社は、この決定を不服としてCAFCに控訴しました。
2.CAFCでの争点
Sun社は、Incyte社が、「実際の損害(injury-in-fact)」が生じていないことに基づいて、CAFCへの上訴を裏付ける「合衆国憲法第3条に基づく訴訟適格(Article Ⅲ Standing)」[ii]を有しているかどうかを争いました。
CAFCは、控訴審の審理を行う管轄権を前提問題として重視し、そしてPTABの最終決定のレビューを求める当事者としてのIncyte社が、控訴を提起した時点で合衆国憲法第3条に基づく訴訟適格を立証する責任を果たしていたか否か、を争点としました。
背景事情として、訴訟適格についてCAFCは、具体的で、現実的で、または差し迫った損害であって、争点となっている行為に起因しかつ裁判所の判決によって救済される可能性が高い損害が生じていることを必要としている、と指摘しました。この点に関してIncyte社は、「潜在的な侵害責任(potential infringement liability)」に基づいて、および「競争者訴訟適格の原則(competitor standing doctrine)」の下で、CAFCに控訴する訴訟適格を有していると主張しました。
3.CAFCの判断
(1)潜在的な侵害責任について
「潜在的な侵害責任」とは、将来的に特許権の侵害責任を問われる可能性(リスク)があることに基づいて、訴訟適格性があると主張する考え方を意味します。CAFCは、Incyte社が、このような可能性を主張するために、社内事業開発責任者から弁論中に提出された補足宣誓書に依拠していたことに注目しました。CAFCは、Incyte社の合衆国憲法第3条に基づく訴訟適格は「自明ではない」と指摘し、Incyte社は応答書面の提出前に証拠を提示すべきであったと判断し、補足証拠の検討を却下しました。Incyte社は、控訴審における訴訟適格が争われていることを事前に通告されており、その訴訟適格の証拠は可能な限り早期に提出されるべきでした。遅延に正当な理由がないと判断したCAFCは、Incyte社の補足証拠を検討する裁量権を行使せず、先に提出された証拠のみに基づき、Incyte社が「将来の侵害の実質的なリスク」を生じさせるような「将来の活動に関する具体的な計画」を有していることを立証できなかった、と判断しました。
(2)競争者訴訟適格の原則について
この原則は、競争当事者が自らの競争上の地位を損なわせる可能性のある特許に異議を申し立てることを認める原則であり、CAFCは、Incyte社が特許有効性に関するPTABの判断によって経済的損害を被ることを証明できなかったため、この原則は適用できないと判断しました。むしろ、PTABが特定の特許クレームを支持した決定は、政府の措置の受益者(特許権者)と同一市場における競争当事者であるという理由だけで、通常の経済力の作用により、特許の無効を主張する申立人に当然損害を与えるものではありません。CAFCは、「事実上の損害を立証するには、競争相手への利益を示すだけでは不十分であり、訴訟適格の立証を求める当事者は、自らの具体的な損害を立証しなければならない」と説明しております。
CAFCは、Incyte社が、特許無効の申立の対象となっている特許の対象となる行為に現在従事していること、または従事する現実的かつ具体的な計画を有していることを立証できなかったため、事実上の損害を立証できなかったと判断しました。
3.Hughes 判事の補足意見
Hughes判事は本件CAFC判決において、Incyte社には合衆国憲法第3条に基づく訴訟適格は認められないとする賛成意見を別途述べたものの、その中において、CAFCの先例は「過度に厳格」かつ「限定的」であると考えている、と述べました。Hughes判事の見解は以下のとおりです(情報元②の判決原文の第14頁下から4行目~第15頁上から8行目の抜粋)。
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一般的に特許付与後の行政手続からの上訴であることおよび本件の事実関係の文脈において、当裁判所の先例が合衆国憲法第3条の訴訟適格の精神に反する結論を導く状況を示していると私は考えます。特許付与後の行政手続の不利な結論から当裁判所に上訴する当事者の訴訟適格の有無に関する当裁判所の判例はあまりにも限定的であり、特許事件に対する訴訟適格の特別なルールを生じさせています。この限定的な特別ルールの存在は、医薬品分野においてさらに顕著であり、当裁判所の判例は、基礎化合物の発明者に訴訟適格がないという(私の見解では不適切である)結論に至っています。
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4.実務上の留意点
本件判決により、CAFCに対する合衆国憲法第3条の訴訟適格が争われる場合、「潜在的な侵害責任」については、「将来の侵害の実質的なリスク」を生じさせるような「将来の活動に関する具体的な計画」を有していることを立証する証拠を可能な限り早期に裁判所に提出する必要があることが理解されます。「競争者訴訟適格の原則」については、競争相手への利益を示すだけでは不十分であり、訴訟適格の立証を求める当事者自身への具体的な損害を立証しなければならなず、特許無効を申し立てている特許の対象となる行為に現在従事していること、または従事する現実的かつ具体的な計画を有していることを立証する必要があることに留意すべきです。
[情報元]
1.McDermott Will & Emery IP Update | May 15, 2025 “No Article III Appellate Standing Under the Sun”
(https://www.ipupdate.com/2025/05/no-article-iii-appellate-standing-under-the-sun/?utm_source=Eloqua&utm_medium=email&utm_campaign=EM%20-%20IP%20Update%20-%202025-05-15%2014%3A00&utm_content=post_title)
2.ncyte Corp. v. Sun Pharmaceuticals Industries, Inc., Case No. 23-1300 (Fed. Cir. May 7, 2025) (Moore, C.J.; Hughes, Cunningham, JJ.) (Hughes, J., concurring)(判決原文)
(https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1300.OPINION.5-7-2025_2510640.pdf)
[担当]深見特許事務所 堀井 豊
[i] PGRとは、米国特許法のAIA改正法が適用される2013年3月16日以降に出願された特許について、特許発行後9ヶ月以内に第三者が特許の無効を主張して特許付与の見直しをUSPTOに請求することができる制度をいいます。
[ii] 連邦裁判所の管轄事項は、合衆国憲法第3章第2条に定められた「事件および争訟」に及び、当事者適格を満たすためには、当事者間に現実の事件または争訟が存在し、上訴人に実際の損害(injury in fact)が生じており、当該損害と被上訴人の行為との間に因果関係があり、裁判所による救済の可能性があることが必要であるとされています。合衆国憲法第3条の訴訟適格に関しては、弊所ウェブサイトの下記の記事をご参照ください。
① 2022年3月17日配信の「IPRの決定からCAFCへ控訴する際の控訴人適格に関するCAFC判決」
(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/7831/)
② 2024年3月11日配信の「IPRの決定により損害を被っていないIPR請願人の控訴人適格に関するCAFC判決」