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地方裁判所において既に特許無効を争った当事者が同様の無効主張を行うためにIPRを利用することはIPRの制度趣旨に反するとしてIPRの開始を却下したUSPTO長官決定紹介

 米国特許商標庁(USPTO)長官は本件決定において、米国発明法(AIA)による改正米国特許法で導入された当事者系レビュー(IPR)の開始判断の裁量範囲の問題を取り上げ、地方裁判所において特許無効を主張して認められなかった者が、同様の無効主張を行うための「再挑戦の機会(a second bite at the apple)」としてUSPTOの特許審判部(PTAB)を利用することは、AIAの下で訴訟に代わる簡略化された代替手段として導入されたIPRの制度趣旨に反すると結論付けて、IPRの開始を却下しました。

Magnolia Medical Technologies, Inc. v. Kurin, Inc., IPR2026-00097, Paper 17 (Director May 14, 2026)

 

1.事件の経緯

(1)地方裁判所での訴訟

 Magnolia Medical Technologies, Inc.(以下、「Magnolia社」)は、地方裁判所での訴訟において、Kurin, Inc.(以下、「Kurin社」)の血液検査装置に関する米国特許第12,138,052号(以下、「本件特許」)の発明に対して、先行技術により新規性を欠いているとの主張、および先行技術から自明であるとの主張を提出し、本件特許の有効性に異議を唱えました。地方裁判所は、クレーム解釈に関する開示不備を理由にこれらの無効事由に関するMagnolia社の専門家を排除し、その後陪審は、特許は無効ではないとの評決を行いました。

(2)IPRの請願

 地方裁判所で無効の主張が認められなかったMagnolia社は、地方裁判所で行った主張と実質的に同じ先行技術に基づく同じ新規性欠如および自明性の無効理論を主張してUSPTOにIPRの請願を行いました。

(3)USPTO長官によるIPR請願の却下の決定

 USPTO長官は、Magnolia社は既に地方裁判所でこれらの争点について十分かつ公正な審理機会を得ており、PTABで不適切にこれらの争点の再審理を試みていると結論付け、IPR請願の開始を却下しました。

 

2.AIA下でのレビュー制度の趣旨に関するUSPTO長官の見解

 USPTO長官は、本件却下決定において、IPRなどAIA下で導入されたレビュー制度の制度趣旨について以下のように説明しました。

(1)重複・並行手続の回避

 USPTO長官は、米国議会がAIAの下でIPRおよび特許付与後レビュー(PGR)を創設したのは、地方裁判所での訴訟に代わるより簡便で費用対効果の高い代替手段を提供するためであり、特許の有効性に関する争いの繰り返しを助長したり、裁判所およびPTABでの並行訴訟を拡大したりするためではないと説明しました。USPTO長官は、実際には多くの請願人が地方裁判所での訴訟と並行してAIA下の制度によるPTABのレビューを求め、時に重複する特許無効の理論を主張したり、複数の法廷で矛盾した立場を取ったりすることで、費用が増加したり、特許権者とUSPTOの双方に負担をかけていると指摘しました。

(2)公共の利益の考慮

 USPTO長官はさらに、AIA下での手続きは、当事者間の紛争解決機能を有する一方で、それにとどまらず、特許制度全体の効率性、公平性、予測可能性を確保するという公共的機能をも担うものであると強調しました。裁量による審理開始権限を行使するにあたり、USPTOは、審査官の誤り、複数の法廷における見解の不一致、「確立された期待(settled expectations)」[i]、そして審理開始がUSPTOのリソースの適切な利用となるかどうか、といった要素を考慮します。USPTO長官は、裁量による審理開始決定の根拠となる公共の利益に関する考慮事項についていくつかの先例となる長官決定を列挙しました。それらの先例で取り上げられた考慮事項は以下の事項を含みます。

 ① 明白な審査官の誤り

 明白な審査官の誤りの立証によって、裁量却下を示唆する他の要因を克服できる可能性があります(Padagis US LLC v. Neurelis, Inc., IPR2025-00464 Paper 12 (Director July 16,2025))。

 ② 複数の法廷における見解の不一致

 地方裁判所とPTABとで十分な説明なしに異なるクレーム解釈の見解を許容すると、特許制度においてより大きな予測可能性と安定性をもたらそうとするUSPTOの目標を毀損することになります(Revvo Techs., Inc. v. Cerebrum Sensor Techs., Inc., IPR2025-00632, Paper 20 (Director Nov, 3, 2025))。

 ③ 外国主権国家の請願人

 米国政府およびその機関はAIAの請願人となることが認められていないことを考慮すると、法令解釈、公平性、そして特許庁が限られた資源を用いてAIA下のレビューを開始するかどうかを決定する際の裁量権の観点から、外国主権の請願者またはその実質的利害当事者を米国政府およびその機関と同様に扱う必要があります(Tianma Microelectronics Co. v. LG Display Co., IPR2025-01579, Paper 12 (Director Mar. 18, 2026))。

 ④ 確立された期待

 いずれの当事者の確立された期待もAIA下のレビューを開始するかどうかを決定するさいの要因となり得ます(Home Depot U.S.A., Inc. v. H2 Intellect LLC, IPR2025-00480, Paper 11 (Director Sep. 4, 2025))。

 長官は、これらの先例は、AIAに基づく手続きが、特許制度における公平性、効率性、および整合性を促進するという議会の意図する目的に沿って利用されるよう確保するためのUSPTOの広範な取り組みを反映していると説明しました。

 

3.USPTO長官による本件却下決定の理由

 これらの原則を適用した結果、長官は、Magnolia社の請願はAIA下で導入された審理の本来の目的から逸脱していると結論付けました。

 Magnolia社は、PTABを有効性に関する紛争解決のための代替の法廷として利用するのではなく、地方裁判所での不利な判決後、実質的に同様の無効論を再審理するために利用していました。長官は、Magnolia社は既に地方裁判所において、IPRの請願で主張されているものと同様の根拠を用いて新規性の欠如および自明性を争っており、両当事者はこれらの争点に関する訴訟に多大なリソースを費やしていることを強調しました。

 Magnolia社は、地方裁判所がMagnolia社の専門家証言を却下した後、どの法廷も新規性の欠如および自明性に関する主張の実質を審理していないため、審理の開始が保証されるべきであると主張しましたが、長官はこのようなMagnolia社の主張を却下しました。長官は、Magnolia社はこれらの争点について十分かつ公正な審理機会を与えられており、Magnolia社の専門家証言の却下はMagnolia社自身の責めに帰すべき手続き上の不備に起因するものであったことを指摘しました。長官は、このような状況下で審理開始を認めることは、USPTOにおいてMagnolia社に「再挑戦の機会」を与えることになり不当であると説明しました。

 

4.日本の国内法との対比

 日本では、裁判所での特許侵害訴訟における「特許無効の抗弁」(特許法104条の3)および特許庁での無効審判制度(特許法123条)において特許の有効性を争うことが可能ですが、これらは制度上は、法的性質および効力が異なる別個の手続として位置付けられています。したがって、侵害訴訟で被告が特許の無効の抗弁を行ったが裁判所が無効の抗弁を認めなかった場合でも、当該訴訟で敗訴した被告が特許庁へ無効審判を請求すること自体は妨げられません。

 特許無効の抗弁の成否は裁判所が判断し、当事者間においてのみ相対的効力を有します。一方、特許無効審判は、特許の有効性を争う行政手続でありその成否は特許庁が判断します。そして、特許の無効審決が確定すれば、遡及的に対世的な効力が生じます(特許法125条)。この対世的効力は当事者、第三者、裁判所をも拘束します。

 このように、日本においては、民事訴訟における特許無効の抗弁と特許庁における特許無効審判とは独立した手続であり、本稿で取り上げたAIAで訴訟の代替手段として導入された米国のIPRやPGRは、日本の無効審判制度とは根本的に制度趣旨が異なることに留意すべきと考えられます。

 

[i] 「確立された期待(settled expectations)」とは、当事者等が、既存の法律や裁判例の下で当然に持つ安定的な期待を示す法的概念であり、特許に関しては、特許権者が特許付与時に想定していた権利範囲やその有効性に対する期待が、特許の存続期間を通じて安定的に保護されるべきだという考え方を意味します。

 

[担当]深見特許事務所 堀井 豊

[情報元]

     1. McDermott Will & Emery IP Update | May 28, 2026 “AIA reviews: An alternative to litigation, not a second chance”
https://www.ipupdate.com/2026/05/aia-reviews-an-alternative-to-litigation-not-a-second-chance/

     2. Magnolia Medical Technologies, Inc. v. Kurin, Inc., IPR2026-00097, Paper 17 (Director May 14, 2026)(USPTO長官決定原本)
https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/IPR2026-00097_Director_Discretionary_Decision.pdf