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数値限定クレームの業界標準に基づく文言解釈と、均等侵害を阻却する禁反言および開示・放棄の法理についてのCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、測定条件(温度)が特許明細書に明示されていない場合でも、業界標準に基づいてクレーム解釈されることにより文言侵害が認められず、「審査過程での減縮」と「明細書に記載してもクレーム化しなかったこと」とにより均等論も認められないと、判断しました。

Actelion Pharms. Ltd. v. Mylan Pharms. Inc., Case No. 2024-1641 (Fed. Cir. May 13, 2026) (Reyna, Taranto, Stoll, JJ.)

 

1.事件の経緯

(1)対象特許

 本件で対象となっている特許(米国特許第8,318,802号および第8,598,227号)は、「エポプロステノール製剤およびその製造方法」に関するものであり、ACTELION PHARMACEUTICALS LTD(以下、Actelion社)が所有しています。なお、両特許のうち後者は前者の分割出願から派生した特許であり、同じ明細書を共有しています。このため、本稿では前者(米国特許第8,318,802号)を本件を代表する特許として引用することにいたします(以下、「’802特許」)。

・背景と課題

 エポプロステノールは高血圧治療薬(Actelion社の製品名:Veletri®)の有効成分ですが、水中で不安定であり、酸(水素イオン)が存在すると急速に劣化してしまうという性質があります。GlaxoSmithKline社による先行製品であるFlolan®は、この劣化を防ぐために、特殊な塩基性(アルカリ性)希釈液での再構成(粉末を液に溶かすこと)と冷蔵保存が必要であり、不便でした。

・発明の解決手段

 病院で溶かす時に工夫するのではなく、製薬工場で粉末を造る段階で、あらかじめ強力なアルカリ性の成分を粉末の中に仕込んでおくものであります。具体的には、製造段階で、エポプロステノールに対して「アルギニン」や「水酸化ナトリウム」といった塩基(アルカリ性の成分)を加えます。これにより、pHが13以上という非常に強いアルカリ性の水溶液(これをバルク溶液と呼びます)を作ります。バルク溶液から、真空状態で水分だけを飛ばし(凍結乾燥)、粉末状にします。

 代表的なクレームとして、’802特許のクレーム1では、医薬組成物が「pH13以上のバルク溶液から形成される(formed from a bulk solution having a pH of 13 or higher)」と規定されています。

(2)訴訟経緯

(2-1)提訴の発端

 MYLAN PHARMACEUTICALS INC.(以下、Mylan社)が2020年2月にジェネリック医薬品の承認申請(ANDA)をFDAに提出したことを受け、本特許権者であるActelion社は、同年6月にウェストバージニア州北部地区連邦地方裁判所にて特許侵害訴訟を提起しました。

(2-2)最初の地裁判決と控訴

 Mylan社は、そのジェネリック医薬品は、’802特許のクレームの範囲(すなわちpH13以上)外のpHを有するバルク溶液から製造されていると主張しました。最初の地裁のクレーム解釈において、「pH13以上」という文言は「通常の丸め規則」が適用され「pH12.5以上」を包含すると解釈され、Mylan社による侵害が認定されました。これにより、Mylan社は、地裁での審理を終了させるためにActelion社と合意のもとで侵害を認める判決および差止命令を一旦受け入れました。そして、Mylan社は上級審での審理を求めるため、地裁の判決に不服を申し立てて控訴(1回目のCAFC控訴)を行いました。

(2-3)1回目のCAFC判決による差し戻し

 1回目の控訴審(Actelion Pharms. Ltd. v. Mylan Pharms. Inc., Case No. 2022- 1889 (Fed. Cir. November 6, 2023))において、CAFCは「外部証拠の助けなしに適切なクレーム解釈を行うことはできない」と判断し、地裁の判決を破棄して審理を差し戻しました。

(2-4)差し戻し後の地裁判決

 差し戻し後の地裁では2024年2月に事実審理が行われ、今回は内部証拠および外部証拠を考慮した上で、「pH13以上」という文言は「pH12.98以上」を意味すると改めて解釈されました。この解釈に基づき、地裁はMylan社の製品による文言侵害および均等論による侵害のいずれも成立しないと判断し、2024年3月に非侵害とする最終判決を下しました。

(2-5)今回の控訴

 今回のCAFCでの審理は、この差し戻し後の地裁が下した「非侵害」の判決を不服として、Actelion社が控訴したものです。

 

2.CAFCでの争点の概要と判断

 最大の争点は、Mylan社の製品を製造する際に用いられるバルク溶液が、クレームの「pH13以上」を満たし、特許を侵害するか否かに有りました。Mylan社の溶液は、標準温度(25±2℃)で測定するとpH13未満ですが、製造時の冷蔵された低温状態ではpH13以上になるものでした。

 裁判所は以下の2つの観点から、Mylan社による特許侵害は成立しないと判断し、地方裁判所の判決を支持しました。

① 文言侵害(Literal Infringement)の否定

 Actelion社は「実際の製造温度(低温)で測定したpHが13以上であればよい」と主張しました。

 しかし裁判所は、クレーム解釈の基本原則としてPhillips判決を引用し、特許明細書の記載(内部証拠)に加えて、米国薬局方(USP)などの業界標準(外部証拠)を検討しました。そして、特許明細書の実験データの記載方法や、米国薬局方(USP)などの外部証拠から、当該製薬分野の当業者は「特に指定がない限り、pHの値は標準温度(25±2℃)で測定されたものを意味する」と理解すると判断しました。

 したがって、標準温度においてpH13以上とならないMylan社の溶液は、クレームの文言を侵害しないと結論付けられました。

② 均等論(Doctrine of Equivalents)による侵害の否定

 Actelion社は、仮に文言侵害でなくとも実質的に同じ働きをするため「均等侵害」にあたると主張しましたが、裁判所は以下の2つの法理に基づき、この主張を退けました。

・審査過程の禁反言(Prosecution History Estoppel):

 Actelion社は特許審査中、進歩性の拒絶を克服するために、クレームの範囲を「pH12より大きい」から「pH13以上」へと減縮補正していました。これにより、Festo判決を引用し、pH13未満の領域は特許性を得るために放棄したとみなされ、後から均等論で取り戻すことはできないと判断されました。

・開示・放棄の法理(Disclosure-Dedication Rule)

 特許明細書には「pH12.5〜13」などの範囲が好ましい例として開示されていたにもかかわらず、クレームには含めませんでした。開示がありながらクレームとしなかった技術範囲は公衆に捧げられた(放棄された)とみなされるため、均等論での主張は許されないと判断されました。

 

3.考察

 今回の判断は、改めて以下のことを再認識する必要があることを示したものであると考えます。

(1)特許の明細書やクレームを作成する際、温度や圧力などの条件によって測定結果が変動し得る数値限定を用いる場合は、意図しない限定解釈を防ぐために、測定パラメータ(条件)を明示的に定義しておく。

(2)審査をパスするために安易に数値範囲を狭める補正を行うと、その補正が致命的な足かせとなり、将来の訴訟で均等論を主張できなくなるリスクがあることに留意して権利化を進める。

(3)明細書に記載した代替案や数値のバリエーションは、確実にクレームの範囲に含めておく必要がある。「開示しているがクレームしていない事項」は、均等論による救済すら受けられなくなるため、明細書の開示内容とクレーム範囲の整合性を慎重に確認するべきである。

 

[担当]深見特許事務所 栗山 祐忠

 

[情報元]

     1. 今回のActelion Pharms. Ltd. v. Mylan Pharms. Inc.事件判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1889.OPINION.11-6-2023_2217732.pdf

     2. IP UPDATE (McDermott)  “Chill out: Numerical claim terms properly limited by industry standards” (May 21, 2026)
https://www.ipupdate.com/2026/05/chill-out-numerical-claim-terms-properly-limited-by-industry-standards/

 3. 1回目のActelion Pharms. Ltd. v. Mylan Pharms. Inc.事件判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1889.OPINION.11-6-2023_2217732.pdf