排他的権利を保持する特許権者は、広範なライセンスの付与後であっても憲法上の原告適格を有するとしたCAFC判決紹介
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、排他的権利(exclusionary rights)を保持する特許権者は、広範なライセンスを付与した後であっても、「米国憲法第3条に基づく原告適格(Article III Standing)」[i]を維持すると結論付け、特許侵害訴訟を憲法上の原告適格の欠如を理由に却下した地方裁判所の決定を覆しました。
A.L.M Holding Company v. Zydex Industries Private Ltd., Case No. 25-1317 (Fed. Cir. May 19, 2026) (Chen, Cunningham, Stark, JJ.)
1.事件の経緯
(1)ライセンス契約の締結
A.L.M. Holding Company(以下、「A.L.M.社」)およびErgon Asphalt & Emulsions Inc.(以下、「Ergon社」)は、中温化アスファルト技術に関する6件の特許[ii](以下、「本件特許」と総称)を共同で所有しています。
A.L.M.社およびErgon社の両特許権者は、2008年1月1日に、アスファルト添加物の製造販売業者であるMeadWestvaco Corporation(以下、「MWV社」)とライセンス契約(以下、「本件契約」)を締結しました。その後2015年に企業合併および組織再編によってMWV社に替わってIngevity Corporation(以下、「Ingevity社」)が本件契約のライセンシーとなりました。
本件契約の内容は概略以下のようなものでした。
**********
① A.L.M.社およびErgon社の両特許権者はIngevity社に対して、ライセンス対象製品の製造、輸入、使用、販売、販売の申出、その他の商業化に関する「独占的かつ有償の全世界的ライセンス(exclusive, royalty-bearing, worldwide license)」を付与する。もしもIngevity社が年間最低保証ロイヤリティ(guaranteed minimum annual royalty)の金額を支払わない場合には、本件契約は非独占的(non-exclusive)な契約になる。
② 第三者による特許侵害が発生した場合における侵害訴訟については、特許権者であるA.L.M.社およびErgon社と、ライセンシーであるIngevity社とによる共同管理(shared control)を行う。すなわち、侵害訴訟を提起するか否かについては、A.L.M.社およびErgon社と、Ingevity社とで共同で決定することとし、共同で訴訟を遂行する場合には、訴訟によって得られた賠償金および訴訟費用を均等に分配することとする。もしもA.L.M.社およびErgon社と、Ingevity社とのいずれか一方が訴訟を提起せず、他方が単独で当事者として訴訟を遂行する場合には、当該当事者が訴訟行為を管理し、その進行状況を訴訟を提起しなかった一方に報告する義務を負うことになる。そして、法的手続において回収されたまたは獲得された損害賠償も当該当事者が取得することになる。
③ Ingevity社がその権利を移転することは制限される。本件契約の下で譲渡がなされる場合、Ingevity社はA.L.M.社およびErgon社から書面での許可を得なければならない。
④ Ingevity社がその権利をサブライセンスする場合には、その契約条件をA.L.M.社およびErgon社に事前に報告して承認を得なければならない。本件契約における義務はサブライセンシーをも同様に拘束する。
⑤ Ingevity社に付与された独占的ライセンス、およびサブライセンスを与える権利に関わらず、特許権者であるA.L.M.社およびErgon社は無償で以下の権利を保持する:
・研究開発目的で特許に基づくライセンス対象製品および舗装用混合物を製造、輸入、使用する権利、
・Ingevity社から購入したライセンス対象製品を含む舗装用混合物を製造、輸入、使用、販売、販売の申出を行う権利、および
・本契約の下で自らが保持する権利を関連会社に無償でサブライセンスする権利。
**********
このようにライセンスの範囲は広範であったものの、特許権者であるA.L.M.社およびErgon社は、ライセンス対象製品の製造、輸入、使用を可能とすることを含む一定の権利を保持していました。
(2)特許侵害訴訟の提起と地裁による却下決定
2024年3月21日に、特許権者(ランセンサー)であるA.L.M.社およびErgon社は、Zydex Industries Private Ltd.およびZydex Inc.を相手取ってデラウェア州連邦地方裁判所(以下、「地裁」)に特許侵害訴訟を提起しました。地裁は、本件契約によって原告からライセンシーに十分な排他的権利が移転されたため、原告であるA.L.M.社およびErgon社には米国憲法第3条の下で認められる損害は残されておらず、米国憲法第3条に基づく原告適格を欠いていると結論付けて、訴訟を却下しました。
原告はこの決定を不服としてCAFCに控訴しました。
2.CAFCの判断
CAFCはこの問題を改めて最初から審理し直し、その結果、地裁の決定を覆しました。CAFCは、憲法上の原告適格に関する適切な判断基準の枠組みを、原告が主張する特許において原告が排他的権利を保持しているか否かという問題として捉えました。CAFCは、排他的権利の全てが移転されていない限り、特許権者は一般的に、米国憲法第3条を満たすために必要な具体的な損害を保持している、と説明しました。
CAFCは、憲法上の原告適格の判断は、米国特許法281条[iii]に基づく法定原告適格の判断とは異なることを強調しました。法定原告適格の有無は、当事者が特許法に基づいて訴訟を提起する権原を有するか否かに関わる問題です。この点に関して米国連邦民事規則19(a)(1)は、一定の場合には特許権者、独占的ライセンシー、共同特許権者などの者(required party)を当事者として参加させなければならないことを規定しており[iv]、法定原告適格に何らかの問題が生じた場合であっても、必要な当事者を追加することによってそのような問題を是正できる場合があるのに対し、憲法上の訴訟適格は、事実上の損害の立証を最低限必要とし、事後的に是正することはできません。
CAFCはこの枠組みを適用して、原告である特許権者が十分な排他的権利を保持していると判断しました。特に、特許権者はロイヤルティを受け取る権利を保持し、サブライセンスに関する拒否権を含む一定の支配権を維持していました。これらの保持された権利は、特許権者が特許に関する実質的な権利の全てを移転しておらず、したがって、申し立てられた侵害によって特許権者が法的に認められる損害を被り続けていることを示しています。
CAFCは、原告であるA.L.M.社およびErgon社が、本件契約の下でIngevity社に権利を移転した後であっても、少なくとも「排他的な権利(exclusionary right)」を保有しており、米国憲法第3条の原告適格を満たしていると結論付け、地裁の却下判決を破棄して事件を地裁に差し戻しました。
3.参考情報(CAFCによる同趣旨の同日判決)
CAFCが本件判決を下した同日、CAFCの裁判官合議体(本件判決と判事Chenおよび判事Starkは共通、本件判決の判事Cunninghamに替わり判事Hughesが入る)は、別件訴訟において本件訴訟と同趣旨の判決を下しました(Recor Medical, Inc. v. Medtronic Ireland Manufacturing Unlimited Co., Case No. 25-1998 (Fed. Cir. May 19, 2026) (Chen, Hughes, Stark, JJ.)。
CAFCは当該別件訴訟の判決において以下のように判示しました。
**********
本日、憲法上の原告適格に関する別の控訴審事件(本稿で扱った本件訴訟(A.L.M. Holding Co. v. Zydex Industries Private Ltd.)事件を指す)において先例となる判決を出したが、その判決では、特許権者は、ライセンシーに付与した権利によって実体を失うことのない、特許侵害訴訟を起こす権利を保持していたため、憲法上の原告適格を有していたと判断した。(本別件訴訟において)Medtronic Irelandが保持する権利は、A.L.M.事件の特許権者の権利と実質的に同じであるため、Medtronic Irelandは、原告適格の憲法上の最低限の要件を満たすのに十分な排他的権利を保持していたと判断する。
**********
以上のように、同日付の本件判決および上記別件判決において、CAFCは、特許権者がライセンシーに広範なライセンスを付与した後であっても、特許権者(ライセンサー)がライセンス対象特許において排他的利益を保持している限り(排他的権利の全てが移転されていない限り)、ライセンサーは一般的に、米国憲法第3条の原告適格を満たすために必要な具体的な損害を保持していると結論付けたことに注目する必要があります。これらの判決から米国での原告適格の問題は、「特許権者か否か」の問題に加えて「ライセンス契約によって特許権者がどこまで権利を手放したか」ということが影響する米国特有の論点であると理解されます。
なお、日本の国内法では、特許侵害訴訟の原告適格は原則として特許権者又は専用実施権者であるかによって判断されるものであり(特許法100条等)、上記のCAFCによる本件判決および別件判決のように、特許権者がライセンス契約によって排他的権利を失った結果として憲法上の原告適格(Article III standing)を欠くか否かが独立した争点となるようなことは通常は起こらないと考えられます。
[i] 米国憲法第3条の原告適格は、米国憲法第3条第2節(Article III, Section 2)の以下の条文から連邦最高裁判所の判例法によって導き出された概念です。
“The judicial Power shall extend to all Cases, in Law and Equity, arising under this Constitution, the Laws of the United States, and Treaties made, or which shall be made, under their Authority; … [and] to Controversies …”
この条文は概略「司法権は、この憲法、合衆国法、および条約の下で生ずるすべての『事件(Cases)』および『争訟(Controversies)』に及ぶ」という意味に解されます。連邦最高裁は、この「事件」または「争訟」という限定から、裁判所は抽象的な法律論や政策論を扱うのではなく、現実の利害対立を伴う具体的紛争のみを扱うという原則を導きました。その結果、連邦裁判所への原告適格は、連邦法に基づく下記の訴訟提起の要件を満たしていることを訴訟提起時に証明する責任を負います。
(ⅰ)実際に損害を被っていること
(ⅱ)その損害が被告の行為に起因する可能性が高いこと
(ⅲ)有利な判決によって救済される見込みがあること
[ii] 米国特許第7,815,725号; 第7,981,466号; 第9,394,652号; 第10,214,646号; 第8,734,581号; および第9,175,446号
[iii] 特許法上の法定原告適格について米国特許法281条は以下のように規定しています。
“35 U.S.C. § 281 Remedy for infringement of patent
A patentee shall have remedy by civil action for infringement of his patent.“
(第281条 特許侵害に対する救済
特許権者は,自己の特許についての侵害に対し,民事訴訟による救済を受けるものとする。)
[iv] 米国連邦民事規則19(a)(1)は以下のように規定しています(抜粋)。
“A person who is subject to service of process and whose joinder will not deprive the court of subject-matter jurisdiction must be joined as a party if …”
[担当]深見特許事務所 堀井 豊
[情報元]
1. McDermott Will & Emery IP Update | May 28, 2026 “Patentee that retains exclusionary rights has constitutional standing notwithstanding broad license grant”
https://www.ipupdate.com/2026/05/patentee-that-retains-exclusionary-rights-has-constitutional-standing-notwithstanding-broad-license-grant/
2. A.L.M Holding Company v. Zydex Industries Private Ltd., Case No. 25-1317 (Fed. Cir. May 19, 2026) (Chen, Cunningham, Stark, JJ.)(本件判決原文)
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/25-1317.OPINION.5-19-2026_2695934.pdf

