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前倒し型の手続きを重視する姿勢を改めて示したUPCデュッセルドルフ地方部判決紹介

 統一特許裁判所(UPC)のデュッセルドルフ地方部は、本件訴訟の判決において原告による直接侵害の訴えを棄却するとともに被告による特許無効の反訴を棄却しました。

 本件訴訟の対象特許に関しては、当該特許の複雑な譲渡の過程に起因して権利の帰属の不一致が生じていましたが、デュッセルドルフ地方部は、この点について原告の主張が「混乱を招く矛盾した(confusing and inconsistent)」主張であると批判し、訴訟費用の負担の面で原告に一定の制裁を課しました。また、原告が遅れて提出した間接侵害の審理の申立に関して、デュッセルドルフ地方部は、原告が遅れて提出したことに正当な理由はないとして申立を却下しました。本稿ではこのようなUPCデュッセルドルフ地方部が下した手続面の注目される見解について報告いたします。なお、本件訴訟において、直接侵害に関する侵害論および無効論についてはUPCの確立された判例法に沿った判断が下されましたので、本稿ではそのような実体論についての説明は割愛いたします。

Ona Patents SL v Google Ireland Limited ao(UPC_CFI_100/2024 & UPC_CFI_411/2024)

 

1.事件の経緯

(1)本件特許について

 欧州特許第2263098号は2015年1月7日に特許付与の公告がなされ、欧州特許条約(EPC)締約国の中で、ドイツおよびフランスで有効化され効力を有しています(以下、ドイツおよびフランスで有効化された対応特許をそれぞれ「対応ドイツ特許」および「対応フランス特許」と称します)。対応ドイツ特許および対応フランス特許のそれぞれにおいて、本件訴訟の開始段階では、Ekahau Oy(以下、「Ekahau社」)がドイツおよびフランスの国内特許登録原簿に唯一の特許権者として登録されていました。

(2)侵害訴訟の提起

 Ona Patents SL(以下、「Ona Patent社」)は、Google Ireland LimitedおよびGoogle Commerce Limited(以下、両者を集合的に「Google社」と称する)による対応ドイツ特許および対応フランス特許の直接侵害を主張して、2024年3月にUPCのデュッセルドルフ地方部に特許侵害訴訟を提起しました。

(3)反訴の提起

 Google社は、侵害訴訟を提起したOna Patent社および特許権者として特許登録原簿に登録されているEkahau社の双方を相手取って特許取消を求める反訴を提起しました。これに対してEkahau社は、自社が誤って反訴の被告に含まれていると主張し、反訴の被告からの除外を求めました。

 

2.本件訴訟の手続き上の争点とデュッセルドルフ地方部の判断

(1)第1の争点:特許権の帰属について

(ⅰ)背景事情

 本件訴訟の対象特許に関しては、各国の国内特許原簿に形式的に特許権者として「登録されている名義人(registered proprietor)」と、実体法上特許を真に保有する「正当な権利(entitlement)」を有する「正当な権利者(entitled proprietor)」との間で、「権利の帰属の不一致(non-identity)」が生じていました。

 具体的には、本件訴訟手続の中途段階で、当初の名義人であるEkahau社に替わってOna Patent社が対応ドイツ特許および対応フランス特許の特許権者として登録原簿に登録されましたが、この特許権の移転は、Ekahau社⇒AiRitSTA社⇒Airwave Location Technologies社⇒Ona Patent社という複雑な過程を経て行われました。

 侵害訴訟の被告であり反訴の原告であるGoogle社は、Ona Patent社およびEkahau社の代理人が提出した委任状について懸念を表明し、代理人が両当事者のために行動する権限を適切に有していたのか疑問を呈しました。また、Google社は、Ekahau社からOna Patent社への3回の特許権の移転の証拠として提出された文書の完全性と真正性についても異議を唱えました。たとえば、判決原文の第14頁の第30段落に記載されているように、Google社は、特許権の2回目の譲渡手続に関して、同一人物が3つの当事者を代表していることは法制度によっては認められないことがあり、この点に関して原告はさらに追加の書類を提出する必要がある、といった点が問題とされました。

 このように特許権の帰属が訴訟の過程で争点であったにも関わらず、訴訟の初期段階での原告による説明や提示が不十分であったため、デュッセルドルフ地方部はGoogleの懸念の一部を認め、報告担当裁判官(judge-rapporteur)は2025年8月1日、Ona Patent社およびEkahau社に対し、矛盾や記載漏れを明らかにするとともに特許の譲渡連鎖に関するさらなる詳細と追加書類を提出するよう命じました。これらの文書は、その後まもなく、他のいくつかの「要請されていない」文書とともに提出されました。

(ⅱ)デュッセルドルフ地方部の判断

 最終的に、デュッセルドルフ地方部は、Google社が侵害訴訟の原告であるOna Patent社に加えて当初登録されていた名義人であるEkahau社の両当事者に対して反訴を提起したことは正当であったと認定し、特許の有効性を争ったり非侵害を確認する訴訟においては、特許登録原簿に記載された情報が優先されることを強調しました。デュッセルドルフ地方部は、原告は登録原簿に記載されている情報以外に真の所有者を検証する必要はないことを確認しました。すなわち、特許の取消を求める原告(本件では反訴原告のGoogle社)にとって、形式的に登録された名義人が真に特許権を保有する正当な権利を有している者であるかどうかは当該原告の法的保護の必要性に影響するものではないため、当該原告は特許原簿を信頼して手続を進めることができることが明らかにされました。

(ⅲ)「混乱を招く矛盾した」主張に対する制裁について

 Google社は結局は特許取消の反訴では敗訴しましたが、デュッセルドルフ地方部は、Ona Patent社が、特許登録原簿に形式的に登録された者と、真に権利を保有する者との不一致に関して「混乱を招く矛盾した」主張を行ったという事実と、報告担当裁判官の命令があって初めてOna Patent社が特定の文書を提出したという事実とを理由に、Ona Patent社が反訴に関する費用を分担すべきであると判断しました。この反訴に関する費用は本来、敗訴したGoogle社が全額負担すべきものでしたが、デュッセルドルフ地方部はOna Patent社に対し、反訴に関連する費用の20%を負担するよう命じることにより一定の制裁を課しました。

(2)第2の争点:間接侵害の遅れた申立について

(ⅰ)間接侵害に関する新たな申立について

 本件侵害訴訟の書面審理が終了した後、Ona Patent社は、間接侵害に関する新たな申立を行うために追加の書類を提出しました。報告担当裁判官は当初、この新たな申立を却下しましたが、Ona Patent社は間接侵害に関連するすべての論点は既に議論済みであると主張し、再審理を求めました。

(ⅱ)デュッセルドルフ地方部の判断

 デュッセルドルフ地方部は、間接侵害の主張を却下した当初の決定を支持し、「前倒し型」手続きの必要性と、被告がそのような主張に適切に対応できる機会を与える必要性とを理由に挙げました。デュッセルドルフ地方部はまた、特にGoogle社が答弁書で間接侵害の主張はなされていないと明記していたことから、Ona Patent社が遅れて提出したことに正当な理由がないことを指摘しました。

 

3.本件判決の意義および実務上の留意点

(1)前倒し型手続の重視

 本件判決は、当事者が可能な限り早い段階で、すべての事実、申立、主張、および請求を提示することが求められる「前倒し型(front-loaded)」の手続きを重視するUPCの姿勢を改めて示すものです。当事者が訴状提出後に訴訟内容の修正を求めると重大な手続き上の障害に直面することになります。

(2)手続の効率を阻害する行為に対する制裁

 デュッセルドルフ地方部は、Ona Patent社が、特許登録原簿に形式的に登録された者と、真に権利を保有する者とを明確にすることが遅れたことを、本件判決において批判しました。デュッセルドルフ地方部は、Ona Patent社が報告担当裁判官の命令を受けて初めて必要な書類を提出した点を特に問題視しました。結果として課された費用の割当ては比較的少額であったものの(反訴に係る費用の20%)、本件判決は、特に手続きの効率性を阻害するような不必要な手続き上の複雑さを生み出す当事者に対して、UPCが制裁を科す用意があることを示しています。

(3)権利者帰属の明確化

 本件判決は、UPCでの訴訟手続きを開始する前に特許の所有権が関連する登録簿に適切に反映されていることを確認すること、および代理権と所有権移転との双方について明確な「記録」が整備されていることを確認することが極めて重要であることを強調しています。

 

[担当]深見特許事務所 堀井 豊

[情報元]

1.D Young & Co Patent Newsletter No.112 April 2026:
Ona Patents v Google: UPC places strong emphasis on procedural economy and a “front-loaded” approach

https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/ona-patents-google-upc-front-loaded

2.Ona Patents SL v. Google Ireland Limited a.o.(UPC判決原文)

https://www.unifiedpatentcourt.org/sites/default/files/files/api_order/Decision%202026-01-15_redacted_signed_all_VT%20geschw%C3%A4rzt-1.pdf