単一文献内の組み合わせによる自明性主張の矛盾を指摘したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当事者系レビュー(IPR)において、単一文献内の開示内容の組み合わせによる自明の主張に対し、組み合わせることにより技術的矛盾が生じるため、組み合わせを否定したPTABの判断を、支持しました。
Micron Technology, Inc. v. Netlist, Inc., Case No. 24-1312, 24-1313 (Fed. Cir. Feb. 20, 2026) (DYK, PROSR, and REYNA, JJ.)
1.事件の経緯
(1)対象特許
Netlist, Inc. (以下、Netlist社)が保有する米国特許第10,489,314号(’314特許)は、コンピュータが処理タスクに必要な情報にアクセスし取得するための「メモリモジュール」に関するものです。訴訟において特に重要となったのは、図1に示される以下の構成と2つの特徴的な動作です。
・基本構成(図1)
メモリモジュール(10)は、メモリデバイスの列である複数のランク(32)と、論理回路(40)とを備えています。この論理回路(40)は、コンピュータ内の別の場所にあるメモリコントローラ(20)とデータの送受信を行います。データ信号はデータバス(DQやDQSなど)を通してやり取りされます。
・特徴1(主にクレーム1に関連)
メモリコントローラ(20)が、メモリモジュール(10)とデータを通信する速度(指定されたデータレート)と、メモリモジュール内部で論理回路(40)がランク(32)とデータを通信する「速度」とが同じになるように構成されています。
・特徴2(主にクレーム15に関連)
複数のランク(32)は同時には動作せず、一度に1つのランクだけがアクティブになるよう制御されます。メモリコントローラ(20)から論理回路(40)にチップ選択信号が送られ、論理回路が各ランクに対して「登録済みチップ選択信号」を出力します。ランクは、「アクティブ(有効)」なチップ選択信号を受け取った場合のみ起動し、「非アクティブ(無効)」なチップ選択信号を受け取った場合は起動しません。
(2)損害賠償訴請求訴訟とIPR
Netlistは、Micron Technology, Inc.(以下、Micron社)を相手取り、’314特許(およびその他の関連特許)に関する特許侵害(損害賠償請求)の訴訟を2021年4月28日に、米国テキサス州西部地区連邦地方裁判所(WDTX)に提訴しました。
Micron社は、2022年3月30日に米国特許庁へIPRを請求し、同年5月11日に訴訟手続は停止しました。特に、Micron社は、’314特許に関しては、上述の特徴1に向けられた独立クレーム1とそのいくつかの従属クレームを対象とする第1のIPRと、上述の特徴2に向けられた独立クレーム15(および類似の独立クレーム28)とそのいくつかの従属クレームを対象とする第2のIPRとの2件のIPRを請求しました。
これら2件のIPRにおいては様々な争点が提起されましたが、本稿においては、第2のIPRにおける争点に注目し、独立クレーム15の有効性に関するIPRの判断と、控訴審であるCAFCの判断とについて報告いたします。
(3)Halbertの開示内容とIPRの双方の主張
・Halbertの図2と図4(図は次ページ参照)の開示内容について
第2のIPRにおいてMicron社が提出した先行技術であるHalbert(US2002/0112118A1)の図2は、Halbertの出願時点ですでに存在していた従来のメモリモジュール(レジスタードDIMM)の構成を示しています。この構成では、メモリデバイスが2つのバンク(D00〜D08と、D10〜D18と)に分かれて配置されています。動作の際には、レジスタ(25)を経由して「バンク選択信号(B0_SEL# または B1_SEL#)」が各バンクのチップ選択ピンに送られます。これは、Netlistのクレーム15でいう「アクティブな信号」と「非アクティブな信号」に相当するものであり、一方のバンクを選択(アクティブ化)している間はもう一方は動かさないという、「非同時並行(一度に1つのランクだけを動かす)」で動作する仕組みを持っています。
一方、Halbertの図4(次ページ参照)は、Halbertが提案した新しいメモリモジュールの構造を示しています。モジュールコントローラ(110)やデータインターフェース回路(マルチプレクサ124など)を備え、2つのランク(140と142)が配置されています。図4の最大の特徴は、システム全体の処理能力を向上させるために、複数のランクを「同時並行(コンカレント)」で動作させるように設計されている点です。両方のランクから同時にデータを読み出し、それをマルチプレクサ(124)で束ねて出力することで、データ転送の効率を上げることを目的としています。
<Halbert図2>
<Halbert図4>
・Micron社の自明性についての主張
クレーム15の「アクティブ/非アクティブなチップ選択信号」について、Micron社は、Halbertの図4(複数ランクの同時動作)に、図2や業界標準に見られるチップ選択信号(非同時動作の仕組み)を組み合わせることで自明だと主張しました。
Micron社は特に、ランク間でデータを選択して図4のバッファに出力するために図2のチップ選択信号を図4に組み入れることができたであろう(すなわち、チップ選択信号が図4のメモリコントローラからランクへではなく、メモリコントローラからマルチプレクサへ送信されるように構成されるであろう)、と主張しました。
・Netlist社の反論について
Netlist社は、「Halbertの図4は、遅いメモリを用いてシステム全体を高速化する(同時動作させる)ことを目的としており、図2(非同時動作)とは相互排他的(mutually exclusive)である。両者を組み合わせると図4の本来の目的が失われるため、当業者に組み合わせる動機付けはない」と主張しました。
・その他の主張
Netlist社は、一貫して「Micron社は、最初の申立書で明確な論理を示さず、答弁書やこの口頭審理の場になって初めて、専門家の裏付けもない新しい自明性や解釈の主張(後知恵の分析)を持ち出しており、手続として極めて不適切である」と主張しました。
(4)IPRでのPTABの判断
PTABは、以下の理由により、クレーム15の有効性を維持しました。
・目的の破壊について
Halbertの図4のメモリモジュールがスループットを向上させるためにランクを「同時並行」で動作させていると認定しました。その上で、図4の構造に図2のアクティブ/非アクティブ信号(非同時動作)を組み込むと、結果としてメモリモジュールが遅くなり性能に悪影響を与えるため、当業者がそれを組み合わせる動機付けはないと判断しました。
・マルチプレクサへの信号送信について
Micron社が「図2の信号を、ランクではなく図4のマルチプレクサに送るように組み合わせることもできた」との主張に対し、PTABは「クレーム15は『ランクが』信号を受信するように構成されていることを求めているため、マルチプレクサに送る構成ではクレームの要件を満たさない」として、この主張を退けました。
2.CAFCの判断
CAFCは、IPRにおいてクレーム15の特許性を否定しようとしたMicron社の主張を退け、PTABの判断を支持してクレーム15の有効性を維持しました。
具体的には、以下の理由に基づくものであります。
(1)組み合わせの動機付けの欠如
Micron社は、Halbertの図2(非同時動作のチップ選択信号)を図4のメモリモジュールに組み合わせることは自明であると主張しました。しかしCAFCは、図4のメモリモジュールが処理能力を向上させるためにランクを「同時並行(concurrently)」に動作させる設計であるという事実を重視しました。
この図4の構成に対して図2の仕組みを組み込んでしまうと、図4の本来の目的であるスループット向上が破壊(eliminate)され、モジュールが遅くなってしまいます。
そのためCAFCは、両図の根本的な違いを考慮すると、当業者がわざわざ性能を落とすような組み合わせを行う動機付けはないと結論づけました。
(2)クレーム全体としての評価
Micron社は、PTABがクレーム全体ではなく特定の一部(複数の登録済みチップ選択信号の要件)についてのみ組み合わせの動機付けを求めたのは法的誤りだと主張しました。
しかしCAFCは、PTABが一部の要素だけを孤立して評価した事実はなく、アクティブおよび非アクティブなチップ信号の要件を「クレーム全体」の文脈において適切に考慮し判断しているとして、Micron社の主張は誤りであると退けました。
(3)マルチプレクサへの信号送信に関する代替主張の排斥
Micron社は、図2のチップ選択信号をランクではなく図4のマルチプレクサに送る構成として組み合わせることもできたはずだと主張しました。
しかし、クレーム15は「ランク自身がアクティブなチップ選択信号を受信する」ことを明確に求めています。CAFCは、信号がランクではなく別の部品であるマルチプレクサに送られる構成では、この必須要件を満たすことができないため、この代替的な組み合わせ主張も適切でないと判断しました。
・なお、対象となったクレーム全てが、PTABの判断と同様に有効性を維持しました。
3.考察
・CAFCは、図4のシステムに図2の仕組みを組み込むと、図4の本来の設計目的である「同時動作による処理能力の向上」が根本から失われてしまうと指摘しました。
この結果から、「形式的には複数の先行技術のパーツを組み合わせることが可能」であったとしても、その組み合わせによって一方の技術の本来の目的が破壊されるような場合、当業者がそれを組み合わせる「合理的な動機」はないとみなされると解されます。
・IPRでのNetlist社の主張を考慮すると、Micron社のIPRでの準備が十分でなかった点も考えられるかも知れません。訴訟が伴う短期間でのIPR準備の難しさを示しているのかも知れません。
・特許公報に記載されたクレーム1が55行、クレーム15が53行にも及ぶものであり、仮に特徴的な要素が少ないとしても、短期間に自明性を示す引例を見つけ出すことは、難しい面があるのかも知れません。
・Netlist社は、Micron社に対し、メモリモジュールに関する他の発明である米国特許第7,619,912号において、多額の損害賠償訴請求を認められる地裁判決を得ています。しかしながら、サムスン電子社とMicron社が、本特許に対し、IPRで無効の判断を得ており、現在、CAFCにおいて審理がなされています。こちらも判断が待たれるところであります。
[担当]深見特許事務所 栗山 祐忠
[情報元]
1. MICRON TECHNOLOGY, INC. v. NETLIST, INC.事件判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/24-1312.OPINION.2-20-2026_2650235.pdf
2. Final Written Decision IPR2022-00745
3. ’314特許の訴訟情報
https://www.courtlistener.com/docket/59863394/netlist-inc-v-micron-technology-inc/




