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審査段階において保護範囲から権利放棄(disclaim)された化合物を含む被疑侵害品は非侵害であるとした地裁判決を支持したCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、審査段階において保護範囲から「権利放棄(disclaim)」された化合物が被疑侵害品に含まれていることは侵害を排除するものであると認定し、地方裁判所の非侵害の判断を支持しました。特にこの訴訟では、特許権者が、本件特許と共通の先行出願の出願日の利益を主張する別系統の後続出願において、当該先行出願の審査過程における権利放棄の範囲を修正することによって被疑侵害品を権利放棄の範囲から除外しようと努力をしました。しかしながら、CAFCは、先行出願における全面的な権利放棄が後続の継続出願のクレームにも適用されると判断しました。

Azurity Pharm., Inc. v. Alkem Lab’ys Ltd., Case No. 23-1977 (Fed. Cir. Apr. 8, 2025) (Moore, Chen, Murphy, JJ.)

 

1.事件の経緯

(1)訴訟の提起

 本件CAFC控訴事件は、米国のHatch-Waxman法[i]に基づく訴訟に端を発するものです。Azurity Pharmaceuticals, Inc.(以下、「Azurity社」)は、クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium Difficile)感染症の治療を目的として経口投与用に特別に設計された、バンコマイシン塩酸塩(vancomycin hydrochloride)の非滅菌の安定した液剤に関する米国特許第10,959,948号(以下、「本件特許」)を所有しています。

 一方、Alkem Laboratories Ltd.(以下、「Alkem社」)は、そのジェネリック版を製造および販売するために略式新薬申請(Abbreviated New Drug Application: ANDA)を米国食品医薬品局(the US Food and Drug Administration: FDA)に提出し、Hatch-Waxman法の規定に基づいて当該後発薬は先発のAzurity社の特許を侵害しないという内容の主張をしました。

 Azurity社はHatch-Waxman法の規定に基づいて、Alkem社による後発薬のFDAに対するANDAに関して、本件特許のクレーム5、7、8、および9を侵害するものとしてデラウェア州連邦地方裁判所(以下、「地裁」)にAlkem社を提訴しました。

 

(2)本件特許のクレーム発明

 訴訟で争われた本件特許のクレームのうち代表例としてクレーム5を以下に示します(CAFCが判決原文において強調した部分を太字斜体で表します)。

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   5. A non-sterile stable liquid formulation formulated for oral administration, consisting of:

   a buffering agent, wherein the buffering agent is selected from the group consisting of citric acid, sodium citrate, sodium tartarate, sodium acetate, sodium carbonate, sodium polyphosphate, otassium polyphosphate, sodium pyrophosphate, potassium pyrophosphate, disodium hydrogen phosphate, trisodium phosphate, tripotassium phosphate, sodium acetate, potassium metaphosphate, agnesium oxide, magnesium carbonate, magnesium silicate, calcium acetate, calcium glycerophosphate, calcium chloride, calcium hydroxide, calcium lactate, calcium carbonate, calcium bicarbonate, and calcium salts,
   water,
   a sweetener,
   a preservative, wherein the preservative is selected from the group consisting of sodium benzoate, parabens, benzoic acid, potassium sorbate, benzyl alcohol or salts thereof,
  vancomycin hydrochloride, and
  flavoring agent,

wherein the non-sterile stable liquid formulation is homogenous and stable for at least 1 week at ambient and refrigerated temperature and has a pH of 2.5–4.5.

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(3)本件特許の審査経過

 本件特許は、米国特許出願番号16/941,400(以下、「本件特許出願」)に基づいて発行されたものですが、この本件特許出願は、先行する米国特許出願番号15/126,059(以下、「先行特許出願」)の継続出願として出願されたものです。この先行特許出願は、その審査段階において「プロピレングリコールを含む極性溶媒」を開示する米国特許出願公開番号2016/0101147(以下、「Palepu引例」)によって繰り返し拒絶されていました。

 先行特許出願の審査過程を通じて、Azurity社は、補正書や意見書によってクレーム発明にはプロピレングリコールが欠如していることを主張してPalepu引例と区別することを繰り返し試みました。その試みの中には、クレームにプロピレングリコールが含まれていないことがPalepu引例との重要な違いであることを強調するAzurity社の役員による米国特許施行規則132に基づく宣言書の提出も含まれていました。

 Azurity社は当初、本件特許出願の親出願である先行特許出願の審査段階において、一部のクレームに「経口液剤はプロピレングリコールを含まない(wherein the oral liquid solution does not comprise a propylene glycol)」といった「否定的限定(negative limitation)」を導入することによって区別を図ろうとしましたが、審査官は、このような否定的限定は開示によるサポートが不十分であるとして受け入れませんでした。

 最終的にAzurity社は、クレームに記載されていないプロピレングリコールをクレームされた製剤から除外する“consisting of”という制限的な移行句を採用せざるを得なくなり、審査官は、このプロピレングリコールのクレームからの除外に基づいて先行特許出願のクレームを明示的に許可しました。

 プロピレングリコールを除外することになった“consisting of”という移行句は、先行特許出願の継続出願である本件特許出願のクレームに引き継がれ、本件特許出願は拒絶されることなく許可されて本件特許が成立しました。

 なお、先行特許出願の出願日の利益を主張するAzurity社の特許ファミリーには、本件特許出願の直系の系統ではない別系統の出願が含まれており、特に米国特許出願番号16/892,421(以下、「関連特許出願」)は、本件特許出願の兄弟出願の孫出願にあたり、Azurity社は、その審査段階において、「記録のために申し上げますが、出願人は米国特許出願番号15/126,059(先行特許出願)における主張を提出する際にプロピレングリコールを放棄しておらず、本特許ファミリーにおける本件および将来の案件においてプロピレングリコールについて主張する権利を留保します。」と述べてプロピレングリコールの権利放棄の撤回を試みています。

 

(4)第一審での審理

 地裁は、2日間のベンチトライアル(裁判官のみによる審理)の後、Alkem社のANDAが本件特許のいずれのクレームも侵害していないと判断しました[ii]。その理由として、Alkem社のANDAの申請対象となった製品には、共溶媒として、およびグレープの香味剤の成分として、プロピレングリコールが含まれていましたが、上記のクレーム5は、“consisting of(からなる)”という制限的(close-ended)な移行句を用いて記載されており、その構成要素として、プロピレングリコールは列挙されておりませんでした。この点について地裁は、Azurity社がプロピレングリコールの存在について保護範囲から権利放棄していたと判断しました[iii]

 地裁は、この放棄は、当事者間の「審理前合意(pretrial stipulation)」[iv]における特定の文言によって覆されることはなかったと判断しました。

 Azurity社は地裁の判断を不服としてCAFCに控訴しました。

 

2.CAFCの判断

 CAFCでの控訴審における争点は、(1)明白かつ紛れもない権利放棄があったか否か、(2)審理前合意がそのような権利放棄を排除していたか否か、(3)侵害がないと地裁が判断したことは誤りであったか否か、の3点に絞られ、CAFCはこれらの問題を順に検討しました。

(1)審査過程における権利放棄の有無

 CAFCは、本件特許の審査経過に焦点を当て、Azurity社が、クレーム発明を先行技術から区別するために、クレーム発明におけるプロピレングリコールの欠如に依拠したことを指摘し、第一審の地裁判決を支持しました。

 このような審査経過についてCAFCは、“consisting of”は、クレームの範囲を記載された構成要素のみに限定する制限的な移行句であると説明し、Azurity社がクレームの範囲を狭めて先行技術を克服するために“consisting of”という制限的な移行句に依拠したことを指摘しました。Azurity社はこの移行句を使用してプロピレングリコールをクレーム構成要素の一つとして含めなかったことによって、事実上プロピレングリコールを発明から除外したものとして、CAFCは、特許審査経過におけるプロピレングリコールの除外は「明白、明確かつ完全」であると判断しました。

 一方、Azurity社は、前述のように、同じ特許ファミリーに属する後続の関連特許出願においてプロピレングリコールの権利放棄の撤回を試みました。特に、Azurity社は、(ⅰ)関連特許出願においてなされた「記録のために」という発言は権利放棄の分析に関連しており、(ⅱ)プロピレングリコールの権利放棄は「キャリア(carrier)」[v]にのみ適用され、「香味剤(flavoring agent)」には適用されないとした、権利放棄を否定する主張を展開しました。CAFCは、このようなAzurity社の主張には納得しませんでした。

 「記録のために」という主張に関して、CAFCは本件を、共通の最先の先行特許出願に由来する複数の特許のそれぞれの審査経過における宣言が、関連する後で発行された特許のクレーム解釈に関連する可能性があるという過去の判例[vi]とは区別しました。本件特許出願と関連特許出願とは並行して審査されており、関連出願から本件出願への直接的な系統は存在せず、争点となっている発言は、主張されている特許の特許査定後のものです。CAFCは、審査経過の公示機能との整合性を図るため、Azurity社は、関連特許出願における後の一方的な宣言によって先の権利放棄を撤回することを禁じられていると判断しました。

 「キャリア」に関する区別について、CAFCは、先行特許出願の審査経過を指摘しました。そこでは、「~からなるキャリアを含む溶液(“solution comprising a carrier consisting of”)」という限定について、審査官から“comprising”と“consisting of”を直列に含むことは記載を不明瞭にしていると指摘されたことから、Azurity社はこの限定を放棄し、「~からなる(“consisting of”)」という制限的移行句を採用しました。CAFCは、Palepu引例はプロピレングリコールを香味剤ではなく「キャリアとしてのみ」開示していたというAzurity社の現在の主張を認めましたが、審査段階においてはそのような区別は一度も行われませんでした。CAFCは、権利放棄の範囲は、「こだまが叫び声に一致するように」提示された主張によって画定されるものであり、後で改変されるものではないと指摘しました。

 

(2)審査前合意

 Azurity社は、当事者間の審理前合意において「主張されたクレームにおいて使用するのに適切な香味剤には、プロピレングリコールを含む香味剤も含まない香味剤も含まれる」と述べられていたため、当該放棄の適用は排除されるべきであると主張しました。

 Azurity社にとって、この合意は「侵害する香味剤」の範囲を定義するものであり、その製品が香味剤の一部としてプロピレングリコールを含むAlkem社は、プロピレングリコールの権利放棄に依拠することはできないと主張しました。一方、Alkem社は、この合意は当該分野における関連する香味剤の一般的な範囲を明確にするに過ぎないと主張しました。

 CAFCは次のようないくつかの理由からAzurity社の主張に説得力はなく、当該合意は審査中に行われた明瞭かつ明確な権利放棄を変更するものではなく、非侵害の認定にも影響を与えないと結論付けました。

 第一に、Azurity社の解釈は、「Alkem社のANDA製品にプロピレングリコールが含まれているため、主張されたクレームを侵害していないとAlkem社が主張する」点を除きAlkem社は侵害を争っていないと述べている当該合意の別の部分と矛盾していました。第二に、争われている合意は、いずれかのクレームの限定を満たすことに言及する、その他の争いのない事実とは異なる方法で提示されていました。第三に、争われている合意は、Azurity社がクレーム解釈において「クレーム用語『香味剤』の平易かつ通常の意味には、プロピレングリコールを含まない香味剤が含まれる」と認め、クレーム解釈について譲歩したことに端を発するものでした。CAFCは、状況に基づき、当該合意は権利放棄の妨げにならないと結論付けました。

 

(3)地方裁判所による非侵害認定

 CAFCは、審査段階の権利放棄と公判前合意を支持した後、地裁による非侵害の認定に誤りはないと判断しました。CAFCは、審査経過の存在が決定的な要素であると指摘しました。Azurity社は、どのプロピレングリコールも、すなわち単独の成分としてもあるいは香味剤に付随するものとしても、包括的に放棄するようなことをしなかった場合には、プロピレングリコールが製品の香味に影響を与え、そしてAlkem社のANDA製品にともに含まれるプロピレングリコールおよびグレープ香味剤は総じて香味剤であるという説得力のある主張をすることができたかもしれず、その場合には、「プロピレングリコール」の除外要件を満たしながら、ANDA製品に含まれる香味剤をクレームされた「香味剤(flavoring agent)」に読み取ることができたかもしれません。しかし、審査経過におけるAzurity社による(包括的な)権利放棄はそのような主張を排除しました。

 

3.実務上の留意点

 この事例は、最先の先行出願からその子や孫の特許に至るまで、クレームの範囲に対する審査経過の影響が永続的に続くことを明確に示しています。出願人は、後続の関連出願、特に直系ではない関連出願において、権利放棄を撤回することはできないことに注目すべきです。また、先行技術を区別する際には、広範かつ包括的な主張を避けるよう注意する必要があります。なぜなら、そのような主張は、侵害を主張するためのクレームの範囲を気付かずに過度に制限してしまう可能性があるからです。

 

[情報元]

1.McDermott Will & Emery IP Update | April 17, 2025 “Prosecution Disclaimer Alive and Well, Especially in Closed Claim”
https://www.ipupdate.com/2025/04/prosecution-disclaimer-alive-and-well-especially-in-closed-claim/?utm_source=Eloqua&utm_medium=email&utm_campaign=EM%20-%20IP%20Update%20-%202025-04-17%2014%3A00&utm_content=post_title

2.Westermann Hattori “CAFC Affirms Prosecution Disclaimer and Non-Infringement”
https://cafc.whda.com/4228-2/

3.Azurity Pharm., Inc. v. Alkem Lab’ys Ltd., Case No. 23-1977 (Fed. Cir. Apr. 8, 2025) (Moore, Chen, Murphy, JJ.)(判決原文)
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1977.OPINION.4-8-2025_2495069.pdf

[担当]深見特許事務所 堀井 豊  


[i] Hatch-Waxman法に基づく訴訟については、2022年3月17日付け配信の弊所HPの「国・地域別IP情報」の「米国」の記事「争点となっている用語の平易かつ通常の意味を決定する際にクレームの文言を内部証拠から分離することは不適切であるとしたCAFC判決」をご参照ください(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/7829/)。

[ii] Azurity Pharms., Inc. v. Alkem Lab’ys, Ltd., 671 F. Supp. 3d 489 (D. Del. 2023)

[iii] 審査段階における保護範囲からの放棄(disclaim)については、2023年3月9日付け配信の弊所HPの「国・地域別IP情報」の「米国」の記事「IPRにおいて特許権者が行った主張を特許審判部がディスクレイマーとして受け入れなかったことを支持したCAFC判決紹介」をご参照ください(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9141/)。

[iv] 公判前合意書とは、対立する訴訟の全当事者が作成する文書であり、全当事者と裁判所が公判の準備を行う上で役立ちます。公判前合意書には、当事者が争点とならないことに同意する情報と、争点となることに同意する情報が記載されます。

[v] ここでは、vancomycin hydrochloride(バイコマイシン塩酸塩)を除く他の成分を含む溶液を指します(CAFC判決原文第7頁第3段落を参照)

[vi] Elkay Mfg. Co. v. Ebco Mfg. Co., 192 F.3d 973, 980 (Fed. Cir. 1999);
Biovail Corp. Int’l v. Andrx Pharms., Inc., 239 F.3d 1297, 1301 (Fed. Cir. 2001);
Gemalto S.A. v. HTC Corp., 754 F.3d 1364, 1371 (Fed. Cir. 2014);
Microsoft Corp. v. Multi-Tech Sys., Inc., 357 F.3d 1340, 1349–50 (Fed. Cir. 2004)